2幕 2-3話
◇
「袁紹め・・・」
戦の色濃くなって来た中原に在る許都内で悔しげに呟く家人。
彼の怒りを買った物が、くしゃりと家人の手の中で握り潰された。
家人は握り潰したそれを床に叩きつけるように放る。
怒気を孕んだ空気から、誰一人として家人に声を掛けられずにいた。
家人はこの許都を治める立場にあり、これから熾ろうとしている戦の総大将を務める者。
憎々しげにこれから対峙する相手の名を口にしたこの家人・・
蒼き外套を纏い、下に着込む衣も蒼く髪は黒々顎に蓄えた髭も上品に揃えられている。
キリッと吊り上がった眉と、眼光鋭い双眸は怒気に輝く。
その鋭い眼光を避けるように家人に仕える官吏や女中らは控えていた。
やがてその鋭い双眸が室外より近づいて来る気配へ向けられる。
「お呼びでしょうか」
涼やかな声と眼差しを持つ人物が現れ、家人に向け拱手。
現れた人物も黒髪と蒼い衣に身を包んでいる。
拱手する人物を目にすると、家人は未だ怒気が残る声で自分が投げ捨てた物を示す。
現れた人物がその捨てられた物に気づいたタイミングで家人は言葉を続けた。
「荀彧よ、そちはこれをどう受け取る」
家人からの問いに、一言断ってから現れた人物 荀彧は家人の部屋へ入ると
視線だけで中を見て見ろと言われたそれを手に取る。
くしゃくしゃに丸められてはいたが、蔡候紙(後漢の宦官・蔡倫が樹皮や麻のボロから作った紙)の文字は読めた。
そこに書かれていた内容を読む事で荀彧は家人の心中を察した。
送り主は家人、曹操と因縁の深い人物・・
河北の曉に都を置き帝の擁立に関して曹操の家臣団と対立。
結果、曹操が許都にて擁立したが人事や官位の任免に干渉した結果大将軍に任じられた袁紹からだった。
しかも内容は明らかに曹操を挑発するもので、礼儀に欠けた文面なのだ。
この手紙は曹操が呂布や劉表、袁術らを相手に東奔西走している只中に送られ
心中穏やかではない中、呂布を降し、張繍と張楊の勢力を吸収した曹操の手腕に対して送っていい文面でもない。
他者を諂う文を書かせる袁紹に、もはや名族を名乗る資格すらないと荀彧は感じた。
「殿、このような安い挑発に乗る必要はありません」
「むう・・」
自分の反応を待つ曹操へ視線を合わせ、心中が穏やかではない様子の主を気遣う。
それから荀彧は、袁紹の短所と曹操の長所を挙げてその違いをハッキリ口にし
袁紹には無い曹操の良さをじっくりと説いてみせた。
「兵力差はあれど、殿の下に集った人材はあちらをゆうに超えています」
このような軍を揃えられる実力も人間力も、袁紹には備わっていません。
ですから殿は何を気にする事も、憂う必要もないのですよ。
あちらの安い挑発に頭を悩ます必要はありません。
殿の旗下は精悍な一枚岩、対する袁紹軍の武将らはまとまりがなく我が強い。
これから熾る戦でも、そこを突けば必ず好機は訪れます。
殿はただ、これからの戦に集中し、彼らに指示を出して下されば良いのですから
と話を結んだ荀彧。
その迷い無い口調と飾らない言葉に励まされた曹操の双眸から怒りの色が消えた。
「うむ・・そちの言う通りだな」
「私は今回後方支援の任に就きますが、我が甥、荀攸に一任してあります」
「そうか、荀攸・・奴も下庇(化けるので仮当てです)城の際には見事な策を披露していたな」
「はい、それに殿には郭嘉殿も、賈ク殿も居ます。戦の際には彼らが殿を支えますよ」
「頼みにしているぞ」
誰も話しかける事すら出来なかった曹操の機嫌は見事直り、話が終わる頃には笑みすら浮かべていた。
曹操を納得させ、気持ちを切り替えさせられるのは、荀彧の見事な人物評価がそれを可能にしている。
他者を良く見、知る事で人と成りを見抜き その人物を研究する事で結果を策に組み込んでいるのだ。
この経験から荀彧は曹操の怒気に隠れた心を看破していた。
袁紹に対し、怒りもあったが何より曹操から感じたのは虞(おそれ)の心。
