失った大切な物
久美子とタイマンを張った隼人。
その隼人の前で、不覚にも泣いてしまった自分。
泣き腫らした目も 朝から冷やしたおかげで 今は殆ど分からない。
隠したとしても、隼人には気づかれるだろうけど。
他の奴らにバレなければ、それでいい。
感情なんて、露にするのはこれきりにしねぇと。
これ以上・・・関わらないように。
出来るだろうか、俺に。
あいつ等も結構 人の事放っておけない奴等みたいだし。
俺は自分を保って行けるだろうか。
考えが暗い所に行った、黒銀の校門を潜り教室へと向かう。
玄関なんて物はない、だだっ広い所を潜ってくって感じ。
落書きの酷くなって行く廊下を抜け、教室の入り口へ立つ。
隼人がいたら気まずいなぁ・・とか思いながら
俺は取っ手に手を掛け ガラッと一気にずらす。
「このまま黙ってなんかいられるかよ!」
教室に入ったがまず聞いたのは、つっちーの怒声。
一体何事かと、気後れするが 俺の少し前に入ったらしい久美子も
表情が困惑した物で、教壇を見れば何故か教頭の姿。
「落ち着きなさい!」
その隣には犬塚もいて、二人してつっちー達を制している。
全然制せてはいないが。
彼等の手には、準備万端に鉄パイプなどが握られている。
壁に寄り掛かって立つ、竜の姿を見つけ 俺は隣に行った。
「はよ、竜。つーか朝から何事だよ。」
「おまえ来るのおせぇ、昨日浜口達が荒校にボコられたらしい。」
隣に来た俺を、竜は呆れた目で見てから状況を話してくれた。
あの時俺が隼人達と別れた後、彼等は荒校とやり合った。
それは本人達が得意気に昨日話してたし
問題はその喧嘩。
浜口達を見れば、確かに殴られたり蹴られた痕がある。
彼等が隼人達にやられた報復で殴られたのなら
これは明らかに喧嘩を売られている。
けど・・それだけの理由で喧嘩しに行っても、同じ事の繰り返し
根本的な解決にはならない。
竜もその顔からして、その事は分かっているようだ。
「コイツ等が荒校の奴等にやられたんだよ
それでも黙ってろってゆうのか!?あぁ?」
教頭は手に負えず、現れた久美子にバトンタッチ。
何も出来ないならしゃしゃり出て来なけりゃいいのに。
これだからセンコーは信じられない。
「どうなんだよ!」
「こないだ隼人達がやった奴等に、仕返しされたんだよ!」
突然の事態に何も言えない久美子達へ、他の生徒からの怒声が飛ぶ。
その時、遅刻して来た隼人の姿が 窓の外にあるのを誰も気づかない。
「おうおう上等じゃねぇか、そんなら今度はこっちがお返ししてやるよ!!」
ノリに乗った浩介が、大きい声で叫べば
それに便乗した奴のいきり立った声がクラス中を煽る。
「殴りこみだと?」
「バカな事言ってんじゃない!」
「そんな事したら、どうなるのか分かってるのか〜!」
「退学だ、退学!」
久美子が止めるが、教頭の口からはその二文字が出る。
問題となれば、すぐお決まりのこの言葉が出るんだ。
これしか言えないのか?こいつ等は。
窓の外で、隼人も感情の分からない視線を外へ向ける。
俺やタケが動じる中、つっちーだけは上等だと叫ぶ。
正しく言えば、動じてはいないが心が冷め切ってて
退学について一々反応する気がなくなった。
そう言った方が俺的には正しい。
「お前達が喧嘩しようが、補導されようが
そんな事はどうでもいいんだ。ただな・・問題を起こした時は
退学になる事を肝に命じとくんだな!」
久美子がつっちーを止め、頭一つ半位抜きん出たつっちーに
教頭はそう言い捨てて 犬塚と共に教室を去った。
センコーは、コイツ等の事なんか何にも考えてねぇ。
