夢
「あたしは、どんな事があっても生徒達を退学になんかさせませんから。
誰一人欠ける事なく3D全員を卒業させてみせます。」
ざわつく俺等に静かにしろと怒鳴ってから、ヤンクミが口にした言葉。
静まった教室に響いた意思の篭った声。
しかし理事長や教頭は、その言葉を一笑。
「夢のような事を」
「――いけませんか?」
真っ直ぐな目を理事長へ向け、逸らす事なくそう言い切った。
「ただ卒業証書を受け取るだけじゃなくて、ちゃんと次に進むべき道を見つけて
胸張って巣立っていく生徒達がみたいんです。それが私の夢ですから」
教室が静まり返る。
俺も背筋を真っ直ぐ伸ばしたヤンクミの背中を見つめた。
全てのセンコーから見放され、全ての大人から白い目で見られ不良だってだけで腫れ物扱いされていた俺達を
疑わずに信じて、全員で卒業していく姿を見るのが夢だって
迷わずに彼女は言ってしまうんだ。
こんな大人、センコーは初めてでジッと見つめてしまった。
「彼らにそんな夢を持っても」
「期待するだけ、無駄と言うものです」
「・・退学にさせたきゃ勝手にしろよ!!」
「矢吹!・・・おい、お前ら待て・・・・っ」
けれど、そんな俺達を煙たがる理事長と教頭の言葉に隼人がキレ
温和なタケまでが荒々しく机から飛び降り、隼人へ続いて教室を出て行ってしまう。
驚いている俺の前で、日向やつっちーが出て行く。
そして、今まで座っていた竜も席を立ち立ち去る際
俺と目が合う、俺は立ち去りたくはなかった。
俺達を信じてくれるヤンクミに、背を向けたくなかった。
けど竜に腕を引かれて立ちあがざるを得なく、後ろ髪を引かれる思いで外へ出た。
「竜!何で出るんだよ、ヤンクミは俺達を信じて夢まで託して・・」
「俺達になんか、夢持ってもそのうち冷めるだろまだ分かってねぇだけだ。」
「竜までそんな事言うのか?誰かに、信じて貰える・・見守って貰えるって言うのは嬉しくないか?」
「・・・・・」
「信じてくれる奴に、応えたいって思わないのかよ!」
本来信じて力になってくれるはずの両親に決別を宣言された。
此処へ来て、初めて信じられる仲間と出会い
どんな時でも力になってくれて、道を示してくれる存在のヤンクミと出会えた。
反発こそしていたけど、ヤンクミは人を信じるって事をその身で教えてくれた。
ヤンクミのお陰で此処まで来れた、勿論隼人達のお陰でもある。
隼人達だってヤンクミに助けられて此処まで来れたはず。
竜なら分かってくれてると思ってただけに、今の言葉がの心に刺さる。
「・・・」
「いいよ、もう・・俺先帰る」
「待てって――」
何で泣きそうになってんのかが恥ずかしくなり、竜の手を解いて歩き出す。
竜はが泣きそうな事に気づいてハッとしたが掴もうとした手は空を掴み、その背を見送るだけとなった。
そして竜は気づく、が何よりも絆を大切にし仲間を大切にしている事を。
は実の親から縁を切られ、親愛も何も与えられなかった事。
転校して来た時のは、心に鎧を纏っていた。
誰も信じず、その姿は自分を守る事で精一杯だったんだろう。
そんな時でも彼女は絆を重んじた。
互いに信じられず、互いを憎み避けていた俺達に彼女は教えてくれた。
仲間を信じ、大切にする事。
にとって誰かに信頼を置かれる事は、何よりも嬉しい事だ。
「クソッ」
それに気づかなかった自分を、竜は1人責めた。
苦々しい表情で。
ΨΨΨΨΨΨ
何だよ、竜のバカ野郎。
どうしてヤンクミを信じてくれないんだよ。
今までのセンコーとは違う。
身近にいた俺達が、一番分かってるはずなのに。
俺達の為に、無茶をしたヤンクミ。
今度は俺達が・・・ヤンクミを助ける番なんじゃないのか?