今や自身と勢力を二分する勢いのある袁紹が、もし関中を制し、巴蜀の地を得でもすれば
自分はとうとう対抗出来なくなってしまうのでは?という虞(心配)。
その虞に関しても、荀彧はハッキリと断言した。
だが関中に居る頭目は十以上あり、それらが1つにまとまる事は不可能。
中でも抜き出た勢力は、馬騰と韓遂・・その彼らも戦が始まったのを知れば勢力保持の為中立として静観する。
何れは曹操の前に立ちはだかる障壁となっても、今手を打ち、同盟を結んでしまえば一時の間 彼らを気にせず戦えるだろう。
これを聞くと、更に安心した様子で荀彧を労った。
荀彧も穏やかな笑みと拱手で応え、控えている兵士に合図を送り
自分と同じ軍師に籍を置く武将らを呼びに行かせた。
これよりいよいよ、目前に迫った袁紹軍との戦いに備えた軍議が始まるのだ。
既に袁紹軍から先行部隊が東郡太守、劉延の部隊へ差し向けられた事は耳に入っている。
これに対する対応策と、数に勝る袁紹軍を相手取る必勝の策を彼らと話し合わねばならない。
荀彧は戦を行うにあたり、気にしている事を曹操に尋ねてみた。
「そう言えば、ご子息の曹丕殿も参陣予定で?」
「うむ、あれももう25・・初陣は11の頃に終えておるしな」
曹操の息子、曹丕には腹違いの兄が二人と弟が1人いる。
兄二人は夭折し、曹丕の母親が側室から正室に迎えられた為 嫡子と扱われるようになった。
今回の戦では曹丕も腹違いの弟、曹植も本体の軍容に数えられている。
二人のどちらかが何れは曹操の正式な跡目として、太子の位に就くのだ。
だがそれもまだ先の未来・・・今は目の前の戦支度に集中するべきだな・・
一瞬だけ荀彧は、その整った顔を曇らしたが軽く目を閉じた後再び目を開けた時には普段の表情へと戻っていた。
そして軍師三名が揃い、模型を使用しての軍議が開始。
曹操を上座に、脇を固めるように両サイドに座るのが軍師だ。
「恐らく前哨戦となるのがこの白馬の地でしょう」
「うん、それに関しては私も荀彧殿と同意見だよ」
「そうですね、先ず数に任せて袁紹は白馬の地を手に入れる為既に進軍しています」
「兵からの伝令も届いたしねぇ、間違いなく袁紹は此処に陣を敷いた劉延殿を攻めるだろう」
と、荀彧の言葉を皮切りに郭嘉、荀攸、賈クらがそれぞれ意見を述べる。
軍師の全員が白馬の地を取りたい袁紹の心情を先読みしていた。
賈クの言うように、数刻前、許都へ伝令兵からの報告は挙がっている。
河北より先方隊、顔良が数名の武将らと共に曉を出立。
目的地を白馬の地に定められし、と。
速やかに正しい対策を打ち出す必要がある。
各々が対抗策を思案する様を、上座の曹操は静かに眺めて待つ。
郭嘉や賈クが幾つか意見を挙げる中、静かに思案していた荀攸が1つ提案と報告を述べた。
それは此処に居合わせた面々が初めて耳にする報告でもあった。
「実は私も賈ク殿とは別の方面に偵察隊を派遣していたのですが、彼らから数刻前、気になる報を受けています」
「ほう?どのような報告だ?話してみよ」
「はい、偵察隊からの報告によると・・・黒山賊の残党が二手に分かれ常山郡を発ったようで」
「常山郡と言うと・・張燕らの賊軍だね」
初めて耳にする報告に、興味を示した曹操と郭嘉。
二人に頷いて見せた後荀攸の報告は更に続く。
二手に分かれた黒山賊は、一方が河南方面へ、もう一方は延津方面へ向かったと。
「これが意味するのは分かりませんが、この動き・・使えるのではと考えた結果
彼らを囮軍とし渡河させ、顔良に付き従う他の武将とを引き離し顔良を孤立させられると考えます」
要するに、黒山賊の別動隊に自分達の軍の代わりに陽動部隊として動いて貰おうと言うのだ。
自分達の軍じゃない賊軍を策に組み込むとなると、失敗する可能性も懸念される。
だが、あの可庇を落す献策をした荀攸がハッキリと言い切ったのだ・・彼なら賊軍すらも駒として使えるのでは?
