流転 二十三章Ψ傍にいてΨ



寝不足なを馬に乗せ、支えながら乗ってる事数分。
の様子に変化が。

うわ言のように、何か言葉を繰り返し
現八の着物を掴んだままだった手に、力が入っている。
苦しそうな様子で、嫌だ・とかどうして?とか・・・・

?」

此方からの問いかけには、何も反応はない。
夢でも見ているのか?

魘されてるという事は、悪い夢なのか?

「逃げて・・・!!」
!?おい!」

の異変に、現八以外は気づいていない。
起こすのを躊躇っていたが、何やら叫んだ
手を伸ばし、バランスを崩しそうになったのを見て現八はを起こした。

片手で手綱を引き、馬を止めてから肩を掴んだ。
名前を呼びながら肩を揺らすが、深い眠りなのかすぐには起きない。
現八は、このまま目覚めなかったらと不安になった。

「どうした?現八!」
の様子がおかしいんじゃ、魘されてるようじゃが・・・」

ただならぬ現八の声に、前を走っていた面々が戻って来る。
近くに馬首を向けた信乃へ、困惑した声で現八が答えた。
現八の様子に、戻って来た面々も不安の色を浮かべる。

それぞれがどうしていいか悩み、黙り込んでいると・・・・

「玉が・・・光ってる。」
「本当だ、何でだ?」

それぞれ持つ玉が、着物を通して輝きを放つ。
突然輝いた玉、これには何の意味があるのか・・
現八は、を落とさぬよう気をつけながら玉を取り出す。

すると、僅かだが玉の光に照らされた時
苦しむの表情が和らぐのを、荘助と信乃が気づく。
すぐに荘助が現八へその事を教えた。

「現八さん、その玉をさんに持たせてみて下さい。」
「この玉をか?・・・分かった。」

荘助に言われ、現八は着物を握ってる手とは逆の手に玉を持たせる。
握らせてからしばし様子を見守った。

すぐに変化がある訳ではないが、苦しそうな顔が和らいだので先を急ぐ事にした。


ΨΨΨΨΨΨ


夢の中の自分が振り上げた刀は、非情にも現八の胸を貫いた。
呻き声すら漏らさず、その刀を受け止めた現八。
閉じられた口の端から、赤い筋が流れる。

「現八・・・う・・うあああああああああ!!」

かけがえのない者が、目の前で殺された。
それも、―俺―に。

この心に穴が開いたような気持ちを、どうすればいい。
開いた穴が大きすぎて、頭が真っ白になる。

涙が止まらない、現八を失った事実が大き過ぎて。

もう、夢か現実か、分からなくなってた。

フッとその場面が消えると、再び意識が闇の底へと落ちた。
もう何がどうなのか分からない、考えたくもない。
そんな俺に、何処からか呼ぶ声が。

誰だか分からないけど、必死に俺の事を呼んでるのが分かる。
答えたいのに、意識が何かに捕まっていて出来ない。
どうにも出来ずにいると、ふと、片手が温かくなった。


何だ・・?温かい温もりと・・・光が・・・?


その温もりは、心に安心感を。
その光は、闇の中に灯りを灯した。


ΨΨΨΨΨΨ


愛する者を、自らの手で葬る・・・
誰の事を?
俺が、現八の事を?

愛するって・・何だ?何でそう思ったんだろう。

目覚めは、疑問いっぱいの物だった。
目が開いて見たのは、流れるように動いている景色。

どうやら、相変わらず馬に乗っているようだ。
よく落ちなかったな・・・と思う。
って事は・・此処が現実で、現八達は生きてるって事だよな?

「――現八?」

現実だと実感したくて、は恐る恐る自分を支えてる現八を呼ぶ。
返事はすぐに返って来なかった。

その間が長く感じられて、心臓がドクンと大きく跳ねる。
まだ夢だったら?
俺を乗せてるのが、あの付き人の男だったら?

