優しさの裏返し
地上げ屋が店を引き上げた後
ヤンクミは熊井さんを伴い、夜の公園通りに連れ立った。
勿論俺や隼人達も後をついて。
熊井さんが一歩前を歩き、その次にヤンクミと隼人
俺や竜達は一番後ろを歩く。
先頭を歩く熊井さんがふと足を止めたのが見える。
俯いた視線、不意に彼は拳を作りギュッと握った。
ワナワナと震えてる様に見えて、熊井さんの怒りや不安が現れてるみたいに思えた。
何とも沈黙が痛い空間に、一つの声が発せられる。
「あいつ等、地上げ屋なんじゃないか?たちのけって脅されてるのか?」
ヤンクミの問い掛けにも熊井さんは何も答えない。
どう聞かれても熊井さんは話そうとはしないんだろう。
それでも熊井さんが心配なヤンクミは、質問を重ねるのを止めない。
何としてでも力になりたい、その気持ちがにも伝わって来た。
「今日が初めてじゃないんだろ?顔の傷、あいつ等に殴られたのか?」
ずっと黙ったままの熊井さんに、何でずっと黙ってたんだ。水臭いじゃないか。
予想通り、ヤンクミはそう熊井さんに訴えてる。
熊井さんは・・遠慮してるんだと思う。
在学中もずっと世話掛けて、迷惑もかけていたのに
卒業してからも迷惑なんて掛けられない・・・って。
その気持ち、は分からなくはなかった。
「でも、もう大丈夫だからな・・あたしが力になるから。任せてくれ、な?」
生徒の為なら助力を惜しまないヤンクミ、やっぱり熊井さんの予想通りの言葉を言った。
迷惑を掛けたくないと思ってる熊井さんは、キッとヤンクミを睨んで精一杯の強がりを口にする。
「冗談じゃねぇよ」
「・・クマ?」
「余計なお節介なんだよ、ヤンクミには関係ねぇだろ!」
「関係ねぇって・・」
「ヤンクミはもう俺の担任のセンコーじゃねぇだろ!卒業してもう3年だぞ?いつまでもセンコー面して口挟んでくんじゃねぇよ!」
後ろから見ている俺からは、ヤンクミの顔は見えない。
きっと、ヤンクミを遠ざけようとしてる熊井さん並みに辛い顔をしてるんだと思う。
少し前に立っている隼人が辛そうに顔を逸らしたのが見える。
熊井さんからその本心を聞いているから、余計辛そうに見えたんだろう。
俺も・・・・辛いから・・
「俺にだって・・考えがあるんだよ・・・ヤンクミに助けてもらわなくったってちゃんとやって行けるよ!」
「クマ・・」
「余計な事しないでくれ、迷惑なんだよ!!」
「クマ、クマ!ちょっと待ってくれ!・・お前の事が心配なんだよ!迷惑だって言われてもほっとけねぇんだよ!」
久美子の伸ばした手を振り払い、縋るように追いかけてくるのも振り払いながら歩き
どんなに久美子が叫んでも、熊井さんは立ち止まる事も振り向く事もなく
暗い闇の中へ消えてしまった。
更に隼人が歩き出すと、久美子の近くへ行く。
後方にいてずっと見ていた俺達も、二人の傍へ急ぐ。
「あいつ、どうしちまったんだよ・・・本当に・・変わっちまったのか?・・まさか店手放すつもりじゃ・・・・」
熊井さんの後姿に声を振り絞るようにして名前を叫んだヤンクミ。
見ているこっちも辛くて、胸が痛んだ。
心を閉ざしてしまったかのような振る舞いを見た久美子は
辛そうな顔のままで、口にして欲しくない言葉を呟いた。
その途端、ずっと黙っていた隼人が声を荒上げた。
「そんな事する訳ねぇだろ!何で分かってやんねぇんだよ
熊井さんにとってあの店がどんなに大事なのか・・お前が一番分かってんじゃねぇのかよ!」
「矢吹・・・」
「なのにお前がそんな事言ったら、熊井さん可哀想じゃねぇかよ・・」
驚くヤンクミの傍に行き、真摯に言う姿に久美子も何かに気づいた。
思わずも前へ進み出て隼人の学ランの裾を握る。
気づいた竜だったが、敢えて何も言わずその背を見送った。
腕を引っ張って行かせない事だって出来た。
けれどそれを竜はしなかった。
が隼人に惹かれ始めたのが分かったから。
もうこの手で引き寄せて、抱き締める事は叶わない。
一方隼人も傍に来たに気づき、優しく頭を撫でた。
久美子も気づいて、少し表情が柔らかくなる。
ヤンクミに話す隼人の横顔が、見ていて凄く辛そうに見えて
思わず裾を掴みに来てしまった。
優しく頭を撫でられるのが、凄く嬉しくて照れてしまう。
その和やかな光景を見ていた竜。
ふと隼人の言い回しが気になった。
最近熊井さんの店を手伝っていた隼人と。
今日の事が起こる前からの事、知ってそうだと竜は睨んだ。
「隼人、お前何か知ってんだろ?」
「矢吹・・!」
竜に問われた時、流石鋭いなと感心してしまった。
ヤンクミも隼人が何か知ってると気づき、その目を向けた。
こんなにも辛そうな姿を、俺も見てるのが辛くなって
