あ、野球で ストライクや ボールというのは ピッチャーやない 審判や 審判とキャッチャーとバッターにしたら 3人とも正面向ける!!見てるほうもよくわかる。そうや 先生に いってみよ

 

気持ちはつくるものじゃなく その時の まわりの人たちとの関係や 場の状況から 生まれてくるものなんだよ

と、先輩は 教えてくれた

 

幸いにして 先を知っている役者と 不幸にして 先を知っている役者がいる。

台本があるわけだから 次に起こることはわかってるんだよね。このセリフを はいたら 次に だれがセルフをいうかなんてことも わかってるんだよね。でも実際の舞台上の役の人物にとっては 同じ芝居を 何回上演しようと 毎回 初めての出来事なんだよね。だから 相手のセリフが 新鮮に 入ってきて こころが自然に動くということを どうやって毎回 するかが 勝負どころなんだよ

同期生が 教えてくれました。 幸いにして 先を知っている人でありたいです。

 

おどりのだめだしで 「まちがったときに あ、まちがった!という顔をしないでください」といわれました。その時 おもいました。このミュージカルを お客さんは はじめて見るんだ。市民ミュージカルなので 最大 みる 人でも 8月1日と2日の2回なのだ!

だから 堂々と していよう!!まちがったのは 俺じゃない。周りの人たちだ!

あ、宇宙戦艦ヤマトの 話というのは 軍服の話です。ヤマトの人たちは 赤や白や黄色のカラフルなきれいな軍服。敵のガミラスは ナチスや日本軍を連想させるような軍服。「黄色の軍服やて、標的に してくださいって いってるようなもんや。正義はきれいで 悪はきたないということやったんかな」「自衛隊は 戦 とか 軍 とか 使わないようにしているのに 子供向けのテレビなんかでは 当たり前の ように使っている。戦隊ものっていうじゃないですか。違和感ありません?」みたいな 話。

市民ミュージカルで 昭和20年で54歳くらいの明治生まれの役を生きようとしていると 今までとは違った見方で出てきました。陸奥宗光や小村寿太郎の不平等条約の改正などという 受験のための歴史を実感できるようになってきました。まわりの大人たちの会話の中で少年期をすごすわけで 「おいおい、黒船さんがきて 無理やりの条約が ようやくやな」「おう、不平等を 押し付けられたけど ようやくや」みたいな会話を まわりの大人たちはしていたやろな。

そんなことを考えるようになってきました。鬼畜米英という言葉が腹に落ちるようになってきました。空襲であれだけの非戦闘員を殺し、原爆まで落とすことができる鬼畜・・・

 

みんなが かっこよく 2枚目で会話をしつづけると みんなが同じ口調で同じスピードのように聞こえ 見えてきて 場が 暗く沈んでゆく。まるで ショッカーの会話のようだ。子供むけの典型的悪者を見せつけられる。ちがうんだよなあ。

 

「饅頭をいくつ つくるの」ときかれ「饅頭を 43個つくるんです」というセリフのとき 彼は客席に向かって 右手で指4本出して左手で指3本出した。そうだそうだ 昔 自分もやってたな、そうやって 何かしないと気がすまないんだよな。でも 客席で みていたら 笑っちゃうんだよね。だれに 43を見せてるの?質問してる人に 見せなきゃ。おいおい その距離で 指を出さないと 43が 相手にはわからないのかい?それほど 君は 滑舌が 悪いのかい?あ、滑舌が悪いということをコンプレックスとしているキャラクターづくりなの?などなど 頭の中でぐるぐると言葉が・・・

でも 初々しいな  その初々しさが うらやましかったりして・・・