巣窟
「許可はしましたが、3Dとの間でトラブルでもあればすぐ転校して貰いますよ?」
「私が責任を持ってが卒業出来るよう指導するつもりです」
「何もない事が一番ですが・・そうですね、何か起きた時は山口先生にも何らかの責任を取って貰いましょう」
「はい、有り難うございます」
現れた理事長の一方的な言葉にも真正面から受け止め、真摯に接した久美子。
その久美子を静かな眼差しで見つめてから理事長は職員室を出て行った。
会って一日しか経ってない他人の自分の為に久美子は責任を取る覚悟でいると言い切ったのだ。
これには驚かされたし、何故ここまでしてくれるのだろうと思う心もあった。
振り向いた久美子の目に少しの迷いも疑念もない。
つまりは本心から他人であるの為に教職を辞す覚悟があるという事。
改めて凄い人だなと思わされた。
もう一度教頭から念を押され、漸くそのクラスへと向かう事になる。
が、其処へ駆け込む二人の教師により 問題児ばかりが集められたクラスの実態をは知る事となった。
3Dが騒いでいる と知らせて来たのは3A担任の牛島という教師。
それくらはいつもの事ですよと笑う久美子へ更に言葉を重ねたのは3B担任の鳩山。
喧嘩じゃないですかとの言葉で、笑顔だった久美子の表情がギラリと変わった。
聞いてる側のも穏やかじゃない言葉に、落ち着いていた恐怖感が沸くのを感じた。
久美子には職員室にいるよう言われたが、何となく久美子が心配で同行をすると決めた。
いざとなったら教室から出るんだぞ?と言い聞かせ、久美子は担任するクラスへ急いだ。
バタバタと走ってもついて行く、向かうにつれて変わって行く校舎の様子を目の当たりにした。
壁には一面落書きが施され、教室へ続く窓は割れていたりブルーシートで覆われたまま放置されたりしている。
彼らの凶暴性をまざまざと示す現状に、改めて足が震えそうになった。
しかし前を走る久美子はその様子に臆するそぶりもなく、真っ直ぐにクラスへの戸を横へスライドさせた。
「何やってんだやめなさい!」
「先公には関係ねぇんだよ!」
「口出しすんじゃねぇ」
駆け込むように教室へ入った久美子が見たのは、鳩山の言葉通りの光景。
数人が前方で一対一の殴り合いをし、残る数人が煽って楽しむように眺めている。
誰一人止める者はなく、両頭同士が手下を戦わせそれを観戦してるような風にも見えた。
廊下で待つの耳にも中の乱戦状態の声や、久美子の登場に野次を飛ばす生徒達の声が聞こえる。
あの悪魔と同じ、暴力で人を支配するような声だ。
条件反射で勝手に体は震えだし、その場から動く事すら叶わない。
でもそんな生徒達の中へ久美子は臆する事もせず飛び込んで行った。
後から教頭と牛島が続いて現れ 中へ入って行く。
その際も懸命に止める久美子の声と生徒達の歓声や怒声に罵声が響いていた。
喧嘩に興じる生徒の耳に久美子の制止は届かず、逆に邪険に扱われてる感じだった。
机が倒れるような音と共に久美子の声が途切れた様子から、何かされたのではと心が冷えた。
不思議なくらい恐れが消えて、牛島の後ろから教室の中を覗き込んだ。
覗いた時見たのは、生徒の一人に突き飛ばされ
野次を飛ばす後方の生徒が座る机に突っ込むようになった久美子の姿。
頭で考えるより先には教室へ飛び込むと、その久美子へ駆け寄っていた。
「っ・・、危ないから廊下にいろ」
「(でも・・・!)」
二の腕辺りを強打したらしい久美子を支えるように傍に行くと
ハッと気付いた久美子が逆にを心配し、後ろへ庇う。
女である久美子を残して自分だけ逃げるみたいな事をしたくないとは思い、渋るように首を振った。
そして久美子へ冷たく邪魔するなと吐き捨てていた二人の生徒は
突然現れたに気付いて目を丸くした。
同時にクラスの頭を張る二人の青年と、その二人の取り巻きである生徒もの姿に気付いた。
この学校にいるはずのない女子高生の姿に、気付いた数人は野次を送るのも忘れて見入る。
久美子が心配で彼らが自分に気付いた事などどうでもいいは必死だ。
一方の久美子も乱闘を止める事に真剣で、生徒の数人がに気付いた事には気付けていない。
そればかりか、別の生徒を止めようとして教壇で全身を強打。
ついに堪忍袋の尾が切れた久美子、教卓へ上るや物凄い迫力で怒鳴り散らした。
「ってめぇらぁ・・!いい加減にしやがれ!そんなに喧嘩がやりてぇんならなこのあたしが相手になってるから表ェ出ろ!」
「・・・・・・」
この迫力には生徒だけでなく、居合わせた教頭と牛島すら黙った。
シーンと静まり返った教室と生徒に気付き、ハッとなる久美子。
気まずそうな顔で上った教卓から下り、咳払いをしてから後ろの位置にいるを手招き。
「ついでに紹介しまーす、えと、さん。ある事情で赤銅初の女子生徒としてあたしが面倒見る事になったから宜しく!」
「マジかよ、すげー綺麗な子じゃん大和」
「・・・・興味ねぇよ」
「(よ、宜しくお願いします・・・)」
「心の病では声が出ないから、皆あまり驚かせないようにねっ」
静まり返った教室で紹介され、一斉に不良達の視線に晒されたは再び気まずさを覚えた。
何もこのタイミングで紹介しなくても・・・・!
