その後教室の皆がどんな会話をしたのかはどうでもよかった。
ずんずんと歩き出して少し冷静になり、それから木邑君はついて来てるのか気になって
足を止めて振り向くのと同時に、視界の端を通り過ぎる影が私の手を取り
位置を入れ替えるようにして私の手を引き廊下を歩き出す。
「――き、木邑君っ あの 手」
「校内の案内はいいよ、知ってるから」
「え?小さい頃この村に住んでたの?」
「んー・・何でだろうね、よく分からないけど前此処にいたようなそんな気がするんだ」
「そうなんだ?じゃあどうしようか、商店街とかを案内しようか?」
「そっちもいいよ、でもどうしてもって言うなら・・この村に一本しかないっていう桜の木を見てみたいかな」
――今度は君の番 幸せになってね――
木邑君の口から出た『桜の木』という言葉と同時にまた脳内で声がした。
その響きは悲しいと言うより寂しい物で、視線はまた縫い止められたみたいに木邑君へ向く。
彼も理由の知れない懐かしさを感じ、この村を知ってる気がすると口にした。
それは私が感じた既視感みたいなものなのだろうか。
私が木邑君に感じた感情を、彼も感じたのかな。
会話は途切れても、繋ぎ合わされた木邑君の手の温もりが
この瞬間は現実なんだと確かな事なのだと、私に教えている。
確かに感じる木邑君の体温・・・前にも感じた事があるような既視感をまた感じた。
暫く感じなくなっていた既視感をまた木邑君に対して感じるなんて。
でも私の心が感じてる既視感だ、全くなかったはずの事に対して感じたりはしないはず。
過去何処かで私は木邑君と会った事があるんじゃ?
会話もないまま私達は神社へ入り、その裏手にある桜の木へ続く階段を上っていく。
桜が近づくにつれ、私の中の既視感は増すばかり。
忘れていた胸の痛みもじわじわと感じてきた。
苦しい、悲しい、枯れてしまった桜の木が見えてくるとそんな感情が私を取り巻く。
怖いと思うと共に忘れていた何かを思い出せるんじゃないかって思う自分もいた。
忘れていたままの方が幸せなのかどうかは分からない、でも、忘れたまま生きては行けない気もする。
丘を登りきった所で視界いっぱいに桜の木が映った。
私が転校して来た時から枯れたままの?桜の木。
枯れたまま、と思おうとして引っ掛かりを感じつつそう思い切る。
「ここはいい場所だね、元は大きな桜の木だったって聞いたけど 本当なの?」
枯れた木を前にした木邑君は私の手を離すと幹の方へ歩き出す。
それから此方を振り向き、丁度枝の下に立って私に質問した。
突然離された私の手が、さっきまで繋がれていた木邑君の手の温もりを惜しむ。
何を残念がってるのよ私は!とか何とかやってた所に質問され、突然の事に動揺してしまいどもってしまった。
「え?あっ、うん」
何だろう、ずっと前にもこんな風に木邑君と言葉を交わした事があるような・・・・
とても 懐かしい・・懐かしいのにどこか悲しくなる。
さっきまで引っ込んでた涙が目尻から浮ぶ感じがした。
前にもこんな風に木邑君を見たような既視感。
振り向いた木邑君から向けられる人懐っこい笑みに胸がドキドキと煩い。
どもりながら応えた私の言葉に対し、そうなんだ、とだけ呟くと再び枯れた木に木邑君は目を向けた。
まるで桜の木と会話してるみたいな静かな時間・・・前も邪魔しちゃ駄目だなって思ったんだっけ。
って前?それっていつの事だろう。
何処かの瞬間に今と同じ事を彼に感じ、それからそう――・・泣きたくなったんだ。
ずっと思ってたのかもしれない・・・心の奥底に置いて来てしまった私の大切な想いと一緒にずっと。
私は彼とこうしてまた話せる日を心待ちにしていたような気がする。
恋にも似たこの気持ちを、どう言葉にしたらいいだろう。
心待ちにしていたなんてどうして思うのか、自分に問うても答えは返ってこない。
