傍にいたい



実力行使に出そうな男達にいつでも対応出来るよう構えただったが

「おっと、悪い事は考えない方がいいぜ?」
「そっちのがよっぽど悪い事考えてるじゃねぇかよ」
「一々水差すんじゃねぇ黙ってろ!」
「っつ!」
「お兄ちゃん!」

あくどい奴らのカンなのか、先に先手を打たれてしまった。
思わず突っ込んでしまうとギロリと睨まれ
右頬を強く殴られた。

最初の頃のように意識が飛びそうにはならなかったが、口の中が切れて血が出る。
それを見たおばさん達も顔色を変え、熊井さんの妹さんがを心配して叫んだ。

目の前で行われた暴力、このせいでおばさんは恐怖に慄き
この先の脅しに従わされてしまうのだった。
何と男達は、店の中を激しく荒しだした。

「おい!てめぇら止めろ!!」
「駄目だよ行ったらアンタもただじゃ済まされないよっ」
「けど!」

どうしても止めたくて叫ぶだったが、熊井さんのおばさんに必死に止められ
幼い子供たちにも泣きつかれ、何も出来ずに店が滅茶苦茶にされるのを見てるしか出来なかった。

熊井さんに頼むって言われたのに!
結局何も出来てないじゃんか俺!
悔しくて血が滲むほど唇を噛み締めた。

何も出来ない達を嘲笑うかのように店を荒し続け
さんざ荒してからこうおばさんに言う捨てた。

「どうせ壊しちまうんだ、何も変わらんだろ熊井さん」
「さぁて・・選んでもらいましょうか」

要求を突きつけてきたその内容。
それを聞いたおばさんと俺、思わず立ち上がりかけた俺をおばさんが制し
俺達を守ろうとしたんだと思う、おばさんは要求された物を取りに行き

それを受け取った男達は、去り際に嘲笑うような笑みをに向けて店を去った。
後に残されたのは呆然と座り込んでしまったおばさんと
泣きじゃくる子供達に、店に立ちつくしたが残された。

其処へ息を切らせた熊井さんが駆け込んできた。

「何だよこれ!」
「熊井さん・・・」
「輝夫〜!」
「またあいつ等来たのかよ!」
「輝夫ごめんよーかーちゃん怖くてさ、店の権利書渡しちまったんだよー」

店に戻った熊井さんが見たのは、テーブルや椅子が乱雑に倒された中
食器は割られ、店内にある全ての物が散らかっていた。

母親と妹達に駆け寄った熊井さんに、おばさんは何を渡したのかを話した。
それは店の権利書だと言う。

権利書は、店を経営する上でとても重要な物だ。
その瞬間頭に来た俺は、すぐに店を飛び出した。
地上げ屋達の汚いやり方に、我慢の限界になったから。

そして熊井さんもすぐに店を飛び出して、を追いかけた。
の頭は、権利書を取り返す事だけで埋め尽くされていた。
2人が飛び出して行った後、おばさんはすぐに電話をかけた・・その相手は・・・



□□□



昼間の公園で、待っていた隼人達と鉢合わせた久美子
お前らを連れて行くわけにはいかねぇと言い、歩き出そうとしたのだが
そのタイミングで久美子のケータイが鳴り響く。

「はい、もしもし・・」
『山口先生、あの、輝夫の母です』
「熊井のお母さん・・・?どうかされたんですか?」
『輝夫と輝夫の知り合いって言う生徒さんがっ』
「クマと・・・まさか・・・・分かりました、後は任せて下さい」

電話の相手はクマの母親であり
凄く声が慌てていて、要点が掴めずに主語も言わなかった。

声の感じからして、あの地上げ屋達が店へ来たんだろう。
それと・・クマの知り合いの生徒って?
一瞬考えたが、今此処にいる人数を見て気づく。

「熊井さんがどうしたんだよ」
「いいから、お前らは学校に――矢吹!お前らは行くんじゃねぇ!!」
「何でだよ!」
「行かせる訳にはいかねぇんだよ!それに嘩柳院はどうした?!」

明らかに一人足りない、あたしとした事が気づかなかった。
悔いる久美子の横を隼人が駆け抜けて行く。

それに合わせて竜達も駈け出したが、久美子が竜の腕を掴んで止めた。
止められて声を荒上げた竜に、姿の見えない者の事を問う。
今更だが、今指摘されて皆がいない事に気づいた。

