優しさと温もり



「ソイツ等から離れろ!」

足元はふらつき、今度殴られれば確実に駄目だと言う時。
力強い声が、その場に響いた。

声と共に駆け寄る足音が、冷たいコンクリートに反響。
取り巻きと辰巳の注意が逸れた為、浩介はとは解放される。
フラフラだったは、解放されると共に倒れてしまう。

それを見た隼人と竜は、駆け寄りそうになるがそれを耐え
この場をヤンクミに任せる。


「ヤンクミ・・」
「山口先生・・・」

久美子と隼人達の登場に、傷だらけの浩介もその母親も驚いた。
久美子は、ゆっくり歩き出し辰巳へと近付いて行く。
辰巳も、煙草を片手に余裕の表情で歩き出した。

「これはこれは・・・可愛い学校の先生」
「あたしの大事な生徒、返してもらおうか」

どうも失笑が起きる、生徒の為に駆けつける教師というのが減ったせいなのか知らないが。
それに気を掛ける事なく、毅然とした態度で久美子は辰巳と向き合った。

しかし辰巳の口許には嘲笑が作られ、真剣に取り合う気がないのが見て取れる。
更にこう、言葉を続けた。

「物を知らないガキに、世間の厳しさを教えてやってんだ。このまま帰す訳にはいかないね。」

自分が正しいとでも言いたそうな台詞だ。
その態度が余計に久美子の心に怒りを生む。

冷静な表情で、倒れた浩介とを見つめて
ゆっくり口を開き、話し始めた。

「確かにコイツ等はガキだ、けど・・ガキはガキなりに自分の人生考えてんだよ。
その気持ちを踏み躙る権利はおめぇらにはねぇ。
おめぇらみたいなのがいるから、道を踏み外す子供がいつまで経ってもへらねぇんだよ。」

久美子が言い終わるか否か、取り巻きが逆上し
一斉に襲い掛かるが、難なく全ての拳を避け
空き瓶を掴んで振り上げた男の動きを、顎だけを掴んで止め空き瓶を辰巳へ投げて久美子は言う。

「まだやりますか」

バカにされたとでも思ったのか、口許に卑しい笑みを作ると
その空き瓶を手に、歩き出す辰巳。

久美子の目は、その動きをジッと見つめ
視界から消えても、その気配を背で感じ取っていた。
歩みを止めた辰巳が、持っていた空き瓶を振り上げ卑怯にも久美子の背後を狙った。

だが、久美子はそれを読んでいた為
空き瓶を屈んで避け、振り向きながら繰り出した手を
隼人とタイマン張った時より強めに、辰巳の腹へ沈めた。

思わぬ久美子の行動に、膝をついてしまう辰巳。
少しだけ久美子と睨み合った後、取り巻きを連れて逃げるようにこの場を去って行った。

!!」

それを合図に、隼人と竜が気絶してしまったへ駆け寄る。
隼人が慎重に上半身を抱え起こす、その際くぐもった声がの口から漏れた。

続いて駆け寄った竜が、の状態を診る。
体中の怪我から診て、打ち身と衝撃で気絶しているようだ。
顔に怪我はなく、殴られてはいない事に安堵。

「動くなっつったのに」
「言葉で止めんのは、無理みてぇだな」

背中を支え、片膝の上にの両足を乗せ
いつでも抱えられるようにした隼人。
そのままで久美子と浩介の様子を伺った。

浩介は、自分の為に来てくれた母親にカッコわりぃ真似すんなと怒鳴った。
今までの母親なら、その言葉に従い謝っていただろう。
シュンと言葉を無くした母親に代わり、スッと現れた久美子が浩介の頬を鳴らす。

「カッコわりぃとは何だ、一番カッコわりぃのはオマエじゃないか!」

その乾いた音に、誰しもがハッと久美子を見つめた。
久美子の表情には、微かな怒りが見て取れる。

「親にここまでさせてんの誰だ?
心配してくれる親がいて、ここまでおっきくなったんだろうが。
そんな事も分からねぇで、何が自立だ。1人ででっかくなったような顔してんじゃねぇよ!」

怒気に溢れる久美子の言葉、その場の全ての者の心を打つ。
子供を案ずる親の愛、どんな時でも見守ってくれる温かさ。

久美子はそれを、浩介や隼人達に伝えたいと思った。
きっと、反抗期か何かで有り難さを忘れてしまっている。

「何処の親だってな、手探りで子供育ててんだよ。
自分の子供なのに、時々見えなくて・・それでも必死に育ててんだよ!
これからの人生、色々と失敗もあるかもしれない。
だけどな、失敗したらまたやり直せばいいんだよ。お前達にはいっぱい時間があるんだから。」

この言葉を、殴られた痛みを噛み締めながら浩介は聞いていた。
体罰とは違う、気持ちの篭った久美子の拳。
本当に理解して伝えたくて、久美子は気持ちをぶつけてくる。

真っ正面からぶつけてくるセンコーは、勿論久美子が始めて。
浩介は、久美子を見、母親を見てから後方のを見る。
も久美子のように、気持ちをぶつけてきた。理解して欲しくて。

