流転 十五章Ψそれぞれの葛藤Ψ
戌氏の追っ手が来る前に、何とか逃げ出せた達。
抜け出た時には、夜になっていたので
宿場町を出た後、小文吾を待ちながら草陰に潜む。
ぬいを置いて来ても大丈夫なのか。
とか思いながら、視線を宿場町へ向ける。
―さんは、現八さんを慕っているんですね―
ぬいの事を思い出すと、去り際に言われた言葉をも思い出す。
咄嗟に分からないって言った。
それは本当の事だし、胸が熱くなる気持ちを何と言うのかも・・・
それの事を考えて、慌てて考えないようにしてるもの分からん。
俺は、人として欠けてる事が多すぎじゃねぇ?
でも・・恩人を気にするのは当たり前なんだろう?
また逢いたい、声を聞くと安心する・・・って思ったりするのか?
こうゆうのが『慕う』っていうのか?
じゃあ・・その感情の意味は?
悩むの横では、草陰から小文吾の姿を探す現八と信乃。
今夜は野宿になりそうじゃのう。
様子を伺いながら現八はそう思った。
「なあ犬飼、あの者とは何処で?」
「・・・の事か?」
声を潜めて聞いて来る信乃、それをチラッと見てから問う現八。
その目は何やら楽しそうな色を浮かべている。
そんな現八の視線を受けながら、信乃はの腰にある刀を見つつ言う。
「ああ、私には殿がオマエを凄く慕っていると見える。」
「それはワシがを盗賊から助けたからじゃろ」
慕う、という言葉に対し、直ぐに答えた現八。
まるでそれ以上は何もない、といとでも言ってるような。
誰かに慕われる、ってゆうのはとても嬉しい物じゃないのか?
そう信乃は現八に言いたかった。
が、その先に言葉は続かず 何者かの足音が聞こえてきた。
パッと身構え、息を潜める2人。
それに気づかず、考え事を続行中の。
「殿、小文吾が来た。行くぞ。」
暗闇から現れた大きい影、それが小文吾だと分かり
現八の隣に、がいなかったので
小声でそれを伝えに来た信乃。
ポンと肩を叩かれた、一瞬ドキッと肩を震わせた。
振り向く先にあったのは現八じゃなくて、信乃。
彼も中々端正な顔をしている。
小文吾が見せた手配書には、俺の顔も描かれていた。
いつ見たのかってのが不思議なくらい、似ていたな。
信乃に短く答え、草陰から立つのも気を使いながらの移動。
「待たせたか?」
「いや、そんなに待っていない。ぬいは・・大丈夫なのか?」
「当たり前だ、何たって俺の妹だからな。」
――そうだなと同意して小文吾に頷く。
は移動しながら小文吾の隣に移動して言葉をやり取り。
その2人の前には、辺りを警戒しながら歩く信乃と現八の姿。
曖昧に浮かべた笑み、小文吾はその笑みを見つつ
妹の洩らした言葉を思い出していた。
―大人に見えて時々小さな子供みたいな感じ―
容姿は美しくて、しっかりしてそうに見えるもんだがな・・・
妹の言葉を、小文吾は全て理解してはいなかった。
―あの方の存在が、皆さんによい作用を齎すと思うんです―
どうゆう意味なんだろう・・そう思いながら小文吾は歩き続けた。
今夜野宿を決めた場所は、小さな小川の流れる岸辺。
此処なら軽く料理も作れるし、喉の渇きもすぐ潤せる。
現八は岸の傍で薪をくべて、信乃は刀の手入れ。
小文吾は川に釣り糸(と言っても木に巻きつけた糸)を垂らし
魚を釣ろうと奮戦している。
はというと、そんな3人の様子を眺めていた。
しようと思えばする事もあるだろうが、何をしていいか分からない。
「現八・・何かする事ねぇか?」
取り敢えず一番近かった現八の傍に行って問いかける。
その際ぬいの言葉が過ぎったが、気づかないフリをした。
胸の鼓動の変化に、気づかないフリをした。
近くに来た気配に顔を向けた現八、隣にを見つける。
男に抱きつかれて、動揺などはしないが外野の視線は気になってた。
確かにコイツは顔もそれなりに整っておるし
