3幕 3-7話
◇
風に乗った怒号や鬨の声が、劉備と馬に乗るへ微かに届いた。
同時に感じるのは血の臭い・・白馬以外での戦いか、またはそれ以外の戦いで流れた血だろう・・・
願うのは張燕達の無事だ。
白馬の戦いでの献策はしたが、それ以外の策はこの先の予想でしかない。
私が無事甄夫人の傍仕えに納まりさえすれば・・・皆との再会への道が開ける。
上手くやらなくては・・虞ては駄目ね。
「螢惷殿、もうじき袁紹殿の住まう城の入口だ」
「顔色が悪くねぇか?具合が悪いんじゃ」
「あ、いえ大丈夫です!ご心配有難うございます張飛殿」
無意識に表に出ていたのだろうか、表情の機微に気づいたのは意外(失礼)にも張飛の方であった。
ハッと気づいて笑顔に切り替え、気を遣わせた張飛にお礼だけ返す。
まさか感謝されるとは思っていなかったのか、向けられた笑顔と礼の言葉に張飛は照れ臭そうに目を反らした。
その仕草から内面の隠れた人柄の良さを感じ取れる。
人は見かけによらないんだなあ、と感じるだった。
周りへの注意に意識を向けると、曉へと帰還しており広がるのは賑やかな市井。
自分が家族と暮らしていた南郡とは違い、袁紹の統治の元とても栄えていた。
流石都の中心と言った所か・・劉備らはその市井を通り、堂々と城を目指している。
通りすがりの民達が劉備らに手を振ったりする事から、彼らも好意的に迎えられたのが分かる光景だ。
馬は順調に市井を抜け、城へ続く石畳を上って行く。
初めての都に初めての城・・此処へ来たのは都の見学ではない。
父母の死について、自分が導き出した結論と相違ないのかを直接問う為だ。
その為の献策、その為の投降。
協力してくれた張燕殿らの動きを無駄には出来ない。
早く話をまとめて傍仕えに納まり、鷹を飛ばさなくては。
焦りそうになる気持ちを何度も抑え、眼前に迫る袁紹との対面に備えた。
客将の二人が城への門を馬ごと潜り待機している兵士らが歩み寄ると手綱を受け取る。
先ず劉備と張飛が馬を下り、馬上にいるへ劉備が手を伸ばした。
差し出された手に掴まって横乗り体勢に変えながらするりと下りる。
「有難うございます」
「気にしなくていい」
地面に下ろしてくれた劉備へお礼を言うと、僅かに笑みを浮かべて言う。
これから袁紹に直に会い、真意を問おうとしているのにも関わらず
劉備の笑顔のお陰か、不思議との心は落ち着いていた。
生まれて初めて都に入り、父母の仕え主だった袁紹に謁見。
普通なら緊張と興奮で落ち着いてなどいられないだろうに
武将クラスの劉備や張飛に対しても物怖じする事無く、螢惷と名乗った娘は堂々と歩いている。
何とも胆が据わった娘だな、と二人は螢惷()を感心した目で眺めた。
客将劉備と張飛に謁見の場まで案内して貰い歩く事数分。
煌びやかな城内は、所々が傷つき、破損し修繕中と見られるヵ所が所々に見られるようになる。
此処で・・・公孫讃や張燕らが戦い、父母も命を落とした・・。
よく見れば赤黒い染みも幾つか見つかる。
こうして現状を見てみると、益々疑問に思わずにはいられなかった。
何故あの日に限って呼び出しがあったか、何故襲撃された際巻き込まれるような城内に留まらせたのか・・
幾つもの疑問が浮かんでは消え、疑念だけが残される。
静かに思案を巡らせるを、案内するように少し前へ出た劉備が目視。
驚いたような顔で見た後、意を決したのか歩きながら口を開いた。
「螢惷殿、1つだけ聞いてもよいか?」
「――・・?はい」
「そなたは本当にただ投降するが為にあの場所を歩いていたのか?」
「・・・はい」
「我々に会ったのも、偶々と?」
「はい、その通りにございます」
「兄者?一体何を確認しようとしてんだ?」
城に入ってからずっと劉備は、螢惷の様子を見続けていた。
市井を歩いている時こそ物珍し気に辺りを眺めたりしていたが