教頭の発案で、が此処へ転入したのは試験的な物だと言う事にした。
の趣味が胡弓と分かった上での発案だったりする。
グレース音楽学校からの交換転入生という名目に設定し、同性かつ教師経験6年目の久美子が担当する事になった。
まあ筋は通ってる・・・・はず。
紹介され、怯えた表情に変わったが自分達へお辞儀するのをジッと眺めていた緒方と風間。
浮き足立つ本城から話し掛けられるまで視線をへ注いでいた。
一方の風間も何となくだが一瞬懐かしいような既視感から、を眺めていた。
この騒ぎの後、の座る席を鳩山と牛島が運び
配置は久美子が自ら後方の壁際へセッティングした。
席へ移動する間もずーーっと注がれる好奇の目。
堪らなく嫌で吐き気すらしてきたが、これを乗り越えなければ駄目だと必死に言い聞かせる。
しかも久美子は職員会議で教室から立ち去ってしまい、居心地の悪さは増すばかりになった。
に興味津々の彼らだが、配置が緒方と風間の後ろである為 容易に近づけず
今は諦めたのか方々に教室で遊びに興じ始めた。
その様子にホッと胸を撫で下ろす、少しだけ吐き気も治まる。
が
「なあなあちゃんいうたっけ?何で交換転入生なんて話受けたん?」
「!?」
ニコニコと話しかけて来た生徒が一人いた。
の座る机の前へ椅子ごと近づいたのは、パッと見人当たりの良さそうな関西の青年。
先を越されたと悔しがる少し軽そうな青年の反応も微かに見えた。
だが幾ら人当たりが良さそうとはいえ、男は男だし距離も近い。
瞬間的に体が強張り、嫌な緊張感に支配された。
成るべく刺激しないようにしなきゃ・・・・と努め、ケータイを取り出すと昨日の時の様にメモ画面に返答を入力。
青い顔で必死にボタンを押すを訝しげに眺めたのは緒方と風間のみだった。
他の面々は必死な様のの様子が新鮮で、鼻の下を伸ばして見てるだけである。
そんなだらしない様に緒方は溜息をつく、と同時に打ち終えた返答をケータイ画面を相手へ向けて置いては見せた。
「『詳しくはまだ言えません』か〜」
「まあ来たばっかやし しゃーないやろ」
「・・・ふーん、ま、怯えてるだけの女なんてどうでもいいだろ」
「――っ」
「ちょ 廉!何処行くん?!」
「つまんねぇから帰るんだよ」
精一杯の返答を読み上げた茶髪の青年。
続けてフォローのような事を口にした黒髪の同じく関西の青年に対し
彼ら二人と同じ側に座る黒髪で白いメッシュを前髪と襟足に入れた青年がを振り向いた。
振り向いて目を合わせた青年と、誰か別の人物が重なる。
何となく聞いた事のあるような声に、あの子と同じ襟足にある白いメッシュ。
まさか?と懐かしくなっただったが、過去の記憶と重なるその青年の口から出た冷たい言葉に
頭から冷水を掛けられたみたいな強烈なショックを受け、目を見張った。
言葉をへ吐き捨てると同時に薄い鞄を肩に担いで歩き出したその青年を関西の二人が慌てて追いかける。
茶髪の青年だけが気遣うような目をへ向け、先に出て行った風間らを追うように教室を出て行った。
全てを拒絶したような態度だなと思う。
其処から来る理由もあの人にはあるんだろうけども、冷たく射抜くような言葉に心は痛んだ。
「・・――!」
不意に何かに気づいて顔を上げた。
関西の青年はメッシュの青年を名前で呼んだ。
その呼んだ名前が妹と同じ音・・
―いや、あたしの生徒の一人にいるんですよ『廉』って名前の奴が―
過ぎる河川敷での久美子の言葉。
そうか・・あの人があの日河川敷から立ち去った久美子さんの生徒・・・。
赤銅の生徒だったんだ・・
何となくあの子に似た感じの人だったけど・・・違うよね?
