流転 三十七章Ψ集結Ψ



最後の野営も、皆が起き軽く物を口に入れて終えた。
焚き火の跡を綺麗に片し、下総国の宿場町へと発つ。

宿場町には、寝るのを惜しんで馬を飛ばし
その際古河は通らずに、常陸国を経て行徳に入った。
現八曰く、自分達は古河から追われてる身。

自ら敵地を通るのは、自殺行為。
なるべく目立たないよう、移動も極力夜にした。

古那屋にも、夜の移動を重視した為
到着したのは子の刻(深夜0時)頃だった。
ぬいは寝ているだろうと思って、それぞれ馬を降りたが現八が家の中の様子が何時もと違う事に気づく。

「何やら、話し声がする。」
「・・・・ああ、ぬい殿だけではないようだな。まさか、追っ手か?」
「いや、それはないじゃろう。」
「ええ、そうでしょうね。」

戸口に耳を当てた現八、複数の声を聞きつけ神妙な顔で皆を振り返った。
同じく戸口に近づいた信乃も、声の数に何人か人がいる事を悟り

複数の人間が中にいると知ると、険しい顔で追っ手の可能性を挙げれば
真っ先に現八がそれを否定し、大角もそれに同意。
は皆のやり取りを、ただ聞いていた。

今朝は玉梓の魔の手を脱したが、次がないとは言い切れない。
もしまたあったら、次は逃れられる自信がない。


そしたら、今度こそ殺してしまうかもしれない。


そんな不安が、の心に渦巻いていた。

さて、信乃は慎重に戸口を開けて
家の中へ入ってみる事にした。

皆が入って行くのに気づき、ハッと我に帰っても中へ入る。
確かに、彼等が言う通りぬいの他に誰かいる気配。
信乃が心配したような、敵に問い詰められてるような空気ではなかった。

土間に足を踏み入れ、囲炉裏の方から聞こえる声に耳を澄ませる。
じっくり聞くまでもなく、誰しもが声の主に気づいた。

「小文吾!荘助!」

そう、ぬいの他に聞こえた声は 別行動をしていたはずの2人だった。
そしてその他には、と同じような中性的な声。
もしかして、犬士か?

そんな期待も込めて、襖が開けられるのを待つ。
声を張り上げて仲間の名を呼んだ信乃。
すると襖の向こうから、人が動く気配がした。

それから勢い良く襖が開けられ、嬉々とした顔の小文吾と
ぬいに荘助が現れた。

「おお!おまえ等無事だったか!」
「お帰りなさい、皆さん!」
「?」

喜んで自分達を出迎えた3人、その奥から綺麗な顔をした人物が見える。
あれは誰だろう・・・やっぱ犬士かな。
女・・・の人?男でこんな綺麗な人はいないよな。

いや・・信乃も綺麗ってゆうか、整ってるけどさ。
線が細いって奴じゃないじゃん?

奥の方を気にするの視線に、荘助が先に気づいた。
視線の先にいるのは、荘助と小文吾が武蔵国で見つけた犬士。
仇討ちの為に、女と姿を偽って女田楽の一員として旅していた者。

その美しさは、同じ犬士の小文吾をも魅了した。
荘助は、毛野とに同じ何かを感じ取る。

それと同じく、小文吾も現八の隣りにいる見知らぬ男を見つけた。

「おまえ等も新たな仲間を見つけたみたいだな」

嬉しそうな小文吾の問いかけに、信乃と現八が頷く。
そして、小文吾と荘助に対しても同じ問いかけを返した。

「そっちも仲間を見つけたんだろう?」と。

新たな仲間が揃った所で、簡単に自己紹介が始まる。
囲炉裏の傍に、6人で輪になって座りそれぞれが玉を出した。
別行動をしていた道節も後から加わり
も玉はないが、同じ痣を持つ者として輪に加わる。

座る順番は、荘助・大角・毛野・道節・現八・信乃・小文吾・
の丁度正面に毛野が腰を下ろした。
長い髪を頭の上で結んだヘアスタイル、凛とした顔立ち。

きっとモテモテだろうなぁ・・・こんな綺麗な人が同じ犬士だなんて。
女は苦手とか言ってる現八も、こんな綺麗な人が仲間なら気持ちが動いちゃいそう・・

考えたら胸がキュッと締め付けられた。

「まずは私から、名は犬川荘助義任。玉は『義』です。」
「私は犬村大角礼儀と申します。玉の字は『礼』」
「犬坂毛野胤智、玉の字は『智』だ。」
「犬山道節忠興『忠』の玉を持つ」
「ワシは犬飼現八信道、字は『信』じゃ。」
「犬塚信乃戌孝、玉の字は『孝』。」
「そして、俺が『悌』の玉を持つ犬田小文吾悌順だ。」