城に入ってからはその様子もなく、ただ静かに歩いている。
それだけなら緊張してでの上かと思わなくもない。
しかし緊張に震える様子もないばかりか、一瞬垣間見た表情は
投降しこれから敵側の君主に会うという者の表情とは思えなかった。
落ち着きすぎているし、強い意思を伺える。
怪しんだのとは違う感覚・・
劉備はただ純粋に不思議さを感じ、様子の理由を知りたい気持ちから聞いた。
問いを向けながらも螢惷から目を離さず、表情の動きを探る。
「貴方の望む問いの答えは、袁紹殿に謁見した時に明かすと約束します」
「今、聞かせて貰う事は難しいのだな?」
「・・1つ言えるとするなら、私はある目的の為に敢えて投降した。という事だけです」
「てめぇ俺達を騙しやがっ――」
「翼徳、我々も客将の身、今事を荒立てるべきではない・・」
数分黙っただけで、問いに対する対応も落ち着いており冷静さを感じさせた。
始めは螢惷に真意が見えない問いかけをする劉備を非難していた張飛だったが
螢惷が口にした”敢えて投降した”という言葉に、騙したのかと声を荒上げる。
そう受け取っても仕方ない娘の言葉。
だが今ここで騒ぎでもすれば、客将として迎えられた自分達の立場も脅かされ
雲長を探し出し、再会する事すら出来なくなるかもしれない。
そう危惧した劉備は、咄嗟に張飛に対し声を落とすよう注意する。
憤る張飛と注意した劉備に対し、一瞬だけは眉宇を顰めた。
どことなく辛そうな・・それでいて覚悟も滲ませた顔で。
一瞬だけだったその表情こそが、少女の素顔だと劉備は感じた。
年相応ながら大人びた色もありそれでいて全ての感情は読み取らせない。
敢えて投降したと言ってのける辺り、相当の覚悟で今此処にいるのだろう。
そして、ついに劉備の疑問との覚悟が判明する時が来た。
目の前に見えて来る城内で何処よりも豪奢な造りの区画。
曉を治める城主、袁本初もとい袁紹が待つ謁見の間がある所だ。
入り口の両脇に立つ近衛兵が此方に近づくらに気づき、拱手。
「この先は謁見の間ですが、如何されました?」
「・・先の白馬戦にて撤退した東郡太守、劉延が従軍させていた女官を連れて来たしだいです」
「何でも投降したいんだってよ」
互いに拱手し終えると兵士が淡々とした口調で問うてくる。
対する劉備、少しだけ黙してから此方も淡々と答えた。
それから兵士の目が不躾にへ注がれる。
兵士の目線がを見た事に気づいた張飛も
顔は厳しい(厳つい)ままだが劉備の言葉に補足するような言葉を添えた。
これもあって納得した兵士は了承し、もう一人の兵士に合図すると
謁見の間へ続く扉に掛けてある閂を抜かせ、扉を開け放った。
「劉備殿、張飛殿ご帰還にございます!」
と中へ向けて声を張り、客将の帰還を告げる。
三人が中に入るのを確認して兵士は開けた扉を再び閉めた。
絢爛な内室の造りに迎えられるら三人。
真っ直ぐ奥へと延びる室内の最奥に、これまた豪奢な造りの階段と
その天辺に置かれた椅子に座す、金色の衣に身を包む人物の姿が見える。
恐らくあれが自分の問いを向ける相手だろう。
近づく程詳細に見えて来る袁紹という名の人物。
誰よりも立派な衣に身を包み、髯を蓄えた意外と線の細い姿なのも分かる。
煌びやかな室内に立派で派手な服、それを纏う人間の虚栄心を表してるかのようだなと感じた。
満たされない心を埋めるかのような・・そんな印象。
はただ前だけを見つめて袁紹の前まで歩いた。
そして対面の時は訪れ、袁紹の前に膝を折る。
「劉備に張飛らか、白馬の地からの報告は聞いておる・・おのれ憎き曹操軍め!・・・ん?何だその娘は」
「白馬の地にて顔良殿は討ち死にし、曹操軍東郡太守劉延は陣を払い退却済みです」
「こいつはその東郡太守に連れられてた女官だ、何でもあんたに謁見したいって投降したんだよ」