と妙な信頼が曹操の胸中を満たす。
少し懸念の色濃い軍師達の様子に、荀攸は万一の為の保険として
彼ら賊軍の動きに合わせて秘密裏に近づく部隊も用意すると言葉を続けた。
「この策には機動力のある楽進将軍、綿密な策にも臨機応変に対応出来る于禁将軍に一任して頂きます」
「はっはあ!これはまた大きく出たねぇ荀攸殿!いやぁ実に面白い」
「とても思い切った策だね、けど、顔良を討ち取ったとして袁紹の抱える猛将はあと一人残ってしまうよ?」
「文醜ですね、彼にも別の囮を使い孤立させる作戦を後程献策させて頂きましょう」
陽動は黒山賊の者と楽進、于禁に任せ、討ち取らせるのは客将として座する関羽にとまとめた。
自分達とは違う発想に感嘆させられ、思わず笑ってしまう賈ク。
郭嘉は感心しつつ懸念される事柄を荀攸へぶつけて来た。
だがこの懸念に対しても既に考えてあったと見え、思案する風もなく荀攸は対策をすぐ返す。
流石荀家の出身で、王佐の才と称される荀彧の従子(甥)だ とその場にいる者が感心させられる。
白馬・延津の戦いの鍵となるのは、袁紹の抱える猛将2人と陽動部隊となる黒山賊と曹操軍二名の将軍だ。
陽動なら楽進らにも可能だろうに荀攸は敢えて黒山賊の別動隊にそれをさせると発言した。
その理由を荀攸は曹操軍と関係のない黒山賊にそれをさせる事で、秘密裏に近づく楽進らの存在を上手く誤魔化せるからと述べた。
確かにそう言われると成る程な、と軍議に参加した軍師らも曹操も納得出来る。
不思議と説得力のあるこの策に対し、曹操は迷う事なく快諾すると荀攸にこの策を一任させた。
軍議は解散となり、荀攸は早速提案した策を実行すべく自分の部下に楽進と于禁へ伝令書を届けさせた。
来る日の戦に備えた策を二人に任せたい、と一筆した物を。
策の全てを一任されたという事は失策と成った時の責任も一任された事になる。
だがそれを重荷とは捉えず、寧ろ曹操から信を置かれたのだと受け取り 少し誇らしげな顔を僅かに浮かべた。
伝令書を届けさせ、私室にて更に策を綿密にしようと歩き出す背に
涼やかな声、荀攸がよく知る者の声が足を止めさせた。
「公達殿、少しよろしいでしょうか」
その声は荀攸を字で呼ぶ相手、足を止めて振り向けば通路に佇む叔父の姿。
叔父と言っても荀攸より年下の叔父だ。
少し神妙な顔で呼び止めると此方に足を向けて近づいてくる。
叔父が何を言わんとするのか、何となく予想が出来てしまう荀攸。
彼、荀彧は予てから気にかけている者がいる。
その気にかけている者が曉に住んでいる事、荀彧はその者が赤子の頃から関わりを持っている事。
そして近づく戦・・・戦況次第では、やがて袁紹の根城がある曉も戦火に見舞われる。
赤子だった者も今尚健在であれば歳の頃・・16.7歳になっているはず。
荀彧自身気にかけながらも都を脱出し、曉へと逃げてきたが住む事が出来ず曹操のいる許都へ下るざるを得なかった。
しかも今回戦は全線には出ない、気にかける者の生死すら確かめに行けない。
となれば、自分に頼む事は何なのか、予想した答えを脳裏に浮かべて荀攸は対峙した。
戦の色濃くなって来た中原に在る許都内で悔しげに呟く家人。
彼の怒りを買った物が、くしゃりと家人の手の中で握り潰された。
家人は握り潰したそれを床に叩きつけるように放る。
怒気を孕んだ空気から、誰一人として家人に声を掛けられずにいた。
家人はこの許都を治める立場にあり、これから熾ろうとしている戦の総大将を務める者。
憎々しげにこれから対峙する相手の名を口にしたこの家人・・
蒼き外套を纏い、下に着込む衣も蒼く髪は黒々顎に蓄えた髭も上品に揃えられている。
