流転 二十八章Ψ玉返しの里Ψ
手負いのを背負い、下山の最中に聞こえた声。
青白い光、その中から現れたのは
現八にとって、意外な人物だった。
まだ公方の莫迦に仕えているはずの、有能で馴染みの深い・・・
「――赤岩一角殿?」
迷いもなく、現八は現れた者の名を呼んだ。
すると一角は、青白い顔を笑みでいっぱいにし現八へ言う。
『犬飼現八・・お主ら無事だったか。』
「赤岩殿はまさか・・・」
『ああ・・私は既に死んでいる。』
「・・・一体何が・・」
現八の問いに、零体の一角は事の次第を説明し始めた。
何と、公方の下に妙椿と名乗る尼が現れ
配下の中によくない事を齎す者が紛れていて、その者のせいで事が上手く行かないと占ったそうだ。
その占いの結果が差した者は、一角の1人息子大角だった。
聞く耳を持たない公方は、赤岩親子を追放。
「・・・妙椿?」
『そして我等は、村で道場を開いて暮らしていたのだがある時
この庚申山に村人を苦しめる妖怪が出て困っているという話を聞いたのだ。』
「それが・・あの化け猫?」
『ああ、私は大角が止めるのも聞かず それを倒そうとこの庚申山へ入ったのだ。』
もしこの場でも話を聞いていれば、何か気づいたかもしれない。
座って話を聞く為、現八は背負っていたを下ろし
胡坐を掻いた上に座らせ、上半身は自分の方へ寄り掛からせて聞く。
化け猫を村人の為に倒そうと入った山で、無念にも一角は命を落とした。
八犬士の信乃でさえ、危なくやられそうだったのだ普通の者はもっと難しいだろう。
『・・・それは私だ』
悲しくもやり切れない色を浮かべた一角。
淡々と言いながら、左脇の骸を視線で示した。
2人が見た先には一体の骸骨。
これが化け猫に喰われた一角の姿だと言う。
親が戻らなければ、子である大角も心配しもしくは知ってるだろうと思い一角へ問いかける。
「では大角は」
『大角は、私が生きていると思っている。
事も在ろうにその妖怪は、私に化け私に成りすましてその村で暮らし始めたのだ。』
「化け猫が・・・赤岩殿に?」
信乃の問いに、死した一角はそれは悔しそうに語った。
化け猫が一角に化け、その村で暮らし始めたとは・・・・
一体何の為に?
しかも、その化け猫の目を通して
化けられた本人の一角は、村の様子や息子の姿を見せられてきた。
妖怪が化けてるとも知らない大角は、人の変わったような父親に冷たくされ時には殴られ
それでも父を慕ったが、妖怪は大角を家から追い出してしまったと。
そんな息子を思い、一角は涙を流した。
『現八、犬塚信乃よ。頼む、このしゃれこうべを持って息子に
私はもう死んだのだと、オマエが私だと信じているのは化け物なのだと・・そう告げてやってはくれないか。』
岩の上から下りた一角は、足元にあった自分の頭蓋骨を拾い
手前にいる現八へ、それを差し出した。
かつては人の形を取り、人として生きていた者の末路。
しゃれこうべを見つめた現八、少しそれを見つめた後
霊体の手から、それを受け取った。
何とも言えない表情で、それを見つめる現八達に一角は再び頭を下げて頼む!と言った。
2人は、真実を告げる事の残酷さを知っている。
大角に真実を受け止めさせるのは、きっと大変だろう。
『その者は?』
「この者は、ワシ等と共に行動している仲間じゃ・・」
『そうか、お主にもそのような者達が出来たのだな』
「・・・・・ああ」
現八が抱えるようにしているを見やり、一角も穏やかに笑った。
生前現八の家へ行った時、中に居たとは一角も思ってないだろう。
仲間と答え、無意識にへ向けた眼差しは柔らかく
きっと大切なんだろうと思った一角は、最後にこう言ってから去った。
『大角は医学も嗜んでいる、診てもらうといい。』
一角を見上げると、其処には2人に全てを託し
息子の庵の場所を示す姿があった。
一角を見送ると、直ぐに現八はを背負い信乃も続いて山を下りる。
は、既に熱が出始め体も火照っていた。
薬草だけでは抑えきれない。
熱が出るのが早いのは、今までの疲れもあるんだろう。
女の身で、文句1つも言わずに楽とは言えない旅に付いて来た。
感情を知らない、それでも懸命に理解しようとしていた。
そんなに、ワシは・・・・
―・・お主はどうなんだ。感情を知らぬお主にそんな相手がいるのか?―
感情を取り戻そうとするにとって、一番言ってはいけない事だったろう。
それをワシは言ってしまった。
「犬飼、悩むのは後だ。」
「分かっておる、それより呼び方・・どっちかにしろ。」
「・・・呼び方?」
「犬飼と呼んだり、現八と呼んだり・・・」
「ならば、気が向いた方で呼ばせてもらおう」
マイペースな返答に、現八は微かな笑みを浮かべた。
少しだが、沈みかけた気持ちが浮上する。
1人ではないというのは、良い物なのかもしれんな。
背中に伝わる温もり、少し熱くなってきた。
女の身じゃ・・負担をかけたくない。
あの時のように、ただ見ているだけは辛いからの。
何れこの小さな温もりを、守りたい・・・と思うようになるのじゃろうか・・・・
―傍にいるべきだ―
さっきの信乃の言葉が、現八に確かな決意を与えた。
ワシはの傍に・・いるべきというよりも
傍に・・・いたいのかもしれん。
一角が示した場所より下山する事数分。
緑に囲まれた麓の開けた所へ出た。
見た所、住まいらしいのはこの庵だけ。
後は田園風景と、一本の道だけが見える。
そんな寂しい風景の中に、ある庵へ2人は歩いた。
信乃も、今更ながら痛むのか化け猫に噛まれた腕を押さえている。
「大丈夫か?」
「ああ、早くを診てもらおう。」
「・・・そうじゃな。」
信乃を気遣った現八、問われた信乃は柔らかく笑い
一歩踏み出し、肩を叩いて先へ進んで行った。
信乃の背中をしばらく見つめていたが、フッと笑うと自分もを背負って庵へ向かった。
この時点で2人は、宿命というものを深く感じる事となる。