「東郡太守付の女官だと?そのような者が名族である私に何の用があると言うんだ?顔良の死に様でも話しに来たとでも?」
「――お聞きになりたいのであれば話しましょうか?袁紹殿」
報告にあがった客将二人の言葉を遮る勢いでまくし立て苛立ちをあらわにする袁紹。
何だか心が冷えて行くような心持では眺めている。
やがてこの場にはいないはずの者に気づき、見定めるような目を注いできた。
理由の分からない苛立ちがの心に芽生え、少しきつい目線を高い位置にいる袁紹へ向ける。
お初にお目にかかりますね、と添えた少女は群青色の女官服に身を包み
曉を治める名族、袁紹へ発するには些か礼儀を欠いた言い回しで信頼していた顔良の死に様を話そうかと言ってのけた。
これは袁紹の怒りに油を注ぐものとなり、鋭い眼差しを眼下の少女へ向けた瞬間。
大きく目を見開いた袁紹は、怒鳴り返す訳でもなく叩き出せという様子もなく
サーーッと顔から色を失くしたと思えば、投降して来た敵側の女官に対する態度とは思えない怯えを見せたのである。
この変化には劉備も張飛も居合わせるこの場に居る全ての兵士が驚かずにはいられない変貌ぶりだった。
袁紹の只ならぬ様子には1つ確信を得た。
私の事をこの人は知っている、そして何らかの隠し事をしている事も察した。
一歩踏み込んだ問いを重ねるなら今しかない・・
「やはり私をご存じのようですね」
「螢惷殿・・?」
「劉備殿これが問いに対する私の答えです」
「・・・?」
「私の目的はこの方に私と謁見して貰い、私を知っているのか否かを確かめる事・・」
その為にあなた方に敢えて投降し、此処へ連れて来て頂く必要があった。
驚きに声を失う袁紹を尻目に、淡々とは劉備からの問いに答え
「私の名は、・・去年此処で起きた反乱軍との戦いの際命を落とした永の娘」
貴方に問いたい旨があり此処まで連れて来て貰いました。
今から問う事に対し、嘘偽りない袁紹殿の答えを聞ければそれで充分です。
そう言葉を締め括り視線を再び劉備らから袁紹へ向ける。
しんと静まった謁見の間に響く凛としたの声。
ただ問い質す為、少女は戦の後の死臭漂う白馬の地を
自分達が来る事を見越して敢えて歩き、そして投降したのだと言う。
理由付けとして不自然にならないよう東郡太守の女官と偽名を名乗り
目的を表情を殺した下に隠してここまで来た・・・あの表情の理由は今この瞬間の為に見せた覚悟と意思だったのだろう。
少女がこうまでして謁見を望み、問うべき問いを向ける相手。
今檀上で怒りと屈辱のような感情にワナワナと震える袁紹という男は
何とも器の小さな男にしか劉備らの目には映らなくなってしまった。
それ程までにこの少女の覚悟と強い意思が際立っている。
名族の威光にしがみ付いているような男だが、仮にも袁家の武将だ。
その男を年端も行かない少女が圧倒している・・・。
ワナワナと震えてはいるが、やがて袁紹から少女の問いを促した。
「小娘がこの私に何を聞こうと言うのだ」
「たかが小娘風情ではありますが貴方の治める曉に住まう民です、今から問うのはその民からの言葉だとお心得下さい」
何とも毅然とした振る舞いと声に、この場の空気は支配され目が離せなくなっている。
場の空気に飲まれる事も、一介の武将・・それも曉を治める主に気押される事もない。
ただ純粋に問いの答えを聞きたいが為に来た姿に、劉備は心をうたれる思いだった。
「口の減らぬ小娘め・・いいから早く申せ!」
「では問いましょう、何故袁紹殿は私の父母を攻め込まれる予兆のある城へ呼び出されたのですか?」
「・・貴様の父母がこの私と何の関係があると言うのだ!証拠でもあると?」
「証拠はありませんが証人はいます、反乱軍に攻められる前日に届けられた出仕せよとの伝令書は受け取っていないと東郡太守の息子から聞いております」
何故、私の父母へ届けられたものを受け取っていないのでしょう?
