続く命



臨月間近の私を手伝う為にと
妹の浜路、信乃が城に来てから数週間。

暇さに磨きがかかった気がする。
前だってする事が少なかった日常・・
妊娠してからは益々お姫様扱いだ。

何をするにも体によくないからとか
家事すら手伝わせてくれない。

こういう時母親の存在は大きい・・・・
向こうのお母さんに聞いておけばよかった。

妊娠中に食べた方がいい物とか
逆子にしない為の運動とか
でもまさかこうなる未来が用意されてたとか分からないし。

不安だ・・・・
現八との子供が生めるのは嬉しい。
嬉しいけど、此処の出産はお産婆さんだ。

分娩室みたいに設備が整った病院なんてない。
こんな不安な気持ちを聞いてくれる人はいない。

浜路は私より若いし、姉上はいないし
この世界での母も既に亡き人になっている。
現八や信乃、父上にはとても話せないし困ったなあ・・・

城内の庭で縁側に腰掛け、憂鬱そうに空を見上げる。
怖がっても何れ来るであろう出産の日。
不安なまま新しい命なんて生めるんだろうか。

こんなまま、母親になってもいいの?

臨月間近いお腹をそっと擦る。
触れていると脈打つ胎動を感じられそうな気がした。

「姫様、お一人ですか?」
「・・・・貴女は?」
「この城に勤める女中でございます」
「あ、初めまして」
「・・・ふふっ、姫様。女中になどそのように丁寧な挨拶は姫君は為さらぬ物ですよ?」

現れたのは空色の着物に白い前掛け(エプロン)姿の女性だった。
向こうの母と同じくらいの年齢。
思わず挨拶してしまった私に優しく微笑む。

あまりに優しい微笑みが、母や姉と重なって切なくなった。
女中の女性は、雪、と名乗り隣に腰掛けると
胸の内を見透かしたような言葉を口にした。

「新しい命を新たに生み落とすと言うのは、母親としての痛みを初めて経験する事です
けれど怖いと思うのは当然の事ですよ?怖いと思っていいのです。
その気持ちを我慢してしまう事はなさらずに、素直に旦那様へ告げてしまいなさい
出産は怖くない・・幸せな事なのだと・・・・どうか元気な子をお生みになられますように」

優しい面差し、何故だか涙が溢れた。
不安でいいのだと、何よりもその言葉が嬉しかったのかもしれない。

母や姉に似たこの雪という人が温かい眼差しで
優しく包んでくれたような、そんな気がした。
誰にも言えずに抱えていた不安、大分楽になったかも・・・

泣いてしまったを優しく見つめ
そっと髪を撫でてくれる雪。
まるで母親のような接し方に遠い世界の母を強く思い出した。

雪さんに話を聞いてもらい、気持ち的に楽になった
落ち着いた所で次は質問を向ける。

「あの、聞いてもいいですか?」
「はい何なりと」
「妊娠中に栄養になるような食べ物とか・・・・」
「やはり好き嫌いなく食べる事ですね」
「やっぱそうですよね、うん・・それにこっちには煙草とか良くないものはないから気をつける事もないし」
「・・・それとお産婆さんの指示に従い、よく紐を掴んでいきんで下さいね」
「はい(ゴクッ)」
「大丈夫です、姫様なら元気なお子をきっと授かりますよ」

質問にも優しく答えてくれた雪さんは
まるでおまじないのようにそう口にする。
もう大丈夫だと思えるようになった。

元気な子を生むぞ、と心に誓う。
もうそろそろ・・・・君に会えそうだよ・・

私も会いたいから元気に生まれてきてね。
現八と私の宝物・・・

それから雪さんとは別れ、再び一人で縁側で過ごす。
出産は辛く痛い事じゃない。
愛しい人の子供をこの世に生むと言う幸せの儀式。

それでも未知の事だから、責任のある事だから
きっと怖いと思ってしまうのかもしれない。
その気持ちはきっと初めて母になる人に等しくある感情なんだ。

だから私は、とっても幸せ者なんだね。
この感情も・・子供を身篭らなければ感じなかった。
んーーっ、何か今無性に現八に言いたい。

そんな気持ちを悟ったみたいに縁側に現れる影。
何も言わずに後ろから抱き締めてくる腕。私はすぐに分かった。

「ねぇ現八」
「・・・どうした?」
「今ね、私はとても幸せだよ?現八と逢えて本当に良かった」
「・・・・?」
「それと、現八に逢えて一緒にいられるから去年よりもっと幸せになれる」
「どうしたんじゃ?改まって」
「言える時に言っておかないとね」

恥ずかしいと言う気持ちより先にもう言葉になっていて
後ろから回された腕に手を添えて伝えた。

出逢いがすべての連鎖になるみたいに
命も連鎖して続いて行く。
考えてみるととても幸せな事だ。

人間って凄いな・・・命って凄いよ・・・・・
改めてそう思った時、私はついに胎動を強く感じた。
我が身を襲う鈍い痛み・・つまり、陣痛。

雪さんからの言葉を噛み締めながら
私は痛みに耐えつつ、現八へ伝えるのだった。始まりを・・