ヤンクミの秘密
酔っ払いの男が倒れ込み、その場で居眠りを始めた頃。
その足音の主達が現れた。
紺色の着物を着た男と、黒のタートルネックの上に白地の小袖を着た口髭の男の2人。
玄関に来るや否、寝転がってる男の頭を口髭の男が叩き起こす。
その際、ミノルと酔っ払いを呼んでいたので
この男の名前は3人に分かった。
流石の隼人達も、本物のやっさんの迫力にか静かに立ったまま。
「すいませんでした、お兄さん方。わざわざ家まで届けて貰っちまって。」
「あ、いえ」
「大丈夫です」
「おい菅原、此方さん方に何かお礼を差し上げろ」
「へい」
「別にあの、大丈夫です。」
「俺達すぐに帰りますんで」
は目の前のやり取りを静かに聞いていた。
隼人と竜は、を庇うかのように一歩前に立っている。
紺色の着物を着た人が、口髭の男=菅原に礼をさせようとした。
すぐにそれを断ったのは隼人。
隣りの竜も、その言葉を引き継いで帰ると口にする。
「いや!それじゃああっしの気が済まねぇ・・さぁどうぞ」
踵を返し、隼人が振り向いた先にいた俺を見て
向きを変えろと目配せしたが、それを紺色の着物を着た男が止める。
本音としては早く帰りたかったのだが、これ以上好意を断れば
後が怖いような気持ちになり、仕方なく戻った時。
明るい声が玄関に響き渡った。
「ただいま〜〜!」
「「お帰りなさって」」
黄色いコートを着た、おさげの黒髪が俺達の隣りを過ぎ去る。
その姿を見た途端、3人して目を疑った。
その独特な姿、忘れもしない、自分達の担任だったのである。
隼人達に気づいていないのか、えらく陽気な具合で
後ろも振り向かずに歩きながらヤンクミは声を掛けた。
「おう、オマエ等来てたのか?そんな所にいないで遠慮せずに上がれ上がれ♪・・・・」
「「「・・・・」」」
ルンルン気分で颯爽と歩き出そうとしたヤンクミ。
しかし突然ピタッと足を止め、バッと此方を振り返ると
此処にいる事が信じられないような顔をして、青くなって叫んだ。
「何で此処にいるんだ!?」
驚いたのはヤンクミだけでなく、隼人達を迎え入れようとしていた紺色の着物の男と、口髭の男もヤバイってな顔で
久美子と、隼人達を見比べた。
もう1人のスーツ姿の男も、マズイってな顔で久美子を見ていた。
何も知らずに寝ているのはミノルという男のみ。
玄関には、何とも言えない空気が流れた。
ΨΨΨΨΨΨ
そして、通された居間。
上座から見て、左手側にヤンクミ・隼人・・竜と座り
上座から見て、右手側にテツ・ミノル・若松・菅原と座った。
漂う空気は、変わる事なく重いまま。
「美人のお嬢ってオマエかよ」
「はい、すみませんっ」
そんな中、ボソッと隼人がヤンクミに耳打ち。
恐縮しているヤンクミは、素直にその言葉を認めた。
何だか哀れに見える・・・・
次に竜が口を開き、聞いた先は上座に座る威厳ある老人。
勿論、大江戸一家についてだ。
聞くと老人は、何とも気まずそうに目を泳がせた。
その表情を見た、すぐに何か隠していると悟る。
華道家みたいな井手たちの面々。
それでも華道家とは違った空気は感じられる。
人相がそれっぽくないから。
部屋を見渡すの耳に、一生懸命誤魔化そうとしているヤンクミの声が聞こえる。
旅の一座だとか、それちょっと無理だと思うよ・・?
