魏帝の徒花

起ノ章 2幕

2幕 2-2話

の策が無事張燕に採用されから数日。
引き続き孫軽による諜報活動は続き、最近新たな情報を手に入れたらしく
孫軽が飛ばした鷹が知らせを持ち帰った。

何でも、劉備が曹操に反旗を翻した結果敗戦し袁紹を頼って陣容に加わっているとか。
劉備なる人をは勿論知らない、だがこれも策に組み込めるかもしれないと感じ
匿われた劉備について、張燕に教えを乞うた。

張燕はまあ今後に役立つ情報かも知れないと思ったのか簡単に説明してくれた。
黄巾の乱が起こる頃、草鞋を編んで売るという貧しい生活をしていた劉備。
だが黄巾の軍団が劉備の住まう村にも及ぶと知った彼は、義勇軍を立ち上げ有志を募った。
その際義勇軍に加わった二人の武将と義兄弟の契りを結び、黄巾の乱で功を立てる。

自らを漢室の末裔と称し、義兄弟らと活動の場を広げ
民の苦しみを緩和すべく虎牢関の戦いなどにも参戦。
人心を掴む彼は有能な人材を引き寄せ、今では無視出来ない勢力にまで拡大。

彼らの絆は強く、皆が劉備を慕い 彼に国を持たせたいと一心に動いているとか。
が、その思いは戦いを招き、漸く手に入れた徐州も曹操に攻められ
戦力差から退却した劉備らを生かす為 関羽は客将として曹操軍に残った。

「恐らく劉備らも此度の戦に加わるだろう」

匿って貰っている恩義の為、結果曹操側の陣営に客将として居る関羽とまみえるとしても。
それを覚悟しての参陣だとしたら・・

「もしかすると、劉備殿や関羽殿は互いの無事を確認する為に参陣しているのでは・・・?」
「む・・?まあその可能性は高いな、俺の想像だが、劉備らはお互いの無事を知らないまま両陣営に居るようにも思える。」
「そうだとすれば、多分二人は戦に本気で加わったりはしないと思います」
「ふむ?もしや、互いが無事だと分かれば武器を収める・・・と?」
「はい。義兄弟の契りを結んだ彼らだからこそ、互いに無事だと分かるだけで充分のはず」

真に血は繋がっていなくとも、義兄弟の契りを結んだからには全くの他人ではない・・と思う。
私は自分の姉弟に会える機会は減ってしまったが、会えなくても肉親に変わりないもの。
だから劉備殿と関羽殿も、無事を確認出来ればそれだけで良いという気持ちでいると私は思いたい。

「成る程な・・まあ俺はその辺の感情は分からんが、この情報をどう扱うのかはに一任しておく」

自嘲めいた笑みで話を切り上げた張燕、包んで用意してあった布包みをへ投げて寄越した。
危なげなくキャッチしたに、淡々とした声で中身を教える。

渡されたのは今後潜り込む時に必要になる服一式。
白馬の地で猛将の注意を逸らす際使うのは道具でも罠でもなく、自身だ。
孫軽は最後まで反対の姿勢を見せていたが、他でもない発案者の自らに説得され折れた。

恐らく、賊軍の頭領の右腕と称される男を言葉だけで黙らせる女子には今後出会う事はないだろう。
まだ年若く、16という年齢からも分かるようにはまだまだ世間知らずな所がある。
その若さと未熟さも今策を生み出す事に繋がっているんだろう・・だが見ている方はハラハラさせられる事この上ない。
だからついつい世話を焼いてしまうのだ・・・孫軽も、軍のメンバーも、それから張燕自身も。

此処へ奉公に来たばかりのは、想像も出来ないくらい物静かで寡黙。
それでいて周りに対し、常に注意を払いアンテナを張り巡らせ呼び出しにもすぐ対応する良く出来た女中。
程度の認識でしかなかったと言うのに、今ではすっかり黒山賊の者に馴染み、こうして策を披露するまでになっている。

