浴衣
ミーンミーン
そろそろ夏の暑さもピークを過ぎた頃。
隅田川で行われる花火大会が行われる。
勿論カップルとか、家族連れで賑わう会場。
去年の自分は、友達同士で行った。
それがさぁ、自分の友達って皆彼氏がいてさ
結局男 呼びやがって、自分は1人ぼっちだった。
つまらない花火大会と記憶してる。
今年も1人ぼっちだと思ってたんだけど
ついに自分にも春が来た。
いつも同じ電車に乗り合わせてて、気づくと目が合ってた男の子。
独特のオーラを持ってる人で、何かとよく見かけた。
野球のキャップを目深く被ってたけど、とにかく目立った。
電車で見かけるうちに、偶々隣同士だった時
「君っていつもこの時間なの?よく会うよね、俺達。」
「そうだね、見た感じ歳は同じくらい?」
男の子の方から話しかけてきた。
近くで見ると、尚更カッコよくて緊張した。
声も落ち着いてるし、細いのに筋肉のついてる体。
一緒に話して過ごす時間が、心地よく過ぎて行った。
いつ頃からだろう、電車の中で逢うのが待ち遠しくなったのは。
――いつも同じ電車に乗り合わせる、名前も知らない女の子。
気づくと目が合ったりして、知らないうちに意識し始めてた。
どんな子なのか、自分の事をどう見てるのかとか。
俺は仕事に行く都合上、この時間この電車によく乗る。
乗る度に発見がある子で、見てて飽きなかった。
ある日は駆け込み乗車をして来たり
ある日は乗る時に、躓きそうになったり・・
MDを聞きながら本を読んでるのもよく見かけた。
話したいって思って、電車に乗ったある日。
偶然か偶々か、立ち位置が隣同士になった。
「君っていつもこの時間なの?よく会うよね、俺達。」
「そうだね、見た感じ歳は同じくらい?」
声かけなきゃって思うより先に、口が動いてた。
初めて聞いた彼女の声、落ち着いた・・でもメリハリのある声。
彼女の名前は、 。
向こうの予測通り、俺達はタメ。
それから度々隣同士の席に座って話すようになり
気づけば俺は、電車に乗ってと話すのが当たり前になってた。
いつ頃からだろう、に別の想いを抱くようになったのは。
――全てのきっかけは、電車での出逢い。
どちらからでもなく、気づけば隣にいるのが当たり前の存在に。
だから、俺はにハッキリ気持ちを言ってない。
仁に相談したら・・・
駄目じゃんそれじゃあ、亀はその子といるのが楽で
一緒に隠れて遊んだりしてんだろ?
気づいたら何よりも心に強く、存在してて傍にいて欲しいなら
言わなきゃ駄目だろ、伝わんねぇぜ?
――と偉そうに説教された。
ってゆうか、隠れて遊んだりしてんだろ?ってのは
聞こえが悪くねぇか?いけない事してるみたいじゃん。
まあ・・それはともかく、気持ち伝えてないのはよくないよな。
アイツも茶化さずに真面目に聞いてくれたんだし。
思い立ったら即行動、俺は早速にメールした。
To
ちょっと逢いたいし、話したい事あるから
今夜の花火大会行かない?
待ち合わせは、何時もの駅とかどう?
時間は18時。
From 和也
ピッと機械音がして、宛のメールは送信された。
返事が来るまで、少しのドキドキ感を味わう。
はどう思うだろうか、不審がるだろうか?
微妙な気持ちに駆られながら、俺は返信を待った。
この日の為に、ちゃんとオフを貰ったし
浴衣とかも準備したし、完璧だよな。
見る場所も、なるべく目立たないトコ探したし。
とか思いながら待ってると、着信メロディが鳴った。
To 和也
自分も逢いたいと思ってたvv
話したい事ってのが気になるけど
花火大会行こうね♪
待ち合わせは18時で、あの駅ね?
了解!!遅れてくるなよ〜?
From
話したい事の内容を気にしてたみたいだが
は逢ってくれるようだ。
何よりも、向こうも逢いたいって思ってくれてた事が嬉しい。
時計を見ると、今は17時40分。
待ち合わせの駅には、急げば15分くらいで行ける。
それでも、を待たせるのは自分も嫌だから
すぐに支度を済ませて、慌しく家を出た。
――その頃、約束した駅にも向かっていた。
自分の家も駅からそんなに遠くない。
実は自分も、1つの決心を胸に来ていた。
電車の中で出逢って、気づけば話すようになったり
一緒に遊ぶようにもなってた自分と和也。
人目を忍んで逢うのには、訳があったって分かった。
彼は、和也は芸能人だったのよ。
それでも、この気持ちに変わりはない。
芸能人だから好きになったんじゃないから。
和也だから、好きになった。
今日逢ったら、その気持ちを伝えるつもり。
和也も何か話があるみたいだけど、言うつもりだよ?