恋にも似た、なんてそれじゃまるで私が木邑君に恋してるみたいじゃないの
「さん?どうしたの?」
「えっ?ううん何でもないよ」
「そう?ちょっと聞いてもいい?」
「うん私が知ってる事なら何でも答えるよ」
「じゃあ遠慮なく、君はどうして僕を見て泣いたの?」
向けられた問いは直球だった。
変化球でもなんでもなく直球のストレート。
問いに答えるのが恥ずかしいんじゃなくて、理由をきちんと説明出来ないのが分かってるから迷った。
理由は分からないけど懐かしくてでも切なくて涙が自然に出ちゃった なんてとてもじゃないが言えない。
しかも初めて会ったばかりの人間にいきなりそんな事言われたら普通は引くよ。
でもずっと黙ったままなのは失礼だ、何とか当たり障りのない返事を考え やっと返したのは
「うん 変に思うかもしれないけど・・教室で紹介された時・・・また会えて嬉しいって思ったんだ、木邑君と。」
この返しも相当変に思われると思う物だったけど今更取り消せない。
木邑君が引いちゃってないか確認しようと視線を向けてみたら、私を見ている彼の視線と絡まった。
あ、視線が絡まった。
とか思うと同時に胸の鼓動が跳ねる。
そしたら合わさった視線の先でふわりと木邑君が微笑むのが見えた。
瞬間体がぽかぽかと熱をもち、両頬に熱が集まる。
「変だなんて思わないよ、だって僕もずっとに逢いたいって思っていたから それこそ君に逢う前から。
君が自分の感じた事を変だと思うなら、僕の言葉も十分変だと思わない?」
なんて言って笑ってくれる。
木邑君も私と逢えるって思ってたんだ・・・・
胸がドキドキしてその事を嬉しいと感じる自分がいる。
これからこの先、再び花を咲かせるこの木を眺める瞬間が来るならばその時は
今みたいに木邑君と2人で見られたらいいなと、そう思った。
「木邑君」
「僕の事は浅葱でいいよ、ずっとそう呼んでたからね君は」
「え?えーと、じゃあ私の事もでいいよ」
「うん」
そんな気持ちの向くまま、浅葱君を呼ぶ。
さらりと名前で呼び合う事になり、ドキドキと騒ぐ鼓動をそのままに言葉を贈った。
「えっと・・浅葱君、お帰りなさい」
「え?」
浅葱君の不思議な発言に引っ掛かりを感じつつ口から出た言葉。
どうしてお帰りって言ったのは自分でも不思議。
でも意識せずに掛けたくて掛けた言葉だ。
浅葱君にそう言葉を贈った瞬間、強く既視感を覚えた。
別の光景なのに見た事のある光景が浅葱君とダブる。
咲き誇る桜の木、今と違う姿をした和服の浅葱君。
深刻な顔をした神様や吟さんにこの村で出会った多くのあやかし達。
その光景と今が重なった瞬間 欠けていた記憶は急速に戻る、そんな予感がした。
見た事がないはずの光景なのに知ってる気がする。
予感は急速に現実となり、忘れていた記憶の扉が開け放たれた。
この村はとっくに壊滅していて、それを再生させようと時間を巻き戻し
壊滅から救う道を探す為に同じ期間をループさせた13人のあやかし達。
ループする世界を監視する為に生まれた桜の木のあやかし、それが今目の前に居る浅葱君だという事・・
その彼が壊滅から救う未来を創るには私の持つくーたんの目が必要だと話したんだ、最後の日の夜に。
「?」
突然目を見張ったまま固まってしまった私を訝しげに呼ぶ浅葱君。
そう、あの日と同じこの声で彼は悲しい現実を告げたんだ。
私を最後の力で過去へと戻し、妖力を使い果たした浅葱君は・・・・
過去へ旅立つ私を見送って目の前で消えてしまったはず。
押し寄せる記憶の波で私の視界はぼやけた。
消えてしまった浅葱君が私の目の前にいる・・・
桜が見せるまやかしだろうか?でもそれにしたってリアルすぎる。
転入生として現れた彼にまた会えるなんて都合のいい夢みたいだ。
でも現実に私は会話もしたし、皆にも彼が見えていた・・夢やまやかしと考えるとそれはおかしい。
じゃあ、夢でもまやかしでもないならこれって?