「お母さん・・・コイツを、家に連れて帰って下さい。
連れて帰れますよね?お母さんなんですから」

温かい表情で見つめる久美子に押され、ゆっくり浩介に近寄ると
しっかりその腕を握った。
浩介が振り解こうとしても、その手は外れる事がなく

戸惑いを含んだ目で母を見れば、静かな声で母は一言。

「帰ろう、浩介。」

とだけ口にした。
その目や声が、しっかり自分を見ている事で浩介はそれに従う気にさせられた。

母の言葉に頷き、傷だらけの体を支えられながら
浩介はその場を家路へと着くのだった。

「日向、明日学校でな」
「遅刻すんなよ」
「ちゃんと来いよ?」
「待ってるからさ」

その背に、久美子が温かい言葉を掛け
隼人はを抱えたまま隼人ピースをし、つっちーも浩介を差して言い
タケも元気よく、待ってるからと声を掛け竜だけ無言で片手を上げた。

「――おう・・」

そんな仲間達に、浩介も笑顔で答え
再び母親に支えられながら、歩き始めた。

それからつっちーとタケもへ駆け寄る。
2人を見送った久美子も、その足で隼人の前へ歩み寄った。
浩介の母親を守ろうと、無茶をした

「後で腫れるだろうが・・そんなに酷くはないから平気だろう」
「気絶してっけど、どうすんだ?」

隼人に抱えられたの前に屈み、シャツの袖を捲って怪我を診る。
体の傷は、そのうち腫れる事が予想された。
鞄に入っていたの学ランを体に掛け、隼人の言葉に少し考えると。

つっちーとタケに聞こえぬように、隼人と竜だけに耳打ち。

「今夜は私の家に連れて行く」
「はぁ?いいのかよ、オマエんちで」
「四代目なんだろ?」
「四代目は関係ないだろう、大丈夫だよ。嘩柳院はもう知ってるし」

思わぬ提案に、反論する隼人と竜。
その2人を丸め込み、大丈夫だと言い張る久美子。

久美子の実家が、任侠一家で久美子が其処の四代目と知るのは
隼人と竜にだけ。
それを利用し、自分の家に連れて行くと言い出した。

マンションに連れて行くのも良かったんだが
矢吹と小田切に任すのは不安、この前の例もあるしな。
なら、おじいちゃんに任せる方が安心だ。

それから隼人がタクシーまで抱え、乗り込んだ久美子に荷物も任せ
2人が帰るのを見送った。


ΨΨΨΨΨΨ


後日、辰巳の店が新聞に載り 少しばかり騒がれた。
教頭が久美子の関わりを疑った(まあ当たってる)が
教頭の取り越し苦労と納得させ、久美子の姿は教室に在った。

無事怪我が回復した浩介は、仲睦ましくつっちーとタケと戯れ
それを見ながら隼人と竜の真ん中で話をしている。
その場に、もムッツリした顔で座っていた。

「結局日向があの店で働いてた事は、学校にはバレてねぇんだろ?」
「ああ、世の中には秘密にしといた方がいい事もあるって事よ」

何て丸く収まってたりする、の機嫌が悪いのは
捨て身の奮闘したのに、あんま意味なかったんじゃないかと思ってるから。
まあ・・浩介は頭下げて謝ってくれたし、家庭も円満になったみたいだから

ボコボコにされた意味もあるか。
ちょっとまだ痛むトコとかあるけど。

「オマエの家の事とか?」
「つーかオマエあそこつがねぇの?」
「任侠一家だっけ?」
「つーかさ何であそこで生まれたオマエが、教師なんかやってんの?」

そんな会話をしながら、いきなり竜が実家の話を持ち出し
其処で平和な会話も終わり、ワタワタと実家関係の用語を出す隼人とに竜を止めようとする久美子。

竜に何で教師なんかやってんの?と問われ、一瞬口篭ったが
それでも自分の描いた夢を、3人に話し始めた。

「教師になるのが、ずっと夢だったんだ。それが、物心ついた時に一番やりたい事だった。
おじいちゃんは、あたしが夢を追うのを赦してくれたんだよね。
オマエ等の夢はどうなんだ?」

祖父の話をする時の久美子の顔は、とても穏やかな物になる。
それを聞いて、またしても自分の家と比べてしまう。
自分の場合、反論は赦されず生まれる前からもう道が決められていた。

華道を継ぐ事、それ以外に道は用意されていない。
隼人と竜も黙り込み、辺りにはクラスメイトの賑やかな声で埋まる。
華道以外の道を、俺は自分で見つけられるだろうか。

「ま、焦らなくてもいいか。時間を掛けて探してくれたまえ、青少年達よ。」

急ぐ心を、久美子の言葉が中和してしまう。
ゆっくり行けばいいって気持ちにさせてくれる。

上手く決まりかけた久美子だったが、タイミング良く落ちがつく。
誰かの投げたボールが、久美子の頭に命中。
驚いた久美子の前には、いつの間にか浩介とつっちー・タケ等が囲んでいた。

「ヤンクミどうしてそんなに鈍いの?」
「フツー気づくっしょ」
「バーカ」
「・・オマエ等、教室はボール遊びする所じゃないだろ!コラ、聞いてるのか!?」

クラス全体に笑われ、投げられたボールを手に
タケ等を追いかけ始める。

その久美子の背に、隼人と竜の小ばかにした言葉が投げられた。
けれど、言葉とは違って表情は優しい物だった。

「バカ」
「ガキ」
「ドジ」

これにはも呆れ、けど楽しそうな表情で
2人に続いて短く言葉を口にした。