流転 六章Ψ優しい手Ψ
古河の足利に仕えるワシは、下総国から常陸国にかけて
最近盗賊が出るとの噂を聞き、この界隈を見回っていた。
筑波山を降り、その膝元にある街道。
ここいらを通るのは、農民や領民達が多い。
朝から夕方、ほぼ人通りの少ないこの街道にワシらは目を付けた。
そしたら案の定、現れおったわ。
じゃが、盗賊に狙われた小僧は
いわく付きの刀と、名刀と名高い『正国』を持っておった。
盗賊を捕らえ、そいつを起こして余計分かった。
男にしては、細い事と・・・鎖骨の痣。
この痣はワシにも在る、なら玉も持ってるんか?
探そうにも此処は馬上。
それに、男に手を出す趣味と思われんのも面倒じゃな。
犬飼は気を失ったを、鞍に乗せ自分はその後ろに乗り
青年の体を後ろから支えるように乗った。
青年の体を自分の胸に寄りかからせ、後ろから手を伸ばして手綱を握る。
しかし・・・本当に男なのか?
さっきも感じたが、こんなか細い男がおるもんなのか?
犬飼は手綱を捌きながら、しみじみと考えた。
「犬飼殿、我らはこやつ等を役所に連れて行きますので」
「ああ、ご苦労じゃった。」
馬首を自分の方へ寄せて部下は言い、犬飼が応えるとでは と言い
他の部下達を連れ、捕らえた盗賊を急かしながら去って行った。
部下達を見送った犬飼は、手綱を自分の家の方へ向け馬を進ませた。
珍しい物を持った青年、本来なら仕える主に差し出すのが筋だが
興味を持ってしまった以上、あの能無し主に会わせる気はなかった。
ΨΨΨΨΨΨ
ズキズキ、兎に角全身の痛みで暗い淵にあった意識が浮上。
あぁ・・俺ダメダメじゃん・・・
仮にも男として振舞うって決めたんだから、もっと強くならねぇと。
やっぱ剣、使えるようにならねぇとダメだよな・・
こんなんじゃ、里見を救う前に自分が死んじまうって。
ピチャン・・・・
痛む体をどうにも出来ず、目を開けられずにいると
不意に額に冷たい感覚。
乗せられた感触からすると、手拭いのような感じだ。
誰だろう・・・あの時あの場所にいた人、かな・・
顔が見たい、けど少し動くのも辛い・・・
なんつーか・・・腹、痛い・・・・
「――だ・・誰・・・・?」
痛む場所を摩る事も出来ず、辛うじて漏れた声。
掠れていたから聞こえないかなと思ったが
離れた所にいた気配が此方へ近づき、何とも柔らかい声がした。
「ワシは怪しいモンではない、今は起きん方がいい・・寝てろ。」
それから頭に触れる優しい手。
くしゃっとされたが、その触れ方が安堵させ浮き始めた意識が再び沈んだ。
貴方は・・・誰――?
微かに聞こえた声に気づいて来てみれば
連れてきた小僧が言った言葉だった。
『誰?』と聞いて来た声、フワフワ浮いた意識だったからなのか
問う声に警戒は感じられんかった。
一先ず運んで来て寝かせてみたが、どうゆう事か背中をむけようとしない。
無意識なのか、うつ伏せにさせようとしても駄目だった。
見せられんようなモンでも、隠しておるんじゃろうか・・・
額に水で濡らした手拭いを乗せたのは、怪我した影響から出た熱を冷ます為。
意識が朦朧としてても拒むなら、起きてからするしかないか。
そう考えると、犬飼は胡坐をかいて布団付近に座り
膝の上に肘を乗せ、その掌に顎を乗せて眺めた。
男にしては細い体に、目鼻立ちがスッキリし整った顔立ち。
抱いて馬に乗せた時香った芳香・・・もしや、女なのか?
