予兆



『当然だ、小田切と嘩柳院は古くから付き合いがある』

車内で父親が告げた言葉。
この18年間、全く知らずにいた事。
付き合いがあったなら、何故自分は三年前の出来事を知らないのか。

当時の俺はグレてて、家の事も何も顧みなかった。
自分を取り巻く物がどんなのか・・全く興味すらなくて
ガキだった俺は(今もガキだけど)その時の『今』を生きるだけで精一杯だった。

の為だけに生かされる事になったんだ』

あの日、全ての過去から解放されたが口にした言葉。
周りの大人から裏切られ、実の父親からも裏切られた

それでも1人で生き抜いてきた。
自分自身を戒めて、感情を殺し・・・・笑顔さえもから奪った過去。

もっと・・・もっと早く気付けなかったんだろうか。
こんなに繋がりがあったなら、もっと早く気付けたはずだ。
何で今更・・・・っ・・何で今更なんだよ。

手にした学ランを力一杯握り締める。
まるでその物の存在を見なかった事にしていた気がして自分を赦せなかった。


コンコン


静かな室内にノックの音が響く。
それに応える前にドアが開き、1人の女性が入って来た。

「・・・竜、朝ご飯持って来たから食べなさい」

入って来たのは自分の母親。
洋食めいた物がトレイに乗せられている。

立ち去る前に、竜は母親の目を見ずに呟くように問うた。

「親父、学校に行ったのか?」
「・・・・・(頷く)」
「お袋に、俺の事見張らしといて?」
「・・・・・」
「お袋も 嘩柳院家と付き合いがある事・・・知ってたんだよな?」
「・・・ええ」

長い沈黙を挟んでの会話。
父親に関する問いには無言だったが、睨むように向けた視線と
改めて向けた問いにだけは、間を挟んで肯定した。

家族構成は知ってた。
けどそれだけだ・・・・三年前の事も知らなかったくらいだしな。
やっぱ、お袋も知ってたんだな。知らなかったのは俺だけか・・・・・

「じゃあ、付き合いがあったんなら三年前の事も聞いてるんじゃないのかよ」
「・・・・・冷めないうちに食べなさい」

核心を問おうとした矢先、母親は部屋を出て行った。
知ってても知らねぇフリかよ・・・
自然と苛立ちが芽生えた。

まるで監獄だ、此処までしてまで自分の考えが正しいとか言いたいのかよ・・
そう分かっていてもそれを跳ね返し、反論する事を竜はしないでいた。



□□□



「一体どういう事ですか?息子は席だけ置いて、登校させない約束だった。
なのに、私が目を離した隙に息子はまた学校へ行き始めた。」

「小田切が学校へ行き出したのは本人の意思です、それの何処がいけないんですか?」

学校へ出勤した久美子は、理事長に呼び出され
抗議に来ていた竜の父親と対面していた。
竜の父親に頭を下げ、苦々しい面持ちをその下に隠している。

久美子はただそれを聞いていたが、やはり黙っていられずに言うべき処は言う。
きっとそれは紛れもない正論。
人間は1つの『個』だ、他人がそれを無視する事はいけない事。

だが戒めているのは竜の肉親である父親。
勿論父親にとっては久美子の方が他人と言う事になる。

「息子はね、以前はあんなに反抗的じゃなかった。
学校で、悪い友達といるようになって変ったんです
私は竜の父親だ、息子の事は一番よく分かっています。」

これが正しい教育とばかりに言葉を連ねる父親。
頭から決め付けたような言葉。

押さえつけるような言い方に、久美子も何とも言えない苛立ちを感じる。
少なくとも、父親が言う反抗的と言う言葉には今の竜は当て嵌まらない。

それはきっと、嘩柳院や矢吹達の存在。
小田切自身を見つめ、そのままの人となりを見ているから。
だから小田切も、彼等を信頼して少しずつ己を見せ始めている。

この父親にはそれが分からない。
固定観念に捉われ、物や人を一方からしか見ないんだろう。

「山口先生、小田切君はもう学校へは来ません」
「えっ?」
「勿論、本人も納得済みです。卒業資格は与えますが卒業式にも出席しません。」
「そ、そんな!」
「来月から、カナダへ行かせる事にしました。」

