2025年5月20日「日本文化科学社:使用者レベルB 使用者レベルC」
日本文化科学社の心理検査使用者レベルのBと Cについて
ご不明の方は、お問い合わせください。
調べて回答いたします。
2025年5月19日「モーサテ」
今朝のモーサテを見ていて、面白いことに気づいた。
トランプ大統領の ブレーンの本音だ。
アメリカの本音は もう、日本を手放したいのだろう。
「アメリカの属国のフリをするのは もう、やめて、
独り立ちして ほしい。
戦後80年も経つのに、憲法も、政治も経済も、 軍事も、
そろそろ独立して 自分でやれよ」。
それでは ないかと 思う。
踏まれても、蹴られても、ついて行きます下駄の雪。
トランプ政権は これを「やめろ」と言っているのだ。
2025年5月19日「出世は罰ゲーム」
講演会などで「出世は 罰ゲーム」と言うと 共感 を得る時代となった。
年配者は 定年退職後も 会社に呼び出されて、再雇用というカタチで
「重責」を任されている。
退職者が 現実の組織の指揮をとっているのだ。
これが今の組織の通常運転のようだ。
一方、若手は いつまで経っても 育たないし、育とうとしない。
難しい仕事は すぐ根気が尽きるし、音を上げる。
何万円かの報酬増加で「仕事の責任」をとりたくない。
「仕事の重責」を担いたくない、というのが本音のようだ。
そして、
その仕事は 私には できない。
怖い。
その仕事を辞めさせてくれ、となる。
(これ、精神医学では回避型パーソナリティ障害、と言うんだぜ)
民間企業であれば、これで「会社を辞めて」となるが、
公務員の場合は 辞めさせる権限のある雇用主が 現場に いないので
やめなくてよいことになる。
それで「事件」は 、公務員から多数発生することになる。
だが、日本では 通常、お役人は「偉い」ので、
相当ひどいこと になるまで 事件は明らかにならない。
まあ、そんなこんなで、
民間人は公務員を 苦い顔で 見ているのである。
ところで、こうした社会の現況は 全て「キャリア・ガイダンス」
(進路の決め方の講習会)に 含まれる。
こういう話を 含めた講習をしないと意味がないので ある。
キャリア講習の神髄は そこまで含まれる。
2025年5月18日「日曜日」
TVで 与野党の政調会長と橋下氏が登場して「米不足」の話を
やりとりしたが、政治家は馬鹿だなあと思う。
国民(庶民)の意識との乖離が 甚だしい。
何年、政治家をやっていても 何も勉強していない。
企業の社長や経営幹部が 偉くなって
顧客と接することが なくなり、顧客の気持ちが
わからなくなると、その企業は 倒産 する。
それと同じ事が 政治家や政党にも 起きているのだろう。
また、驚いたことに
こうした時、世襲議員たちは 何も言わない。
ただ議員になっているだけで、
何も意見が ないようだ。
オワコンで ある。
2025年5月17日「土曜日」
・Eddie higgins の方が ビル・エバンス より
スタンウエイの音が ずっと良いだろう。
そう 思うよ。
・「危機と決断(上)」ベン・バーナンキ/角川書店/2015
やっと 手に入れた上巻。
下巻は2008年のリーマンショックから始まるため、
多くの人が読んだようだが、上巻はバーナンキの幼少期の
話であるため、世の中にモノがない。
それを手にいれたのだ。
このベン・バーナンキは カミソリ・サマーズとともに
世界の2大経済学者である。
歴代の日銀総裁が 束になってかかっても かなわない。
2025年5月16日「先代旧事本紀」安本美典・志村裕子訳/批評社
ついに 先代旧事本紀を 手に入れた。
しかも 安本美典監修本 で あ る。
この書は824年の成立。伊勢神宮のお社の一つから十巻の巻物として
出てきた。
古事記・日本書紀と並ぶ日本3大史書の一つだ。
つまり、日本の神世の成り立ちから 政治の原点を知る古書中の古書だ。
古事記や日本書紀に書いてない歴史のエピソードが 数系統書いてある
という。
興味津々である。
中でも興味深いのが「ニギハヤヒ」やその子「ウマシマジ」の
行方。さらに 邪馬台国の「東遷」の話である。
2025年5月15日「大学生が来る」
ウチの会社には 時々、大学生が訪ねて来る。
去年は 日本大学の心理の子が 来た。
昨日は 高経大の経済学部の学生だ。
両者に共通するのは「名刺」を持っておらず「自己紹介」が
できないことだ。
私らの頃は みな、名刺を持っていた。
早稲田も 明治も 慶応も 日大も。
そして さっと名刺を差し出して「○○でございます」と
挨拶 したものだ。
「人が仕事を持ってくる」ので、人と会うのは最重要課題だ。
人と顔をあわせ 名刺をばらまいて いると、話が 来る。
世の中は 人とのつながりで 成り立っているので あ-る。
2025年5月14日「R社長・来社」
実は先般、元トラック販売会社のR社長が 来社した。
彼は 人が育つには「挫折体験が必要だ」という。
しかも、泥沼に口まで浸かって
「臭くて 汚い泥水」も、一度は飲むべき、だという。
そうしないと、人間は懲りない。
懲りないと、覚えない。
人間は経験したことがないことは、2度目に対応できない、
