流転 三章Ψ旅立つ者Ψ



「今まで育ててくれて、本当に有り難うございます。」

機械音の響く中、は父へ頭を下げた。
実の父ではないとしても、確かにをここまで育てたのは事実。

此方であらゆる未来の経験をさせてもらった。
学校という所にも出させてもらった。

あのままあそこで存在していれば、体験出来なかった事。
礼を口にすれば、今までの事が甦り
少しばかり胸がチクッとして、寂しいという気持ちが芽生え感謝の言葉も自然に言えた。

零れた涙も、寂しいという気持ちの表れ。
少しずつだが、自分の中に人間らしい感情が芽生え始めた瞬間。

幸い怪我は、重いものではない。
電子音も、ただの観察用に過ぎないし
動けない程ではなかった。

「時江が来る前に、行きなさい・・きっと止めてしまうだろうから」
「はい・・、お父さん、本当に有り難う。お母さんにも宜しく伝えて下さいね。」

笑みを浮かべた娘の言葉に、父はうっすらと涙を浮かべて頷いた。

見送る父に一礼し、誰にも見つからないようにこっそり病室を出る。
平然と歩いて病院を出た後は、まずこちらでの家に向かった。
歩いてみて気づいたんだけど、足に怪我をしてたらしい。

怪我と言ってもただのかすり傷、間一髪の所で姉が助けてくれたからそれだけで済んだ。
あの後姉は、何て言おうとしたんだろう・・・。
また会えるなら聞きたい、いや、また会える。

こっちで待ってるって、姉は言っていたから。

「けど・・どうやったら還れるんだ?」

残された疑問、あの時は雷光で此処に飛ばされた。
しかも赤子として。
あの時自分は・・・20くらいの姿っぽかったよな?

そう推測出来たのは、夢の中の姉の姿を見たから。
歳が空いていたとしても、2つか3つだろう。

玉梓の呪いで赤子化して、もう一度生をやり直した。
20年の時はリセットされちゃった訳だから・・・

「実年齢より若返っちゃった訳か」

って事になる。
それより重要なのは、還る方法だって。
せめて方法くらい教えて欲しかったなぁ・・・

取り敢えず、あたしの事を探してるよね・・・向こうの人達は。
それに、資料通りなら里見家は崩壊の危機に陥ってる。
あたしの命を狙うヤツだって沢山いるだろう。

「どうせ行くなら、男装しちゃうか・・元々口調も悪いし。」

我ながら名案とばかりに、ポンと手を叩いた。
歩く事数十分、今日まで過ごした家へと着く。

この家へ戻り、暮らすのは今日が最後。
本当の両親じゃなくても、温かかった人達。
どうか幸せに過ごして欲しい。

箪笥を漁り、何か着て行けそうな物がないか探す。
漸く見つけた物と言えば、袴。
まあ、男装するって決めたなら丁度いいか・・

それから自分が生活していた部屋を眺める。
もう二度と還っては来ないと思う。

あたしが向こうの人間ならば余計だ。
向こうでのあたしは二の姫。

「姉上が待ってる、あたしにしか頼めない事があるって」

ならば還りたい、そのやらねばならない事を遂げたい。
本心を言えば、夢何かじゃなく直接父に会いたいのもある。
それと、姉がこの世に生んだ八つの玉を持つ子供達に会いたい。

あたしが本当に生まれた里見を、救う手助けをさせて
姉上、どうか導いて下さい。里見の地へ・・・!!

ゴロゴロ・・・

部屋の窓から空を見上げ、願う事しばし。
空に暗雲が立ち込め始めて、雷鳴が轟き始めた。
その様子が、夢の出来事と事故の日とを思い出させる。

その時は思った、この雷が自分を導いてくれると。

全てを流れに任せるように、静かに目を閉じた。
必ず本当の父や、八犬士達に会える事を信じて・・・



ΨΨΨΨΨΨ



温かかな光が自分を包んだと分かった、それと共に全ての感覚がなくなり
全ては闇に閉ざされた。

それからどれくらい経っただろうか・・・
闇だけの意識に、呼びかける声が生まれた。
次に肩を揺らされ意識の覚醒へと繋がる。

「おぉ、良かった・・目を覚ましたようじゃな。」

え?どちら様ですか??っつーか、この状況は何?
あたしを起こしたのは、初めて見る男。

起こされたって事は・・寝てたのか?
それはそれで恥ずかしくねぇ?
そうそう、男の格好で還って来たからにはそう振舞わないとな。

「おじさん起こしてくれて有り難う、それより此処は何処だ?」
「そなたは男童(おのわらわ)だったか、此処は常陸じゃよ。」

常陸・・・?里見じゃねぇのか。
今で言うなら、茨城になる。

まあ今はちゃんと決められてるとは思う。

「こっから里見って、遠い?」
「・・・・里見へ行って何を望むのじゃ?」

聞かれた男は、少し間を取って答えではなく問いを向けてきた。
表情が幾分厳しくなっている。
聞いては行けない事だったとか?

