流転 四十九章Ψ共に生きる事Ψ



は部屋から現八に呼ばれ、床の橋(廊下)へ出ていた。
怖い、怖い・・聞きたくない、聞きたくない・・・・

さっきからそんな言葉が、頭をぐるぐると巡っている。
現八に惹かれたのは俺だ。
だからと言って、現八がどう思ってるかなんて分からない。

だから尚更怖い・・還れと、これきりだと言われるのが。

それから歩いて中庭に下りる。
此処には誰もいなくて、信乃と浜路の婚儀の支度で皆出払っていた。

さっきから現八は一言も喋らない。
沈黙が破られるのが怖い。

後ろを歩くが、自分が言う言葉を恐れてるのが手に取るように分かった。
離れたくない、信乃に言った言葉は真だ。
それなだけに口火を切るのも間を要する。

伝えるのに慣れていない、信乃や荘助・親兵衛のように素直ではないのだ。
それでも伝えなければ、アイツの言う通り失ってしまう。
中庭の中程で立ち止まり、思い切ってを振り返り・・・言葉を無くした。

・・・」
「ごめん・・何でも、ない。」

振り向いたは、今までにない位に泣きそうな顔をしてて
現八は胸が締め付けられる思いに駆られた。
目が合うとそう言って目を逸らす。

駄目じゃ・・に、そんな顔をさせていては。
コイツのこんな顔は見たくない。

「聞いてくれ」
「いや」
「いいから聞いてくれ、大事な事なんじゃ。」
「大事な事って何だ!?俺に還れって事なんだろ!?」
「・・・・」

「そうなんだな?」
「違う」
「じゃあ何だよ、姫としてしっかり頑張れって言いたいのか?」

言葉が勝手に出た。
責めるみたいに現八を怒鳴ってしまう。

涙腺も緩んで涙が滲んでくる。
困らせたくないのに、言葉が止まらない。
目の前の現八も、困ったようにを見てる。

「確かに、一度は思った。還すべきじゃないのかって・・・」
「・・・じゃあ還るよ、そう思ってたんだろ」
「思ってなどおらん!」

胸が痛んだ、やっぱり還そうって思ってたという事実に。
そう思ってたんなら、話ってゆうのもその事だと思い込み立ち去ろうとした。

これ以上此処にいたら、もっと酷い事を現八に言ってしまいそうだと思ったから。
還り方なんて知らないが、口走ってしまった言葉は取り消す気もなかった。
でも現八は、一言叫んだ後の腕を掴み引き寄せた。

「放せ!優しくするな!・・これ以上、踏み込んでくるな・・・忘れられなくなる!
現八に、傍にいて欲しいって・・・思っちまうだろ!」

引き寄せられ、強く抱きしめられて思考が混乱する。
還すべきだって思ってるくせに、抱きしめられてどうしていいのか分からなくなって
訳の分からない事を口走ってしまう。

叫んでから恥ずかしくなる、けど止まらない。
振り解こうと暴れても、ただ現八の力が強くなるだけだった。
こんな事されたら、余計忘れられなくなる。

「ワシはお主に離れて行って欲しくはない」
「嘘だ!ずっと困ってただろ、女なんて・・剣の腕を鈍らせるだけだって・・・そう言ってたじゃないか!!」

・・お主はどうなんだ。感情を知らぬお主にそんな相手がいるのか?―

下野国で言われた冷たい言葉が思い起こされる。
あの時の俺は、記憶もなくて感情も未熟だった。
それでも、あの時の言葉は深く心に残ってる。

現八は現八で、今更あの話を持ち出され
自分でその時の自分を後悔した。
上手く伝わらない、このままを放したくはない。

「慰めなんかいらない!放せ・・・・!?」

手放したくない、そう思った時 現八は動いた。
腕の中で叫ぶの顎を掴み、上を向かせるとそのまま口づける。

深く深く陵駕して、息つく間も与えない程激しく唇を奪った。
まるで、言葉に出来ない気持ちをぶつけるかのように。
吃驚して涙も止まってしまう。

「ふぁ・・っ、ん・・・っ」

激しく強引な口づけに、頭がクラクラしてくる。
息もつけなくて、苦しくなって来た時にやっと唇が離された。

膝の力が抜け、ずり落ちそうになった体を現八に支えられる。
そしてそのまま抱きしめられ、現八の匂いに包まれた。

「ワシは嘘はつかん、お主と共にいるうちに・・の事を傍で見ているうちにワシはに惹かれたんじゃ」
「・・・・本当・・?」
「だから嘘はつけんと言ったであろう?ワシはが大切じゃ、これからも見守ってやりたい。」

凄く貴重な言葉を言われた気がした。
聞いてるうちに顔が赤くなっていく。

これからも・・?じゃあ・・・此処にいてもいいんだ。
現八の傍にいてもいいの?
僅かな希望に縋り、端正な現八の顔を見上げる。

其処には『信』の字に相応しい真摯な目をした現八がいる。
そう・・本当に目の前に、自分の唇を奪った唇で言葉を紡いで。

「俺は現八の傍にいてもいいのか?」
「寧ろ居れ」
「それって・・・姫としてか?」

そう・・其処がまだ引っ掛かってた。
傍にいていいって言われたけど、俺は里見の姫で現八は役人。

一度は解任されたけど、義実氏の力添えで戻れる事になった。
俺は・・現八が望むなら、姫なんか止めて共に古河に下るつもり。
今まで普通の暮らしをしてきた、それがいきなり姫だって言われても粗野な言葉遣いも簡単に直せる自信はない。

「姫としてじゃ」
「無理だよ・・今更、それに俺は城じゃなくて古河で暮らしたい。」
「それは駄目じゃ、お主はまた義実殿を悲しませるつもりか?」
「だけど!現八は?現八が傍に居れって言ったんだぞ!?」
「言葉遣いくらい、ワシが直すのを手伝ってやる」
「どうやって?参内は・・・・」
「ワシはこれからずっと、の傍に居る。」

はっ・・・・・恥ずかしい奴!!

カァッと顔が赤くなる、今サラリと凄い殺し文句言った!
『言葉遣いくらい、ワシが直すのを手伝ってやる』+『ワシはこれからずっと、の傍に居る』=
『ワシはこれからずっとの傍に居るから言葉遣いくらい一緒に直してやる』

ひゃあああああああっ!!!!
ぷ、ぷ、プロポーズ!?
いや、ちょっと待て俺!間をすっ飛ばしてる!

でも現八が傍にいてくれるなら、直せるかな。
どうやったら一緒にいられるだろう。

「どうやって傍にいてくれるんだ?」
「簡単な方法があるだろう?それに・・ワシはを好いておるしお主もそう思ってくれてるんじゃろう?」
「え?いゃあ・・・まあ、ああ・・す・・・好いてる。」

だったら簡単だ、そう言って現八はを腕に抱いたまま
片手での手を取り、その甲に唇を落として言う。

「ワシとこの先、ずっと一緒に居てくれぬか」
「本気で言ってるのか?」
「当然」

手の甲に触れる唇の感触に顔を染めながら、バクバクする心臓をそのままに問いかける。
現八の目は真剣だった。その目に見つめられると、ドキドキして心臓が口から飛び出そうになる。

あの現八が、自分にプロポーズ・・・夢みたいだ。
って事は信乃と浜路みたいな感じになるのか?
この腕を、離さなくていいんだな?

この声に名前を呼んでもらえるんだよな?


「有り難う・・・」

嬉しくて、言葉と一緒に涙が溢れた。
気づいた現八に、優しく抱きしめられる。
この涙は簡単には止まりそうになかった。