という。
私は 笑って しまった。あっはっはっは。
だよね。
2025年5月14日「金融講義」高橋洋一/ソシム
石破内閣になって 高橋氏をはじめ安倍内閣当時の経済ブレーン達が
吠えに吠えて いる。
その多くが政府の経済政策(マクロ経済)の間違いや
日銀の金融政策の間違いを 指摘し 批判しているのだ。
その発端は 財務省の矢野事務次官が文藝春秋に
「このままでは国家財政は破綻する」と寄稿したことに端を発する。
多くの識者が これを読んで
「うひゃあ、財務官僚は、このレベルかよ」
と驚いたはずだ。
ところで、高橋氏は プリンストン大学で 後にFRB議長となる
ベン・バーナンキ教授の指導を受けている。
彼は 恐慌と日本経済研究の第一人者だ。
加えて、安倍ちゃんの家庭教師をして「アベノミクス」の基礎を作った
ポール・クルーグマンも 高橋氏の同級生であり、バーナンキの弟子
でもある。
これらのノーベル経済学賞を取った経済学者達の考えは、
日本の財務官僚や 歴代の日銀総裁の考えは 間違いだという。
ここが非常に面白いのだ。
話を元に戻そう。
今回のこの本は 高橋氏の脳に記憶しているマクロ経済の常識を
語ったものだ。
この本は トランプ大統領の「意志」により、政治的に歪んだ
アメリカ経済の その後 に備えるため、会社経営に関わる全ての人が
むさぼり読むべき「経済の教科書ガイド」になるだろう。
2025年5月13日「愛しすぎる家族が崩れるとき」信田さよ子/岩波書店
2003年発刊のこの本は 先の コントロール・ドラマより、
考えがまとまっている ように思う。
後で 信田氏の この辺の著作を点数をつけて評価してみようかと思う。
評価基準は AC(愛着障害)の問題解決方法が提案されているか
どうか。明確に意識されているか どうかだ。
今のところ、信田氏は 自分がACだと気づいた子どもは、親とは
別人格なのだから 見捨てろ、と言う。
「あなたのために・・」と愛情を追い鰹して 愛情で直そうとせず、
徹底的に 親と切り離して 本人の自律を待て、という。
まあ、このやり方は 人間中心主義のカウンセリングの原理を
はずれては いないのだが・・・。
これで事が解決するか どうかは 別次元の話だと思う。
2025年5月12日「ネコと月を見る」
うちのネコは 室内飼いで ある。
従って、当然、家の外に出したことは ない。
しかし、オスなので 少し乱暴に育てた方が良いとも 思う。
そんな昨夜、ネコ助と一緒に 玄関の外のタタキに座って 月見をした。
顔を上に向け、月を見上げるネコ助。
「お前、猫のバットマンマスク 買ってやろうか?」
「ふあい」
2025年5月11日「内田クレペリン検査・生徒対象講習会」
某高校で 内田クレペリン検査の講習会を行ってきた。
”企業人事部は 内田クレペリンを どのように採点するか”と
いうものだ。
これを 早々に終えると、残り時間は「キャリア・ガイダンス」。
いわゆる 進路の決め方の 講習会だが、時間がショートなため、
企業は どのような人材を求めているか、という現代企業の死活問題、
つまり喫緊の話題を話したわけだ。
題材は2つ。
一つは コミュニケーション能力の欠如。
現代は オジサンも オバサンも 「ホウレンソウ」が できない。
つまり、社内で「報告」も「連絡」も「相談」も ない。
支店長も 社長も 部長も、平社員も 横の連絡も、縦の意思疎通も
ない。これが 現代の普通の企業だ。
要のサラリーマン社長は 所詮、雇われ社長なので 他人事。
これで 顧客が企業を見放し、死んでいく。
第二は、他人に対して 気が遣えないことだ。
これも 先の特性と 絡んで影響が大きい。
「こんな ことで、会社が成り立つのかねぇ」という話だ。
当然、成り立たない。
「いいかい。君たちが行って、これを打破するんだぞ」。
最後は 拍手が沸いた。パチ、パチ、パチ-。
こうした講習会、実は正鵠を射たことを言っている。
有料でも 絶賛されるんじゃ ないかと 思う。
現代は「出世は罰ゲーム」と みられているが、
そうでない人も 五万と いるぜ。
2025年5月11日「コントロール・ドラマ」信田さよ子/三五館
これは ひょっとして 当たり かもしれない。
信田氏は この時代のカウンセラーとして 愛着障害という概念は
ないのだが、それを ACと表現している。
アダルト・チルドレンだ。
これ 岡田氏の言う 愛着障害と同一のものだろう。
処方箋として、
岡田氏は 愛情を追加して 追い鰹をして直そうとするが、
信田氏は 諦める。元へは戻らない、と言う。
ふーむ、である。
2025年5月10日「FLY BY NIGHT」
この曲、80年代の匂いが プンプンすると思ったら、1979 ですと。
どうりで、リー・リトナー。
fourplayとは ちと違う。あれは ベロキ・ラプトル
2025年5月9日「コントロール・ドラマ」信田さよ子/三五館
2001年6月発刊の「子どもの生きづらさと 親子関係」が あまりにも参考に
なったので、この近辺の著作を 漁りに漁ることに した。
つまり、この頃の 信田氏の「考え方界隈」に興味がある。