ただいま おかえり



幼い頃父が亡くなり、女手1つで育ててくれた母も亡くなり 私は独り、残された。
誰もいなくなった家で1人生きて行く事になりそうだったある日
たった独りの私を懐かしい人が迎えに来た。

狐森 吟さん。
幼い頃の夏休み、たった一度だけお世話になったおばあちゃんと暮らしていた人。
なんと吟さんは狐のあやかしで、その時初めて見たあやかしとしての姿に幼い私は怯え 吟さんに酷い態度を取った。
私に、家族という物を・・ごはんの美味しさを思い出させてくれたのに。

でも帰る頃には仲直り出来たんだよね。
そうして17歳になった私は、迎えに来てくれた吟さんと一緒にあの紅葉村に戻った。
今度は一夏だけ過ごすのではなく、ずっとずっと暮らして行く為に。

再び帰った紅葉村には、あの頃出会わなかった多数のあやかし達が変わらず共存していた。
おばあちゃんが亡くなって主を失くしたあの家は、存命の頃おばあちゃんから許可を貰い
あやかしと人間があししげなく通えるごはん処に変わっていた。

私が此処に戻って来るまで吟さんにも出逢いと別れがあり、1人息子の綴君をもうけたんだ。
人としての一生を送らせてあげたかったって吟さんは言ってたけど
それは違うんじゃないかなって思ったんだっけ、真冬さんがいなくなってしまって吟さんが独りにならないように
綴君をあやかしとして生きられる子に生んだんじゃないかなって、あやかしとして生まれて欲しいって真冬さんが望んだ気がした。

それからぽんぽこりんには・・あ、ぽんぽこりんってのはお店の名前ね。此処には狛犬の兄弟、謡と詠も住んでるの。
どっちも人間が嫌い、だけど謡は嫌い嫌いって口では言いながらも人間が好きなんじゃないかなって思う。
それと真逆なのが弟の詠、彼は本当に人間を嫌悪してる感じがする・・・狛犬として見守ってた頃人間の子供の投げた石で片目を失ってしまったせい。

私も来たばかりの頃は凄く嫌われてたんじゃないかな。
でも彼らと紅葉村で過ごす日々はとっても楽しくて充実してて、彼らを通して色んな人やあやかしと知り合えた。
猫又の蘇芳や神主の息子の萩之介に、真冬さんの弟さんの真夏さんとも知り合えたし・・
後誰かと知り合った気がするんだけど・・・・その辺はよく思い出せないんだ。

皆と知り合ってから何ヶ月も過ぎて・・色んな季節を過ごして絆を強くして行ったのは覚えてる。
でもある一点に達してからは時折既視感を覚えたり、前もこんな会話したような?ってのが増えてったの。


『どうか、どうか、幸せに』


あれ?今のは何だろう。
不意によぎった誰かの声と言葉。
不思議とその声を思い出すと胸が締め付けられる。

大きな変化も無く毎日を過ごしてるんだけど、三月を過ぎてから頻繁に感じた既視感は無くなっていた。
たった一つ、さっきよぎった声の主の事だけ思い出せないまま。

うん・・何か忘れてる気がするんだ。
とってもとっても大切な事だったのに、記憶のそこだけぽっかりと穴が開いてる。
忘れてはいけない・・・大事な・・誰か。

心に引っ掛かりだけが残され どうにもすっきりしない。
村も人もあやかしも吟さんも謡も詠も、真夏さんも綴君も神様も・・皆みんないつも通りなのに何かが違う。
皆大事な何かを忘れてる、そんな気がしてしまってぐちゃぐちゃした心が気持ち悪い。

結局学校について教室に入っても『大事な何か』は思い出せなかった。

一クラスしかない紅葉村の学校、クラスメイト達とはすっかり仲良くなって
もう前いた学校のクラスメイト達を懐かしむ事も少なくなった。
来たばかりの頃はちょっと寂しかったりしたからね〜・・・今も時々思うよ?あっちの皆は元気かなって。