キリッと吊り上がった眉と、眼光鋭い双眸は怒気に輝く。
その鋭い眼光を避けるように家人に仕える官吏や女中らは控えていた。
やがてその鋭い双眸が室外より近づいて来る気配へ向けられる。
「お呼びでしょうか」
涼やかな声と眼差しを持つ人物が現れ、家人に向け拱手。
現れた人物も黒髪と蒼い衣に身を包んでいる。
拱手する人物を目にすると、家人は未だ怒気が残る声で自分が投げ捨てた物を示す。
現れた人物がその捨てられた物に気づいたタイミングで家人は言葉を続けた。
「荀彧よ、そちはこれをどう受け取る」
家人からの問いに、一言断ってから現れた人物 荀彧は家人の部屋へ入ると
視線だけで中を見て見ろと言われたそれを手に取る。
くしゃくしゃに丸められてはいたが、蔡候紙(後漢の宦官・蔡倫が樹皮や麻のボロから作った紙)の文字は読めた。
そこに書かれていた内容を読む事で荀彧は家人の心中を察した。
送り主は家人、曹操と因縁の深い人物・・
河北の曉に都を置き帝の擁立に関して曹操の家臣団と対立。
結果、曹操が許都にて擁立したが人事や官位の任免に干渉した結果大将軍に任じられた袁紹からだった。
しかも内容は明らかに曹操を挑発するもので、礼儀に欠けた文面なのだ。
この手紙は曹操が呂布や劉表、袁術らを相手に東奔西走している只中に送られ
心中穏やかではない中、呂布を降し、張繍と張楊の勢力を吸収した曹操の手腕に対して送っていい文面でもない。
他者を諂う文を書かせる袁紹に、もはや名族を名乗る資格すらないと荀彧は感じた。
「殿、このような安い挑発に乗る必要はありません」
「むう・・」
自分の反応を待つ曹操へ視線を合わせ、心中が穏やかではない様子の主を気遣う。
それから荀彧は、袁紹の短所と曹操の長所を挙げてその違いをハッキリ口にし
袁紹には無い曹操の良さをじっくりと説いてみせた。
「兵力差はあれど、殿の下に集った人材はあちらをゆうに超えています」
このような軍を揃えられる実力も人間力も、袁紹には備わっていません。
ですから殿は何を気にする事も、憂う必要もないのですよ。
あちらの安い挑発に頭を悩ます必要はありません。
殿の旗下は精悍な一枚岩、対する袁紹軍の武将らはまとまりがなく我が強い。
これから熾る戦でも、そこを突けば必ず好機は訪れます。
殿はただ、これからの戦に集中し、彼らに指示を出して下されば良いのですから
と話を結んだ荀彧。
その迷い無い口調と飾らない言葉に励まされた曹操の双眸から怒りの色が消えた。
「うむ・・そちの言う通りだな」
「私は今回後方支援の任に就きますが、我が甥、荀攸に一任してあります」
「そうか、荀攸・・奴も下庇(化けるので仮当てです)城の際には見事な策を披露していたな」
「はい、それに殿には郭嘉殿も、賈ク殿も居ます。戦の際には彼らが殿を支えますよ」
「頼みにしているぞ」
誰も話しかける事すら出来なかった曹操の機嫌は見事直り、話が終わる頃には笑みすら浮かべていた。
曹操を納得させ、気持ちを切り替えさせられるのは、荀彧の見事な人物評価がそれを可能にしている。
他者を良く見、知る事で人と成りを見抜き その人物を研究する事で結果を策に組み込んでいるのだ。
この経験から荀彧は曹操の怒気に隠れた心を看破していた。
袁紹に対し、怒りもあったが何より曹操から感じたのは虞(おそれ)の心。
今や自身と勢力を二分する勢いのある袁紹が、もし関中を制し、巴蜀の地を得でもすれば
自分はとうとう対抗出来なくなってしまうのでは?という虞(心配)。
その虞に関しても、荀彧はハッキリと断言した。
だが関中に居る頭目は十以上あり、それらが1つにまとまる事は不可能。
