流転 三十三章Ψ体温Ψ
気を失う前、アイツは置いて行かないで・とワシに言った。
心の内を見透かされた気がした。
現にワシは迷っている。
女だという事実に、どう接していいかと。
そんな事だから、きっとを傷つけてしまうんじゃないか
傷つけてから後悔するくらいなら、離れるべきではないかと。
―傍にいるべきだ、離れるべきではない―
此処に来る前に犬塚に言われた言葉。
気持ちが定まらない状態で、傍にいろと?
だが・・・置いて行くなと掴んだこの手を、振り解けるか?
ワシ等の為に、この辛い旅に同行し
使命の為にと己の姿さえも偽って、純粋にワシを慕っているを。
「犬飼、早く寝かせた方がいい。」
「そうじゃな」
化け猫との戦いで、乱れた寝床を整えた信乃が
を抱えたまま考え込んでいた現八を呼ぶ。
信乃の呼ぶ声にハッと現に戻り、平静を努めを寝床へ運ぶ。
眼下のは、熱に浮かされ荒々しく呼吸を繰り返している。
寝かされたの額に、横から大角が濡れ手拭いを乗せた。
大角がせっせと薬を擂りだし、信乃は薬草を探しに向かった。
自分も何かせねばと思ったが、足が動かなかった。
「現八殿、私も犬塚殿を手伝って来ますので、殿が目覚めましたら
この薬を飲ませてあげて下さい。」
「・・・・分かった」
現八がボーッとしている間に、擂り終えたのか
1つの小鉢を現八へ手渡した大角。
此方が頷くと、礼儀正しく会釈して庵を出て行った。
残されたのは現八と。
庵には、静かな静寂が漂う。
未だ荒い、の呼吸が静寂の隙間を縫って聞こえる。
目覚めたらと言っていたが、2人が戻るまで目覚めないじゃろう。
時折額の汗を拭ってやりながら、そんな事を1人思う。
それにしても・・あの時は熱など、下がっておったのに
何故また?悪夢を見たり、熱を出したり・・・世話のかかる奴じゃ。
寧ろ、放っておけん。
目を離したら、何をするか・・向こう見ずで無鉄砲な奴。
「まこと、目が離せん奴じゃ。」
口許に微かに笑みを作ると、熱で温かいの頬を撫でた。
すると、ピクッと肩が揺れて唇から僅かな声が漏れる。
うっすらと色づく肌、しっとりと汗で濡れている体。
こうして見ると、やはり女なんじゃなと実感。
感情が余り無いとああも大胆になれるモンなのじゃろうか。
「現八・・俺を・・・置いて、行かないで・・・――」
「ったく・・・置いて行かぬと、言ったじゃろうに」
うわ言のように、同じ言葉を繰り返す。
額にかかる前髪を払ってやりながら、苦笑する現八。
そっと、片方の手での頬へ触れた。
体は熱いのに、が震えてるように見えた。
現八は厚着をさせて、汗をかかせるべく上に掛けられる物を探しに行く。
庵中を探して見つけたのは、押入れにしまわれていた着物。
それをの上に掛け、再び横に座る。
熱は引かない、目は覚まさない。
なるべくなら早く治して仲間探しを再開しなければ。
ゆっくり治させてやりたかったがな・・・・
現八は大角が置いて行った薬の入ってる小鉢を取ると
迷う事なく口に流し込み、軽く水を含むと
の上半身を抱え起こして、くちづけた。
舌を上手く使い、の唇を開き
口に含んだ薬を舌での方へ移す。
「んっ・・・」
漏れる声は無視して、吐き出させないよう
飲み込むまで唇は離さない。
やがて、ゴクンと飲み込む音が聞こえる。
含みきれなかった水が、の唇の端から流れ落ちた。
飲み込んだのを確認して唇を離し、流れた水を拭いてやる。
取り敢えず薬は飲ませた。
これで熱が下がればいいが・・・・
しかし・・・咄嗟の判断だったにせよ、ワシとした事が此処までしてしまうとは。
触れた唇、それはとても柔らかく
離してしまうのが惜しいほど、甘美な感触・・・
「マズイのぉ・・」
こんな感情、抱いてはいけない。
決心が鈍る。
けれど、触れられずには・・いられなかった。
タガが外れてしまいそうになる。