これについて城主である袁紹殿なら何かご存じではありませんか、と。
何とも言い訳し辛い聞き方が逃げ道を失くしている。
この聞き方を自分がされていたら、上手く対応出来るだろうか・・・と自問自答。
本当に少女なんだろうか?と聞き手側の劉備は圧倒されていた。
今問いを向けられている袁紹。
ぐっと言葉を飲み込み、二の句が継げないでいるのが見て取れる。
だがそれも数秒、青褪めていた顔は怒りで赤くなりそして言葉と成った。
「名族に対して何たる無礼!今すぐそ奴を――!」
これでは問いに対して何か知ってますと言ってるようなもの。
劉備が内心で感じた事をも冷めた心持で察知していた。
怒りに震えた袁紹の怒声と指示に、沮授らが構える。
賢く聡明だがまだは少女、そうである前に自国の民である。
その者に対して武将が大勢で取り囲み、武器を構える事態とは穏やかではない。
「袁紹殿ここは冷静に――」
民が虐げられる世を憂いて蜂起した身の劉備は見ていられず、庇うようにの前に立つ。
一瞬気が削がれた袁紹に対し、静かな怒りの宿る声が劉備の後ろから聞こえた。
「いいんですね?私を殺そうとするという事は、今私が聞いた問いが真実だと認めたも同然ですよ」
という言葉と共に向けられる視線と表情に、武人たる劉備や袁紹
この場に居合わせた全ての兵士らが、背筋に冷たいものを感じ取る事態となった。
16.7歳とは思えない堂々とした振る舞いと、少女には不釣り合いな気迫に感心する劉備と張飛。
何も言い返せなくなった袁紹が 目的は何だと再度聞くと
この場を凍りつかせた者と同一人物とは思えない程、表情を穏やかにして問いに答えた。
袁煕殿の甄夫人の傍仕えに推薦して欲しい、父母の為に足を運び、焼香してくれた甄姫や袁煕に仕えたいと言う
私に疑念をお持ちであれば戦に出る事で贖いましょう、とは申し出たのである。
「そこまで言うならいいだろう」
甄姫の傍仕えとして仕えるが良い、そう言い捨てて袁紹は椅子に座り直した。
もう話は終わりだと態度で示されると、膝をついたまま拱手し立ち上がる。
劉備と張飛も拱手と一礼を袁紹に返して謁見の間を後にした。
残される袁紹と側近の武将。
完全に三人がこの場を去ると、郭図が忌々しそうに口を開いた。
「殿、本当に良かったんですか?家の娘を甄夫人の傍に置いても」
「仕方あるまい、それに贖うと言っておるんだ・・万一手に余ったとしても戦に出陣させれば何とでもなる」
「・・成る程、騒ぎに乗じるんですな?殿もお人が悪い・・・」
「煩いぞ郭図・・・しかしあの娘・・末恐ろしい目をしておった・・あの聡さ、全てに気づくのも時間の問題かもしれぬな・・・」
その時は父母の下に送ってやるしかない、憎々しげに三人が出て行った扉を袁紹は眺めた。
同時に感じるのは血の臭い・・白馬以外での戦いか、またはそれ以外の戦いで流れた血だろう・・・
願うのは張燕達の無事だ。
白馬の戦いでの献策はしたが、それ以外の策はこの先の予想でしかない。
私が無事甄夫人の傍仕えに納まりさえすれば・・・皆との再会への道が開ける。
上手くやらなくては・・虞ては駄目ね。
「螢惷殿、もうじき袁紹殿の住まう城の入口だ」
「顔色が悪くねぇか?具合が悪いんじゃ」
「あ、いえ大丈夫です!ご心配有難うございます張飛殿」
無意識に表に出ていたのだろうか、表情の機微に気づいたのは意外(失礼)にも張飛の方であった。
ハッと気づいて笑顔に切り替え、気を遣わせた張飛にお礼だけ返す。
まさか感謝されるとは思っていなかったのか、向けられた笑顔と礼の言葉に張飛は照れ臭そうに目を反らした。
