流転 三十九章Ψ遠き空Ψ



「その刀の手入れはいいのか?」
「・・・・現八」

視界に現れた影は、自分の刀を手にした現八だった。
何も答えずに見上げていると、現八も無言のままの隣りに腰を下ろした。
やりかけの手入れを続行させてる。

何をしに来たのかは分からないが、隣に現八が居る事で
不安な気持ちよりも、ドキドキの方が強くなり考え事所じゃなくなった。

沈黙が心地悪くて、視線を泳がせれば
信乃と荘助が出て行くのが見える。
正確に言うと、先に出て行った信乃を荘助が追いかけて行ったって感じだ。

あの2人は、他の犬士達より仲がいい。
同じ村にいたようだし、荘助は信乃の理解者でもあるからな。

「ずっと友達、また時は経ち流れ行く日々の中で共に育ち・・・か」

あの2人にピッタリの文句だ。
向こうの世界で覚えた歌の歌詞、信乃と荘助を見ていてふと頭に過ぎった。

向こうに、そう呼べる友達はいなかったけど
それはそれで楽しかったなぁ・・・
戻されるなら、1人暮らしだよな・・。

「何の歌じゃ?」
「ん?ああ、俺がいた世界の歌だよ。」
「ほお?」
「『トモダチ』って歌なんだ、信乃達見てたら急に思い出してさ。」
「――帰りたいか?その世界に。」

真剣な声、思わず振り向くと真剣な目をした現八。
その真剣な目に、一瞬言葉をなくす。

心の底にある悩みや不安、それを見透かされそうな気がしてくる。
それでも、目を逸らす事が出来なかった。
帰りたいか?と聞かれると、すぐに言葉を返せない。

しかも、さっきまでその事で悩んでたんだ。
答えを出すのが怖い。

「分からない・・」
「・・・・がいた世界とは、どんな所だったのじゃ?」
「・・・現八も俺がいた世界に興味があるんだ?」
「ワシが聞くのは意外か?」

の顔が、スッと沈んだのを見て
何か知らんが慌てて、表面上は平静を装って現八は話題を変えた。
すると若干笑顔が戻ったが、その話題に乗って小さく笑う。

「いや、なんつうか嬉しい。」

現八が自分のいた世界に、興味を持ってくれた事が嬉しかった。
それから、色々な事を話した。

現代には、馬などの移動ではなく
自転車や自動車、飛行機、船、そうゆう鉄で出来た乗り物で移動する事。
建物も技術が進み、鉄骨を組んだ物や瓦屋根などの造りになった事。

服も随分進化したのだと、学校も出来、学べる場所が増えたと話した。
便利な道具も沢山産まれた事も。

「ほぉ・・ワシも勉強とやらをしてみたいのぉ」
「珍しい事を言うな、嫌がる人の方が多いんだぜ?」

様々な資格を取る為の勉強、それらの話をすると
現八にしては珍しく、とても興味を持ったようだ。
現八はそうゆうのに興味ないと思ったから。

勉強って言ったら、やっぱ大角かなってイメージあったし。
楽しそうに笑い、意外そうに言ったを見つめ

「お主はそうやって笑ってる方がいい、折角顔がいいんじゃから。」
「え?笑うって・・・・」
「『楽しい』じゃろう?今、それが笑うという感情に繋がる。」

何でそんな風に言うんだ?
照れるじゃねぇか・・・

最初の時に比べると、何か表情も優しい。
いや・・俺の怪我の手当てしてる時も、夢に魘されてた時も
ずっと現八は優しくしてくれてた。

それは、今になってそう思うのは・・・
俺が改めて、現八を意識するようになったから?

「ワシ等が里見の希望なら、お主がワシ等の希望じゃ。
お主の存在と笑顔が、ワシ等を癒す。ワシ等はお主が笑顔でいられるよう守る。」

「・・・・有り難う」

嬉しい反面、複雑だった。
『現八』の、とは言ってくれない。
俺は、現八の為だけに・・・

其処まで考えて、俺は止めた。
ない物ねだりな気がして、自分がとても貪欲な気がして。


ΨΨΨΨΨΨ


そして、日が暮れてから二回目の会議が始められた。
町の人達が寝静まった頃、古那屋の外へ地図を広げての会議。
地図を広げた大角の周りに、全員が集まる。

安房と上総の地図が書かれた紙、それらを説明するには
大角が適任、持ち前の知識を活かして説明が始まった。

「安房まではどう行く」
「考えたのですが、此処行徳から利根川を船で下り海に出て上総国木更津に上陸して
其処から陸路にて、安房へ向かうのが一番の近道かと思います。」