気持ちが止まれなくなる前に、どうにかせねばな。
「簡単にどうにかなるとは思えんがな。」
眠るの髪を梳きながら、自嘲気味に現八は微笑んだ。
今までの自分の考えや、決意を変えてしまいそうな存在を見つめながら。
ΨΨΨΨΨΨ
それから薬草を手に戻った大角と信乃、2人の薬草を怪我の背に施し
現八が(接吻で)飲ませた薬の成果もあり、夜にはも落ち着いてきた。
そのの傍で、現八達はこれからの事を話し合っている。
何はともあれ、先ずは荘助達との合流が先だろう。
そう意見を述べた現八に、2人も同意。
向こうの様子を聞いて、それから動くのが一番だと見た。
手がかりは皆無に等しい、だからこそ互いの情報を交換すべきだ。
「今夜のうちに、熱が下がってくれればいいが・・・」
「大丈夫じゃろ、の回復力を信じてやれ」
「私の薬もちゃんと効きますから、大丈夫ですよ。」
いざ寝る時に、信乃が眠るを心配そうに見下ろした。
隣りに来た現八と大角が、それぞれ信乃を諭し寝床へ向かわす。
3人は、のいる所より奥で寝る。
少ししか歳の違わない信乃と大角の世話を焼き、寝床へ向かわした現八。
最後にを振り返って、奥へと姿を消した。
が女と知り、接し方をどうすべきか考えてるのは
何も現八だけではない。だから信乃も大角も落ち着かないのだ。
それでも夜は更けて行く――
ずっと眠っていたは、ふと唇に何かが触れた事を遠い意識で感じていた。
不思議と嫌ではなかったソレ。
ソレのお陰なのか、火照っていた体の熱も引いて来るが
それでも熱が下がり切ってないのは分かる。
困った・・・明日までに引かなかったら、置いて行かれる。
―仲間として慕っているんじゃないか?―
何かふと信乃の言葉が巡った、俺が此処まで傍にいたいのは
現八の事を仲間として慕っているから?
じゃあ・・信乃や荘助や、小文吾の事も?
いや違う、置いて行かれたかないけど
傍にいたいってゆうか、それほど執着しないと思う。
何か難しい・・・また熱が上がりそうだから、止めよう。
「う〜〜寒い・・」
熱が引いてくると、今度は寒さが襲ってきた。
誰かが掛けてくれた着物、それを手で掴んで引き寄せる。
これでは寒さで体が冷えて、また熱が出てしまう。
玉梓の怨念の強さなのか、引いてはぶり返しを繰り返してる。
いつまで経っても足手まといでしかないじゃねぇか・・・!
この体を呪いたかった、呪いの種ごと消してしまいたかった。
そんなの傍に、近づく1つの影。
殆ど眠りに落ちかけていた俺は、その気配に全く気づかず
気を失うかのように、眠りに落ちた。
が眠るのと入れ違いに現れたのは、現八。
微かに洗い呼吸と、寒さで震える際の歯が鳴る音を聞き
気になって見に来たのだった。
眼下のは、自分の体を抱くようにして眠っている。
これではまた熱が上がってしまうじゃろうな。
膝をついて見つめ、そう思った現八は徐に着物の袷に手を添える。
出来た隙間に腕を挿し入れ、そのまま着物を脱ぐ。
季節は初夏だが、風邪を引き体の熱が汗で奪われ冷えてしまった側は寒いであろう。
現八は、消えている囲炉裏の火を点けると
直接人肌で、の体を温める決意をした。
他人相手に・・しかも女相手にこのような事、生まれて初めての経験。
戸惑いも大きかったが、の風邪を治したい一心だった。
の上に掛けられてる物を捲り、包帯の巻かれた体を前にする。
体を覆う物が無くなり、眼下のが僅かに震えた。
健康な現八は、寒さすら感じない。
熱が出ていた名残で、張り付いた前髪を払ってやると
そっとの上半身の着物を、自分と同じように脱がせる。
捲った物を、うつ伏せになった自分の背に乗せて ゆっくりとの上に覆い被さり
を抱きしめるようにし、肌で熱を与え始めた。
気を失うように眠った、うっすらと体が温かくなるのと
僅かな重みを感じていたが 意識は深く沈み目を覚ます事はなかった。