流転 十九章Ψ動きΨ
「刑場破りをしたワシ等は、当分下野や武蔵ではお尋ね者。
一刻も早く安房に向かわねば・・・」
夕陽に照らされ、真剣に言う姿・・・不思議と目が向く。
お尋ね者なら、確かに早く安房に向かわなくてはならない。
そもそもそれが最初の目的であるし。
姉上の願いも果たさねば。
話もまとまり、荘助の怪我の回復を待ってから
安房へ向かう事に決めた。
ΨΨΨΨΨΨ
暗い洞窟のような場所に、女が1人。
大きな瓶に、水を張りその前で手を翳す。
――やがて映されたのは、ぼんやりと浮かび上がった四つの玉。
女はその玉に見覚えがあった。
それもそうだ、自分が掛けた呪いを消し
憎い里見の姫が、この世に生み落とした玉に在った字。
それが目の前に四つ浮かび上がっている。
この国の方々に散った玉が、集い始めているのは明確。
「犬が・・・動き始めたか。」
真っ赤な唇が、憎々しげに呟いた。
向こうが動くなら、此方も手を打たねばならない。
すぐには殺さぬ、彼奴らにはせいぜい苦しんで貰わねば。
策を巡らす女の顔が、妖しく微笑んだ。
その頃大輔は、達を送り出した後
一足先に安房へ戻るべく、道を急いでいた。
犬士達と殿は、無事大塚村へ着いただろうか。
其処にいる犬士と出会えただろうか・・・
頭に浮かぶ心配事は尽きない。
無事犬士が全員揃い、里見に平和が訪れ
安房の地にかけられた呪いが解けるまで、平和など来ない。
伏姫に連れて来られし、牡丹の痣を持つ青年。
私は・・・何処かで会ったような気がしてならない。
それは、殿が元々此処で生まれたからなのだろうか?
向こうへ行く前に、私と会っているのだろうか?
『確かに記憶は曖昧だ、記憶を全て置いて飛ばされたから』
自分のした問いにそう答えた。
此処で暮らしていた時の記憶が飛び、何処に生まれて誰が両親なのかも忘れてしまっているという。
似ている、あの顔(かんばせ)。
私はもしや・・・あの者に会っているのでは?
さっきから1つの予感が胸の奥で渦巻いている。
だが殿は男(おのこ)、女子(おなご)ではない。
姫さまでは、ない――
確信まで行かない予感、当たっていて欲しいが
今の状況では、それも皆無に等しかった。
ΨΨΨΨΨΨ
荘助の手当てが終わった一行。
その日は夜になってしまったので、廃墟となった寺で夜を明かす事にした。
あまり面の割れていない小文吾が食事の調達へ行き
それを待つ信乃達は、寝床を用意している。
「初夏のうちで良かったな、これが冬なら寒くて寝れんだろうし」
布団の代わりにと、は薄汚れた一枚の茣蓙を。
現八や信乃も、自分のと掛ける物の代わりに
汚れているが茣蓙や、布を持って来る。
独り言のように漏らしたの言葉に、大人しく座っている荘助が答えた。
彼は、痣があるのに玉のないに 興味を持ったようだ。
「そうですね、でもこうして皆と会えて良かった。」
「ああ、これが1人だとしたら・・不安?だもんな。」
不安という感情は覚えたが、皆がそう感じる表現で合ってるのか心配になり
首を傾げながら言った。
その男らしかぬ仕草に、不覚にもドキッとしてしまった荘助。
ドキドキしてる胸を、不思議そうに押さえながら
の方を見て、その意見に同意。
1人なら、こんなに大きく構えていられなかったと思う。
不安で眠れぬ夜を過ごしていただろう。
「荘助、何を赤くなっておるんじゃ?」
「え?別に、そんな事はないです!」
「?」
ジッとを見て考え込んでいたら、いきなり後ろから冷やかされる。
過剰に反応して振り向けば、茣蓙を敷いている現八。
冷やかされている荘助を、信乃も苦笑して見ている。
信乃と荘助は、義兄弟の契りを結んだそうだ。
それなら、皆でその契りを結んでもいいんじゃないのか?
だって、宿命で結ばれた兄弟なんだし。
微笑ましい光景を見ているうちに
は閃いた。
「なあ、信乃と荘助は義兄弟なんだよな?」
「ああそうだが、それがどうかしたか?」
の問いに、現八はからかうのを中断し
言葉を発したを見る。
その目は輝き、何か考えてる目だ。
何かとんでもない事を言い出しそうな予感。
その現八の予感は、またしても当たるのだった。
「皆は宿命で結ばれた兄弟なんだ、皆兄弟の契りを結べばいい」
の発言に、皆、口を開けたまま固まる。
現八は予感的中に呆れるよりも、笑みが漏れた。
思っていても中々口にはしない提案。
コイツは迷いや、恥ずかしさがないから
思った事をすぐ実行出来る。
純粋というか・・・真っ直ぐというか・・・・
皆驚いたが、誰も否を唱えたりはしない。
分かっているから、薄々と自分達の結びつきの強さを。
分かっていて、誰もそうしようとしなかった。
それを迷う事なく言い出した。
「どうして黙る、何か変な事を言ったか?」
サラリとそうゆう事をやってのけてしまうくせに
何処か抜けている、こうゆう奴を見ていると・・・心が休まるな。
何て思えてしまう、思ってしまって驚く現八。
皆そう思ったのか、柔らかい笑みを浮かべ
信乃が同意、荘助もそうですね・と嬉しそうに口にした。
空気が穏やかになった所で、買出しに出ていた小文吾が戻って来る。
力のある彼は、五人分の荷物を軽々1人で持ち帰ってきた。
「ご苦労だったな、小文吾。」
「大した事ねぇさ。それより、何だか盛り上がってたようだのぅ」
「はい、今義兄弟の話をしていたんです。」
荷物を置いて皆の傍へ来た小文吾。
さっきまでピリピリと張り詰めていた空気が
和らいでる事に気づくと、早速理由を尋ねた。
尋ねられた信乃が労いの言葉を小文吾に掛け
小文吾の問いに、荘助が答える。
興味を示して来た小文吾に、もう一度が提案。
そうゆう繋がりを大事にする小文吾は、迷う事無く同意した。
ΨΨΨΨΨΨ
戌の刻(22時)。
お腹も満たされ、これ以上ないくらい走ったり力を使ったは
すやすやと寝入っていた。
まだ眠っていない者が起きていて、夜空を見上げている。
月光に照らされ、木枠窓の傍にいるのは現八。
空を見てから、視線をへ戻す。
「アンタも起きてたんか?」
その現八にムクッと起き上がった影が声を掛ける。
眠るに、自分の布も掛けてやっていた現八は僅かに驚く。
其方を見ると、大きな影。
どうやら、声を掛けたのは小文吾のようだ。
「この人は変わったお人ですな、ぬいの言った通りになりそうだ」
「妹御の?」
「ああ、ぬいはこの人の事を『偶に小さな子供に見える』
『この人の存在が、皆さんにいい作用を齎すと思う』と言っていた」
それを聞き、現八も小さく、確かにと頷いた。
他愛ない言葉で、張り詰めた空気を一瞬で柔らかくしてしまった奴。
アイツの存在は、皆に影響を与える。
見ていて飽きないし、目が離せぬ。
「不思議な奴だ・・」
その力も、生まれも、まだ分からぬ本来の姿も。
何れ見てみたいと、現八は1人思った。
小文吾もそれに同意し、眠るを温かい目で見つめた。
現八は、を気にしている自分を
本能では認めながら、心では否定していた。