犬士達の自己紹介が終わる、其処で声は途切れた。
そして自然と、小文吾の隣りにいるへ視線が集まった。

浴びせられてる視線に気づいたが、顔を上げると
まず、正面にいた毛野と目が合い 逸らしてからは現八と目が合った。
何やら気まずくなってしまう。

愚かな考えは知れていないが、皆の視線を受けていると
くだらない事を考えてしまった自分が酷く愚かに感じる。

「オマエの名は、何と言うのだ?小文吾達から話だけは聞いていた」

皆が黙ってる中で、正面からハスキーな毛野の声が聞こえる。
その言葉の中で、彼女は小文吾達から自分の事を聞いていたと言った。
何でだろう・・・

毛野以外の者が、反応して視線を移す中
言った本人達を前に、毛野は2人がの事を何と言っていたかを一番驚いてるに言った。

「いつも一生懸命で、真っ直ぐで意志の強い人です。
そして何処か人を惹きつける奴だ、玉はなくても仲間だとそうコイツ等は言っていたぞ。」

楽しげに、穏やかな笑みさえ浮かべながら言った毛野。
聞き手に回っていた荘助と小文吾も、少し頬を赤らめる。
その2人に増して、照れているのは

2人が、自分の事をそう見て感じていたんだと
毛野に言われて知る事が出来たから。

「そんな事はない、けど・・嬉しい・・・有り難う。」
「さて、オマエの名を教えてくれぬか?そうでなければ呼べぬ。」
「そうだな、俺に過去の記憶はないから氏は言えぬがと呼んでくれ。」

この説明を不思議に思わぬ者はいない。
現に毛野も、僅かに訝しげな顔を見せた。

それでも勤めて普通に、もう一度名乗り返して握手をした。
握った手の柔らかさ、華奢な体。
それから見た結論を、毛野は導き出し訳ありと睨んだ。

「2人から大体は聞いた、昔呪いの余波で異なる世界へ飛ばされ
時を経て再び伏姫の導きで戻って来たと。」

「その通りだ、だから過去の記憶がない。痣は鎖骨にある。」
「・・・・確かに、私達と同じ痣だな。」

何やら他の犬士が参加出来ない空気で、2人の会話が進む。
集った犬士達も、2人のやり取りを黙って聞いていた。
やはり、2人は似た物を持ってるなと荘助は思った。

孤高の・・・人を寄せ付けない凛とした雰囲気。
その辺は犬飼殿も似ているけれど、2人はもっと違った感じ。
冷涼?何だろう、言葉で表し難い感じだ。

そんな空気の中、自己紹介が済み皆くつろぎはじめる。
場を立った毛野が、ふとを呼んだ。

「少し話がしたい、構わぬか?」

綺麗な笑みを浮かべている毛野、としても断る理由もないので
快く申し出を承諾した。

現八だけが毛野に呼ばれたを目で追い
その視線に気づきながら、毛野はを連れて外へ出て行く。
この時、信乃と荘助も旅籠を出ていた。

旅籠を出た毛野と、向かって着いた所は海岸。
ずっと先の浜辺に、信乃と荘助をは見つけた。

「皆の所で聞いても良かったのだが、何か理由があると思って呼び出したんだ。」

岩が沢山隆起している場に来ると、1つの岩に腰掛て
毛野がそう切り出した。
初対面でいきなりの鋭い問い、ギクリとしながら先を待つ。

「何故姿を偽ってる?余波を掛けた者への仇討ちの為か?」
「・・・・いや・・行動しやすいし、足手まといを避ける為だ。」
「里見とは関係がない生まれなんだろう?何故其処までする?」
「恩返しだ、伏姫に・・俺は助けられたから。」
「恩を売って、協力させるつもりだったとしてもか?女なのに。」
「そんな事はない!そうやって莫迦にされるから男になった!舐められてたまるか!女でも立派に渡り合える!」

何か貶された気がした、何も知らないからって言っていい事と悪い事がある。
何より、姉を莫迦にされたのが赦せなかった。

思わず毛野の胸倉を、思い切り掴み上げていた。
怒りに満ちた瞳、強い信念と意志を見つけた毛野。
2人が言っていたのが事実だと分かり、を見直した。

疑う心も、邪な感情を何一つ感じさせない真っ直ぐさ。
――面白い。

「悪かった、言い過ぎたな。」
「いや・・こっちこそ、熱くなっちまって。」
「中々面白かった、気に入ったよ。」

目を見開くの頭を撫でながら、旅籠を出る際の犬飼の視線を思い出す。
あの目は、を女と知っていて自分と2人きりになるのを案じた目だった。

あの犬飼という奴も、を気に入ってるようだな。
そして、自己紹介の時 私と犬飼を伺うように見ていたも。
綺麗に笑った毛野に、何やら頭を撫でられながら不思議そうにはその横顔を見上げた。