消毒
もう大丈夫だと分かっても、手の震えが止まらない。
狩野といい、柴田といい・・まざまざと力の差を見せ付けられた。
粋がっていも 男と女の差が分かってしまう。
簡単には消えない他人の印。
消してしまいたい、切り取れるなら切り取ってしまいたい。
竜に掛けてもらった学ランで、痕を隠しながら指で擦ってみる。
消える訳がない、ましてや触れたくもないな。
付けるなら、もっと下に付けてくれりゃあ良かったのに・・って
そっちの方がもっとヤバイな。
狩野は胸の膨らみに痕を付け、柴田はその逆の方に付けた。
いい趣味してやがる・・胸元のは隠れるが
柴田には、鎖骨の辺りとかにも付けられたし。
「?大丈夫?寒い?」
「タケ・・大丈夫、気にするな。」
心配そうに俺の顔を伺うタケ、見えないようにする為
大きい学ランに袖を通し、前の合わせを掴みボタンを留めた。
何時も通りに答えたつもりだったが、竜並みの鋭さで
が無理をしてる事を見抜いたタケ。
「隠さないでよ、また無理してる。」
「そんな事ないよ」
「バレバレだって、はさもう強がったりすんなよ。
俺だって力になりたいし、今までずっと無理してたんだから。
はもう少し弱さを見せてもいいんじゃない?」
タケの優しさ、気づけばこの会話を皆聞いていて温かい目で俺を見てる。
小刻みに震えていた手を、そっとタケが包み込むように握った。
温かい温もり・・・失いたくないと思った優しさ。
力を抜いてもいい?そしたら頼り過ぎてしまいそうだけど。
こんな俺も認めてくれる?
俺は、こんなに心配してもらえていいんだろうか。
まだ解決してない事とかいっぱいあるのに。
の意識も戻ってないし、の家族との蟠りもある。
「タケに美味しい所 持ってかれた。」
「それはいいけど、おまえくっつき過ぎ!」
「え〜?いいじゃん それが俺の役得なんだから!」
「何時からそんな役得があんだよ!」
「俺等だってくっつきたい!」
「揃いも揃って、お前等バカ?」
何か知らないけど、いきなり言い合いが始まった。
竜だけは混ざらずに 傍観してる。
「オマエはこんなにも大切にされてんだ、狩野がオマエに伝言。有り難う、そう言ってたよ。」
「罪深い俺なのにな、狩野から?アイツ大丈夫だったんだ」
「罪深い?さんの事は、オマエのせいじゃない。
分からず屋の大人とガキみたいな不良のせいだ。」
真面目に返したのに、ムキになって言った久美子が面白くて 不覚にも笑ってしまった。
そう言ってくれる久美子だから、俺は信じれた。
どんな奴にだって、平等に手を差し伸べてくれる人。
この人と隼人達に出会えたから、俺は前に進めた。
過去と向き合う決意が出来た。
「そうだな、俺さ・・に会いに行ってみようと思う。」
静かな水面のような、穏やかで安らかな顔をした。
その目に、もう迷いは見られない。
は 自分の足で踏み出し、過去を越えようとしている。
「私も賛成だ、さんは今のオマエを見ても詰ったりはしないよ
勝手な想像だけど オマエが償いの為に生きるよりも
さんは、オマエが元気に笑顔で過ごしてくれる方が嬉しいと思う。
大切な親友の幸せを願わないはずはないからな。」
この言葉はストンと、俺の中に入ってきて
許された気がして・・・涙が零れた。
「あ〜!!ヤンクミが 泣かしてる〜!」
「は?いや、私はそんな事してないぞ?」
「いや してるだろ・・現に、泣いてるし。」
「勝手にに変な事言って泣かさないでくだパイ!」
「誤解だっお前達!私は先に帰る、ちゃんと送ってけよ!」
やんややんやと詰め寄られ、竜にも冷たく突っ込まれて
隼人にもジド目で見られた久美子は、スッカリ逃げ腰になると
ビシッと指差し確認し、倉庫を出て行った。
勿論、泣かされてないけど このやり取りは面白い。
気づけば自然と涙は止まり、声を出して笑いそうになった。
「やっぱオマエ、笑った方がいいって。」
「俺達 の笑った顔が好きなんだけど。」
「「「俺も!」」」
口許に手を当てて笑った姿を皆が見て、それぞれ俺に言う。
隼人には、前にも一回言われた事がある。
『オマエ、これからはなるべく笑えよ。』
笑顔を隠そうとした俺に、隼人が言った言葉。
今も変わらず、そう言ってくれる。
驚いたとしたら、竜のセリフかな。
笑った顔の方が好きだ、何て竜が言うなんてね。
さり気なく竜も口説き慣れてねぇ?
意識して言うよりも、意識しないでサラリと言う方が凄いって。
仲間に囲まれた和やかで、安心出来る空間。
『元気に笑顔で過ごしてくれてる方が嬉しいだろ』
久美子の想像したみたいに、も思ってくれてるかな。
俺は これから笑って過ごしていい?
