大切な君
仁美さんから、の手当てを引き受けた俺。
医務室なんてもんは野外の撮影の場合、設けられてない。
だから連れて来たのは、セット裏。
このドラマは、ケンカシーンも見せ場だから
勢い余って怪我だってしてしまう。
その為、絆創膏とかマキロン・消毒液(マキロンと同じじゃねぇ?)
くらいなら置いてある。
二つある椅子の一つに、を座らせ自分も前に座った。
マキロンと綿を掴んだピンセットを手に、へ向き直る。
「ホラ、傷・・見せてみろよ。」
少し厳しい口調で言えば、目の前のは困ったような顔をした。
目の前にある、の顔。
額の左側の皮膚が切れ、紅い血が頬を伝っている。
傷の周辺は、早くも青く腫れ上がって痛々しい。
怪我はそれだけじゃない、右側の頬にも掠り傷。
額程 酷くはないが、血が滲んでた。
あーあ、折角の綺麗な顔が台無しだぜ。
それにこれから追加撮影だし、メイクで隠れりゃいいけど。
此処に来る前に、何かあったのか?
手当てされる事に 不満気だったも
今は大人しく、仁に手当てされている。
マキロンを滲み込ませた綿を、傷口に当てると
は少し痛んだのか、眉間に皺を寄せる。
まあこれだけ派手に血が出てれば、滲みるだろう。
一方あたしは、手当てのせいで近い位置にある仁の顔に
動揺しそうなのを必死に堪えていた。
あのアイドルの顔が、こんな近くで自分に触れてる。
そんな事を思うだけで 頬が熱を持つ。
ファンの子から浴びせられた罵声。
ただの相手役なんだから・・か。
確かにその通り、あたしはただの相手役に過ぎない。
撮影が終われば きっと逢う事もない。
でも、あたしは彼等に近づきたいから
この世界に入ったんじゃない。
彼等のように、夢中になれる物を探したかったから。
分かってるはずなのに、何でこんなに胸が苦しいの?
どうして、泣きそうになっちゃうの?
仁の傍に・・いれるのが嬉しいから?
だから、サヨナラが怖い?
役者同士としてだけの関係に思われてるのが辛い?
でも そう思って仕事しなきゃだ。
仁は彼を好きなファン、皆の物。
幾ら近くにいるからって、違った目で見ちゃいけないんだ。
「血は止まっても、絆創膏貼ったらマズイよなぁ・・・」
「仁いいよ、いい事思いついたから。」
「いい事?」
「うん、追加のシーンってあたしが仁に殴られるシーンでしょ?」
いやいや、お嬢さん。
俺が殴るんじゃなくて『隼人』にだろ?
とは言っても、殴る手は俺のだから同じか。
「頬の掠り傷とか、額の怪我とかメイクよりもリアルでいいし。」
「そりゃまあそうだけど・・ってゆうか、何で怪我したんだよ。」
危うくのノリにつられて、聞きたい事を忘れそうになった。
コイツ・・マジで暢気だなぁ。
普通なら、そんな事思いつかねぇーって。
動転してそうな気も、暢気な発言以外はちゃんとしてるし。
やっぱ、ただモンじゃねぇな。
備わってる姿勢とか、気持ちからして違う。
初めて逢った時は、まあ俺等を知らなかったからだろうけど
堂々としてたし、言いたい事もハッキリしてて
俺等を見る目にも、秘められた意思を感じた。
それから俺が、怪我の理由を聞いたんだけど・・・
はただ、転んだとしか言わなくて
その先の追及を、俺にさせてくれなかった。
俺に心配掛けまいとしてるからだろうけど
それが逆に俺を不安にさせるって、さっきも言ったのに。
「ふーん・・どう転んだら、額が切れてるのに頬も切れるんだ?」
「うっ・・それは、教えてあげないっ。」
「何でだよ」
「額だけぶつかるようにした転び方だから!」←苦しい言い訳!
つーか、そんな転び方する意味ってあんの?
って・・誤魔化し方も変わってんな。
お・・おもしれぇ
「まあいいけど、それよりってガッコ通ってんの?」
「ガッコ?まあ・・芸短。」
俺からの問いかけに、は不思議そうな目を向けつつ
通ってる事を教えた。
芸短って・・略しかよ・・・芸短なんて、幾らでもあるぜ?
「何処の芸短だよ」
「其処まで教えなきゃ駄目なの?」
「当たり前」
「何で?」
何でって、そうじゃなきゃオマエ 守れないじゃん。
思わず口をついて出そうになった言葉を、俺は急いで飲み込む。
も理由なしに聞く俺を、怪訝そうに見てる。
変な奴に思われた??それはマズイ。
「心配なんだよ、だから俺が近くまで迎えに行ってやる。」
「えっ!?別にいいよ、仁美さんもいるし。」
「それじゃ俺がヤなの!仁美さんだって女だろ。」
「でもでも!車で行くし・・・」
「とにかく!迎えに行くかんな。」
二度目位のの言葉、それを俺は遮って言葉を発した。
これ以上待てないし、聞いてらんねぇ。
言葉で先を押し進めた。
「オマエさ『鴇』みてぇに無理し過ぎ。」
「だったら仁だって『隼人』みたいに強引すぎ!」
むくれっ面の俺達。
互いに指差し合ってる状況に、腹の奥から笑いが込み上がる。
も笑いを堪えた顔だったから、俺が吹き出すと
弾けたようにも笑い出した。
心の底から、楽しそうに笑う姿がとっても可愛いv
マジィなぁ・・俺の中に、がどんどん入ってくる。
戸惑いもあるけど、大切だと思い始めてるのは確か。
「とにかく、何かあったら俺とかアイツ等に言えよ?」
「・・・うん、じゃあ仁もあたしに言ってね?」
言い聞かせた言葉、それに頷くとも俺に聞いてきた。
顔には、温かい笑顔が浮かんでいる。
その笑顔を、眩しそうに見て何を?と聞けば
「こうゆう仕事してるから、結構無理してるでしょ?
だから、あたしとか皆といる時は 無理しないでね?
飾る必要なんてないし、在りのままの仁でいいから。
あたしは、仁が安らげるような雰囲気を作ってあげたいの。」
愚痴くらいなら聞けるし・・。
俺が本来言うべき言葉を、は笑顔で口にした。
太陽みたいな、母親のような温かさを感じる。
支えたいのは俺なのに、逆に気遣われてしまった。
人が安心出来る言葉を・・は簡単に言えてしまう。
それって、自分自身が強くないと言えねぇのかな。
本当に他人を心配してなきゃ、こんな言葉は言えないと思う。
すげぇよって、益々興味沸いた!
今度は、俺がそう思われるようになりたい。
「ああ、サンキュ。」
「ううん、手当て・・有り難う。」
怪我の手当てくらい、幾らだってしてやる。
が望むなら、俺が何時だって手当てしてやるよ。
欲言えば、オマエに触るのは俺だけにしろって感じ?
これから撮影が始まる。
結局怪我の理由は聞けなかったけど、一先ずは安心か?
大体、俺があんな理由で納得すると思ったら大間違い。
逆に怪し過ぎて、気になるっつーの。
いつも傍にいられる訳じゃない。
だから、姿が見えない時が一番不安になるんだ。
大勢の人に公平に応えるべきだった俺を
たった一人、オマエだけにしか応えられなくさせたのは
オマエのその存在。
オマエが放つ目映い光は、俺の影を消して
何処へも行けないように 傍に縫い付けた。
何よりも気になって、探し求める存在。
どんな事よりも・・誰よりも・・・・
大切な君・・・―