流転 十四章Ψ慕う感情Ψ



一言声を掛けてから、この部屋へ入って来た大輔。
先ずを見つけ、小さく微笑んでから名前を皆に名乗った。

「衆生、`大法師俗名 金碗大輔孝則と申します。」

名を名乗った後、大輔は痣の牡丹は里見家の紋章だと説明。
眉を顰めながら紋章?と聞き返す現八。
信乃は、引っ掛かりでも感じたのか 何か考えるそぶりをする。

「貴方方を、ずっと探していました。伏姫の子希望の犬士達よ」
「――犬士?」

「もう・・・十数年も前になります。」

も静かに、全て見ていたけれどもう一度
大輔の話に耳を傾けた。

山下の妻の処刑、呪いの言葉。

伏姫に掛けられた呪い、陽が差さなくなった国。
呪いの残り香を受け、姿を消してしまった二の姫と
攫われてしまった三の姫。

は自分の事を話されてる時、妙にドキドキした。
こうして無事戻り、皆の前にいるのだから。

「あの、`大様・・コイツにも痣があるんじゃが玉はないのは何故か知っておりますか?」
「・・・殿にも痣が?」

一通り話を聞くと、里見の地について聞きながら
の事を現八は大輔に問うた。
うわーマズイって、そんなの大輔が知る訳がないよ。

生まれた時からあったし、コレがあると里見の姫ってのでもないし。

思った通り、大輔も驚いた目を俺に向けてる。
期待するような発言は控えろよ、と現八に言いたいのは黙っておいた。

視線で促され、仕方なくは鎖骨の痣を見せる。
失礼、と呟いて大輔はの鎖骨を覗いて確認。
玉を持たぬ八犬士など、聞いた事もない・・と大輔は心で思い

それから思い出したのが、御所を目指しながら歩いてる時に
が自分の事を話してくれたのを思い出した。

違う世界から、此方に呼ばれた時に死に立ち会ったし
玉が生まれた所も見ていた と。

もしや、伏姫に大役を任されたから里見家の紋章が?

「まあいい、ついでに現八の最初の疑問を話してやるよ。」

この部屋に来た時、最初に問われた怪我の事を
皆の視線が集まっている今、説明してやるとは切り出した。


「俺と現八が別れた後、俺は夢で伏姫に会い
その時に、姫はこっちの刀に力を与え 俺の怪我を治した。」

話しながら腰に差してある正国を見せる。
先の事も考えていたのだろうか、余り抜くべきではない村正の方に姉上は何もしなかった。
使う事が多くなりそうな正国に、力を注いでくれた。