久美子の反論を無視して進められる会話。
勝手に決められた処遇と将来。
久美子の憤りも高まる。

どうして勝手に此処まで決めてしまうのか。
実の子である小田切に、何故進む道を選ばせないのか。

「語学学校に入れて、4月からは向こうの学校へ行かせるつもりです
親として、子供の将来を考えて決めた事です」
「小田切は・・・本当にその事に納得してるんですか?」
「当然です」
「・・・でも・・」
「先生、貴女は卒業したら息子とは関係がなくなる。
だが私は違う、親は子供の一生に対して責任がある・・貴女とは責任の重さが違う!」

そう疑問を思う久美子へ、淡々と父親である男は言葉を続け
覆しようもない、家族間の関係を突き付けた。
それは分かっている、違えようもない繋がりだ。

だからって・・・親の理想や考えを押しつけていい訳でもない。
子供の為だとか言って、単にてめぇ自身の理想を押し付けてるだけじゃねぇか・・
滲み出そうな怒りを抑える久美子の傍では、別の話が始まっていた。

「処で理事長」
「はい・・?」
「息子のクラスには、嘩柳院と言う生徒がいるようですが・・」
「――――・・・確かに、居りますが・・その生徒が何か」

確認するような口ぶり。
一瞬理事長の眉がピクッと反応した。

口を閉ざしていた久美子も、の姓を聞き顔を向ける。
そして言葉を続けた父親は嘩柳院家との繋がりを明かした。
慎む事なく口にした、嘩柳院そのものを蔑む言葉。

此処にも事情をも知らずに、世間の言葉だけを鵜呑みにした大人が存在している。
よりにもよってそれが小田切の父親だとはな。

「何とも理解し難いですが、理事長も苦労されているようですね」
「そうですねぇ・・頭痛の種なんですよ。まさか小田切さんが御存じだとは」
「私も警察の人間です、あそこの家とは古い付き合いがありましてね・・・娘さんがいたようですが・・・・まさか『ああ』なっていたとは――」

「表しか見ねぇ大人が・・偉そうな口叩くな!」

此処に来て久美子の堪忍袋の緒も切れた。
自分の子供ばかりか、血の繋がりのない嘩柳院の事までもを平気で批判する様

子供を導き、指導する側の大人が言う言葉とは到底思えない。
烈火の如く声を荒上げた久美子に、誰もが目を見開いた。
すぐさま教頭が落ち着かせに駆け付ける。

「山口先生!此処は落ち着いて下さい、父君に対して失礼ですよ!」
「教育者の言葉遣いとは思えませんな・・・・理事長、最近私は此処へ入学させた事を後悔していますよ」
「・・・――申し訳ありません、ですが・・手はもう打ってありますのでご安心下さい」
「どういう事ですか理事長!!」
「そうですか、それは期待してもいい・・・と言う事ですね?では」
「小田切さん!」

落ち着かせる教頭の声の合間に聞こえたやり取り。
信じられないやり取りに、前のめりになる久美子だったが
会話を終わらせると、父親は立ち止まらずに理事長室を出て行った。

手は打ってあります――

どういう意味だ、嘩柳院に何かするつもりだって言うのか?!
湧き上がる疑問、それを理事長にぶつける前に理事長も立ち去ってしまった。
兎に角・・・私が守ってやらなきゃだ・・嘩柳院も小田切も私の大事な生徒に変わりはない。

重い足取りで、久美子は職員室を出た。
これから聞かされた話を奴等にしなきゃならない。
きっとあいつらも、怒るだろうな・・思わず自嘲が漏れた。



□□□



「学校こねぇって、どう言う事だよ」
「もしかして・・昨日の事で?」
「かもな」
「竜の奴・・・ケータイにも全然出ねぇんだよ」
「・・・・もしかしてアイツ・・家に閉じ込められてるとか」
「・・在りえねぇだろ、そんな事」

教室に現れない竜、何かあったのだろうかと心配するクラスメイト。
事情の分からない俺達に、現れたヤンクミが言った言葉。
それとその経緯。

全くもって理不尽な事この上なかった。
やっぱり似てる、竜の親父さんと俺の父親は。
己の理想を突き付け、それに見合う事ばかりを押し付ける。

其処から反したら目を逸らして手すら差し伸べない。
竜が苦しんでる・・・そんな気がしてならなかった。

つっちーの言った可能性の言葉に、隼人は目を見開くも否定。
何処かで信じたくないんだと思う。
実の親が、実の子を家に閉じ込めると言う可能性を・・・・・。