好きなのに・・・
境内での撮影は、仁と仲間さんのタイマンから。
アクションは初めてだろうに、二人の演技は完璧。
飲み込みがきっと早いんだろう。
アレを今すぐやれって言われても、きっと無理。
仲間さんとのシーンも終わり、あたしも『竜』とのを終えて
いよいよ、初 仁とのシーンに挑む事になった。
張り詰めたヒロインの気持ちが解け、泣いてしまうシーン。
あたしは集中して、ヒロインの気持ちに近づくようにする。
そうしないと、いい演技は出来ない。
仁も、集中してる時のには話しかけない。
声を掛けても、きっと気づかないくらいに
は周りの空気を変えてしまう。
自分だって負けてられない、の演技に食われぬよう演じなくては。
「二人共いいかな?このシーンは二人の気持ちが変わる重要な場面だから。
隼人の決意が現れ、鴇の弱さも垣間見える・・いいね?」
加藤さんの熱心な説明、あたしと仁は真剣に聞き入り
はい!と返事をして、スタート位置に着く。
仁は境内の中で、あたしは境内の入り口に。
そうしてから、カチンコが切られた。
開始と共に、あたしは仁の待つ境内へと走った。
鴇は隼人が心配で、たまらずに飛び出した。
その気持ちを視聴者に伝わるよう、鴇そのものになるよう。
「隼人!」
「鴇?おまえ・・何時から其処にいたんだ?」
「わりぃ・・殆ど最初から」
駆けつけた(鴇)を見て、仁(隼人)の顔は驚きに変わった。
男装してる鴇だから、の言葉もオトコ言葉。
駆けつけてから、『隼人』の前で膝を折る。
それが合図になり 仁はフワフワした髪をかき上げた。
仁がそうするとかなりの色気がある。
仁が演じる隼人が、あたしは好き。
彼も演技に賭ける熱は凄い。
だから、こうして向き合ってると仁が隼人に思えてくる。
本当に隼人と向き合ってるような、だからあたしも
ちゃんと鴇になれる。
こんな感覚が、味わえるって言葉に出来ない嬉しさ。
「見てたなら聞くけどさ・・鴇が守りたいもんって何?」
真っ直ぐ見つめる真剣な瞳、鴇じゃなくても惚れそう。
こんな風に聞かれてみたいとか思ってしまう。
おっと・・・今は演技に集中しなきゃ。
「俺は・・仲間かな、何よりも一番大切な存在だし。
それに・・・絶対に無くしたくない大事な物。」
ヒロインは、他の誰よりも仲間や絆を尊ぶ。
その強い気持ちは、普通に過ごしていれば芽生えない。
けど ヒロインは違う、言葉にしない代わりに 表情で語る。
隼人達と過ごすうちにそうなって行く。
それを表せるように、あたしは鴇になる。
そう口にするのと共に、は笑顔の中にも
悲しみや辛さの見える表情を見せた。
本当に、苦しみ悩み話す事を悩んで 苦悩する鴇そのもの。
仁は見惚れた、惹きつけられるのを確かに感じた。
そのせいか、次のセリフへのタイミングが遅れる。
「俺も・・仲間は失くしたくない、鴇も。」
「え?」
「何かわかんねぇけど、そう思った。」
「隼人・・」
「今のおまえ、すげぇ泣きそうだぜ?・・泣けよ。」
「・・・ば、バカ言うなっ俺は男だぜ?簡単に泣けねぇよ。」
本当にギリギリで、どうしていいのか分からない時
こんな風に優しく言われたら、頼りたくなるだろう。
しかも、こんなにカッコイイ人に言われれば余計。
自分の変化に気づいてくれる人、いてくれたらどんなにいいか。
何て思ったら、自然に泣きそうになった。
だからそれに任せて、思い切り泣く事が出来た。
受け止めてくれる存在、きっと鴇も少し楽になったと思う。
自然に涙を流した・・・
思わず抱きしめたくなったけど、それは出来ない。
残念だけど、隼人はまだ迷ってる所だから。
決定打はこのシーンじゃない、俺としては抱きしめたいけどな。
「カット!二人共よかったよ!お疲れ。」
カチンコの音が響き、隼人と鴇の時間は終わる。
頬を伝った涙を、拭おうとして止められた。
メイクさんかと思って見れば、至近距離にいる仁。
「・・・近いよ」
「近づきたかったから、拭くならティッシュにしろよ。」
平静を装い、言えば真顔で肯定される。
何か・・怒ってる?
だとしたら、切り替えが凄い出来る人なんだ・・。
手渡されたティッシュを受け取り、押し当てるようにして拭き取る。
その間、何故か黙ったままの仁。
あたし何かしたのかな。
気づいてないだけで、どっかで怒らせた?
