瀧夜叉姫



都内某所。
デザイナーズオフィス。

先生、浅葱色の生地取り寄せて来ました〜」

掛け声明るく生地を抱えてドアを開けたアシスタント。
手を上げて確認し、デザインのデッサンに意識を戻した女性。

細身で黒髪、紅いシャドーが目尻に差してあるアイメイク。
中々婀娜っぽい雰囲気を醸し出したクール系の美女。
彼女の名は若手ながらにメキメキと力をつけ、若者中心に人気のあるデザイナー。

 、それが彼女の名だ。
お気づきかもしれないが、祖母は世界的に有名な大女優・・ 夕。
自身はそんな祖母を誇りに思い、尊敬している。

両親とは一緒に住んでない・・生まれてすぐ、施設に預けられて其処で育ったから。
でも施設にいる時、私の面倒を見てくれた人がいた。

二つ違いの兄が出来たみたいに嬉しかったのを覚えている。
施設を出てからもちょくちょく会ってたり。
 ・・兄さんは今美容師をしていて、私の担当が兄さん。

今日は寄らずにマンション直行だけどね。
来週の〆切までにこのデザイン画を仕上げなきゃだし。

アシスタントが置いて行った生地を大きいサイズのバックに入れて
スケッチブックも同じバックに入れる。

時計を確認すると、午後14時。
この時間に帰宅すれば一人でも大丈夫だろう・・
明るいし昼間だし・・・・水辺も避ければ大通りで帰れる。

水は好き、瀧も川も。
けれど最近水辺に近づくのは避けていた。
近づくと何でだろうか・・単純に怖い。

それに、一人歩きをしたある日 とても言葉では表現し難い事があった。
好きな水なのに怖い・・・・・

そのせいで家事もやり難くなった。
綺麗なシンクがあるのに食器洗い機を買ったり
お風呂も半身浴で済ませて、洗濯もクリーニングに任せてる。

それでも昔から水の近くが好きで馴染み深いのは変わらない。
施設でもそうだったみたいだから・・生まれる前から深い繋がりとかあったのかな・・・と思ってる。

だから兎も角!(脱線させたのはお前)
人の多い大通りを帰ればいいのよ。

「それじゃあ私は先に戻るけど、後お願いしますね〜」

手早く荷物を纏めて立ち上がりアシスタントに声をかける。
すると奥から「はーい」と声が返って来た。

その声に送られ、仕事場を出る。
さっき決めたとおり、裏道とかは避けて人混みの中を帰る・・・・・んだけど
あ゛ー・・・ゴミゴミしてて苛々するぅううう

駄目だ我慢しなきゃ、此処でリタイアして裏道に逃げたら其処で負けるのよ
何に負けるんだよ何に、と突っ込む者は誰もいない。

昼間だし一人になったりしなければ大丈夫なはずなんだからっ
原宿大通りを抜け、自宅へと急ぐ。
人混みを縫うように進み、駅前の広場を抜けた。

小さな噴水があったが、噴水くらいなら平気かなと思い
通り抜けたその時、足元から這い上がるような感触に捉われた。
ビクッと体が震えて動けなくなってしまう。

噴水も駄目だったのかーーっ・・と悔いたが既に遅い。
その感触は這い上がってから全身を捕らえるように絡み付いてくる。

足がガタガタと震えてくるのだけがリアルに分かった。
そして、聞こえた。

【欲シイ・・・欲シイ・・・・】

恨みつらみの籠められた声。
その声が自分を捕らえている感触の主だと分かるのに数秒を要した。

欲しいって何を?それにこれって悪霊?
この現代社会に悪霊とか有り得なくない?
心の何処かではそう思っているが、身に覚えがない訳ではなかった。

声の主が欲しい物・・・・・きっとコレだと思う。
祖母の大切な形見だ、コレだと分かってるけど渡したくない。
両親とは会えない代わりに祖母だけが私の唯一の肉親だったから・・

自分の耳で揺れる耳飾りを意識し、強く決めた。
応えるように淡く耳飾りの石が光を帯びたのをは知らない。

【―――クッ・・ウ、邪魔立テスルカ・・・天照メ】
「・・・え?」

突然を捕らえていた気配が苦しみだした。
拘束する気配が緩み、呻く声は聞き慣れない名を口にする。
そして体が感覚を取り戻した時には、膜のような残り香がを包むのを最後に気配は消え去った。

止まっていたかのように感じていた景色が動き出す。
途端に体から力が抜けた。

座り込みそうになるのを懸命に耐える。
気配は感じていてもさっきみたいに直接的なのは初めてだった。
前のは気配だけで、感触を感じる事はなかっただけに・・・

新たに分かったのは、水の感覚。
どうも水に関わる物が多い・・・・
平安時代じゃあるまいし、今時怨霊とか出るの?

兎に角さっさと帰ろう。
あの感触が消えなくて一刻も早く帰りたい。

デザイナーズマンションまで無意識にダッシュしていた。


+++++++++++


入り口のガラス製自動ドアを抜け、パスワードを入力。
セキュリティーが解除されロビーへ。

エレベーターで最上階へ向かい、部屋の前で再びパスワード入力。
そうしてやっと帰宅し、今度こそその場に座り込んでいた。

おかしな事は全部外でしか起きてない。
家の中でまでそんな事になったら安心できる場所がなくなってしまう。
唯一気の休まる自宅での時間だけは奪われたくない。

――ガタッ

呼吸を整えている所に聞こえた物音。
ホッとしていた意識に、一気に緊張感が戻ってくる。

鍵は閉まってるし、此処はパスワードがないと中には入れない。
ペットもいないし・・・・何か落ちたとか?
だとすると・・まさかアレ・・・・?

神出鬼没だし、鍵とか関係ないし・・・!?
どうしようーーっ;;
お祓いとかしてもらった方がいいのかなあ!?

何が居るのだとしても先ずは確認しなきゃ
気付かれないように・・・泥棒だったら確認してからそっと外に出て通報すればいいし

自分自身を励ましながらリビングへの扉を開いた。
目の前に広がった事態、生涯忘れる事はないと思う。
色んな意味で衝撃的過ぎた←