それは普通によく晴れた秋晴れの日だった。
私――は、いつものように大学の講義を終えて帰路に着いていた。
今日はハマッてるゲームの発売日。
サークル活動も後回しにして予約した店で受け取った袋を手にルンルン気分で門を潜る。
発売当初からずっと集めていた奴だ。
今日はやり込むぞ〜♪
そんな風に意気込んでは袋を開け、ROMを取り出す。
ずっと発売前からワクワクして待っただけあり、上機嫌だ。
取り出されたパッケージには『無双OROCHI Z』と書かれている。
知らない人の為に簡単に説明すると
○ーエーから発売されているアクションゲームと言うかシュミレーション?いや違うか。
中国の三国志時代を舞台にした三国無双と
日本の戦国時代を舞台にした戦国無双をそれぞれシリーズで売り出している。
どちらもひっくるめてファンの間では、無双シリーズと呼んでいるのだ。
そして、その無双シリーズの集大成として発売されたのが
今まさにが起動させた『無双OROCHI Z』なのである。
これは無双好きには堪らない設定になっているのだ。
簡単に説明すると、今作では、三国も戦国も別々ではなくてそれらが融合した世界が舞台。
オロチと言う人物が、欲望のままに三国と戦国の世界から猛者を集め
どちらでもない全く別の世界へ、彼等猛者を連れてきたのだ。
商品名が『Z』なのにも理由がある。
実はOROCHI2も出ていて、巷ではそれをOROCHI再臨と呼ぶのだが
今回が買った『Z』とは、その1と再臨が収録されている+新キャラ&シナリオ追加版なのだ。
シナリオ全体は前と同じ、ただ追加された特典があるだけ。
プレイヤーは、複数あるシナリオから好きなシナリオを選んで
使い易い(最初は選べないけど)キャラを三人選んで、そのシナリオを完結させるのが目的。
つまりは、その世界に連れて来たオロチを倒すのが目的と言う訳になる。
通常なら会う事もない時代も国も違うキャラ達が一同に介し
同じ目的の為に共同戦線するなんて、無双好きならワクワクが止まらない作品だ。
もその一人であり、テレビ画面で流れるOPムービーに見入っている。
ムービーを見終わった後スタートを押し、シナリオ選択から開始。
「どのシナリオからやろうかなあ」
新しく追加された『OROCHIシナリオ』も気になる。
悪側にはどんなドラマがあるのか、結構気になるけども・・・・
最後にそれを知るのもいいかも?と思い直し
取り敢えず『魏』のシナリオを選択した。
1の時の、曹丕と三成のコンビが好きなんです←
操作出来るのは曹丕の方だけど、使えるようになったらみっちゃん(三成の事です)もセットしよう。
シナリオの内容を知ってても、やりたくなっちゃうのよね〜
最初はキャラ変えられないのでさっさと戦闘開始画面へ進む。
そしてシナリオ開始で見れる序盤のムービーが流れた。
単品の時と同じで、それぞれの世界にいた武将達がオロチの創った世界へ連れて来られる様子。
・・・・のはずだった。
――が、の前で流れたムービーは単品の時とは違う物だったのである。
よく知らない男の人が映り、格子越しに空を見上げて呟いた。
【私とした事が隙を突かれてしまうとはね・・これはいよいよと危険になってきたと言う事か】
え?何コレ、新展開?って言うかいきなり最初から新シナリオなのかな。
【此処に封じられては何も出来ぬ・・・そうか、今は神無月・・最後に賭けてみるとしよう】
夜空を見ながらそう美しく笑んだ男は、カメラ目線で此方を見つめ賭けてみるかと呟いた。
客観的にゲームの始まりをワクワクしながら見守っていた。
ムービーが終わったので○ボタンで次に進めた。
慣れ親しんだゲームだ、ムービーが終わると準備画面に切り替わるのは知っている。
その画面で最終的に装備を決めたり、敗退条件と、勝利条件を確認し、自分のキャラの位置を確認したりする。
それらを確認するつもりで画面が切り替わるのを待っていたは
映し出された画面に二度目の驚きを味わう事になる。
「は?これも新システムとか?」
思わずそう呟いた理由。
マップとかが出るはずの画面には、幾つかの質問が表示されたのだ。
1.今は何月ですか?
それってこっちの月?だとしたら10月・・・っと
2.その日は月蝕ですか?
確かそうだったはず・・・・Yes
3.歴史は好きですか?
勿論!一番好きだし♪
4.この世で一番大切なのは何だと思いますか?
うーん・・・・学生にとって一番大切なのは勉強よね・・・・・・
でもそれよりもって事になると・・・人、とか命とか・・道徳心?
何か陳腐だな←
難しい質問だなあ〜・・・・・
やっぱ『命』かな。
何にも代えられない、尊い物。
5.無双シリーズは好きですか?
好きに決まってますーー
6.最後に、もし、貴女に特別で稀有な力が宿ったとしたらその力で何をしたいですか?
