問う心
沖田さんの物だと思って届けに来た物は
別の人の物かもしれない。
そんな疑惑が浮かび、やっぱり立ち去ろうとした私。
斎藤さんと言う人の言葉もあり、もう泣いてしまいそうだった。
浅はかな願いだけ聞き届けられたのか、久方ぶりにまみえた沖田さん。
気だるそうな雰囲気はあるも、最初の出逢いよりもそれは和らいで見えた。
ううん、単なる気のせいかもしれないけど・・・・
いけない、と思う気持ちもある。
花魁で太夫な私が、間夫(まぶ)に等しい相手を作っては・・・?
私・・沖田さんの事、そんな風に想ってしまってるの?
*間夫
花魁が心の底から真に愛する者
想うって何?
沖田さんは馴染みではないのに・・
通いすらしていないというのに・・・・
それに、例え間夫に想う相手がいたとしても
花魁の自分に、自由な恋愛は赦されてない。
身請けされて花街を出るか、年季を終えるかしない限り自由はないんだ。
(年季は大体長くて10年契約とされている)
遠くの方で沖田さんと斎藤さん達の話が聞こえていた。
聞いていると、私に火種が飛ばないように話を丸くしてくれているように感じる。
私に、こんな私に気を遣って下さっている・・・・・
矛先を逸らそうとしてくれているように感じてしまう。
此処まで浅ましいなんて、これでは駄目だわ・・
もういいじゃない?
こうして僅かでも顔を見れたんですもの。
沖田さんは、もう会う事はないって何度も私に告げていた。
だったら
私ももう余計な事をするのは止めよう。
忘れ物なんて、禿(かむろ:花魁の身の回りの世話をする10歳前後の少女)に届けさせればいい物だし
番頭新造(花魁になれなかった者&年季を終えた者)さんにも頼めるもの・・・・
覚悟を決めろ、私。
私は私の日常を生きればいいのよ。
例え其処が、出る事の叶わぬ鳥籠だとしても。
***
「僕のだけど、僕のじゃない」
ふと沖田さんが私を呼び止めた後にポツリと。
その場の全員が首を傾げた。
これには私も含め、皆さんが困った顔になる。
沖田の物だと思って届けに来たのに、本人から否定とも肯定とも取れぬ返答が返されるとは。
別人の物を勝手に沖田の物だと思い込んで、わざわざ届けに来たなんて・・何て間抜け・・・・
しかも斎藤さんからは、迷惑極まりないと言われてしまった。
此処で泣くなんて事はしたくない。
俯いた私を原田さんが心配してくれたけど、顔は上げられずにいた。
それでも俯いたまま涙を瞬いて散らせ、顔を上げて平静を装い
今決めたばかりの決意を胸に、場を去る事を告げた。
「では、あしはここで・・失礼しんす」
「あ、ああ」
「ご苦労だったな」
「・・・・気をつけてね」
「へえ」
ニコッと微笑んで見せ、花魁言葉で別れを告げる。
目を合わさないようにした。
顔を見てしまったら、もう駄目になりそうで
懸命に足元だけを見て挨拶した。
そんな私に沖田さんは『気をつけて』と声を掛けてくれた。
ぶわっと涙腺が緩み、視界が滲む。
どうしてこうも、貴方の声は心に響くのでしょう。
どうすれば、揺るがされずに済むのでしょう。
答えがあるならば、私に教えて下さい。
声が震えないようにするだけで精一杯の中
私は踵を返し、屯所の門から揚羽へと戻った。
ただ ただ 胸が苦しくて
甘く痛んで・・・・何故、こんな感情が浮かぶのか
私自身にも分からなくて・・分からなくて。
何かが溢れて、溢れる何かが抱え切れなくて
気を抜いたら膝から崩れてしまいそうだった。
彼女が立ち去った後には、僕達男三人だけが残された。
僕の忘れ物と言って彼女が届けに来た物
・・・予想が当たっていれば、僕の物ではない。
「取り敢えず、中、確認してみる?」
「だがこれは総司の物ではないんだろう?全くの他人の私物を見るのは感心せぬが・・」
「けど、確認しなきゃ持ち主に届けられねぇだろが」
「・・・・・ま・・まあ・・・・」
「一君は一々ややこしく考えすぎ、どうせ確認しなきゃなんだから早く風呂敷解いてよ」
「総司は迂闊すぎだろう、こう言う落し物にもだな・・・」
「あーはいはい、俺が解いてやるよ」
はらり、と風呂敷の結び目が解け・・・・・・
「「「あ」」」
中から出てきたもの。
それは。
まごう事無く『豊玉発句集』と題された、
物凄くよく見た事のある物であった。
沖田達が、硬直してソレと対面した頃。
は揚羽へと続く帰路を歩んでいた。
今度は自分から距離を取った。
自分から逢わないと心に決めた・・・・・
震える膝は歩みを遅くする。
逢わない
逢えない
逢ってはいけない
頭では理解した。
理解はしたけれど、心は重く・・
これでは駄目だわ・・・・今夜は風間さんの座敷へ行かなくてはならない。
どんなに辛くても悲しくても、座敷へそれ(感情)は持ち込んではいけないから
「姐さんお帰りなんし」
「・・・胡蝶・・いい子にしてた?」
「はい!今夜の座敷への支度は出来てます!」
「そう。大袖が手伝ってくれたんでありんすかぇ?」
「へえ・・準備は整っていんす」
出迎えたのは禿(かむろ)の胡蝶と、格子の大袖。
禿は私の身の回りの世話をする幼女。
格子は太夫に次ぐ高級遊女を差す名だ。
胡蝶には、太夫である私が花魁になる為の指導をしている。
過去、私が真朱姐さんから教わったように・・・
座敷への支度は整った。
後は私が向かうだけになっている。
風間さんが花魁を抱く事はないだろうから、舞や俳諧を披露するくらいだと思う。
*俳諧
主に江戸時代に栄えた日本文学の形式、また、その作品のこと。誹諧とも表記する。
正しくは俳諧の連歌あるいは俳諧連歌と呼び、正統の連歌から分岐して、
遊戯性を高めた集団文芸であり、発句や連句といった形式の総称である
と言う訳で、早速太夫に相応しい格好へと着替え
禿の胡蝶、振袖新造の縦羽を伴い支度は整った。
「ところで太夫、座敷の名は聞いてありんすのでありんすか?」
「勿論聞いてありんすよ?」
「そうでありんすか、それならば行って来てくんなまし」
「それでは、行って参りんす」
大袖に見送られ、花魁道中はしないが
風間さんの待つ店へ、胡蝶と縦羽と共に向かうのだった。