前の学校も町も好きだけど、紅葉村はもっと好き。
時間がゆっくり流れてる感じがするし、住んでる人達が皆温かいから。
打ち解けてクラス全員で遊んだりしてるから、家族が増えたみたいな感覚かな(それにしたら増えすぎか)
鞄から荷物を出して机にしまってるとクラスの女子、神鷹さんが私の机に来るなり興奮した様子で言った。

「ねえ知ってる?」
「おはよ・・って何を?」

主語もなく唐突に投げられた質問に面食らった顔で問い返せば
その反応が更に彼女をヒートアップさせたのか、まくしたてるように神鷹さんは言葉を続けた。
彼女が話す内容は近くにいた謡と詠、萩之介にも興味を抱かせる物だった。

「何を?じゃなくて!今日また此処に転入生が来るらしいのよ!」
「そうなんだ、季節的にも春だからそんな変でもないね」
「まあそうだな、俺達が来たのって夏っていう中途半端な時期だったよな確か」
「て言うか別に転入生なんて珍しくもないだろ、今更騒ぐほどの事でもない」
「ま、まあそうだけども 達が来た時から結構経つし村の学校に二組目の転入生が来るなんてそれだけでニュースになるんだから」
「そうそう、人が来ればそれだけで村も活気付くからね 紅葉村に来たいって人が増えただけでも喜ばしい事だよ」

なんて興奮した様子で話す神鷹さんに対し、私や謡と詠は落ち着いた(詠なんて)ドライな反応を返す。
詠の言葉でグッと言葉を飲み込んだ神鷹さんだけど、フォローするみたいに萩之介が共感したら
力強く頷き返し コクコクと頭を上下させる。

確かに私達が転入する時貰った制服は女子のなんて可愛いデザインだったし
男子の制服も中々に凝ったデザインだったもんね、村も人を呼ぶ為に色々工夫してるみたいだから
今回の転入生の話は凄く喜んだに違いない、そう思うとこっちまで心がほっこりして嬉しくなった。
だって私もこの紅葉村が大好きだから、色々な事を体験させてくれたこの村に恩返ししたい気持ちでいっぱいだもん。

うん そうだよね、私ももうこの村の一員なんだから。
となれば村に人が増えて活気がよくなるのは喜ばしい事だ。

「転入生か〜・・きっとこの村の景色に驚いただろうな。
都会からだったら尚更だよね、高層ビルのない景色 満天の星空 澄んだ空気。
絶対その違いに驚いてそれから自然溢れる景色が馴染み深くなって、村の人達と仲良くなったら絶対この村が大好きになるね。」

これは私が村に来て感じた事、思った事、心が動いた事。そのままを言葉にした。
この村のお陰で大切な事を知ったんだ。

「・・・・・・あのさあ
「ん?なあに?謡」

気付けば皆が私の顔をジッと呆けた顔で見ている。
そしたら少し顔を赤らめた謡に呼ばれた。
あれ 私変な事言ったっけ?

「よくそんな恥ずかしい事をサラッと言えるよな」
「ええっ?恥ずかしい事言ったつもりはないんだけど」
「歯が浮く台詞ってお前知らない?何でもいいけど心にもない事言うなよ」
「詠まで何よ、しかも心にもないとかちょっと失礼じゃない?」
「私は感動したよ!外から来たにそう言って貰えるとこの村で生まれた私としてはすっごく嬉しい!」
「うん!俺も嬉しいよ、にそう言われて俺も改めてこの村に生まれてよかったって思う」

謡と詠は変な反応をしたけど、人間の2人からは逆にお礼を言われてしまった。
感謝してるのは私の方なのにね。今凄く この村に来てよかったって思った!