その仕草から内面の隠れた人柄の良さを感じ取れる。
人は見かけによらないんだなあ、と感じるだった。
周りへの注意に意識を向けると、曉へと帰還しており広がるのは賑やかな市井。
自分が家族と暮らしていた南郡とは違い、袁紹の統治の元とても栄えていた。
流石都の中心と言った所か・・劉備らはその市井を通り、堂々と城を目指している。
通りすがりの民達が劉備らに手を振ったりする事から、彼らも好意的に迎えられたのが分かる光景だ。
馬は順調に市井を抜け、城へ続く石畳を上って行く。
初めての都に初めての城・・此処へ来たのは都の見学ではない。
父母の死について、自分が導き出した結論と相違ないのかを直接問う為だ。
その為の献策、その為の投降。
協力してくれた張燕殿らの動きを無駄には出来ない。
早く話をまとめて傍仕えに納まり、鷹を飛ばさなくては。
焦りそうになる気持ちを何度も抑え、眼前に迫る袁紹との対面に備えた。
客将の二人が城への門を馬ごと潜り待機している兵士らが歩み寄ると手綱を受け取る。
先ず劉備と張飛が馬を下り、馬上にいるへ劉備が手を伸ばした。
差し出された手に掴まって横乗り体勢に変えながらするりと下りる。
「有難うございます」
「気にしなくていい」
地面に下ろしてくれた劉備へお礼を言うと、僅かに笑みを浮かべて言う。
これから袁紹に直に会い、真意を問おうとしているのにも関わらず
劉備の笑顔のお陰か、不思議との心は落ち着いていた。
生まれて初めて都に入り、父母の仕え主だった袁紹に謁見。
普通なら緊張と興奮で落ち着いてなどいられないだろうに
武将クラスの劉備や張飛に対しても物怖じする事無く、螢惷と名乗った娘は堂々と歩いている。
何とも胆が据わった娘だな、と二人は螢惷()を感心した目で眺めた。
客将劉備と張飛に謁見の場まで案内して貰い歩く事数分。
煌びやかな城内は、所々が傷つき、破損し修繕中と見られるヵ所が所々に見られるようになる。
此処で・・・公孫讃や張燕らが戦い、父母も命を落とした・・。
よく見れば赤黒い染みも幾つか見つかる。
こうして現状を見てみると、益々疑問に思わずにはいられなかった。
何故あの日に限って呼び出しがあったか、何故襲撃された際巻き込まれるような城内に留まらせたのか・・
幾つもの疑問が浮かんでは消え、疑念だけが残される。
静かに思案を巡らせるを、案内するように少し前へ出た劉備が目視。
驚いたような顔で見た後、意を決したのか歩きながら口を開いた。
「螢惷殿、1つだけ聞いてもよいか?」
「――・・?はい」
「そなたは本当にただ投降するが為にあの場所を歩いていたのか?」
「・・・はい」
「我々に会ったのも、偶々と?」
「はい、その通りにございます」
「兄者?一体何を確認しようとしてんだ?」
城に入ってからずっと劉備は、螢惷の様子を見続けていた。
市井を歩いている時こそ物珍し気に辺りを眺めたりしていたが
城に入ってからはその様子もなく、ただ静かに歩いている。
それだけなら緊張してでの上かと思わなくもない。
しかし緊張に震える様子もないばかりか、一瞬垣間見た表情は
投降しこれから敵側の君主に会うという者の表情とは思えなかった。
落ち着きすぎているし、強い意思を伺える。
怪しんだのとは違う感覚・・
劉備はただ純粋に不思議さを感じ、様子の理由を知りたい気持ちから聞いた。
問いを向けながらも螢惷から目を離さず、表情の動きを探る。
「貴方の望む問いの答えは、袁紹殿に謁見した時に明かすと約束します」
