芝居の経験者が 何かを伝えようとするとき、自分も含めて 説明が長くなります。自分も含めてとは私もそうなのです。なんとか笑いをちりばめてとか考えるからよけい長くなります。わかってもらおうといっしょうけんめい ていねいに説明するからですね。ところが きいている人は あんまりわかっていないんです。そんな山ほどの言葉より 動かしてもらえたほうがよくわかるのですが・・・

劇団の研究生時代、 安達元彦さんに 歌のレッスンを受けました。なにひとつダメ出ししないで どんどん歌うというレッスンでした。頭の中がなんにもなくなって 歌い ハモリが楽しくなりました。いつもなら劇団の先輩が 「そこ音程 下ずってるよ」とかのダメを受けながら練習するのに 安達さんのレッスンは違っていて ほんまに 歌うことが楽しかった。歌がへたくそな自分は ダメを出されたら その部分ばっかりに意識がいって ダメを出されないようにいたんだろうなって いま 思います。

 

歌のうまい人がいました。カラオケ大会で優勝したりする人で みんなうまいなって思ってました。かっこよかったし。ところが劇団の演出は「あなたは自分の歌を自分で聞いているから だめだ」と はっきりといいました。その時 え〜〜〜〜 と思ったのです。もう何十年も前の話ですが。自分の歌を自分で聞くな。

今、少しわかります。セリフや演技や歌は 自分を表現するためにあるのではなく 相手役に何かを伝えるためにあったりするから 自分がどうだろうかではなく 相手に どう伝わったかなのだということなのかなって

 

「あ、グラマン!」と 誰かのセリフ。これで いろいろリアクションをしてほしいと演出。舞台の上で動ける人は いろいろやるが 動けない人は いろいろできない。客席から見ていると 動けない人が 目立ってしまい 場面全体をこわすことになってしまう。このとき 動ける人が 動けない人にかかわったら 二人とも存在できる。お互いを活かしあい 場面を盛り上げることになる。動けないなと思う人は動ける人を利用しよう、動ける人は 自分だけ動くんじゃなく 動けない人を活かしてあげよう。そんなことの大切さを この前の稽古で 教えられました。

 

私 8月2日の市民ミュージカルの本番が終わったあと いいわけしたくないんです。だから 今 いっしょうけんめい メッセージしたり 手紙書いて渡したり こうやって 芝居のこと書き込んだり 調べたりしています。わたし、人のせいにして いいわけするタイプなんです。「ああ、あれはしかたないよ、そういう方針だったから」なんていいたくないんです。もし いってたら 殴って下さい。最低の男と 陰口たたいてください。だから仲間たちにも ぶつかりあえるなら どんどんぶつかってほしいです。誤解なら 解けます。目指すべきものを しっかり共有してゆく作業が大事だから。54歳で 生きている私は そう思います。

 

「よしな。ここに暮らす人たちは みんなまずしいよ」というせりふがあったとしたら ふつうは ひとつのせりふと考えますが、「よしな」と いう言葉は すごく行動的ですよね、止めにはいってるんですよね、。争いみたいなことをおさめたくって発した言葉だと考えたら 次のせりふは 争いがおさまったからいう言葉と考えられます。もし争いがおさまらなければ 「よしな、よしなって いってるだろ、おい いいかげんにしろよ なめとんのか おい 無視するなよ・・・」と永遠に続くんですよね、あは。だって 止めたいんだから。

セリフは 「よしな」でひとつ。そして生理状態を変えるために 呼吸をしてから「ここに暮らす人たちは みんな貧しいよ」で ひとつと考えると 役者としてはうれしいし、みている側もわかりやすいですよね。そして大事な言葉を つぶだてたいから 貧しいの まに力をいれると いいのかな