平和な時間、穏やかな瞬間を大切な友達と共有してる。
この瞬間ってすっごく尊くて愛しくて、失くしたくない瞬間だ。
幸せな時間がこれからもずっと続きますように、そう感じる頭の片隅には朝よぎった声が巡っていた。



そして朝礼の時刻、担任の足音ともう1つの足音が教室へと近づいて来た。
いよいよ新しいクラスの仲間が此処に入ってくる。
自分の時は緊張しなかった緊張を今私は感じていた。

担任の足音がドアの前で止まり、一拍も置かずにそのまま横へ開く。
出席簿を片手に見慣れた担任の姿が教室に入って来た。

「今日は新しい仲間を紹介するぞ、静かに」

教卓の両端に両手を添えた体勢で担任は満を持して第一声を発した。
その言葉で私達もゴクリと喉を鳴らす。
担任の視線がドアへ向けられ、入れ、と一声掛ける。

待つ事数秒、噂の転入生の姿が教室内へと現れた。
薄紫の色素が薄い髪を靡かせた青年。
颯爽と入って来る様を見た――

瞬間 何故か泣き出しそうになった。

何故なのかは分からない。
どうしてだろう、初めて会った気がしない。
遠い昔何処かで会ってたような、そんな気がする。

何でこんなに胸が苦しいんだろう。
青年が先生の近くまで歩いて行くまでが永遠のように長く感じられた。

「――?」

息を飲む気配に気付いたのだろう、隣の席に座る謡が小さく名を呼ぶのが聞こえた。
けど私は謡の方を見られない、視線を絡め取られてしまったみたいに青年の一挙手一投足から目が離せなかった。
青年の方もそんな私の視線に気付いたと思う、皆に挨拶する青年の声が何処か遠くに聞こえるくらい世界が変わったかのように。

一瞬だけ転入生が微笑みかけたような気がした。
木邑浅葱、と名乗った転入生の声が脳内で繰り返す声と重なった気がする。

胸のざわめきが一気に強くなってキュウっと軋んで痛む。
これは何なんだろう・・私、どうしてしまったんだろう?

木邑君を見ていると胸が苦しくなって泣き出しそうになるんだ。
そして強く感じる懐かしさ・・・今初めて会った人なのに。
自分の席へと行く木邑君が私の傍を通る、一瞬の瞬間に視線が合わさって絡まった。

もう駄目だ、毀れてしまいそう――

それからはずっと顔を隠すみたいにHRを過ごした。
溢れそうなこの涙と吐き出しそうな気持ちを一刻も早くどうにかしたかった。

「HRはこれまでだ、皆から連絡がないなら終わりにするぞー」
「あ!先生、これから木邑君に校内を案内してもいいですか?」
「うん?ああそうだな、伊吹に任せようか」
「はい!それじゃあ木邑く――」

やっとHRが終わる、謡や詠 皆に気付かれる前に落ち着かせたい。
急く気持ちで待っている私の耳に入る萩之介と先生の会話。
そう言えば萩之介は学級委員だったっけ、私達の時も校内を案内してくれたもんね。

良かった、初めて会ったばかりの木邑君に対してこのままだと失礼な態度しかとれなさそうだったから。
私が1人ホッとしてる横で許可を貰った萩之介が意気揚々と木邑君を振り向いた時
被せるように転入生木邑本人が思わぬ事を口にした。

「折角だけど、僕の案内は彼女に頼もうかな いいよね さん。」
「「「ええっ!?」」」

予想もしてない展開に驚きの声を私に被せてハモる謡と萩之介。
何で謡まで驚くのよ。
余りに驚いたのかその場に立った謡と目が合う。

そしたら今まで以上に謡が私を見て目を見張った。
え?と不思議に思い、謡の眼を見返したら 次に詠までも目を見張る。

そしたら最後だ、次いで萩之介も寝てたはずの蘇芳や他の生徒までもが私を見て目を見張った。
皆して何??彼らはしきりに私の顔を見ている。
そう言えばさっきからほっぺが冷たいような・・・・・あああああ!!!
次第に気付いていきサーッと血の気が引くのを感じた。

木邑君の言葉に驚いた私は顔を上げちゃったんだ・・・
だからさっきまで必死に押し込めてた涙が毀れてた訳ですよ。
いつもの癖で反応しちゃったから当然向き合った謡には気付かれたし
同じように立ってた萩之介も気付き、私の斜め後ろにいた詠からも見えた。

皆に泣いてしまった事がバレた訳です。
そしたら急激に恥ずかしくなって、早口で木邑君の提案を受け入れ
案内するはずの木邑君を呼ぶ余裕もなく足早に教室を出てしまった。




長すぎたので二つに分けます(笑)