張燕だけでなく、孫軽や他の者の心を掴みごく自然に輪の中に居るのだ。
人心を掌握、まで行かずとも人たらしな面があるように感じる。
天性の素養なのだろう・・この持って生まれたものが、今後どう作用するのか楽しみな反面少し気になった。
近づいてくるのは善良な者だけではないのが今の世の常・・・お前に雀斑が無ければ運命も違っていただろうな。

に対する思案を終わらせると、張燕は間近に迫る戦へ思考と気持ちを切り替えた。
この後は来る日に備え、入念な策の確認と戦支度を入念に行い
212年の年明けと共に白馬の策の為、常山郡を出発。
策の立案者たる自身も、皆とは別方向の白馬の地へ向かった。

「無事袁紹軍へ入り込めるのが一番の重要科目だが、難しいと感じた時は潔く戦場を離脱しろ」

いいな?と念を押すように別れ際の張燕がへ指示した。
道士風の服に身を包んだは素直に頷く。
策の成功が一番の優先順位なのは間違いない、この成功1つで張燕らの勝利も近づくのだ。

何としても成功させたいのが本音。
だが張燕の言うように無理に押し進めても失敗に終わる可能性もある・・
無理だと感じたらすぐ切り上げて戦場から離れろ、と言う張燕の言葉にはしっかり頷いておいた。

先に白馬の地へ向かう為、官渡の地に潜む彼らとは完全な別行動になる。
は白馬の地で袁紹軍の猛将を待ち、曹操軍側が攻め込みやすいきっかけを作ればいい。

無事きっかけを作り、袁紹軍へ痛手を与えられたら鷹を飛ばすよう言われている。
この鷹は番いで、もう一羽を張燕が連れているのだ。
策が一つ成功し無事袁紹軍に潜り込めたら、どんな方法でもいい、甄姫の傍仕えに納まった際にまた鷹を飛ばす。

来る日の為、連絡は綿密に取る必要があった。
初めての献策・・それに伴う実践と実行。
正直言えば緊張と懸念も心に抱いている・・・
もうすっかり以前の暮らしには戻れない所まで来ていた。

父上、母上・・・そして兄上、表兄・・昱、成、都・・
それから張燕殿、孫兄、黒山賊の皆・・・どうか私に勇気を下さい。

立ち止まり、祈るような動作をした
その小さな背中を、ついて来ている白繞が陰から静かに見つめていた。

白繞が同行しているのは、の策を補佐する為である。
無事袁紹軍側の猛将の注意を反らし、甄夫人の傍仕えとして潜り込む為の。
潜り込む際に身元を明かすべきかを悩んだが、袁紹の反応を見たいからというの希望により明かす方向で決定。

何とも度胸がある娘だ。
且つて袁紹が治める地の太守を父親に持ち、宮仕えの母親の元に育ったと言うのに・・
だが、袁紹からの恩恵もなければ給金を奴から貰っている訳でもない。
そこに暮らす者自身が働いて稼いでいて、袁紹は働き場を民に用意しているだけだ。

もっと言えば、経済を動かしているのは州牧の袁紹などではなく其処に暮らす民達という事になる。
が袁紹に対し媚びへつらう様子が無いのは16歳ながらそれを理解してるんだろう。
この若さで兵法を学んで理解、更に軍略を立案し実行する度胸も持ち・・独学だが儒学やら経文まで読める・・・

末恐ろしい・・・と言うか、女に生まれた事自体勿体ないな。
寧ろ女として生まれたのは良い事かもしれない・・と白繞は思案した。


この後と白繞は、白馬の地に着くまでにひと月を要する事となる。


++


戦の気配は勿論、許都(許昌)でも火が立ち昇るように熾りつつあった。
既に212年頃には袁術や呂布を下し、中原を制しつつある曹操。
同じく去年対立する公孫讃を滅ぼして四州を治める袁紹。
中原の二大勢力になった二人が対立するのは最早必至となりつつあった。