「なるほど、海伝いの道を行けば 連合軍の追っ手に掛かる可能性もある。」
「安房と上総と、国境の山々は険しいのですが・・」
「何、険しい道なら 慣れたものです。」
「それにしても道節の奴、遅いじゃないか。」
「どれ、ちょっと見て来る。」

そんなに此処の事に詳しくないは、皆の会話を黙って聞いていた。
道節が遅い事を気にする毛野、それを聞き小文吾が様子を見に立ち上がった。
その背を見送った時、僅かに嫌な予感が胸に生まれる。

同じ『気』を感じたのだ。
俺の意識を壊そうとした、玉梓の気配に。
だが、周りを見ても自分達以外はいない。

「――犬塚殿!」

が、その悪い予感の意図を探るよりも
小文吾が室内へ戻ろうとするより先に、遠くから信乃を呼ぶ声が響いた。
同時に馬の蹄の音も聞こえる。

皆の視線が、声と音のする方を向いた時
小柄な少年が馬を操り、目の前に現れ
の前に立った信乃が、驚いた口調で少年の名を呟いた。

「親兵衛・・・」

その頃、1人支度を整えていた道節の元へ
玉梓が送り込んだ刺客、船虫が向かっていた。

吃驚して迎えようとした道節の腹部に
船虫が隠し持っていた短刀が、浅く突き刺さった。


「犬塚殿、`大さまの伝言を預かって参りました!」
「`大さまの?」
「浜路姫の居場所を見つけたそうです。」
「真か?」
「はい、妙椿という・・・妖しい女僧に捕らえられていると」
「妙椿・・?」

一方達は、`大法師からの伝言を親兵衛という少年から聞き
またしても出て来た『妙椿』の名に、繋がりを感じ始めた。
浜路姫とは、信乃も知ってる人なのだろうか?

そう言えば・・・最初に、小文吾達に会った時
許婚だと、言っていた気がする。
しかし何だろう・・浜路、この名を聞くと何処か懐かしい気持ちになる。

!』

懐かしさを感じた瞬間、今まで聞こえなかった姉の声がした。
ハッと思わず空を見上げるが、勿論姿などない。

「姉上・・?」
『お願い、私の子供を道節を助けて!』
「道節を?姉上?姉上!」

姿なき姉の声、突然1人で話し始めた
皆驚いたように見つめる、そんな中現八はの両肩を掴んで問いかけた。

しばらく揺さぶるが、反応が返ってこない。
それどころか、1人で中へ戻ろうと走り始めた。
これには慌てて現八もを引き止める。

!何かあったのか?」
「姉上が、道節を助けてくれって!」

「姉上?」

腕を引かれ、引き戻された
現八に問われた為、早口で道節の危機を言った。
姉上という言葉に、現八が問い返した時ぬいの声が小文吾を呼びに来た。

「兄さん!大変!道節さんが!!」
「何だと!?」

ぬいの知らせに、現八達は顔を見合わせると
すぐに宿の中へ駆け込んだ。

一番先に飛び込んだ小文吾の目に、廊下に倒れた道節と
その道節に馬乗りになって、短刀を振り翳した女の姿が入った。
すぐに後ろからその手を掴んで止め、道節から引き剥がす。

引き離された女の腕を掴んだまま、囲炉裏のある部屋へ連れて行き
短刀を奪おうとした途端、駆けつけた仲間の前で信じられない現象が起きた。
大角はその刺客が誰だかを知っているようで、少し反応が見られた。

自分へ振り下ろされる女の腕を止めた小文吾。
力では負けないはずの彼を、女は片手で持ち上げ投げ飛ばした。

投げ飛ばされた小文吾に続いて、信乃が刃を交えるが
普通の町娘である女に、打ち負かされてしまう。

大角も弾き飛ばされ、荘助が刀を抜いたが
刃を交える前に、現八が女の腕を掴み
問答無用で殴りつけた。

「斬るな!!」

倒れた体勢から起き上がった女に、現八が刀を振り上げたが
それを止める声が家内に響き渡る。