中でも抜き出た勢力は、馬騰と韓遂・・その彼らも戦が始まったのを知れば勢力保持の為中立として静観する。
何れは曹操の前に立ちはだかる障壁となっても、今手を打ち、同盟を結んでしまえば一時の間 彼らを気にせず戦えるだろう。
これを聞くと、更に安心した様子で荀彧を労った。
荀彧も穏やかな笑みと拱手で応え、控えている兵士に合図を送り
自分と同じ軍師に籍を置く武将らを呼びに行かせた。
これよりいよいよ、目前に迫った袁紹軍との戦いに備えた軍議が始まるのだ。
既に袁紹軍から先行部隊が東郡太守、劉延の部隊へ差し向けられた事は耳に入っている。
これに対する対応策と、数に勝る袁紹軍を相手取る必勝の策を彼らと話し合わねばならない。
荀彧は戦を行うにあたり、気にしている事を曹操に尋ねてみた。
「そう言えば、ご子息の曹丕殿も参陣予定で?」
「うむ、あれももう25・・初陣は11の頃に終えておるしな」
曹操の息子、曹丕には腹違いの兄が二人と弟が1人いる。
兄二人は夭折し、曹丕の母親が側室から正室に迎えられた為 嫡子と扱われるようになった。
今回の戦では曹丕も腹違いの弟、曹植も本体の軍容に数えられている。
二人のどちらかが何れは曹操の正式な跡目として、太子の位に就くのだ。
だがそれもまだ先の未来・・・今は目の前の戦支度に集中するべきだな・・
一瞬だけ荀彧は、その整った顔を曇らしたが軽く目を閉じた後再び目を開けた時には普段の表情へと戻っていた。
そして軍師三名が揃い、模型を使用しての軍議が開始。
曹操を上座に、脇を固めるように両サイドに座るのが軍師だ。
「恐らく前哨戦となるのがこの白馬の地でしょう」
「うん、それに関しては私も荀彧殿と同意見だよ」
「そうですね、先ず数に任せて袁紹は白馬の地を手に入れる為既に進軍しています」
「兵からの伝令も届いたしねぇ、間違いなく袁紹は此処に陣を敷いた劉延殿を攻めるだろう」
と、荀彧の言葉を皮切りに郭嘉、荀攸、賈クらがそれぞれ意見を述べる。
軍師の全員が白馬の地を取りたい袁紹の心情を先読みしていた。
賈クの言うように、数刻前、許都へ伝令兵からの報告は挙がっている。
河北より先方隊、顔良が数名の武将らと共に曉を出立。
目的地を白馬の地に定められし、と。
速やかに正しい対策を打ち出す必要がある。
各々が対抗策を思案する様を、上座の曹操は静かに眺めて待つ。
郭嘉や賈クが幾つか意見を挙げる中、静かに思案していた荀攸が1つ提案と報告を述べた。
それは此処に居合わせた面々が初めて耳にする報告でもあった。
「実は私も賈ク殿とは別の方面に偵察隊を派遣していたのですが、彼らから数刻前、気になる報を受けています」
「ほう?どのような報告だ?話してみよ」
「はい、偵察隊からの報告によると・・・黒山賊の残党が二手に分かれ常山郡を発ったようで」
「常山郡と言うと・・張燕らの賊軍だね」
初めて耳にする報告に、興味を示した曹操と郭嘉。
二人に頷いて見せた後荀攸の報告は更に続く。
二手に分かれた黒山賊は、一方が河南方面へ、もう一方は延津方面へ向かったと。
「これが意味するのは分かりませんが、この動き・・使えるのではと考えた結果
彼らを囮軍とし渡河させ、顔良に付き従う他の武将とを引き離し顔良を孤立させられると考えます」
要するに、黒山賊の別動隊に自分達の軍の代わりに陽動部隊として動いて貰おうと言うのだ。
自分達の軍じゃない賊軍を策に組み込むとなると、失敗する可能性も懸念される。
だが、あの可庇を落す献策をした荀攸がハッキリと言い切ったのだ・・彼なら賊軍すらも駒として使えるのでは?