ついでだから、村正の事も話しておく。
皆、特に信乃が気になってたみたいだしな。

「時に殿、何か不思議な事はないですか?」
「不思議な事?」
「ええ、例えば・・昔の記憶が曖昧とか。」

核心に迫ってきたか?
其処まで大輔に話してはいなかったが、確かに曖昧だ。

本当の親に愛された記憶も、赤子からやり直したせいで覚えてない。
それに、飛ばされた時にこっちに置いて来てしまった。
だが何故それを大輔は聞いてくるのか。

「曖昧だ、感情全てをこっちに置いて来てしまった。」

だから表情が出来ていても、気持ちが篭っていない。
現八に見せた不安の表情は、やっと最近覚えた感情の1つだとか。
まるで大人の姿をした子供じゃな。

の告白で、現八は大胆な行動と感情を伴わない涙の訳に合点が一致。

「きっと・・伏姫は、貴方に旅を通して感情を取り戻して欲しい
だからこそ、貴方をこの役目に選ばれたのではないですか?」
「ああ・・俺も、そう思っている。」

「しかし・・・この玉には、そんな意味が」

信乃は、玉の謂れを聞き持っている玉を感慨深く見つめた。
やはり自分達は強い絆で結ばれた、兄弟なのだと。
他に5人の兄弟が存在する事を。

「安房は、未だ闇に閉ざされ人々は玉梓の怨霊に怯えております。
貴方方だけが、玉梓の呪いを解く事が出来るのです。」

どうか、お力をお貸し下さい――

大輔は必死に思いを伝え、そして頭を下げた。


「――しかし、私にはその前に行かねばならない所があります」

頭を下げ、頼み込んだ大輔の顔を上げさせたのは
信乃の口から出た承諾を拒否する発言。

これにはも目を見張って、信乃を見た。
だが、そんな視線を受けても 信乃は堂々と言葉を続け
更に達が知らない事実を告げた。

「故郷に許婚が、それに大塚にはもう一人『義』の玉を持つ男がおります。」

「・・・おお・・!!もう1人・・・・」
「はい、犬川荘助と申す者。」

もう1人、4人目の存在に場が湧いた時
旅籠の戸口が荒々しく叩かれた。
ハッとする一同、先に動いたのは現八。

サッと窓から外を覗き見て一言。
「来たか・・戌氏の追っ手が」

とうとう追捕の手は、宿場町の此処にも伸びた。

小文吾が信乃と現八とに、裏口から逃げろと指示を出し
大輔は自分の客室へと戻る事にした。
現八に続き、裏口へ向かおうとしたを少しぬいが引き止め微笑んで言った。

さんは、現八さんを慕っているんですね。」

あんなに喜んでいらしたし、と頬を赤らめながら言ったぬいを見て
少し困ったような顔をは見せた。

確かに現八が生きていて、また逢えた事は嬉しい。
嬉しいも最近覚えた感情だ。
嬉しいってのは、心がホッと温かくなるような物。

じゃあ・・ぬいが言う『慕う』ってのは、どんな感情だ?

「そうか?でも俺、まだぬいの言う『慕う』感情が分からないんだ」
「あ・・・感情を置いて来てしまったから・・?ごめんなさい。」
「いいよ、ぬいが悪い訳じゃねぇからさ。」

気にするな、と微笑んで見せた
それを見て再び頬を赤らめたぬい。

綺麗な顔が微笑むと、どうしてか照れてしまう。
それはきっと、多くの感情を知らない真っ白なさんだからだわ。
きっと新たな感情を見られたら、より一層お綺麗になるかもしれないですね。

「おい、。早く来い、見つかってしまうじゃろ」
「あ、ああごめん。じゃあ、ぬいも気をつけて。」

しばらくそうしていると、遅いを見に来た現八が現れ
腕を引っ張り、ぬいに一礼して裏口へと急いだ。
腕を引かれながらもぬいへ言い残して、宿を出て行った。

その2人を見つめていたぬい、何だか微笑ましさを感じて笑う。
犬士ではないだが、犬士達との結びつきは強いのかもしれないと。
冷静そうな現八が、自ら戻って来るのも見ていてこっちまで心が温まる。

「どうした、ぬい。」

「ねぇ兄さん、さんは大人に見えて時々小さな子供に見えるの。
感情を知らないその真っ白な心、それに触れて皆さんの顔が和らぐ。
きっと、あの方の存在が皆さんによい作用を齎すと思うんです。」

入り口に向かいながら、嬉しそうに兄に話したぬい。
いきなり泣いて、その次の瞬間には笑っていて
確かにその無邪気さは、小さな子供のようだと思っていた。

恥ずかしい、という気持ちもまだ生まれていないのだろう。

だからこそ純粋で真っ直ぐ。
その危うさに、犬飼現八も何かしら刺激されているかもしれん。

感情を知らなくても、時にドキッとするくらい真剣な顔もする。
何処か自然と目が行ってしまう美しさと、何かを持っている奴。
あれは本当に男か?

女子に見紛うくらいに、は美しい容姿をしていた。

未だにドンドン!と叩かれている戸口。
外には苛立った役人が、戸口が開かれるのを待っているんだろう。

小文吾は、どう誤魔化すかを考えながら
叩かれている戸口に手を伸ばした。