起こってしまった事。
取り返しのつかない事。

後戻りは出来ない。

眼前に広がる見知らぬ風景。
信じがたくても、自分の体は其処に触れていて
下についた掌からも、地面の冷たい感覚を感じてる。

じゃあこれは何?今俺が目にしてるアレは・・
それに今俺は、一人でこの燦々たる光景の中にいた。


第二章 宇治川 霧に惑う



とても長い時間を旅してた気がした。
荒れる海を越えて、波に揉まれて来た感じ。
目を覚ましたら、其処は教室なんかじゃなくて
雪深い、雪原のような所。

自分はねころがって、空を見上げてた。
顔に触れる冷たい空気。
それが夢じゃないと、俺に感じさせる。

周りに人の気配はない。
此処に来る途中に、隼人達とは離れてしまったようだ。
いつもいると分からないけど、囲まれてる時がどんなに安心したか
それを今 身に浸みて分からされた。

怖い・・あの不安も、現実になっちまった。
悪意のない声は、誰かを探してて そして見つけた。
それからだ、水色の綺麗な髪をした少年が現れて・・

「応龍の神子って、言ってたよな。」

雪の上から身を起こして、言われた言葉を繰り返す。
どうして女って分かったんだ?
てゆうか、応龍って何?
唸るようにして考えてると、人らしき姿を見つける。

誰もいなかった分、それだけで安心した。
隼人達なら一番いいんだけど、この際誰でもいい。
そんな気持ちで走り、人影に近づくと・・・

影がハッキリして、三人いると分かった。
それから、数人の影。

隼人達だと思い、はは知るスピードを上げた。

「隼人!?竜・・・!?」
【キシャアアアアア!】

なんじゃこりゃあっ!!
名前を呼びながら駆け寄れば、骸骨の鎧武者と遭遇。
女らしく叫ぶ前に、驚きの方が勝った。

「君、危ない!早くこっちに」
「貴方も此処に飛ばされたの?」
「え?え?・・貴女も?」
「まあ・・」

驚きの次に、ひしひしと恐怖が沸き起こり
逃げようかとしたら、グイッと腕を引かれて
骸骨の傍から、後ろへ引き寄せられた。

声の主は、残念ながら隼人達じゃなかった。
けど 人だ、しかも自分と似た感じの。

青年の横からも可愛らしい声が聞こえ、俺に聞いてくる。
視線を向ければ、薄紫色の長い髪に桃色の振袖を着た女の子。
胸と腹部を守る鎧を、その着物の上から着てる。

順番に見て行って、一番驚いたのは青年と少女の靴。
これって絶対、俺と一緒の世界のモンじゃん!
良かった〜こんな所で現代の人達に会えて。
心細かったしさ。

「望美と譲の知り合い?」

そう言って傍に来たもう一人の女の子。
その子の隣にいる子を見て、更に俺は飛び上がった。

「君 俺呼ばなかったか?」
「うん、呼んだ。来てくれて私は嬉しい。」
「貴方も白龍に呼ばれたの??」
「どうして?私の対は望美だけのはず。」

ピンクの着物を着た子は望美、俺を呼んだのは白龍って名。
こっちの子は、俺も呼ばれた事を疑問に感じたみたい。
対ってなんだ?さっぱり話しが見えねぇ。

眼鏡を掛けた青年も、このやり取りを不思議そうに見てる。
話についてげないのは、俺だけじゃなくて安心。

「その話は後にしませんか?マズはこいつ等を片つげないと」
「え、戦うのか?武器もないのに」
「あるじゃないか、君の腰に。」

人一番冷静な奴、まるで竜が此処にいるみたい。
あっちの方が口 悪いけど。
青年は長弓を手にして、サラリと怖い事を言った。
ずっと学ランで来てると思ってたは、素で聞いてみる。

問われた青年は、呆れた目をして俺の腰元を示した。
腰?そんなトコにあんのはベルトだけだろ。
指摘に対し、不満気に示された腰元を見ると・・・

「は!?何でこんなモン持ってんの?俺」

そう・・目線を向けた所には、紐が巻かれてて
その紐の先には、子供の拳大の珠が付いてる。
しかも、俺が着てたのは学ランなんかじゃなかった。

首まである詰襟みたいな下地、上には二枚の衣。
その上に、長依を羽織ってる。

青年が示した紐のような武器は、羽織の下の着物を留めてる
腰帯の上に巻きついていた。
しかし・・・これはどんな武器??
コイツ、どうして武器だって知ってんだ?