瞬時に変わる表情。
察しのいい竜はすぐに気付いた。
そして久美子が走り去った後、竜は逆方向へ走り出すのだった。



時を同じくして、走り出したのはいいが
奴等の居場所を知らない、熊井さんが追い付くのを待って
案内のもと再び駈け出すのだった。

向かう中も、熊井はを思い留めさせようと声をかけ続けていた。
まだ高校生の、しかも他人の事情で危険極まりない事に巻き込む訳にはいかないと。

だがは頑固で一度決めた事を変えるつもりもなく
ずっとその声は聞き流して走り続けた。
やがて見えてくる緑色の橋。

熊井さんが不意に立ち止まり、息を整えながら一つのビルを見上げた。
白い壁のビル、きっとあれが奴らの根城なんだろう。
そう思って走り出そうとした背に、一つの声が掛けられた。

「熊井さん!・・・!?」
「矢吹・・・!?」
「・・・隼人」
「お前、姿が見えないと思ったら・・・」
「俺だって熊井さんの事心配なんだ!絶対行くからな」

茶色の髪が風に舞い、息せきって駆けてきたのは隼人。
だけではなく熊井さんも驚いて隼人を見た。

傍に来るなりを強く見る。
明らかに怒ってる。
それもそうか、皆に内緒で店に行ったんだし・・・・

はそう思ったが、隼人は違う事で頭に来ていた。
また1人で無茶をして顔に傷を作った事に
無茶をさせてしまった自分に苛立っていた。

しかも一緒に行くとまで言ってくれてる
これからどんなトコに行くのか分かってて言ってんのかよ・・・・

「お前は来んな、竜達のトコで待ってろよ」
「嫌だ、俺だって関わったんだ、それに二人だけを行かせたくない!」
「矢吹・・お前だって来んな、何か遭ってからじゃ遅いだろ!」
「一人でなんて行かせませんよ俺も行きます」
「隼人が行くなら俺も行く!」

橋の上での押し問答。
幸い通行人はいないが、いつまでも此処で言い合ってる暇もない。
隼人としては、女のを・・・・大切な奴を連れて行きたくなんかなかった。

自分達でさえ身の安全が保証出来ないような場所に
を連れて行ったりしたら、俺は一生悔やむ。
大事な奴を守れるようになりたい。

今の隼人はそう心に決めていた。
急いて駈け出す熊井さんを追って、走り出した華奢な背中。

体は勝手に動き、細いの手を掴んで引き止める。
振り向いたは吃驚して俺を見た。

「止めるなよ隼人!俺も行く!」
「いいからお前は待ってろ!」
「何でだよ、女だから?弱いからか?!」
「そうじゃねぇよ!」
「何でそうやって置いてくんだよ・・いつもいつも・・・俺は――!隼人の傍にいたいのに!!」

泣きそうな顔で喚いて暴れるを、両手を掴んで落ち着かせようとした。
けど今日のはそれだけでは頷いてくれねぇ。
守りたいからって伝えたいのに上手く言えずにいる俺は、耳を疑った。

隼人の傍にいたいのに

吃驚するのは俺の番になった。
吃驚して手が緩み、再びが駈け出してしまう。

の言葉は、俺に凄い力をくれた。
男と女ではすぐにに追いついてしまい、今度は逃げられないように腕を引いて抱き締めた。
抱き締められたがビクッとなるのが伝わる。

それでも俺は腕を解かない。
この腕を解いたらは行ってしまう。
そうしたら俺は守りきれないから、だけは守りたいから。

「離せ!熊井さんが!」
「俺にも守らせろよ!!」
「――!?」
「俺は、今一番守りたいのは・・・お前なんだよ!あそこに行かせちまったら守りきれる自信ねぇんだ。を傷つけられるのは耐えらんねぇんだよ!!」
「・・・・はや、と・・・」

ギュッと強く抱き締められて身動きも取れなくて
暴れても腕は解かれなくて、力が強くなるだけだった。

強く抱き締められると力が抜けてしまう。
今はどんなに止められても行くつもりだったのに
隼人はそれさえもさせてくれなかった。

自分がさっき思わず本音を言ってしまったように、隼人もそれを口にした。
を守れるならどんな言葉でも言うつもりで。
でもは、置いて行かれそうで嫌だった。

「俺だって隼人・・守りたいよ!なのに俺だけまた守られるのなんかっ!傍にいさせ――」

だから詰って喚いた。
もう一人で守られてるのは嫌だと思った・・それなのに

その言葉さえも、言わせてもらえなかった。
熱い何かが、俺の唇を塞いだから。