動き出す者


漆黒の闇が過ぎ、青白い月明かりが再び世界を照らした。
残された力を振り絞って抗っていた青年も
再び闇の力に捕らわれてしまう。


「蝕の夜は明けたか・・・・」


だが舞台は整えた。
これから彼等が動き出すだろう。

脇侍は付けたが、傍で導いてやれない不安が残る。
戦慣れしていないあの者にとって過酷な旅路になる事は明白・・
それでも彼女には進む事しか赦されない。

直に命を奪う形ではない事が、せめてもの救いかもしれないね。

敵であっても命は命・・・昇華と言う形ではあれ
すんなりと慣れてしまうなんて事は、彼女は嫌うかもしれない。
それでも、伝承は成った。

後は終わりを目指して進むのみ。
どうか彼女の進む道に光あらん事を――

「へぇー?流石は神様ね、力がまだ残ってたなんて。」

星々が闇を照らす中、空間が歪み、何者かが現われた。
その声は喪月神の行動を知っていて尚、嘲笑うような物。

永遠を生きる神である喪月神、心を揺さぶろうとする挑発に乗る気はない。
相手もそれを察知、眉1つ動かさない喪月神の態度が気に障ったようだ。

「何かしたみたいだけど無駄だからね?」
「どの世界のお主も愚行しか行えんようだな」
「それってどういう意味?私は私、この世に一人きりですよーっだ」
「・・・・ふん」
「まーっ!何その可愛くない態度!!」
「煩い女狐だ・・」
「キィーーーッ!!ってちょっと!何してるの!?」
「いい機会だからね、少し眠らせてもらうよ」
「〜〜〜っ!!!いいわ、どうせ遠呂智様にかけた罰を解かせたら貴方は用済みだし。」

精々今のうちに眠っておくのね、目覚められる眠りを。

膨れた表情から一転、妖艶な悪女っぷりで妖しく微笑むと
喪月神を封じて閉じ込めている部屋を出て行った。

扉を閉める口許に浮かぶのは謀の笑み。
密かに彼女はある伝承を耳にしていた。
元々は存在していないものや理を、最初からそこに存在していた事に出来る巻物の伝承を・・・・


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杭瀬川付近の天幕。

此処には『魏』の旗印を掲げた天幕が布陣している。
数日前圧倒的な力で三国の武将、戦国の武将達を襲い
蜀や呉を滅ぼし、魏を属国に仕立て上げた遠呂智軍。

この天幕にいる兵を率いるのは魏の曹丕だ。
彼は死んだと聞かされた父、曹操に代わって属国となった自軍を率いている。

その彼の傍らには、全く別の服装をした若者の姿。
彼―石田三成―も主君をあの戦いと混乱の中で見失った。
日本の侍と中国の智将である彼等だが、不思議と言葉の壁はなく、こうして布陣し策を練っている。

敵対する相手の総代はあの黄蓋。
勿論三成が知る戦国の武将の姿もあるとの報告を受けていた。
だが曹丕には、かつての好敵手や面識のある者が相手だとしても、顔色は変わらなかった。

「いいのか?」
「何がだ」

配置図と睨めっこをしたまま微動だにしないその黒髪の背に一言。
曹丕は振り向きもせずに短く返す。
声にも感情を伺わせる色は一つもなく、これには流石の三成も苦笑するしかなかった。

ああも鉄面皮な奴を見ていると、徐晃達の方が素直なくらいだな。

心のぼやきが溜息のようになって三成の口から漏れる。
それすら意に介さず、曹丕の目は配置図だけを追っていた。

「貴様にも一応プライドと言う物くらいあるだろう、このまま大人しく従っているとは思えん」
「・・・・・くだらん事を探る暇があるなら策でも提案する事だな」
「まあいい、俺は俺の考えで戦わせてもらおう」
「フン」

三成の言わんとしている事は分かったが、敢えてこの場でそれに答える事はしなかった。
理由は簡単だ、あの女狐が目を光らせている事くらい曹丕は感知している。
言わされるのは元々好まない。

それに今は成りを潜め、時を待つ時だ。
時は大切だ、それを間違えてしまえば『魏』も滅びるだろう。

互いに多くを語らない双方。
口数も少なく、物静か(それも違うか)
二人のいる天幕では、時折支度やらに行き来する徐晃が横切ったりするが

殆ど人の往来がない。
仮にも二人は魏と豊臣の代表を務めているし
この天幕には軍師の妲己も現われる為、兵卒やら足軽やらは立ち入れない。

二人には既に妲己の指示が下りていた。
遠呂智に歯向かう反乱軍がこの杭瀬川に布陣しており、それらを山賊と銘打って討伐しろと。

見も心も屈した訳ではない、ただ機を待っているだけだ。
それでも属国になり、遠呂智を『友』だと呼ぶからには討伐に出なくては怪しまれる。
配置図でこの場の地形は粗方頭に入った曹丕、そろそろ天幕を出るかと思った時、三成は彼にこう聞いた。

「あの話、貴様は信じるのか?」
「『宿曜の神子』の事か、フン・・・単なる偶像・・・・では片付かんだろうな。」

足を止めて問いに答えた曹丕の言葉に、光成の眉がピクリと動く。
一蹴するかと思ったが、意外にも重視していたらしい。
ああいった類の話は耳に入れないと予想していただけに、少し意外だった。
此処へ来る前に兵達や、近隣の村で噂されたり、語られていた物。


『月と太陽が重なりし時、天と地は乱れ、暗い闇が世界を支配する
全ての命が絶望するその時に、宿曜経を持つ神子が現れ、この世を光へと導かん』


因みにこの伝承が囁かれていたのは『三国』の世だけ。
噂を耳にした三成は、怪訝そうに聞いていたのを曹丕は記憶している。
日の本よりも、中国という国の方がそう言った類の話が多いんだろうか?

闇の世に光を齎す宿曜の神子・・・か。
一部麒麟の神子とも称されるソレ、俄かには信じ難い話だがな。

これが全く変わらぬ三国の世であったなら、国の為だけに神子とやらを手に入れようと欲しただろう・・が
元の世に戻れそうにないこの状況だ・・・
何にしてもその神子とやらを実際己の目で見ない事には、軽はずみな判断は出来かねるな。

「・・・・・・」

二人して黙り込むその胸中には、それぞれの思惑が渦巻いていた。
進軍案は三方に分かれての進軍となり、連合・合流しつつの移動となる。

戦場に何が待つのか、二人は何も知らない。
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