「思い残すことはありません。ただ もう一度 餃子が食べたかった」

「おい、思い残すこと あったんやんけ」

「うん、ごめん。餃子〜〜」

「あかんて、こんな時に」

「餃子〜〜〜〜〜」

 

「ここは壁ですが、ここの先に 1200人のお客さんがいることをイメージしてください」そうだ、そうなのだ。いっしょうけんめいイメージして・・・

なのに なのに・・・

ああ 反省や。また やっちゃった・・・

浮きまくりぶっちの登場や・・・

では 行ってきます。

 

昭和17年の6月ごろが1場で 空襲は昭和20年の8月やから3年か・・・48歳、49歳、50歳、51歳か・・・40代と50代って違うよな。子供やったら 小学校の2年生が5年生や・・・ぜんぜん 違う・・・そこもかんがえないかんのかな〜と 考え出した どつぼにはまってしまいました。4場のセリフに「米英の戦争も もう2年半・・・」とあるので ここのテンションを起点にして 過去は 真珠湾までさかのぼると 日本は負けなしやったから 昭和17年のテンションはと めっちゃあげすぎたら 他の人たちは そんなこと考えてもいないからおちついているのに 自分だけ・・・あほです。ほんま あほです。何もしないことが 逆に目立つという道が 自分にはいいのかもしれません。反省

 

軍服の男が 店に入ってきたら 店の人は ドッキっとするよね。もしかしたら この非常時に こんな店をやってることは 非国民だ! いいだすかもしれないという緊張感が まず ないと・・・彼は そう語った。

子どもたちを なんとかしないとと いっしょになって アイデア出し合い 笑いあい場を 彼女らは つくっていた。子供たちが どんどん 笑顔になっていった。

みんなのいいところを 出し合って つなぎ合わせたら もっともっと よくなるんだろうなって 思った。スタッフの人たちももっともっと 話を通じあってほしいな〜 日々変わっていることを伝え合ってほしいなあ なんて 思ったりする 夜中です。

録画してあったNHKの沖縄戦 今 見終わりました。

 

「台本をもらったら 自分のセリフを どういおうか考えてしまう。でもね、おもしろい役者は 他の人たちのセリフを どうきこうかと 考えて 台本を読むんだよね。そしたら 自分のセリフの言い方が みえてくるんだよね。動きも見えてきたりするんだよね。そしてね、相手が 変わったら 自分も変わることができるんだよね」

昔 先輩が 話してくれました。

 

大造「やむを得ない。悦子先生、ふたりを連れて 比刀根橋防空壕に・・・」

一行のセリフです。これでセリフひとつと考えますが 私は ふたつと考えます。

「やむを得ない」で ひとつ。きっと 独り言みたいにいったんですね。いいおえたら 呼吸をして 生理状態を変えてから  「悦子先生、・・・」と 悦子先生に目の焦点をあわせて ふたつめのせりふ。

まる  で 呼吸して 生理状態を変えるというのが いいのです。

ぜひ お試しください。

 

A「私は 行って 戦ってきます」

B「やめてください、無駄です」

A「わかった。でも・・・」

わかった で ひとつ  でも・・・  で ひとつ

そうして考えないと Bはつっこみ いれますよね。おい わかったっていうたやないか なのになんで でも って いうねん!!って

小説やったら 「わかった」彼は そういった。私は ほっとして 彼の手を離した。かれは にこっとわらった。敵はすごそこまできている。にげなければ。私たちは歩き出した。「でも・・・」え?振り返ったとき 彼はいなかった・・・