隼人の腕を掴み、視線で話す事を勧めた。
熊井さんもヤンクミも、誰も苦しんだりして欲しくない。
悪いのはあの地上げ屋だ。
の視線に促されるように、隼人が事の事情を話し始めた。
こうしている今も、地上げ屋達は事を起こそうとしているだろう。
「・・・昨日もあいつ等が来て、熊井さんがたちのきなんかしねぇって言ったら」
「地上げ屋達が熊井さんを殴り出したんだ」
「あいつ等は、さんざ殴ってからもう一度よく考えろとか言って立ち去ってった」
「でも熊井さんは・・・ヤンクミには内緒にしてくれって、話したら絶対任せろとか言って無茶するからって・・・・」
あの時熊井さんが殴られてる時も、俺と隼人は手下に羽交い締めにされてて身動きがとれなかった。
止めようと叫んだ隼人も殴られてしまい、俺も少し腹を蹴られた。
力で物を言わして脅す大人、腐った奴らだ・・・・何も出来なかったのが悔しくて仕方ない。
「俺達も・・もう迷惑掛けたくねぇから店には来るなって言われたけど」
「どうしても心配で、納得出来なくて・・今日も無理矢理・・・・」
「熊井さんが1人で・・・あの店守ろうとしてるから・・」
「そうだったのか・・クマ、そんな事を・・・・そうだったな、クマはそうゆう奴なんだよ。クマがあの店手放したりするはずない」
「ああ・・」
やっと熊井さんの気持ちが届いた久美子は、先程思わず言ってしまった言葉を悔いた。
どんだけあの店の事を大切にしているのか・・一番知っているのは自分だったと言う事に気づく。
熊井さんの気持ちを知った竜達も、心配そうな顔で熊井さんが去った先を見つめた。
これからどうなってしまうのか、此処にいる全ての者が分からないでいたと思う。
その中では、1つ決めた事がありその決意は固い物になりつつあった。
□□□
翌朝、学校にも向かわずに はある場所へ向かっていた。
誰にも言わずに来たから、隼人達はきっと知らない。
早い時間の人通りの少ない街並みを眺め、少しずつ見えてくる物。
その場所の戸を開けて、開店前の店内に入る。
其処には、仕入れに行くところなのか熊井さんとそのお母さんの姿が。
「嘩柳院・・・一人で来たのか?もう来るなって、言っただろ」
「輝夫の知り合いかい?」
「あ、はい」
「かーちゃんは店番頼む、俺は仕入れ行ってくるから」
「店なら俺も手伝います。おばさん一人より・・・俺もいた方がいいでしょう?」
「・・・・・・分かったよ、頼んだからな」
初めて見る熊井さんのお母さんは、温和そうな人だなと思った。
仕入れに出ようとする熊井さんを呼び止め、俺もおばさんについてる事を提案。
あいつ等が来ないなんて事、ないから。
そんな時におばさん一人じゃ危ない、そう思って俺は言った。
ホラ、俺空手も習ってるし。
そう説得したら、熊井さんは渋々と言った感じだけど許してくれた。
おばさんには熊井さんの知り合いだと言う事で納得してもらっといた。
熊井さんが去った後、開店の用意を始めたおばさん。
俺もそれを手伝うべく、制服の袖を捲った。
其処へ幼い姉弟が降りてくる。
「あ!お兄ちゃんまた来てくれたの?」
「ああ。熊井さんが戻るまでは俺がついてるからな」
「有り難う、お兄ちゃん」
「ホラ、此処に座って待っててな」
「「うん!」」
親しそうにに駆け寄り、弟の方がギュッと抱きつく。
その様がとっても可愛くてキュンとしてしまう。
熊井さんが守りたい物・・・・今は俺も守りたい。
二人の頭を撫でて、仕度が落ち着くまで待つようにとテーブルを示す。
おばさんが仕込みをする中、は並べられたテーブルを拭いてまわった。
この時、既に事は動きだした事を・・・誰も知らずにいた。
そしてその魔の手は、着実にこの店へ近付き・・・・
勢いよく店の戸が開けられるのだった。
「熊井さーんお邪魔しますよ!」
「―!?―」
ドスの利いた声が店内に響く、ハッとして振り向けば例の男達の姿。
数人が入って来て、子供達に迫るのが見えた。
思わず体が動いていて二人の姉弟を庇うようには前に立った。
押し寄せた男の視線がを捉え、卑しい笑みを浮かべる。
一昨日の境内の時にも見かけた顔。
「またお前か、ガキは引っ込んでな!」
「バカにすんな!てめぇらこそ卑怯だな、女子供しかいない時を狙うなんざな!」
「何だとこのガキ!」
「この人達に手ェ出したら許さねぇからな」
「ガキが生意気な口利いてんじゃねぇよ!」
形として相手は挑発され、胸倉を掴まれる。
幼い二人は恐怖に震え、厨房にいたおばさんが駆け寄って二人を抱き締める。
胸倉を掴む手を掴み返し、いつでも型をとれる体制にする。
だが卑怯な男達の言葉でそれは出来なくなった。