大きく動きを見せたのは曉に住まう袁紹。
劉備らを迎え入れた数ヵ月後の事だ。

212年の2月初め、ついに曹操と雌雄を決するべく
袁紹自身が治める四州へ檄文を送り、戦の開始を告げた。
その際の軍議にて、持久戦を唱えていた田豊を軍紀を乱すと称し投獄している。

そんな経緯を経た袁紹は黄河の南岸に布陣する曹操軍の東郡太守、劉延を攻撃する部隊を編成。
大将に猛将、顔良を据え、たった今送り出した所だ。
顔良の周りに淳于瓊、郭図、沮授を配置し、劉延が布陣する地 白馬を目指す軍列である。

「偵察によると曹操軍も河北を目指して進行中、中々に強靭な軍勢との事」
「フン・・そうだな、だが私に恐れるものはなく私を脅かす存在は潰えた!今こそ曹操を下す時よ!」

檄文を書いた文官、陳琳の囁きに対し憮然とした態度で袁紹は呟く。
速戦の不利益を説いていた田豊は黙らせた。
その田豊と同じく持久戦を説いていた沮授は、奇襲部隊に組み込む事で黙らせた。

檄文が発せられた今、立ち止まる事はもう出来ない。
後は勝敗が決まるまで走り続けるのみ。
曉内にも袁紹に及ぶ勢力も権力者もいない・・
袁紹側で把握していたそれらの分子は、先の公孫讃との激戦の中で消した。

決定的な理由は、実は無く・・ただ可能性の域で手を打った。
だが、何とも心が痛む決断となったのは否めない。

「暮らしぶりは見て来たか?」
「ええ勿論、不運にも巻き込まれ親を亡くした者達に紛れ引き取らせましたよ」
「そうか」

その出来事を悔いているのか、少しだけ目を伏せ陳琳に短く問う袁紹。
民からは慈悲深い君主として知れているだけあり、人間らしい一面も覗かせる。
しかし実情は己の不利益になる事はしない男だ。
当然今回出た戦争孤児の引き取り手にも、金を握らせて引き取らせている。

袁紹は全ての不穏分子を排したと考えているが
陳琳には1つだけ袁紹へ報告していない事があった。
何故報告を躊躇ってしまったのか、陳琳自身も理解していない事である。
火種は既に生まれ、逃れ、そして熾りつつある・・その火種から袁紹が逃れるのは許されない。

その事を、陳琳自身無意識に分かっていたのかもしれない。
且つてその血脈の者を排する側に立ち、今もそれは変わらず。
その上であの血脈の者を恐れ、何ら関係のない者達を巻き込んでまで葬ろうとした名族と喚くだけの男の末路を。

己の身の置き方についてまた考えねばか、と思いながら拱手し、部屋を退室。
あわよくば袁紹に報告しなかった者の存在に、誰も気づかねばいいなと
或いは、かの者の境遇を知りながらも保護してくれる者が現れれば・・
などと願いながら1人、陳琳は戦の迫る曉の空を見上げた。


魏帝の徒花
2019/3/4 up
うーん、今回は短く終わってしまいましたねえ・・中々思い描くようにキャラたちを動かせませんでした(力不足
戦の起こる前を書くのが下手ですねえ(´_ゝ`)当然はありますが袁紹を書く時思い浮かべてるのは無双シリーズのアレです。
文官の陳琳さんもwikiペディアで載ってる実在の人ですね、まあ口調と性格とかは捏造がデフォですけども。
何度も言いますが212年の正史では、袁紹は死んでるし官渡の戦いとかも終わってます。
この作品用の年表に従って起こしてるのであしからず!後前哨戦から官渡の戦いが起こるまでに4ヵ月程度正史では空いてますが調整するかも。
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