あの時のセンコーだって、大人だって。
『問題児』とレッテルを貼って扱うくせに
いざ自分の身が危なくなれば、平気で裏切る。
そうゆうのを見てきたには、何を言われようが何とも思わない。
教頭が出て行って、久美子は俺達に落ち着くように言う。
――が、つっちー達は隼人が来たらすぐ 殴り込みに行くと意気込んだ。
センコーは嫌いだが、やられればやり返す。
そして、また新たな問題を生む。
そうゆう連鎖は、俺は嫌いだ。
喧嘩すれば全て済む 不良っぽいその考え
つっちー達に持って欲しくない。
「そんな事して何になるっつーんだよ!」
「そんな事したって、何にも解決しねぇーだろ!」
賑やかになるクラス中に、俺と竜の叫びが響いた。
大声を出して怒鳴ったのは、どちらも初めて。
思わずクラス中の視線が、俺達を捉えた。
竜も、驚いた目で隣のを見ている。
それも一瞬で、浩介がケジメ付けなきゃなんねーだろ。と
「何時までも荒校の奴等とやり合ってても、しょーがねぇからな」
続けてつっちーも俺と竜へ言う。
そりゃあ、ケジメは大事さ。
大事だけど、そのケジメを着ける為に仲間を巻き込んでいいのか?
ケジメや面子だけの為に、自分や仲間の命を危険に晒しても?
睨み合う俺等とつっちー。
「今度は前みたいに、勝手に頭下げないでくれよな。」
「大体、竜が詫び入れてなけりゃ あん時にケジメは着いてたんだよ」
突き刺さる仲間からの言葉。
ずっと擦れ違ったままの、彼等の過去。
どうしてもっと理解してやろうって思わねぇんだ?
ギュッと拳を作り、握り締める。
席に着いているタケの顔も、俯いてはいるが迷いが見える。
タケの頭には、夜道で竜を待っていた時
に言われた言葉。
『竜はさ・・タケの頼みを聞いたけど、それにはちゃんと
竜なりの理由もあったと思うぜ?』
夜の星に照らし出されたの、少し切なそうな悲しそうな顔。
俺はその時『理由?』って聞き返したんだ。
『ああ、竜はさ・・おまえ達の事を考えたんだよ。
面子よりも、おまえ等が怪我したりするのを心配したんだ。』
聞き返したら、は誰よりも竜の事分かってるみたいな事を言った。
竜は面子なんかよりも、俺達が傷つくのを考えてたって。
竜は・・俺達を裏切ったんじゃないって。
「ふざけんな!」
静まり返った教室に、の言葉が響いた。
あまりの剣幕に、誰しもが壁際に立つ俺を見る。
窓の外にいる隼人も、思わずの姿を探した。
また・・あの日みたいに、泣いちまうんじゃないかって。
けど、覗き見たの顔は泣きそうだけど泣いてなくて
逆に・・・痛々しいくらい、辛そうに映った。
「おいタケ!オマエこのままでいいのか?こんな誤解したまんまで!!」
「!オマエは俺達の仲間だけど、転校して来たばかりのオマエに
俺達の事なんか分かんのかよ!」
叫んでから俺は、俯いているタケへ矛先を向けた。
そんな俺の胸倉を荒々しくつっちーが掴む。
彼等にしてみれば、俺の方がしゃしゃり出てるように見える。
それくらい承知だ。
何と言われようが構わない、これで仲間を失っても。
俺は・・これより前に、後悔し切れない後悔を味わった。
「わかんねぇよ!けどな、大事な物を失ってからじゃおせぇんだ!
誰かが傷ついてからじゃおせぇんだよ!
お前らには・・・そんなの味わって欲しくねぇんだ。」
自分のような痛みを、ここにいる奴等には味合わせたくない。
ずっと引きずって過去に縛られるような思いだけは。
久美子も竜も、タケも誰しも を見ていた。
の言葉は、魂の叫び。
胸の内を少しだけ垣間見た気がした。