私のいた劇団は 小さな村の小学校の体育館に村の人 700人に有料で集まってもらって 芝居をみてもらうということを 年間100回していたので 見ている人が わかるようにするという大前提があったと思う。見ている人たちが「なんじゃこりゃ、わけがわからん」「う、なんか変」

と思ってしまったら 最後まで見てもらえないから。テレビとかに出て有名なら その知名度で 見てもらえるけれど そうじゃないので よけいである。そのことで演劇鑑賞会の事務局の方々から「へたくそ劇団」陰口をたたかれたこともある。

 

私、やっぱり芝居が好きだから どんどんみんなの相談に乗れるようになりたいし、だめだよとうまく伝えられる技術をもっと持ちたいなって心から思います。だからいろいろ頑張ってみようと思います。がやがやしていてくださいって要求されてもちゃんと その役をつかんでいたらいろんな言葉が自然に出てくるんですよね。昭和19年、54歳の女性 既婚者なら旦那はどうした?息子はどうした?お店は何屋さん?娘はいるの?どこからお嫁にきたの?学校は尋常小学校?それとも高等小学校までいかせてもらえた?実家も商売?お兄さんは戦死?いろいろ設定してゆけば 言葉や動きが思いつくんですよね。それがないから段取り芝居しかできないんだよみたいなことも伝えてあげたいけど 今まで 伝え方がへたで多くの方を傷つけてきたから・・・職業的にやっている人は泣かされても逃げないもんね。演出家の蜷川さんにどなられても耐えられるのはチャンスでもあるから。でもどこの馬の骨かもわからん奴にダメ出しされて素直にはなれないもんね。でもなんとかうまく伝える技術、相手が気持ちよく理解できる技術を勉強して いっしょにいい舞台を作っていきたいと 昨夜 決めたのでありました。長文ですみません。

 

演じずに 役として ただ生きることができたらいいなあ。感動させようと思って いっしょうけんめいにやればやるほど やっている自分は充実感があるけれど 見ている側は どんどん さめてゆくと教えられました。

 

だから生きるために 役の人物のことをいっしょうけんめい考えます。なぜ このセリフが出てくるんだろう。周りの人との 関係。なぜ この人に こんな風にいわれるんだろう。この人のセリフに なぜ 答えなかったんだろう・・・

 

「いろいろいろいろ考え調べ そして 芝居が始まったら いっさい忘れるんです。役の人物が こんな風にいおうなんて 頭で考えて話しているんじゃないから」

 

先輩たちに教えてもらったこと 感謝 感謝

 

大槻 秀伸 懐かしいはなしですね〜。共感・共鳴なき劇場(空間)に何があるんだ?うまい・へた・とはなにに比べてだ?うまい演技とはなんだ?共感なき演劇、歌に何があるんだ?・・・しかし好きな有名人はぼくにもいます。知名度があろうが、なかろうが、一瞬でも共感・共鳴できたら同等だろうと思いますけど。間違えていたらすみません。

岩渕 健二 大槻ちゃんに教えてもらったことがいっぱいあります。今も 心に。一瞬は 同等です。

大槻 秀伸 よくいうよ!つずけてるブッチャン凄いよ!応援してます!!!

岩渕 健二 いや ほんまやで。あの 港で拾った花 のとき 号泣した自分に 驚いた。あ、あれが 幸いにして先が見えていた瞬間やったんやね。表現としては最低やったけど・・・あの体験は 貴重やった。

大槻 秀伸 いや!最高ですよ!あれは、僕も嫉妬しました。

 

「もう守りきれん」というせりふがある。

「きっとね、今まで 守ってきたから もう守りきれん だと 思うのよ」

ある女性が教えてくれた。そしたら 少し見えてきた。いろんな答えは言葉の中にあるんやな。

「この 『ごちそうさま』もすごいせりふだと私は思うの。時代の流れの中でもう閉店するしかない。今まで守ってきたのに もう守りきれない。本当は守りたい、でも 守れない・・・目をつけられている、今も特高が・・・すみません、ほんとうにすみません・・・ごちそうさまでした。ね、私、泣きそうになる

 

「どんな役者になりたい?」

「うちの劇団のKさんみたいな役者になりたい」

「そう」

「うん」

「じゃあ 役者なんて あきらめたほうがいい」

「え?」

Kさんは1人いればいい。Kさんが何人もいてもね」

「・・・」

「君は 君という役者にならないと」

先輩に言われたこと。