マジマジと眺めても判断はつかない。
こうゆう男もいるのかもしれんしの――
ΨΨΨΨΨΨ
再び眠りに落ちたは、此方に来て二回目の夢を見ていた。
今までのとは違い、物に触れても何の感触も感じない。
夢の中で立った場所は、初めて夢を通じて此処に還った時来た場所。
つまり、姉が亡くなった場所だ。
清らかなせせらぎがサラサラと聞こえる。
立ってるだけで安らげそうな所。
姉が現れてくれないかと思ったが、いつになっても自分を呼ぶ声は聞こえない。
―貴女はもう大丈夫です、後は貴女が信じるままに進みなさい―
姉はもう大丈夫だと言っていた、だからもう現れてはくれない。
それはそれで寂しいけど・・何処かで見守ってくれてるよね。
此処の夢を見るのは、これで最後になるかもしれない。
ならばよく見ておこう。
そう思い、は滝の方へと歩き始めた。
誰もいない静かな空間、のはずなのだがは人の気配を感じ
気配を感じた方を振り向くと、其処に自分より若い青年を見つけた。
「貴方は?」
近づかずに声だけ掛けると、青年は長い髪をサラッと翻して
後ろにいたを驚いた目で見た。
警戒をさせたらしく、半歩後ろに下がった青年。
だがその後、の顔をジッと見ると次には不思議そうに首を傾げた。
「貴女は何処かの姫君ですか?それに、先程現れた人に似ている」
振り向いた顔は、中々整っていて双眸には強い意思と少しの迷い。
青年が言った『先程現れた人に似ている』という言葉。
もしかして、姉の事を言ってるのだろうか?
それに、男装しているはずなのに姫君って・・・
慌てた素振りを見せないよう、さり気ない動作で自分を見てみる。
視界に映った腕は、薄緑色の袷ではなく絢爛華麗な着物。
俺が本来の姿の時に着ていたのか?
「今は何も、それに・・・また会える。その時全てを教えます。」
「あ、あの・・っ」
姉と会う事が出来た青年、これには意味があるんだ。
それに、何か通ずる何かを感じた。
これは再び会える予感、もしかすると姉上の御子の1人なのかもしれない。
1つの予感を感じただが、全てを語るのは控えた。
これが運命なら、また必ず会えるだろうから。
自分の心がそう思った時、青年の姿も消えて行き自分の意識も閉じた。
不思議とあの青年の瞳に・・・惹きつけられた。
ΨΨΨΨΨΨ
うぅ・・・いてっ、背中も痛い。
眠りを起こしたのはやはり痛みで、起きざるを得なかった。
うっすらと目を開け、最初に映ったのは木の天井。
誰の家なんだ?
確か・・眠る前に、誰かが俺の頭を撫でてくれた。
首を動かした時に額から落ちた手拭い。
「誰か、してくれたのか・・・つぅっ!」
落ちた手拭いを拾おうとした途端、激しい痛みが体を貫き
伸ばした手は、手拭いに届く事無く痛んだ場所を押さえた。
体も起こせない、指一本も動かせない。
顔や首、背中・・全てが痛む。
そこで背中が酷く痛んだ事に気づき、は何とかしようと家主を探した。
痛む体、ここで弱音は吐けない!
誰もいないなら、自分でやるっきゃない。
背中にもし怪我をしたんなら、よく洗わなくちゃならねぇ。
「くっそう・・アイツ等、好き勝手に蹴ってくれやがって・・っ」
自分を蹴りまくってくれた盗賊達に対し、文句を言いながら何十分も掛けて立ち上がり
壁伝いに歩き、水瓶へと向かう。
歩くだけでズキズキ、痛むのは腹部と背中と手足。
腹部を強く蹴られたのを最後に気絶したから、腹部が一番痛い。
まだ足取りも怪しく、たどたどしい。
倒れそうになりながらも、何とか水瓶へ辿り着いた。
水瓶の淵に掴まり、片手だけで着物の袷を下ろして行く。
が着物を脱ぐと、其処には胸を覆うように巻かれたサラシ。
そう、これは女としての証を隠すための物。
――が、着物が脱げた途端 ズルッとサラシが下がった。
「え!?何で外れそうになってんだよ・・!」
もしかして、転ばされた時に切れたのか?
確かに思いっきり背中から倒れたし、すげぇ痛かったから・・・
マズイ・・このまま家主が帰って来たりしたらバレる!
立ってるのが辛いが、座り込む訳にも行かず
はもう一度布団へ戻るべく、壁伝いに歩き出す。
焦りもあり、早足で進もうとした。
だが体の痛みで上手く行かない。
の焦りがピークに達した時、戸口の障子が手前に引かれた。
「う、わぁっ!!」
運が悪い事に、丁度が支えにと手を置いた所だった。
支えを無くした体が、手前へに崩れ行く。
土の土間が迫る中、それを遮るように現れた腕があり
の体は、その腕に包まれるように受け止められた。