若葉
新芽が土から芽を出し
木の枝に、若い葉が身をつける頃。
変わらぬ朝の出勤風景。
先月読んでいたあの本は末頃には読み終えていた。
勝手に目の保養にしていたあの青年には
数回朝の始発で遭遇した。
やっぱりサングラスと帽子を身に着けたままだったけども。
鼻筋がスッと通っていて、目許が見えなくても整った顔をしてると想像出来た。
自分の乗る駅から出発してその彼の乗る駅のホームに電車は滑り込む。
ドアが開き、客が乗車した・・けどその中に彼の姿は見えない。
今日はこの時間じゃないのかな。
ちょっと楽しみにしていたから残念だなと思う。
ってまあ勝手に楽しみにしてただけだけどさ。
会えるかな〜って、ただ乗る時間が同じだけってだけだけど。
今日も会えた、とか思うと辛い仕事も頑張れる気がして(
そのまま出社して今日分の仕事を片付ける。
帰る頃にはいつも電車に乗ってくる青年と会わなかった事はスッカリ忘れていた。
空が夕日に染まる頃、帰宅ラッシュで混んでいる駅構内へ。
うわー・・・混んでるね流石に。
帰り座る事が出来ないのはいつもの事。
今日もその当たりの前の状況で、停車して待っている混んだ電車へと乗った。
勿論席は満席、途中空くのを待つしかない。
私はつり革のある中程に移動して発車を待った。
窓を見るような立ち位置、視線を窓へ向けた時思わず声を上げそうになった。
朝会わなかった例の青年。
その青年が目の前の座席に座っていたのだ。
いつもは距離があって眺めていたのが、今は目の前にいる。
いきなり近すぎる位置で、焦る必要もないのに焦った。
隣りにイケメンがいたら何か緊張する、とか言う感覚よ。
その青年は珍しく本を読んでいた。
ちょっと気になって背表紙を見てみると
―優しい竜の殺し方―とある。
あれ、コレ前に本屋で見た事があるなあ・・・・・
表紙の絵が若干BL寄りに見えた奴。
え、まさかこの人そっち系?だとしたら物凄く絵になるなあ・・ってオイ私何考えてるのよ
ジッと見てたら気を悪くさせてしまうかもしれないし外でも見よう。
主人公も確か男の子で、その男の子を守ってる人?分からんけどその役目の人も男だったよね?
タイトルがいい感じなのに残念だなーって感想で、私は読んだ事ない。
少しだけ本の文面が見える。
でもあれ?この人読むのゆっくりなのかしら?ページはさっきから変わってない。
まあ個人のペースがあるし、と思い直して時計を見ていると
足元に何かが当たった。気になって視線を向けると、青年の持っていた本が。
それから青年を見る。
本が落ちた事に気付いてない・・って事は・・・・・
寝てる!!!??
ラッシュの電車の中、どうにかして落ちた本を拾い上げ
起こすのは申し訳ないと思いつつも後で困るかもしれないと思い
そっと肩を揺り動かしてみた。
「・・・・・ん・・」
「あの、疲れてる所すみません・・」
「・・・・あ、はい」
「これ・・・落ちましたよ」
揺り動かしてから数分、青年は軽く眉を寄せてから顔を上げた。
表情は分からないけど寝ていた所を起こしたのだから不機嫌かもしれない・・
そっと落ちた本を差し出すと、青年は自分の手元を確認し
差し出された本が自分の物だと分かるや否
「あっ俺寝てた?拾ってくれて有り難う」
本当に嬉しそうに青年は私にお礼を言った。
表情は分からなくても、感謝の気持ちだけは伝わったから
私まで嬉しくなってしまった。
その次の駅で彼は立ち上がり、私に座っていいよと示すと
もう一度 有り難う と言ってから電車を降りて行った。