別の角度から風間達とを眺めていた緒方達。
怯えてはいたが風間の言葉を受けても泣く様子はなく
逆に奴らが立ち去ってから急にハッと顔を上げたと思ったら
何とも言えない表情で風間を見送ったのだ。
まさか知り合いだったりすんのか?緒方はと眉宇を顰めた。
別に風間とが知り合いだったとしてもなんら関係ない事である。
それでも何となく緒方は二人の関係性が気になった。
*
結局この日は授業にならず、としては納得がいかなかったが実習となった。
緒方達も他の面々も次々に席を立ち、方々へ雑談しながら散って行ったからである。
そして翌日。
気は進まないながらも昨日通った道を通って赤銅へ向かう。
何度見ても変わらない男ばかりが同じ方向へ歩いて行く光景・・・
そりゃ当然だ、向かうのは男子校なんだから。
現実逃避しても何も始まらんのは分かっているが、歩く足は重いまま。
毎日あんな風にして乱闘騒ぎが起きるのだろうか。
だとすると教室のどの位置にいても巻き添えをくうんじゃ?
成るべく隅っこにいるようにしよう、それでも危なそうだったら職員室に行けばいいよね うん。
それに・・・うーん・・あの風間君って人の事もちょっと気になるし・・・・何で気になるのかは登校しなきゃ分からないはず。
噴水のある公園?を抜け、並木道を歩いているその前方に
久美子とは同時に見た事のある三人組を見つけた。
あれは確か・・とが思案するより先に、隣を歩いていた久美子が彼らを呼んでいた。
「緒方、本城、神谷〜!お早う!」
「何だアイツ・・・朝からテンションたけぇな」
「うっざ!・・って、ちゃん一緒じゃん!(手をヒラヒラ)」
「・・・行くぞ」
大きな声で呼んだ為、周りを歩く別の学校の生徒達も此方をチラチラ見ている。
呼ばれた側の3人は一応振り返ったが、呼んだ相手が久美子だと分かるや否
分かり易く不機嫌そうな顔になり、一瞬だけを見て手を振ったりしていたが
久美子が近づくより先に歩き出してしまった。
「あたしは無視かいっ」
「(ははは・・)」
突然手を振られてドキッとしたが、お辞儀だけし返しといた。
昨日の今日でいきなり打ち解けたりなんて出来ないもんね。
彼らに向かって駆け寄って行った久美子、見事にスルーされ小さくぼやいた。
空回り気味の久美子を見て苦笑していると、立ち去った彼らの先に別の方向から歩いて来た彼らを見つけた。
昨日辛辣な言葉をへ放った人・・風間達の姿だ。
互いに進行方向が合わさると分かった彼らは、足を止め、睨み合うように視線を絡ませる。
そう言えば昨日も席の位置は後ろ側でも、言葉を交わす風はなかったな・・・
「風間、市村、倉木〜!おっはよー!」
ピリピリとした険悪なムードの所へ、空気を読まない久美子の明るい声が。
ある意味めげない久美子だなあ・・・と見ていると風間の視線が一瞬絡む。
「アイツ思ったより続いてんな」
「一回俺がガツンとやったろか」
「・・先公なんてほっとけよ」
「おおお―――あ、ちゃんや!おはよ!」
「ちゃんおは!」
「(ど どうも・・・・)」
強い意思の篭った目に、貫かれるような錯覚を感じたが
サイドにいる市村と倉木の声に応えた為、風間は視線を外しさっさと歩き出してしまった。
その風間をまた追うようにしつつ、に挨拶をして市村達も立ち去っていく。
何故か三人組のリーダー格以外の彼らはに好意的だった。
自分に矛先が向く度に緊張してピシッと背筋を伸ばしまいつつも会釈だけは返せた。
6人全員にスルーされてしまった久美子だが、落ち込む様子はなく
嘆息交じりに愛想のない奴らだなあとぼやいていた。
彼らは先生とかいう存在を全身で否定して拒絶してるから・・距離を詰めるのは容易ではないだろう。
それはとて同じ、異性の大人は恐怖心にしかならない。
自分の意思で父親から受けている物の事を言わなかったが、逆に無理にでも話を聞こうとしてくる大人もいなかった。
大人を信用してない という点では私と彼らは同じかもしれない。
けど 易々と相容れるつもりもなかった。
連続更新とかノリに乗ってないと出来ません←
誰相手かはまだ未定・・・言えるのは、緒方か風間のどちらかにするつもりでいます。
互いが互いを受け入れて仲間になっていく過程を書きたくて試行錯誤中( ´ー`)
とりま更新頑張ります(。+・`ω・´)が今週迫る台風が心配や・・・・