「来るぞ!」
「えぇっ!?」

どうしていいのか、そんな俺にはお構いなしに
青年の声と共に、戦いが始まってしまった。
動揺してる俺を庇うように、あの少年が前に立つ。

こんな子供に守られるなんて、情けなさ過ぎじゃん。
それに、望美って子達も剣とか扇を武器に戦ってる。

第一、この紐ってどう使えばいいんだよ〜!!
袴って動きづらいんだけど!
腰帯に巻きつくそれを、解くだけで手間取った。

「おい!そっち行ったぞ!危ない!」

周りで聞こえる刃物のぶつかり合う音。
それが一瞬しなくなり、解く手を止めて顔を向ければ
焦った感じの青年の声が俺を呼び、危険を知らせた。

急いで向けた先に、迫り来る骸骨武者を捉える。
嘘だろ!?こっちは使い方もわかんねぇのに!!
こんな知らない所で、隼人達にも会えずに死ぬのか?
そんなの絶対 ヤだ!!

!!」

ギュッと目を瞑った時、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
誰なのかを確かめる前に、横から掻っ攫われるみたいに
抱きしめられてた。

包み込まれる温もり、を庇った人物は
その後、手にした武器で骸骨武者を斬り捨てた。

此処の世界に住む人なのかと、見つめていると
振り向いた青年が、呆れたような怒ったような顔で
俺に文句を垂れた。

「バカかオマエ、んなトコで立ち往生してんな。」

そう言って振り向いたの先に、和服姿の竜。
骸骨武者を倒した武器は、とっても変わった形をしてる。

てゆうか、会っていきなりバカ呼ばわりかよ(怒)。

竜の服装は、肩までの短い袷に上の衣から
片方の肩を出した格好。
寒くねぇのか?

長い上衣が、地面に付き雪で汚れてる。
顔がいいせいか、妙に違和感なくハマってるよ。

「何そのカッコ・・」
「返事はそれかよ、だっておんなじような格好してんじゃん。」
「そんな武器、よく使えんな・・・慣れてんの?」
「・・・さぁな、それより怪我はねぇのか?」
「ああ、サンキュ・・それより他の奴は?」

悔しいから呆れた目で指摘してやる。
でもサラリと突っ込み付きで返された。
武器の扱いに慣れてると言うと、妙な間の後に濁され
怪我の心配をしてくれた。

こうゆう時、女の自分が腹立たしい。
嬉しく思っちまって、それが顔に出そうになるから。

竜に会えて正直安心したは、他の皆の事を尋ねる。
だけど、竜の返事は期待とは違ってNOだった。
やっぱそんな簡単には見つかんないのか。

何処にいてもいいから、無事にいてくれればいい。
それで また6人揃えれば、それだけで。

「貴方のお友達?初めまして、私は春日望美。」
「ども・・俺は小田切 竜」
「あ、俺は嘩柳院 です。」

話が一段落着いたのと共に、周りにいた骸骨も倒されてた。
結局竜に助けられて、自分じゃなんも出来なかった。
気さくに声を掛けてきた可愛らしい少女。
さっき名前は聞いたけど、自分の方を忘れてたから
竜と一緒に改めて皆に自己紹介した。

眼鏡の青年は、望美の幼馴染で 有川譲といい。
こっちの女の子は、この時空の人で 梶原 朔。
で 俺達をこの時空に連れて来たのが、この白龍。

俺達の此処へ来た経緯を話せば、望美と譲は大層驚いて
自分達も似た感じで、この世界に飛ばされたと話してくれた。

白龍が言うには、今の世界と似てるけど
時空の異なった 京であって、俺達のいた京都とは違う。
何だかスケールがデカくて理解し難い。
竜を見れば、何かを確信したような目をしてる。

白龍は、自分の神子を探してた。
この世界には、陰陽という理があるらしく
それらが同じく存在してて、世界が初めて安定する。

その理は、陰と陽に分かれてて
朔はその理の一つ、陰の象徴する黒龍の神子。
そんで、望美が白龍の神子・・・。
きっとこの子が探してたのは、望美。

「黒龍と白龍が一つになった存在が、を守護する龍。」
「・・・まさか、応龍の神子なの?」
「でも、君は男の子でしょう??」

マズイ・・これ以上突っ込まれると、絶対にバレる。
この服だって、上手い具合に男物だっつーのに!

隠し切れなくなる状況に、助け舟を出したのは竜。

「それよりも、早く此処を抜けた方がいいんじゃねぇの?」
「彼の言う通りですよ先輩、此処は危険ですし。」

譲も加わった意見に、上手くこの話題が逸れ
望美も同意し、反論のない朔と白龍も頷いて
皆で橋姫神社へと向かう事にした。

隼人達の安否も、ろくに分からぬまま。
今は、隣にいる竜の存在だけが頼りだった。