「今、聞かせて貰う事は難しいのだな?」
「・・1つ言えるとするなら、私はある目的の為に敢えて投降した。という事だけです」
「てめぇ俺達を騙しやがっ――」
「翼徳、我々も客将の身、今事を荒立てるべきではない・・」
数分黙っただけで、問いに対する対応も落ち着いており冷静さを感じさせた。
始めは螢惷に真意が見えない問いかけをする劉備を非難していた張飛だったが
螢惷が口にした”敢えて投降した”という言葉に、騙したのかと声を荒上げる。
そう受け取っても仕方ない娘の言葉。
だが今ここで騒ぎでもすれば、客将として迎えられた自分達の立場も脅かされ
雲長を探し出し、再会する事すら出来なくなるかもしれない。
そう危惧した劉備は、咄嗟に張飛に対し声を落とすよう注意する。
憤る張飛と注意した劉備に対し、一瞬だけは眉宇を顰めた。
どことなく辛そうな・・それでいて覚悟も滲ませた顔で。
一瞬だけだったその表情こそが、少女の素顔だと劉備は感じた。
年相応ながら大人びた色もありそれでいて全ての感情は読み取らせない。
敢えて投降したと言ってのける辺り、相当の覚悟で今此処にいるのだろう。
そして、ついに劉備の疑問との覚悟が判明する時が来た。
目の前に見えて来る城内で何処よりも豪奢な造りの区画。
曉を治める城主、袁本初もとい袁紹が待つ謁見の間がある所だ。
入り口の両脇に立つ近衛兵が此方に近づくらに気づき、拱手。
「この先は謁見の間ですが、如何されました?」
「・・先の白馬戦にて撤退した東郡太守、劉延が従軍させていた女官を連れて来たしだいです」
「何でも投降したいんだってよ」
互いに拱手し終えると兵士が淡々とした口調で問うてくる。
対する劉備、少しだけ黙してから此方も淡々と答えた。
それから兵士の目が不躾にへ注がれる。
兵士の目線がを見た事に気づいた張飛も
顔は厳しい(厳つい)ままだが劉備の言葉に補足するような言葉を添えた。
これもあって納得した兵士は了承し、もう一人の兵士に合図すると
謁見の間へ続く扉に掛けてある閂を抜かせ、扉を開け放った。
「劉備殿、張飛殿ご帰還にございます!」
と中へ向けて声を張り、客将の帰還を告げる。
三人が中に入るのを確認して兵士は開けた扉を再び閉めた。
絢爛な内室の造りに迎えられるら三人。
真っ直ぐ奥へと延びる室内の最奥に、これまた豪奢な造りの階段と
その天辺に置かれた椅子に座す、金色の衣に身を包む人物の姿が見える。
恐らくあれが自分の問いを向ける相手だろう。
近づく程詳細に見えて来る袁紹という名の人物。
誰よりも立派な衣に身を包み、髯を蓄えた意外と線の細い姿なのも分かる。
煌びやかな室内に立派で派手な服、それを纏う人間の虚栄心を表してるかのようだなと感じた。
満たされない心を埋めるかのような・・そんな印象。
はただ前だけを見つめて袁紹の前まで歩いた。
そして対面の時は訪れ、袁紹の前に膝を折る。
「劉備に張飛らか、白馬の地からの報告は聞いておる・・おのれ憎き曹操軍め!・・・ん?何だその娘は」
「白馬の地にて顔良殿は討ち死にし、曹操軍東郡太守劉延は陣を払い退却済みです」
「こいつはその東郡太守に連れられてた女官だ、何でもあんたに謁見したいって投降したんだよ」
「東郡太守付の女官だと?そのような者が名族である私に何の用があると言うんだ?顔良の死に様でも話しに来たとでも?」
「――お聞きになりたいのであれば話しましょうか?袁紹殿」
報告にあがった客将二人の言葉を遮る勢いでまくし立て苛立ちをあらわにする袁紹。
何だか心が冷えて行くような心持では眺めている。
