2005422 舞台と客席とで作りあってゆくのが演劇だと思う。だから「舞台に立つ役者自らが 学校に行って、担当の先生と直接会って話しをしにゆく」という 自分たちの劇団のやりかたが好きだ。しかし、この国、特に東京には子供のための劇団が山のようにあって、現場の先生は いやになっている。とくに大規模校の担当の先生は 毎日のようにいろんな劇団から電話はあるは、パンフが送られてくるは、直接たずねてくるはで、たまったもんじゃないらしく、私のことを人間扱いしてくれない。「パンフレットを見て決めますから、会う必要はありません、帰ってください」なんていう。わが業界の恥みたいな気がする。しかし先生、もし1000人の学校なら 一人700円としたって 70万円なんですよ。もし、自分が70万円出すとしたら パンフレットだけで決めますか?まあ、今は通販がはやりだから それでもいいんだろうけれど・・・なんか哀しいな。

 金を出すのは親で、自分じゃないもんね。だから、真剣になっていない。

 つまらない芝居だったら 金を払わないぞとごねればいいのに。子供の正直な感想を送りつければいいのに。

 つまらない芝居なのに お国の賞や推薦つけて 現場からつまらなかったっていわせないようにしている劇団もある。賞をとるためには 偉い学者や評論家をご招待してやっているのに、推薦をとるためには政治家や役人に動いてもらってやっているのに。

 賞や推薦は 子供が出したのではなく 大人が出したのだ。子供のためにという大義名分で出したのだけど、それは子供のためでなく大人のため(すべてがそうだとはいえないけれど)

 「現場の先生が大変でしょうから私がコーディネイトしてあげましょう」なんていって 劇団からのバックマージンをもらっている文化人と名乗る人もいる。1校決まるとその周りの学校とも巻き込んで同じ劇団にしていまうのだ。そうすれば劇団の経費が浮くからバックマージンも増えるという計算だ。

 あー、いやだ、どうしたら ピュアでいられるんだろうか。

 私は わが子に 誇れる仕事がしたい。今 私が身を置く業界は

子供に誇れる仕事をしていますか?

 そして私は 誇れる仕事をしていますか。

 そう問いかけながら 生きていこう

 人間になりたいから 人間の仕事をしたいから。

 今日 会ってくださった先生たち ありがとうございました。突然行って すみませんでした。電話でアポなんかとったら、資料送ってくださいで 終わらせてしまうでしょ。まだまだ 私が人間になれていないから、今はこうするしかありません。いつか必ず人間になって 会いにいきます。

 

やむおえない。狩野先生、ふたりをつれて、比刀根橋防空壕へ避難してもらえませんか。あそこなら、少なくとも、このあたりの防空壕よりは安全です。

私のセリフです。こうやって書かれています。

私は こう考えて プランします。

やむおえない。

これで セリフがひとつ。やむおえない と思う 理由。

やむおえない。のあと 次に この人物がなにを話すのか 他の人はわからないはず。

やむおえない。狩野先生は ご自宅へ。あとは こちらでやりますから。八千代、ふたりを連れて 避難しろ!

というかもしれない。

たくさんある選択肢の中で 出てきた言葉だと考えるのです。

狩野先生、といったら 狩野先生が 自分を見るだろうな、もしかしたら 先生が自分に近づいてくるかな それとも自分が 近づくかな。まわりは 大変なことになってるんだよな。声の大きさはどれくらいだろうか、あわてたらいかんな 冷静に 大丈夫だと 安心させないとな。狩野先生だって まだ若い、避難してもらわないと・・・

そんな風に いろいろ考えるのであります。