・・・仮定よね仮定。
うーん・・・・人の為に役立つ事に使いたいかなあ。
てか、ゲーム始めるだけなのに、こんな真剣に悩まされるとは・・・・
コントローラーを駆使して長い文を入力し、再びワクワクしながら戦闘開始を選択した。
今度こそプレイ出来ると、それ以外は全く頭になかった。
画面に出る『Now Loding』の文字。
夕食前のほんの数分だけのプレイ時間。
月は少しずつ隠れ始めていて、もう少しで完全に隠れる所まで来ていた。
けどまさか、この『Now Loding』の先に
あんな事態が待ってる事を、誰が予知出来ただろうか。
予知してたらそうなる前に教えて欲しかったわね・・・・・
―いらっしゃいませ―
そんな文字が飛び込んでくると共に月蝕は起きて
辺りは闇に包まれ、文字は声になっての耳に飛び込んで来た。
もうどんな事が起きたのかサッパリ分からない。
私は一面真っ暗な空間にいた。
夕方になってたけど月蝕があるから部屋の電気は付けてたはず。
なのに此処は真っ暗で何も見えなかった。
何故か薄ら寒く感じ、二の腕辺りを片手で摩る。
その時気付いたのだが、利き手に持ってるはずのコントローラーがなくなっていた。
マジかー・・・コントローラーだってバカにならない・・・・
普通に5千くらいするのよ?お小遣いだけじゃ直ぐには買い直せないのに〜
こんな訳の分からない事になってる中
そんな事を真剣に考える私はどれ程暢気だったか
大分早くに思い知らされる事になる。
「どうやら君のようだね」
「えっ・・・・!?」
その声は突如目の前から聞こえた。
男の人の声で、危機感を感じさせる物ではなく
何処か安堵したようなそんな声が・・・
後、さり気に嫌な事に気づいたんだけども・・・・
どうして・・あのムービーで聞こえた声と同じなんだろうね〜・・・・・・
一致して欲しくない予感を抱きながら声の主を探す事数秒。
真っ暗だった空間に、突如青白い光が差し込んだ。
その光の方を見て気付いた。
先ずは此処も夜で、月蝕が発生していた事に。
と言う事はやっぱり此処は私の部屋って事??
いや、確かに自室だった。
けども何かが違う。
月光が再び現われ、その光に照らし出される自分の部屋。
しかし其処に、居たら明らかにオカシイであろう存在がいた。
物凄い違和感だ、その存在だけがこの部屋の中で明らかに浮いてる。
視覚的な違和感とでも言えばいいのだろうか?
言うなれば『異質』。
闇から現われた月光に照らし出された人を見て
何度目になるのか分からない驚きに、思わず相手を指差してしまった。
「あ!貴方さっきゲームのムービーにいた人!!?」
けどおかしいだろそれって。
何でさっきまで画面の中で喋ってた人が目の前にいるのさ!!
指差されたのに男の人は小さく微笑んでいる。
「混乱してると思うけど、時間がないから手短に説明するね」
「は??何をですかっ」
「さっきの質問に答えてくれた君を此方へ招くって事の説明」
「はぁ!!???」
「僕は蝕の神で喪月神、言うなれば月の神って所かな。」
「話が見えません!!!」
「詳しく話してる時間がないんだ、道を創れるのは今宵のこの瞬間だけだから」
「え、月蝕?」
慌しいやり取りの中、意味深な事を口にした男。
道とやらを創れるのがこの日のこの時間だけだと言った。
今夜は月蝕・・・それと関係があるのか?とつい問うてしまった私。
呟きを耳にした喪月神は嬉しそうに微笑んで、その通りだよ、と答えた。
反応してどうするんだ私ぃいいいいい!!!なんて後悔しても遅い。
男は「君は聡い子のようだね」とか言ってくれちゃっている。
神様とか言ってたけど、何だこのフレンドリー加減。
「詳しい話をするから先ずは移動しようか」
「そ、それはいいですっ」
「生憎だけど後戻りはさせてあげられないんだよねぇ・・・だって君はもう選んでしまったのだから」
何を――・・・とは聞けなかった。
否、聞く必要がなかった。
だって、確かに私は選んでしまっていたから。
『魏』のシナリオと、ステージを。
ゲームはもう開始されて、後戻りは出来ない。
この神様とか言う人にお引取りしてもらう方法はただ1つ。
自分も一緒にこの人と移動するしかないと言う事。
しかしどうやって移動して、何処で話をし切りなおすと言うのだろうか?
第一、そんな中国のコスプレみたいな服装の人と夜道を歩きたくない(
寧ろそんな格好で歩いたら通報されるんじゃないか?
未成年誘拐罪とかで←
と言うか・・・今更知らない顔は出来ない。
自身、確かにこの男をゲームの中の人物として見ていたし・・声もその本人と認識している。
そんな上で今更知らないフリは出来なかった。
と言う訳で拒否権はなく、神と名乗る男について行く羽目になったのである。
「僕の事は信じなくてもいい、でも、自分自身の目は信じてあげなさい。」
穏やかで慈悲に溢れた目でを見つめた男が紡いだ言葉。
不思議と不安が成りを潜めた。
肩に触れる男の手の温もりと感覚。
の手を取った男の手は、しっかりとその存在を認識させた。
確かにこれは現実なのだと・・確かに自分はこの男と話しているのだと。
蝕の夜、密かに始まるは、ぬばたまへの旅路――