やがてこの場にはいないはずの者に気づき、見定めるような目を注いできた。
理由の分からない苛立ちがの心に芽生え、少しきつい目線を高い位置にいる袁紹へ向ける。
お初にお目にかかりますね、と添えた少女は群青色の女官服に身を包み
曉を治める名族、袁紹へ発するには些か礼儀を欠いた言い回しで信頼していた顔良の死に様を話そうかと言ってのけた。
これは袁紹の怒りに油を注ぐものとなり、鋭い眼差しを眼下の少女へ向けた瞬間。
大きく目を見開いた袁紹は、怒鳴り返す訳でもなく叩き出せという様子もなく
サーーッと顔から色を失くしたと思えば、投降して来た敵側の女官に対する態度とは思えない怯えを見せたのである。
この変化には劉備も張飛も居合わせるこの場に居る全ての兵士が驚かずにはいられない変貌ぶりだった。
袁紹の只ならぬ様子には1つ確信を得た。
私の事をこの人は知っている、そして何らかの隠し事をしている事も察した。
一歩踏み込んだ問いを重ねるなら今しかない・・
「やはり私をご存じのようですね」
「螢惷殿・・?」
「劉備殿これが問いに対する私の答えです」
「・・・?」
「私の目的はこの方に私と謁見して貰い、私を知っているのか否かを確かめる事・・」
その為にあなた方に敢えて投降し、此処へ連れて来て頂く必要があった。
驚きに声を失う袁紹を尻目に、淡々とは劉備からの問いに答え
「私の名は、・・去年此処で起きた反乱軍との戦いの際命を落とした永の娘」
貴方に問いたい旨があり此処まで連れて来て貰いました。
今から問う事に対し、嘘偽りない袁紹殿の答えを聞ければそれで充分です。
そう言葉を締め括り視線を再び劉備らから袁紹へ向ける。
しんと静まった謁見の間に響く凛としたの声。
ただ問い質す為、少女は戦の後の死臭漂う白馬の地を
自分達が来る事を見越して敢えて歩き、そして投降したのだと言う。
理由付けとして不自然にならないよう東郡太守の女官と偽名を名乗り
目的を表情を殺した下に隠してここまで来た・・・あの表情の理由は今この瞬間の為に見せた覚悟と意思だったのだろう。
少女がこうまでして謁見を望み、問うべき問いを向ける相手。
今檀上で怒りと屈辱のような感情にワナワナと震える袁紹という男は
何とも器の小さな男にしか劉備らの目には映らなくなってしまった。
それ程までにこの少女の覚悟と強い意思が際立っている。
名族の威光にしがみ付いているような男だが、仮にも袁家の武将だ。
その男を年端も行かない少女が圧倒している・・・。
ワナワナと震えてはいるが、やがて袁紹から少女の問いを促した。
「小娘がこの私に何を聞こうと言うのだ」
「たかが小娘風情ではありますが貴方の治める曉に住まう民です、今から問うのはその民からの言葉だとお心得下さい」
何とも毅然とした振る舞いと声に、この場の空気は支配され目が離せなくなっている。
場の空気に飲まれる事も、一介の武将・・それも曉を治める主に気押される事もない。
ただ純粋に問いの答えを聞きたいが為に来た姿に、劉備は心をうたれる思いだった。
「口の減らぬ小娘め・・いいから早く申せ!」
「では問いましょう、何故袁紹殿は私の父母を攻め込まれる予兆のある城へ呼び出されたのですか?」
「・・貴様の父母がこの私と何の関係があると言うのだ!証拠でもあると?」
「証拠はありませんが証人はいます、反乱軍に攻められる前日に届けられた出仕せよとの伝令書は受け取っていないと東郡太守の息子から聞いております」
何故、私の父母へ届けられたものを受け取っていないのでしょう?