は視線を両脇にいる隼人と竜、そして上座の老人へ向けた。
両人とも微妙な顔で、下手な芝居に付き合っている4人を見やった。
苦しい、とても苦しい演技だ・・・・
「それから座長の・・・・」
「もういいよ、ヤンクミ。」
真実を隠そうとする姿、ヤンクミの為に芝居に付き合ってる人達。
何とも居たたまれなくなって、無意識に止めてた。
自分も今まで秘密を持っていた身だから、隠す事の辛さが痛い程分かった。
話すきっかけをくれたヤンクミにまで、そんな思いをして欲しくない。
自分より先に止めたを、上座の老人は驚いた目で見つめた。
「その子の言う通りだ、私も見てられねぇよ。生徒さん方はとっくに分かっていなさるよ。」
「・・・やっぱり?」
「オマエ芝居下手過ぎ」
「何で隠すんだよ」
の言葉を皮切りに、呆れたような口調と顔で隼人がヤンクミにトドメを差し
変わって竜が淡々と隠す理由を、気まずそうにしているヤンクミに聞く。
だけは、追求せずにいた。
隠していた側だったから、その気持ちがよく分かる。
自分の場合は、負い目でもあり枷でもあったから。
「若いお三方にはお分かりにはならないかもしれませんが、世間ってのは中々煩いものでして・・」
再び流れた沈黙を破り、上座の老人が俺達へ向き直り
半ば頭を下げるかのような形で、隠している訳を説明した。
―オマエのような娘、世間に知れたら嘩柳院の名に傷が付く―
あの親父も、俺の事をそう言って責めた。
恥さらしだと罵られて、だから俺は家を捨ててやったんだ。
それでも『嘩柳院』を名乗ってるなんて、未練たらしいよな。
「あたしさ、ウチがこうゆうトコだってバレたら・・学校クビになるんだよね・・・」
老人の言葉を隼人と竜が聞く中、遠慮がちにヤンクミも言葉を発し
学校側にバレではクビになってしまう事を明かした。
これには隼人も竜も、も顔色を変える。
学校側の訳も分からない理由。
やっぱり世間体を気にしたからだろ。
くだらねぇ・・・そんなに世間の目ってのが気になんのかよ。
「取り敢えず隠してたんだけど・・・バレちゃあしょうがないか」
何やら諦めたかのような言葉。
居間には何とも言えない、空気が流れる。
何だか、初めの頃の自分と重なる物があった。
女の自分を男と偽らされ、表にバレないよう生きる事を強いられる。
「別に・・関係ないじゃないッスか、センコーの実家の事なんか興味ねぇし」
「ばらす気なんてねぇーよ」
「そんな事しても、得な事なんてねぇしな。
それに隠したままの方が苦しいだろうし、俺達にバレて少しくらい軽くなったんじゃねぇの?」
気落ちした面々を見つめながら、竜が言った一言。
隼人もばらして騒ぐ気はこれっぽっちもないと、呟いた。
もヤンクミを見つめ、言葉の中に本来の意味を含ませて言ってやる。
ヤンクミには伝わっただろうか、隠す事なんてない事。
それを教えてくれたのは、他でもないヤンクミだって事。
伝わったか分からないが、が言い終えたのと同時に
歓喜に震えた顔で、口を微かに動かす。
「オマエ等・・それでこそ、あたしの教え子だっ」
嬉々として立ち上がり、何をするのかと思えば
達の背後に回ると、わしゃわしゃと荒っぽい手つきで頭を撫でた。
くすぐったくては目を瞑る。
一通り撫で終えて、ヤンクミの手が離れると
隼人のふわふわの髪も、竜のストレートな髪も見事に乱れていた。
「分かってらっしゃる」
「やっぱオメェ等いい奴だなぁ〜」
「オメェが言うな!」
「よし、そうと決まれば、先ずは一杯だ!」
「「「へい!」」」
一瞬で和やかになった居間の空気。
諸悪の根源であるミノルがご機嫌で言えば、ノリのいい突っ込みでテツさんがミノルの頭を叩く。
その傍らで、気前を良くした若松が
いつ用意したのか、背後から一升瓶を取り出した。
それを見たヤンクミが、当然のようにキツク突っ込んだ。
「若松・・・」
「へい!」
「コイツ等未成年だぞ?」
「そうでやした」
ヤンクミの指摘に、少し調子のいい感じで答えた若松が一升瓶を引っ込める。
引っ込めた一升瓶、それを持つ若松に飲みたそうにジェスチャーしたミノルだったが
素気なくそれを拒否する若松。
また飲ませでもしたら、どんな迷惑が掛かるか分からない。
しばらく飲ませないように、サイフも持たせないだろう今後・・・。
「久美子の事、宜しくお願いします。」
「宜しくおねげぇいたします!!」←一同
場が明るくなった所、上座の老人は締めるトコをきちんと締めた。
全員に頭を下げられた自分達、何とも反応に困ったが
一家全員でヤンクミを守る姿に、とても胸を打たれた。
ΨΨΨΨΨΨ
所変わって夜の繁華街。
薄暗い店内の店、その中で働く者の中に浩介の姿があった。
赤いシャツに黒いベストとズボン、見た感じはウェイター。
店内も一見して見れば、バーである。
「アイツ、中々使えるじゃないか」
せっせと動く浩介を見て、隣にいたウェイターに話を振ったのは
今し方ヤンクミとテツが浩介と会った時に、一緒にいた男。
テツが『ヤバイ雰囲気の奴ですね』と言った男である。
辰巳の隣りに控えてるのは、青いシャツに黒のベストとズボンの男。
浩介の接客ぶりを眺めながら、また別の話題を振る。
「そう言えば『パピヨン』にもいいホストが入ったみたいじゃないか」
「はい、中々の飲みっぷりで、早くもbPの候補になったそうです」
「それは期待出来るな、ウチのチェーン店としては上出来の新人だ」
この店『ミカエル』の姉妹店、それが『パピヨン』。
両店とも、経営者はこの辰巳であった。
『パピヨン』は普通のホストクラブ。
此処はどうだかは分からないが・・・・・・
上機嫌の辰巳は、その新人ホストについて満足げに話し終えてから
接客を終えた浩介を呼び寄せ、タバコ1ケースの買い物を言い付け
釣りはとっておけと言い、一万円を手渡した。
驚きつつも、顔を綻ばせた浩介の背を妖しく微笑んで見送った。