男を見つめるの顔に、少し不安が過ぎる。
ここで怪しまれては元も子もない。
シラを切らねばならないか?

「信じ難いとは思うが、俺はこの地に生まれた者。
安房国の呪いに巻き込まれ 別の世界へ飛ばされていた。」

シラを切らねばならないか?と思ってたのに
見ず知らずの男に、は簡単な成り行きを話していた。
それを聞く男の顔にも、僅かな驚きが伺える。

改めて男を見たが、身なりもきちんとした人で
不思議と信用出来そうだと思えた。
だからなのか、自分から自然と話せた。

この場が、往来の行き交う街道だと知りながらも。

「俺は・・里見の姫の助けを聞いて、こっちに戻れた。
戻れたからには、その使命を果たしたいんだ。」

だから、安房の里見に行きたいんだ・・・と。
話を聞いていた男は、すぐに口を開かず
ジッと目の前の青年を見つめた。

長い黒髪を、頭のてっぺんで結び
薄緑色の袷に袴、という格好に身を包んでいる。

視線はとても真摯的で、瞳の中に凛とした何かを感じた。

「ふむ・・そなた、中々のお人のようじゃな。」
「え?」
「貴殿の目の中に強い決意が伺える、話は私の家で聞かせよう。」

男は何処か満足そうに笑い、に手を指し伸ばした。
差し出された手を見て、も小さく笑いその手を取った。

着物についた泥を払い男の後について行く。
家が近かったのか、男の家には数分くらいで到着。

「まあ其処に座るがよい、私は肥後で刀鍛冶をしていたのじゃが今は趣味で彼方此方を旅していてな。」
「肥後!?九州からどうやって?何でまた旅なんか・・」

そこまで捲くし立ててハッと口を閉ざした。
九州なんて向こうでの呼び方だ、聞き慣れない名前に不審がらせてはマズイ・・・が
この心配は無用だった。

さっき別の世界から来たって言っちゃったし
察しも良さそうだから分かってるだろう。

案の定、聞き手の男は普通に聞き流している。
それから思い出したかのように言った。

「申し遅れたが、私は千子村正と言うんじゃ」

千子・・・村正ぁああ?

此処でまたの動きが静止。
ちょっとその辺に興味があったから気づいたんだけど
千子村正って、あの後に妖刀村正って呼ばれる刀を造ったヤツ・・・

って今目の前にいるじゃん!!
モノホン・・・・これって偶然?それとも必然なのかな。

「俺は、怪しいモンじゃねぇけど氏は聞かないでくれ。」
「まあいいさ、私は少しも疑っていない。」
「結構いい人なんだな・・」←小声

お互い名乗りあってから、村正は里見家について話してくれた。
それを聞いて、改めて自分の夢がそれに酷似しているかが分かる。

図書館で見た本の通りに、安房は玉梓の呪いで日が差さず
旅人すら近づかないような国になってしまってるようだ。

これは一刻も早く行かなくちゃだな。

村正の話を聞きながら、1人決意を固める
(主人公が名を変えて名乗ったのでここからそっちで書きます)

それに気づいてか、村正が突如渡したい物があると言うと
その場を立って家の奥へと歩いて行った。
その背を見送り、待つ事しばし。

「これじゃよ、安房への道程は長いし危険じゃ。持って行かれるが良い」
「この刀、『村正』と『正国』か?」

持って来た本人に問えば、村正は嬉しそうに頷く。
でも、何で正国まで持ってんだ?
俺が知る限り、正国を造ったのは肥後の同田貫正国が造った物だろ?

「よく知っておるのぉ『正国』は、譲り受けたのじゃよ。」
「どうしてまた?」

この問いに、村正は俺をジッと見て答えた。
確信でも持ってるかのように。

「きっと、・・貴殿に渡す為じゃったのかもしれんの。」と