俺は・・いや、私はヤンクミの夢を叶えてあげたい。
恩を返したい。
ヤンクミの姿をクラスで一番近くで見てきた隼人達だって、きっと気づいてくれるはず。
だったら私はそれを信じて、前へ進むだけ。
私も、前を見なくては。
人を・・・大人を疑うだけじゃなくて、信じる事を始めよう。
全ての大人が、不良と呼ばれる子供を見放す訳じゃない。
ヤンクミを信じるように他の大人や先生を信じてみよう。
疑っていては何も始まらない、心を・・・・開かなくては。
父親を、少しだけ・・・・信じたい。
まだ私を・・愛してくれていると。
逆らって抗っても、子供に親は必要なんだ。
大人ぶっていても1人では生きていけない。
バイトだけでは回らない事もある。
真っ暗な部屋、広いだけで1人ぼっちの部屋。
置いて行かれた私を、迎える声は何もない。
「誰にも信じて貰えないのは、辛いよな・・・・・」
「の事なら、俺達が信じてるだろ」
「え?」
「何勝手に帰ってんだよ」
「そーだよ、待ってたんだぜ?」
1人だと思ったから口にした言葉。
しかしそれを拾った声があった。
吃驚して振り向く先に、竜と隼人の姿が。
現れたのはその2人だけだったけど、かなり吃驚した。
竜と隼人は、ヒョイッと道脇の花壇の淵から飛び降り吃驚しているの前に来る。
うわ・・・歩いてくるだけなのに色気が漂ってるよ。
特に隼人、お前の方がホスト向きじゃねぇのか?
「待ってたって何だよ、そっちが先にキレて出てったくせに」
隼人の醸し出す色気と雰囲気に、一瞬ボォーッと見惚れてしまっていた。
自分の前に来た隼人の言葉で、言いたい事を思い出し反論の言葉を口に出来た。
信じてくれてるって言葉は素直に嬉しいけど、それとこれとは別。
俺が口にした言葉に、隼人がバツが悪る気に髪をくしゃっとさせた。
「だってよ、あのクソ理事長とサルワタリに腹が立って我慢出来なかったんだって」
「口を尖らせて言うなよ・・・」
「悪かったな、俺、が大切にしてる事が何なのかあの後思い出した。」
「竜・・」
バツの悪そうな隼人を竜が横目でチラッと見た後
その隼人が口火を切り、の隣りで空を見上げてポツリと話し始めた。
最初は俺について、無茶しやがるとか言ってるけど
無茶してる自覚はなかったな、力になりたくて助けたくて無我夢中だったから。
「お前は誰よりも仲間とか、絆とか大切にしてて仲間の為ならすぐ無茶しやがる」
「俺達は今まで、大人やセンコーから信じてもらった事なんかねぇ」
「けどアイツだけは、山口だけは俺達を信じやがった。」
「ああ・・・今までも、きっとこれからもヤンクミは俺達を信じて体を張ると思う。」
隼人は言葉を捜しながらも、思ってる事を口にした。
自分達だって、最初は大人とかセンコーなんか誰も信じてなかった。
突っ張って、虚勢を張って全ての者を拒絶していた。
それを幼稚だと、駄々を捏ねているだけだと指摘され
気持ちの篭った拳で山口の気持ちを受け取った。
竜も、軽い嘘を信じて自分の為に汗水垂らして山口は金を作った。俺を立ち直らせる為に。
そうやってヤンクミは、真っ直ぐに自分達を信じてきた。
自分達の為に、何度もヤンクミは頭を下げてきた。
「だろうな・・山口、バカ正直だし」
「言えてる、卒業した熊井さんの事だって世話してんもんな」
「熊井さんも、ヤンクミを信じてる。」
「ああ・・・見てれば分かる」
「俺、ヤンクミの夢・・・叶えてあげたい」
隼人と竜に両側から挟まれるように立たれ、2人に言う。
この2人の存在も、今の俺が在る為に必要だった。
強引で、真っ直ぐで温かくて・・・・
こんな俺を、好きになってくれた。
2人やつっちー達と一緒に卒業する為には、ヤンクミの夢を叶える事にある。
俺はいつか、答えを出さなくてはならない。
その時まで、2人には傍にいて欲しい。
勿論、つっちー日向・タケにも。
俺、欲張りかな。
「そうだな、立派に卒業証書貰ってクソ理事長とかの鼻を明かしてやるのもいいかもな」
「へぇ・・・隼人の口からそんな言葉が出るんだな」
「あんだと?竜、お前俺に喧嘩売ってるんかよ」
「俺もの意見に賛成してやるよ、山口には世話になったしな」
「有り難う、2人とも」
「無視かい」
隣にいてくれる人の存在、些細な会話だけで心が温かくなる。
竜に冷たくされてる隼人の姿が自然と笑いを誘う。
こうして見てると、竜が隼人で遊んでるようにしか見えない。
3Dの頭なのにな、自然と人を惹き付ける。
隼人の周りには笑いが絶えない。
話してると、心がポカポカするんだ。
楽しそうに笑ってる顔を見ると、俺も嬉しくなる。
これって何なんだろうな。
一人ぼっちの帰路が、温かみに変わった冬の空。