と妙な信頼が曹操の胸中を満たす。
少し懸念の色濃い軍師達の様子に、荀攸は万一の為の保険として
彼ら賊軍の動きに合わせて秘密裏に近づく部隊も用意すると言葉を続けた。
「この策には機動力のある楽進将軍、綿密な策にも臨機応変に対応出来る于禁将軍に一任して頂きます」
「はっはあ!これはまた大きく出たねぇ荀攸殿!いやぁ実に面白い」
「とても思い切った策だね、けど、顔良を討ち取ったとして袁紹の抱える猛将はあと一人残ってしまうよ?」
「文醜ですね、彼にも別の囮を使い孤立させる作戦を後程献策させて頂きましょう」
陽動は黒山賊の者と楽進、于禁に任せ、討ち取らせるのは客将として座する関羽にとまとめた。
自分達とは違う発想に感嘆させられ、思わず笑ってしまう賈ク。
郭嘉は感心しつつ懸念される事柄を荀攸へぶつけて来た。
だがこの懸念に対しても既に考えてあったと見え、思案する風もなく荀攸は対策をすぐ返す。
流石荀家の出身で、王佐の才と称される荀彧の従子(甥)だ とその場にいる者が感心させられる。
白馬・延津の戦いの鍵となるのは、袁紹の抱える猛将2人と陽動部隊となる黒山賊と曹操軍二名の将軍だ。
陽動なら楽進らにも可能だろうに荀攸は敢えて黒山賊の別動隊にそれをさせると発言した。
その理由を荀攸は曹操軍と関係のない黒山賊にそれをさせる事で、秘密裏に近づく楽進らの存在を上手く誤魔化せるからと述べた。
確かにそう言われると成る程な、と軍議に参加した軍師らも曹操も納得出来る。
不思議と説得力のあるこの策に対し、曹操は迷う事なく快諾すると荀攸にこの策を一任させた。
軍議は解散となり、荀攸は早速提案した策を実行すべく自分の部下に楽進と于禁へ伝令書を届けさせた。
来る日の戦に備えた策を二人に任せたい、と一筆した物を。
策の全てを一任されたという事は失策と成った時の責任も一任された事になる。
だがそれを重荷とは捉えず、寧ろ曹操から信を置かれたのだと受け取り 少し誇らしげな顔を僅かに浮かべた。
伝令書を届けさせ、私室にて更に策を綿密にしようと歩き出す背に
涼やかな声、荀攸がよく知る者の声が足を止めさせた。
「公達殿、少しよろしいでしょうか」
その声は荀攸を字で呼ぶ相手、足を止めて振り向けば通路に佇む叔父の姿。
叔父と言っても荀攸より年下の叔父だ。
少し神妙な顔で呼び止めると此方に足を向けて近づいてくる。
叔父が何を言わんとするのか、何となく予想が出来てしまう荀攸。
彼、荀彧は予てから気にかけている者がいる。
その気にかけている者が曉に住んでいる事、荀彧はその者が赤子の頃から関わりを持っている事。
そして近づく戦・・・戦況次第では、やがて袁紹の根城がある曉も戦火に見舞われる。
赤子だった者も今尚健在であれば歳の頃・・16.7歳になっているはず。
荀彧自身気にかけながらも都を脱出し、曉へと逃げてきたが住む事が出来ず曹操のいる許都へ下るざるを得なかった。
しかも今回戦は全線には出ない、気にかける者の生死すら確かめに行けない。
となれば、自分に頼む事は何なのか、予想した答えを脳裏に浮かべて荀攸は対峙した。
魏帝の徒花
2019/3/5 up
(ΦωΦ)捏造いえあ郭嘉は正史だと207年に病死しており 荀彧さんと荀攸さんも正史に則り従子にしました。
が、この話では敢えて生存し、登場させましたがちゃんと意味のある生存です。
このやり取りもらが上手く彼らと接点を持てるように書いてみました。
少しだけ荀彧さんの過去に触れてます、察しのいい方は少し感じたものがあるかもしれませんな(。-`ω-)
荀彧が気に掛ける者とは、またその者とどんな関わりがあるのかは次第に明かして行けたらいいなと思ってます。
が、この話では敢えて生存し、登場させましたがちゃんと意味のある生存です。
このやり取りもらが上手く彼らと接点を持てるように書いてみました。
少しだけ荀彧さんの過去に触れてます、察しのいい方は少し感じたものがあるかもしれませんな(。-`ω-)
荀彧が気に掛ける者とは、またその者とどんな関わりがあるのかは次第に明かして行けたらいいなと思ってます。
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