これについて城主である袁紹殿なら何かご存じではありませんか、と。
何とも言い訳し辛い聞き方が逃げ道を失くしている。
この聞き方を自分がされていたら、上手く対応出来るだろうか・・・と自問自答。
本当に少女なんだろうか?と聞き手側の劉備は圧倒されていた。
今問いを向けられている袁紹。
ぐっと言葉を飲み込み、二の句が継げないでいるのが見て取れる。
だがそれも数秒、青褪めていた顔は怒りで赤くなりそして言葉と成った。
「名族に対して何たる無礼!今すぐそ奴を――!」
これでは問いに対して何か知ってますと言ってるようなもの。
劉備が内心で感じた事をも冷めた心持で察知していた。
怒りに震えた袁紹の怒声と指示に、沮授らが構える。
賢く聡明だがまだは少女、そうである前に自国の民である。
その者に対して武将が大勢で取り囲み、武器を構える事態とは穏やかではない。
「袁紹殿ここは冷静に――」
民が虐げられる世を憂いて蜂起した身の劉備は見ていられず、庇うようにの前に立つ。
一瞬気が削がれた袁紹に対し、静かな怒りの宿る声が劉備の後ろから聞こえた。
「いいんですね?私を殺そうとするという事は、今私が聞いた問いが真実だと認めたも同然ですよ」
という言葉と共に向けられる視線と表情に、武人たる劉備や袁紹
この場に居合わせた全ての兵士らが、背筋に冷たいものを感じ取る事態となった。
16.7歳とは思えない堂々とした振る舞いと、少女には不釣り合いな気迫に感心する劉備と張飛。
何も言い返せなくなった袁紹が 目的は何だと再度聞くと
この場を凍りつかせた者と同一人物とは思えない程、表情を穏やかにして問いに答えた。
袁煕殿の甄夫人の傍仕えに推薦して欲しい、父母の為に足を運び、焼香してくれた甄姫や袁煕に仕えたいと言う
私に疑念をお持ちであれば戦に出る事で贖いましょう、とは申し出たのである。
「そこまで言うならいいだろう」
甄姫の傍仕えとして仕えるが良い、そう言い捨てて袁紹は椅子に座り直した。
もう話は終わりだと態度で示されると、膝をついたまま拱手し立ち上がる。
劉備と張飛も拱手と一礼を袁紹に返して謁見の間を後にした。
残される袁紹と側近の武将。
完全に三人がこの場を去ると、郭図が忌々しそうに口を開いた。
「殿、本当に良かったんですか?家の娘を甄夫人の傍に置いても」
「仕方あるまい、それに贖うと言っておるんだ・・万一手に余ったとしても戦に出陣させれば何とでもなる」
「・・成る程、騒ぎに乗じるんですな?殿もお人が悪い・・・」
「煩いぞ郭図・・・しかしあの娘・・末恐ろしい目をしておった・・あの聡さ、全てに気づくのも時間の問題かもしれぬな・・・」
その時は父母の下に送ってやるしかない、憎々しげに三人が出て行った扉を袁紹は眺めた。
魏帝の徒花
2019/3/23 up
なげぇw
言葉の結びをどうするかでダラダラ書いてしまった(´_ゝ`)文才プリーズ
兎に角の賢さと聡明さを表したかったんだが表せてたのかなあああ?
次もちょっとだけと劉備らの会話が続きます・・・ああ・・曹丕・・・・君の出番がまだちょろっとだけで終わってるよ・・
言葉の結びをどうするかでダラダラ書いてしまった(´_ゝ`)文才プリーズ
兎に角の賢さと聡明さを表したかったんだが表せてたのかなあああ?
次もちょっとだけと劉備らの会話が続きます・・・ああ・・曹丕・・・・君の出番がまだちょろっとだけで終わってるよ・・
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