決めたんだ、こいつ等には在りのままを見せたいって。
☆☆
その後は、六人で帰路に着いた。
人数も徐々に減り、最後には隼人と竜のみが残った。
隼人は本来、つっちー達と同じ方向なんだが
どうしてか・・まだ俺と竜と一緒に歩いてる。
「隼人・・オマエこっちじゃないだろ?」
「まあいいじゃん」
聞いてみても、ちゃんと答えてくれない。
俺にはサッパリだったが、竜には何がしたいのか分かったらしい。
歩きながら隼人を横目で見てる。
隼人は、の住んでる所が知りたいのだ。
竜と二人で探してた時は、あんな事もあり確認出来なかったし。
あの時は夢中で、キスした場所がの住むマンション前とは
ちっとも気づいていなかった隼人。
竜も万が一の為にと、自宅前まで送る気でいた。
同じような事を考えてる為、笑いそうになる。
それからの胸元へ視線を向けた。
わざと目立つ所に付けられた痕。
学ランを着る時にも、隠すのが大変だろうな。
そう思って見てるうちに、勝手に体は動いた。
「、ちょっと痕見せろ。」
「は?何言うんだよ竜、見せたくないよ。」
「いいから見せてみろ」
「おい竜?何する気だ、嫌がってるだろ!」
「消毒」
消毒??
突然肩を掴まれ、竜の方を向かされた。
ボタンを外しにかかる竜に、少し怖くなって言う。
それでも竜は止めるつもりはく、少し強引に腕を掴んだ。
の左側を歩いてた隼人も、これには怒り 声を荒上げた。
柴田に襲われた恐怖が拭い切れてないのに、と怒鳴る。
焦る二人を尻目に、何ともアッサリ答えた竜。
呆気に取られてる隙に、開かれた俺の胸元に顔を寄せた。
わわわわわわわわ!!!なになになになに???
恐怖は一瞬で、今度は急速に恥ずかしくなった。
何をするかと思えば、竜は自分の唇を
柴田と狩野が付けた場所に当てたのだ。
赤くなってる痕を労わるように、優しく触れる唇。
硬直して目を見張る隼人、先を越されたと思う前に
の肌に触れてる姿に憤りを感じた。
「終わり」
胸元と鎖骨の痕を一通り舐めた竜。
真っ赤になって照れてる俺に、淡白に終わりを告げた。
ボォーッとしたまま、自分から離れる顔を見る。
コイツ・・・まともだと思ってイヤ、案外口説き慣れてるなとは
思ってたけど こうゆう事する奴だったとは・・。
目が合うと、竜はニヤリと笑い返した。
コイツ・・・ひょっとしなくても、確信犯?
「竜オマエ、エロイよ」
ムカムカしたが、消毒には賛成の隼人。
竜が離れると、の手を取り その手首に唇を当てた。
柴田が掴んだ場所、それからオマケで肩の付け根にもキスを落とす。
心臓が壊れるかと思った。
二人に触れられた所が、熱い。
「オマエだってやり方がエロイ」
「オマエよかマシ」
「言ってろ」
「このむっつりスケベ」
「・・・・」
結局は言い合いになってしまう二人。
でもそれは、仲がいい証拠。
恥ずかしい事この上ない、けど嬉しかった。
一応誰もいないか確認したけど。
「消毒・・・有り難う」
「気にすんなよ」
「オマエ、これからも男装で通うのか?」
礼に応えた隼人とは違い、やはり竜はその先の事も気にして来た。
それは俺も迷ってるんだよねぇ
「今更女の格好は出来ない、教頭に言われてやった格好だし。」
「サルワタリに?アイツ実はそうゆう趣味?」
「そうゆう趣味って、どんな趣味だよ。」
「・・・こんな趣味?」
「マジわかんねぇ」
「ぷっ」
「てめぇ、笑ったな?」
「気のせいです」
「笑っただろ」
「今度は気のせいじゃねぇよな」
「・・・あはは」
もう誤魔化せないな、この二人面白すぎ。
こうまあ、よくポンポンと出てくるよ。
最終的には肯定した笑いに、隼人と竜に頭をわしゃわしゃされた。
そんなこんなで歩いてれば 見えてきたマンションの門。
二人のおかげで、あっという間に到着。
「色々と、今日はありがとな。」
「気にしすぎ、つーか突っ走り過ぎだから今日くらいが丁度いい」
「何だソレ・・・まあ、俺も同感。これからはあんま無理すんな」
「ハイ」
ちゃんと裏手突っ込みを隼人に入れてから、竜は歩き出す。
最後に俺を気遣う事を忘れずに。
女みたいに気遣いが細かい、けど嫌だとは思わない。
今までは、気にされた事すらなかったから。
「」
「?」
一緒に竜と歩き出した隼人だが、しばらく歩いてから戻ってきた。
その目は、さつきまでのおちゃらけた色はない。
キスされた時と同じ、熱を帯びた真剣な色をしてた。
「皆に女って分かったからには、俺も遠慮はしねぇから。」
色っぽく笑い、ある意味宣戦布告をされた。
俺が真っ赤になると、満足気に笑い 隼人は立ち去った。