変わった奴で、男は思えない華奢さで表す感情も少ない。
歳はワシと近いにも関わらず、時々ワシを驚かす。
『感情をこっちに置いて来てしまったから』
本人はワシらにそう話してた。
何度聞いても不思議な話じゃ・・玉を持つワシらの母、伏姫に呼ばれ
ワシらの知らない世界から来た者。
なのに、ワシらと同じ痣を持っておる。
「特に手伝って貰う事はない、する事がないならその刀を見せてくれんか?」
「・・・どっちを?」
「――その『正国』じゃ。」
声を掛けたらしばらく穴が開くくらい見つめられた。
見つめられて、勝手に胸の鼓動が早くなった。
現八は俺を見ながら、時々苦笑したり真顔になったり・・・
それを見てるだけでも体が熱くなった。
そしたら突然刀を見せろだって、まあ別に盗る訳でもないだろし。
は腰に差している『正国』を引き抜いて、現八へ差し出す。
すると現八の手が伸びてきて、の手から『正国』を受け取る。
伸びてきた手を、自分より大きな手だなぁ・・と思って見た。
「この刀かもしれんの、あの時ワシと信乃を助けたのは」
「え?」
一瞬、ドキッとしただけでなく 心が熱くなった。
気づいていたのか?と、思っただけで。
現八に、ちゃんと力が届いてたのが分かったから。
たかがそれだけなのに、何故こんなにも心が弾むんだ?
それを聞こうにも、聞ける相手がいない。
「御所の屋根から落ちた時、気のせいかもしれんがお主の声がして
何か温かな力を受け・・・落ちた水も優しくワシ等を包んだ。」
そんな気がしてのぉ、と刀を眺めながら言う現八。
俺の声が聞こえたから、俺の持つ刀の力だと思ったのか?
確かに俺は、現八を助けたいって姉上に祈った。
その願いを受け取ってくれたんだろうか、姉上が。
分からないけど、現八はこうして助かったし
新たな犬士にも会えた、俺の中に生まれつつある新たな感情。
それはまだ・・・分からなくても、いいよな。
現八の傍に、いられるならさ。
その夜は、それから小文吾が八匹の鮎を釣り上げ
全部丸焼きにすると、皆二匹ずつ綺麗に平らげた。
火の番は以外の犬士がする事になる。
も立候補したのだが、何故か3人から止められてしまう。
現八は、病み上がりだし体力がなさそうだからと。
信乃は・・・内心、現八と同意見で無理をさせない為。
小文吾は、ただ純粋に自らその役目を買って出た。
文句を言いたかったが、はそれに従い先に寝に就いた。
「ワシ等は兎も角、まで手配するとはのぉ」
眠ったを眺めながら、独り言のように洩らした言葉。
それを聞きつけた信乃と小文吾が、火の回りに来る。
腰を下ろした信乃が、すぐに問いかけてきた。
「何故だ?」
「コイツは何もしておらぬ、お主はコレの謂れに気づいておるじゃろ?戌氏はコレ欲しさにを追っておるんじゃ」
信乃の問いに、すぐ答えた現八の言葉に
不愉快そうな顔をした小文吾が後を引き継いで否を唱える。
たったそれだけで?と彼の目は言っていた。
それには信乃も同意、益々思い込みとは恐ろしいと感じる。
自分自身も、戌氏のその思い込みで刺客に仕立て上げられた。
『コレの謂れ』
そう問われて合点が一致した信乃。
火に照らされてよく分かった、その刀は妖刀と名高い村正。
目の前に在る村正から、大きな力の気配さえ感じられる。
この刀に宿る力を知り戌氏は欲しがったのかは分からない。
確かに惹かれる何かはあるが、人を陥れてまで欲しくはないな。
「ああ、徳川家に関する不吉な話の元になりし刀だ。」
「ワシの部下が知らせたか何かじゃろうが、連れて来たのが仇になってしまった。」
乾いた薪を焚き火にくべながらそう呟いた現八。
彼の声音に、後悔を読み取れる。
見かけほど根は悪くなく、信の玉を手にするに相応しい心を持っているのだな。
感心さえしながら、信乃は黙り込んだ現八を見た。
もしかしたら、現八にとってもの存在は――