『神が何故天界にいるか分かるか?見守る為だよ、生きる為に生まれた者達を』


この世を創る際、神が用いたとされる『天地開元経文』。
五つの経文の守人に与えられる称号が『三蔵法師』

生命の進化を司る『聖天経文』
魔を打ち砕く『魔天経文』

それから、彼等がこの先の未来で戦う事となる者。
烏哭三蔵法師の持つ『無天経文』の三つの他、後二つの経文が在る。
今までこの桃源郷に生れし者達や妖怪達は、それが当り前の事だった。

しかし、五つの経文全ての上に立つ物が存在していた。
『天地開元経文』が創られる前に、一人の天界人が創り出したこの世全ての源となる経典。


「奴等と会えたようだな」
「そのようですね・・」
「何だ?不服か二郎神、まあ、あれはお前の妹だからなあ」
「知っていてお聞きになる辺りが貴方らしいですよ、観世音菩薩」
「これはが決めた事だ、俺もとやかく言うつもりはないさ」
「観世音菩薩・・・」
「あいつ等にとって、今の世も決して平穏な世とは言えんが・・それでもあいつは本望だろう。また逢えたんだからな」



□□□



こと、は三蔵に促されるままに支度をしていた。
支度と言っても身の回りの物は経典と武器しかない。
だって・・着のみ着のまま東封へ戻って来たのだから・・・

生まれ育った町、けれど此処に私の家はない。
三年前のあの日に全てを失ってしまったから。

妖怪と共にいた時はあったけど、命を絶った事などないに等しかった。
それでも私は生き抜く為にその彼等を私は殺した。
彼等の体を切り裂き・・その血を浴びて・・・・

肉を絶つ音、耳に残る断末魔。
それはこれからも続く。彼等と共に行く道を選んだのなら尚更。

でもきっと、彼等の事がなくても同じだったかもしれない。
私が『経典』を持つ限り・・・・これは定めだったんだ。

彼等と共に居たら、見えてくるかもしれない。
自分の事も、何もかもが。


「いつまで支度してやがる!置いて行くぞ!?」
「ちょっ・・!!今すぐ行きます!」
「三蔵、そんなに急かしたら可哀そうですよ?」
「フン・・てめぇで言いだした事だ、甘やかしてやる必要が何処にある」
「そんなんだと女の子にモテないぜ?三蔵サマ」
「煩い死ね」

懐から取り出した経典を見つめていたら、いきなり下から怒鳴られた。
勿論それは三蔵さんの声で、これには流石に焦って
経典を懐にしまい直し、九節鞭を帯に挿してから部屋を飛び出す。

階段を駆け下り、三年過ごした場所を去る。
思い出は沢山詰まった部屋、宿、町の人達、宿の店主さん。
それから、あの日私を助けてくれた菊令との思い出。

その全てを胸に、私は再出発の日を迎える。
紅孩児様の元から旅立つ時と、今この町から旅立つ時。

その全てに支えてくれた人がいた。
紅孩児様は元気だろうか、時折彼の事を思い出す。

「準備は宜しいですか?さん。」
「やっと来やがったか」
「そんな事言って、本当は嬉しいんじゃないの?三蔵サマ」
「三蔵も嬉しいのか?俺もが旅に同行出来る事になってすっげぇ嬉しい!!」
「てめぇらと一緒にすんな」

紅孩児様は私に東へ行けと言った。
それはつまり、東から西へと向かう彼等と合わせる為だったのだろうか。
まさかとは思うけど・・・・でも今私は、彼等と共に西へと旅する。

そうしたらまたあそこへ戻る事になる・・この事も彼らに話す日が来るだろう。
どんな風に私を見るだう、遠くない未来その日は来る・・・そんな気がしていた。

それぞれの反応でを迎えた四人。
まだ三蔵さんは、私の事で疑念を抱いているのは目に見えて明らか。
悟空が思わず言っちゃったのを聞いたから、それは間違いない。

同行を許可してくれたのも、同行させれば疑念がハッキリするかもしれないからだろうな
信用されてないのは仕方ないけどさ・・・
信用してもらうには、やっぱり全部話すしかないんだろう。

目の前で八戒が菊令に挨拶し、四人それぞれが宿を出てジープに乗る。
其処までの流れを悶々とした気持ちで眺めた。

あの中の一人になれる日はまだ遠い。
彼等の中には、長い付き合い成りの過ごしてきた中で培われた時間がある。
それが自分にはない。

少しずつ、信用してもらえるように・・・するしかないよね。

・・・」
「菊令、この三年間・・親切にしてくれて有り難う」
「そんな事、私はと出会えて良かったよ?」
「私も・・菊令と会えてよかった」

少しの荷物をに手渡し、潤んだ目を向ける菊令。
これがきっと最後だと思うのに、言いたい事は沢山あるのに
いざとなると喉の奥に詰まってしまう。

それでも感謝の言葉だけは言えた。
彼女にすら話してない事も沢山あった。
話せない事ばかりの私を、菊令は此処へ住ませてくれた。

居場所をくれた。
その事がどんなに嬉しかったか・・・

実の姉のように接してくれた人。
こんなにも温かくて、私に家族と言う物を思い出させてくれた。
固く握りあった手の温もり。

泣きそうになるのを堪えて、努めて笑顔では菊令に別れを告げた。

「元気でね、菊令。」
も・・いつでもいいから、また立ち寄るのよ?」

うんとは言えなかった。
彼等と共に行く、そして自分自身が持つ経典の事がある限り
約束程不確かな物はないから。

だから微笑みだけを贈り、一礼してからジープへと走った。
二度と振り返らずに。

不安もある、先の見えない不安が。
此処を出て彼等と共に西に向かう行程で命の保証なんて何処にもない。

「もういいんですか?」
「うん。あまり話してたら名残惜しくなるから」
「そうですね、では出発しましょうか」

後部座席(とは言えない)に乗り込むと、すぐに八戒はへ声をかけた。
長く過ごしたであろう場所だから、別れの時はゆっくりとさせたかったのだが
車に乗った彼女自らが、その名残惜しい流れを絶った。

貼りついたような笑顔。
宿の中で戦った時のような事もあり、八戒はが無理をしていないかだけが気になった。
兎にも角にも自分達は西への旅を続けている訳だし?

の言葉に同意してから、ジープのエンジンを起動。
走り出したジープの後部座席では、見送る菊令に悟空と悟浄が代わりに手を振っていた。

旅に対する不安、もあるだろうが。
三蔵は気に食わなかった。

感情を押し込めようとしているの姿が。
吐き出そうとも顔にも出さない事が、自然と苛立った。