「仁、あたし何かした?」
「何で?」
「怒ってない?」
「何で」
「何となく・・」
その先が続かない、『竜』みたいに口数が少ないよ。
困り果ててはそのティッシュを捨てに、その場を去った。
残された仁、が立ち去ると盛大に溜息を吐き
煩そうに目に掛かる前髪をかき上げた。
これじゃあ当たってるみたいじゃん、俺。
は悪くない、ただ 自分に苛立ってるだけ。
一人で盛り上がって、の悩みに気づけなかった。
興味ないフリでもしてたみたいな亀、ちゃっかり先を越されたし
さっきだって、に心配かけてしまった。
自分の気持ちが 隼人に近づいてく。
悩み苦悩する隼人の気持ちが、今なら痛いくらい分かった。
不器用で、真っ直ぐな隼人。
それでも彼なりに、鴇を心配し守った。
俺もそうなりたい・・・の事をもっと、知りたい。
仁が何かに怒ってるのは分かった。
その先は聞けなかったけど。
あの反応からして、あたしに対してじゃなさそう・・
なら誰の事で怒ってるんだろう。
男の子って時々怖く感じる。
ふざけたノリで、何処までそのノリが許されるのか
気に障らないようにしないとって。
こんな考えは失礼だって分かってる。
そうなんだけど、構えてしまう所はあるなぁ。
だって、幾ら頑張っても力じゃ敵わないもの。
難しい・・・もっと、仁の事が知りたいのに。
その後は、特に会話もなく解散した。
ごくせん2のスタートも、いよいよ間近に迫った日。
あたし達は、付け足しの撮影の為
黒銀学園として使われてる学校の校庭に集まる事になってる。
今からあたしも、仁美さんと一緒に向かう所。
今日の撮影は、がいなくて撮れなかったシーンだとか。
「竜を庇って飛び出し、代わりに隼人の拳を受ける鴇」
「言いたい事は分かってるわ、安心しなさいフリだから。」
「フリ・・ですか、そうですよね〜あははは・・・」
そう聞かされてもホッと出来ない自分。
一応 アクションは初めてなものでして・・タイミングとかさ。
曖昧に笑って答え、間近に迫った学園の門を見る。
これからリハーサルして、その後は本番。
一層集中しないとね!頑張るぞ!
気合い十分で車を降りた・・・が。
ヒュンと風が唸り、その音があたしにも聞こえた。
次の瞬間には、ビシッと痛みが額に走った。
咄嗟に押さえるけど、突然の事に吃驚してしまう。
車を降りた仁美さんも、これには慌てて駆け寄って来た。
立ち尽くしたを庇うように、前へ立つ。
呆然としたあたしも、視線を巡らせた。
額に当たったのは、小石。
これを投げた人が何処かにいるはず。
隠れているのか、見渡しても人影すら目に入らない。
もう逃げてしまったのかと思い、仁美さんも先を促した。
「仁君にくっつかないでよ!」
「そうよ!アンタなんか、ただの相手役なんだからね!」
「あんま調子に乗ると 痛い目見るよ!」
考えは甘かった、罵声と共に三方から女の子が現れ
幾つ持ってるのか、またあたし達に石を投げつける。
「うっ」
「!私なんか庇ってどうするのっ」
「あ、すみませんつい・・・」
「貴女は女優なのよ?分かってる?」
二回目の攻撃に、あたしは咄嗟に仁美さんを庇ってた。
幸い当たったのは三つ中、一つだけで
頬を掠っただけで済んだ。
仁美さんに怒られてから前を見たが、既に女の子達はいなかった。
仁美さんが注意深く見回して、本当に立ち去ったと確認。
それからは早かった。
ガシッとあたしの腕を掴むと、問答無用で撮影現場へ行き
監督へ事情を説明しに向かった。
「おい!どしたんだよ、その怪我!」
「いや・・ちょっと、大した事ないよ。」
「血ぃ出てんじゃん!早く手当てした方がいいぜ!」
マネージャーが説明してる背後で、驚きの声が聞こえる。
それを背中で聞きながら、手で抑えて待ってると
バタバタと駆け寄る足音が聞こえ、仁ともこみちが来た。
二人共顔が真剣で、青ざめてる。
心配掛けたくなくて、石を投げられた事を言わずにいると
それは逆効果だったみたい、逆に心配掛けてしまった。
「どっちも血が出てる、痛いんだから素直に言え。」
「・・・大丈夫だって 心配しないでよ。」
「分かってねぇな、そうやって強がるから心配なんだよ。」
仁はがあまりにも無理に強がるから、苛立った。
もっと弱音を吐いてもいいと思う。
何をそんなに気にしてんだ?
頼ってもいいと思う、つーか・・頼って欲しい。
「仁美さん!俺が手当てして来ます!」
「え?ちょっと、仁!」
「本当?有り難う、お願いするわ。」
何嬉しそうに頼んでるのよ〜仁美さんってば!
マネージャーの許可が出た事で、仁は堂々とあたしの手を引き
もこみちに何やら冷やかされながら
遅れて駆けつけた徹平と、和也の脇を通り 去った。
心配そうに見送る徹平。
しかし和也は、少し厳しい目つきで二人を見送った。