またあの惨劇を見せられるのか?

「起きたのか?どうした?」

体が震えて、血の気が失せてしまいそうな緊張感。
それに浸りそうになった時、待ち望んだ声は後ろから聞こえた。
声が聞こえると、背中に触れてる現八の体温を実感。

ちゃんといる、現八は俺の後ろにいるんだ。
良かった・・此処は現実で、現八は生きてる。

「うん、起きたよ。良かった・・現八の温もりが分かる・・・」
?」

現八の声に、胸がいっぱいになった。
誰かの温もりが、こんなにも安心出来る物なんて。
それと、背中越しに伝わる現八の胸の鼓動。
傍にいて欲しい、そんな事を感じてしまった。

ちゃんと生きて存在してる証。
現八は、今までとは違ったの雰囲気に戸惑った。
今までは、もう少し張り詰めていた空気をしてて

けど今は・・・柔らかい空気を、よく見せるようになった。
青年が持つ空気とは、相応しくない。

「あれ、この玉・・現八のじゃ・・・」
「いい・・しばらくお主が持っておれ。」
「いいのか?」
「ああ、夢見も少しはマシになるじゃろう」

うん!有り難う、現八。
前に座るの元気な返事が聞こえた。
前を走る信乃達も、の声が聞こえホッとした顔を浮かべた。

どうもが静かだと、此方も落ち着かない。
ピリピリした現八の空気も、彼が起きていれば穏やかな物になる。
人の心を落ち着かせ、安心感を齎すの存在。

その彼が、一体何に苦しんでいたのか・・・
気になりながらも、信乃は馬を走らせた。


ΨΨΨΨΨΨ


一方玉梓、彼女がに植え付けた呪いの種は
確実に根を張り、段階も二段階へ移っていた。

今回のが現八を自らの手で葬り去る悪夢は、呪いの第二段階。

植え付けた呪いの種、どうやら忌々しい伏姫の力で
それは祓われてしまったようだが、根は残っている。
後は手を加えなくても、勝手にその種は花を咲かす。

「楽しいのう、もっと苦しめ・・・そして・・・自ら死すがよい。」

水瓶を見つめ、其処に映るを見つめ
けたたましく玉梓は笑うのだった。


ΨΨΨΨΨΨ


現八に借りた玉を持ち、眠りについていた
揺り起こされ、目を開けた時には安房の里見へ着いていた。
城へ入る為の門がすぐ目の前に在る。

寝てる間についてしまったのか、信乃達は馬から下りている。
そうだ、あれは夢だったんだから・・・
前に立ってる信乃達は、ちゃんと生きてるんだ。

「信乃、荘助、小文吾!!」
、目が覚めたんだな・・!?」

パッと馬から飛び降り、自分達を待っている3人へ駆け寄る。
すっかり笑顔の戻ったの様子に、安堵した信乃達。

その様子を苦笑しながら眺め、馬から下りる現八。

駆け寄ったは、勢いを殺す事なく
信乃へ先ず抱きついた。
これには信乃も、荘助・小文吾も吃驚。

「良かった!夢で・・ちゃんと温かいよ・・・」
?」
「荘助も小文吾も、皆温かい・・・!」
「えっ?と、さん!?」
「おいおい・・大袈裟だなぁ」

傍観していた荘助と小文吾だったが、同じようにに抱きつかれ
荘助は慌てたが、小文吾は満更でもなさそうに頭を撫でる。
一足早くから開放された信乃は、呆れた顔で立つ現八へ問うた。

「どうゆう事なんだ?やはり、悪い夢でも?」
「全く・・誰にでも抱きつく癖は止めろと言うのに。」
「現八?」

問いかけた信乃だったが、現八は全く別の事を考えてるらしく
ブツブツと1人そう呟いただけだった。

こんな現八を見て、素直じゃないなと信乃は思った。

もしかしたらは、男じゃないのかもしれない
信乃は薄々 そう感じ始めている。