「現実だよ、僕はもうの前から消えたりしない」
ぼやける視界の中でハッキリと浅葱君が言う。
もう感情を抑える必要はなかった。
毀れる涙はそのままに、口にするのが自然の流れだった言葉を紡ぐ。
「また逢えたね、浅葱君・・・っ」
「うん、また君に逢えた・・君が村を救った後消えたはずの僕を神様が此処に留めてくれたんだ。
それから体を回復させるのに時間が掛かってしまってね、やっと動けるようになって漸くを見つけられた。」
遅くなってごめんね、そう優しく耳に届く浅葱君の声。
伸ばされた浅葱君の腕が私を抱き寄せ、清涼な浅葱君の匂いに包まれる。
ずっとずっとこうされたかった。
制限される事のない世界で浅葱君と共に生きられる喜びを心から感じる。
まさかあの後神様が浅葱君を助けてくれてたなんて、私は少しも知らなかった。
あのループした世界での記憶を忘れ、今の今まで忘れたまま生きて来た。
彼との事を、彼への想いまで忘れてしまってたなんて最低だと思う。
「浅葱君が謝る事なんて1つもないよ!ずっと私達や皆の世界を独りで守ってくれてたんだもん!」
「大した事はしてないしあれは僕の望んだ役割だったから」
「独りで私達の為に自分を犠牲にし続けて来たんだよ?私が無事村の未来を変えられたのも浅葱君のお陰なんだから」
「それは僕だけじゃなくて君や他の皆のお陰だよ」
「浅葱君は優しすぎるよもう・・・そんな浅葱君だからこそ もう誰かの為に自分を犠牲にしないで欲しい。これからは自分の為に生きていいんだよ?」
「――・・・・・・うん、そうだね、これからは僕自身の為に生きるよ もう僕のせいでが泣くのは見たくないから」
自分自身を軽んじる事はして欲しくないと、私は必死に言葉を重ねた。
口にした言葉は私が感じたままの心からの物。
ループの限界を独りで感じ保とうと身を削っていた浅葱君を思うだけで悔しくて涙が出そうだった。
望んだ役割だからと笑う姿が切なくて胸が苦しい。
彼独りに辛い役割をさせてしまった私を責めた。
ループしていた世界だと知らなかったなんてのはただの言い訳にしかならない。
必死さが伝わったのか、優しい眼差しで浅葱君は私の頬に指をなぞらせる。
思わずドキッとして顔を見ると、浅葱君の細い指が知らず毀れた私の涙を拭うのが見えた。
ドキドキし過ぎて喉に痞える言葉を吐き出すように舌に乗せる。
「浅葱君・・」
「そうだ、ちゃんと返さなきゃね」
「え?」
何とか呼んだ浅葱君の名前。
名前を口にするだけで苦しいくらいに胸が締め付けられる。
至近距離で笑う浅葱君は本当に綺麗。
もうこの温もりを失くさずに済むんだ。
この事実だけで心は嬉しさで一杯になる私はなんて単純だろう。
「ただいま、。今まで1人にしてごめん、これからは僕がを守るよ」
そんな私に向けて紡がれた浅葱君の言葉や表情は、凜としていて見惚れてしまう。
言葉や仕草だけでいとも簡単に浅葱君は私の心を奪ってしまうんだ。
これからはずっとその言葉をやり取り出来る。
浅葱君がずっと傍にいてくれるなら、私も約束するよ。
一緒に幸せになる事を、二度と浅葱君にあんな役割をさせたりしない。
それから 有り難う・・私の前に戻って来てくれて。
だからお願いします、ずっとずっと傍にいてね。
なげえええええええええ( ゚д゚)こんな長くなるとはおもわなんだ。
これはツイッターで知り合ったお友達(←僕の願望)にストラップのお礼にと書いた初の浅葱君話です。
予定とちょっと変わったりしたラストだったけど・・・・リクエスト通りに書けた自信はない)`ν°)・;'.、
死なずに、のリクエストになってるか心配です;;でもなんつーか書いてて楽しかったっすww
後半集中が切れたのかな・・急展開過ぎてやしないか不安ですが、急展開っぽくなってたらそれは管理人の文才がないという事で・・・
でも浅葱君話を書く機会を下さったお友達には感謝してます(ノД`*)これからも縁ある限り仲良くしてやって下さい〜