例えそれが、自分の聞きたくない話だとしても。
そうじゃなかったってのは、後々分かるんだけどね。
18時
が駅に着いたのと同時に、和也も駅前に来ていた。
駅へ向かいながら、の姿を探す。
来てなかったら?と不安にはなったけど
俺はを信じてるから、寧ろ姿を探す事を楽しんだ。
油断してたら驚かしてやろうかな、とか考えながら。
しばらく探すと、人ごみの中に佇むその姿を見つけた。
キョロキョロと辺りを見渡し、俺の事を探してる。
俺は人込みに紛れて、に近づいた。
波に乗るように近づく中、も浴衣だと気づく。
栗色の髪は、高く上げられていて
白いうなじがよく見えた。
・・・やべぇ、不意打ちくらった。
の浴衣姿に、ドキドキしつつも
何とか心を静めると、後ろから手を伸ばして
の手を軽く握り締めた。
「待った?」
「わっ・・吃驚した、和也かぁ〜」
突然の温もりに、驚いて目を丸くしたが俺を見る。
驚いた顔も、この日ばかりはとても愛しく見えた。
浴衣のせいなのか、妙に色気が漂ってる。
髪をアップにしてるから、左耳のピアスがよく見えた。
あ、マジ可愛い・・・星型のヤツだ。
何て気づけば、目が勝手にを見てる。
つーか、ずっと見てたいくらい可愛いし。
人がいてもいいから、抱きしめていい??
いや・・そんな事したら、注目浴びてバレる。
バレてもいいけど、に迷惑かけたくないし。
「和也?どうしたの?花火始まる前に行こうよ」
「あ、わりぃボォーッとしてた。じゃあ行こっか。」
「うん!」
俺の言葉に、嬉しそうに笑った。
かなり可愛いんだけど・・・
それに、歩き始めたの体から甘い匂いが香った。
俺の事誘惑してるとしか思えない。
駅を出た俺達は、しばらく人の波に乗って路上を歩いた。
夜空を彩る満天の星。
隣にはとっても大切な彼女。
手を繋いで歩き、その中で交わされる他愛ない会話。
目的地までの一秒一秒が、ゆっくりで心地よかった。
途中 人の波から外れた事に、が不思議そうに問うて来たが
もっと眺めがいいトコに行くって言ったら、すぐ納得して笑った。
普段と違った服装をした相手が、隣にいる。
その現実は、互いを無口にさせてしまう。
それでも愛しいから、伝えてしまいたい気持ちがある。
2人きりで話すのに絶好の場所、其処に着く頃には
夜空を沢山の華やかな花火が彩り始めた。
「綺麗だね、和也。」
「ああ、来て良かっただろ?人もあんまいないし。」
「そうだね、2人占めだね。」
「だな、俺が見つけといたの。」
「ホント?・・有り難う、此処よく見えるよ。」
そう言って笑う君が、とても愛しくて
意識するより先に、この気持ちは溢れ出した。
「なんかさ、逢って気づいたら隣にいるのが
当たり前になってたから 言う機会がなかったんだけど・・・
俺・・に逢えてマジ良かったと思う。」
話しながら、隣にいるを見つめる。
見つめた目には、空に輝く花火の煌き。
「話も合って、一緒にいるのがすっげぇ楽しくてさ
ドジなトコとか真面目で可愛いトコとか見てるうちに
の存在が、俺の中で大きくなって欠かせない物になった。」
和也の声、真剣な顔で話す姿。
夜空と自分とを交互に見て話す姿に、胸が高鳴って顔が熱くなった。
今 精一杯、自分に伝えようとしてくれてる。
その想いは・・きっと自分も同じだ。
夢でも見てるんじゃないだろうか、都合のいい夢を。
「俺の事を知っても、傍にいてくれる奴とかって
滅多に出逢えないだろうし・・傍にいるのが当たり前だからって
伝えなきゃいけない事は、やっぱ伝えないと駄目だから言う。」
緊張して、途中から何言ってるかわかんなくなった。
体中の血が顔に集まったかのように、頬が熱くなる。
好きだから、気持ちを言葉にするのさえ緊張しちゃう。
でも 言葉にしなきゃ、伝わらない物もある。
決意した和也が、ふと動いた。
一歩 足を踏み出すと、の頭を引き寄せ
自分の方へと引き寄せるように 抱きしめた。
スッポリと包まれてしまった自分の体。
丁度肩の辺りに顔が鎮められて、男の子らしい
広い胸に身を預ける形になった。
恥ずかしい・・・けど、凄く安心して嬉しかった。
触れ合う喜び、抱きしめられてるだけで
和也の気持ちがすっごく伝わってきた気がした。
「が好きだ、初めて電車で逢ってからずっと。」
すぐ近くから聞こえた和也の声。
もうそれだけで、腰砕けになりそうな程
その声はダイレクトに、自分の体を貫いた。
言葉と共に、ギュッと抱きしめられる。
背中に触れる腕が、凄く力強くて・・想われてるって思えた。
「そのままで聞いて、自分も・・和也が大好き。」
ずっとずっと、和也を傍で支えていたい。
照れて顔が凄く熱かったけど、どうしても伝えたかった気持ちだから
和也に抱きつくようにして、耳元でそっと囁いた。
甘い甘い、君の声。
その甘い声は、簡単に俺の自制心を溶かしてしまう。
の顎を上げて、頬に手を添えながら最後の自制心で問う。
「こっから押さえが利かないんだけど、続けていい?」
「・・・和也のスケベ・・」
「ひど・・もう待ったなし、だって カワイ過ぎ。」
「えぇっ!?」
俺の言葉で、慌てふためく。
だから、その反応が可愛いの。
さて?そろそろ、その可愛い唇を塞ごうかな。
寄り添う影が重なるのを、月だけが見ていた。