流転 二十七章Ψ真実の姿Ψ



信乃を庇ったは、背中に焼けるような痛みを感じ
信乃へ抱きつくようにして倒れ込む。

意識を無くしたを受け止め、地面に尻餅を着いた信乃。
その信乃に、遠慮なく化け猫が牙を剥き
を抱え込むようにして守った信乃は、牙から逃れるべく自らの腕を噛ませた。

獲物を得ようとしている化け猫の牙は、思い切り深く腕に食い込んだ。
信乃の顔が苦痛に歪んだ時、転がるように反転し戻って来た現八が矢を放つ。

【ギャアアッ!!】

現八の放った矢は、化け猫の左眼を射抜いた。
あまりの痛みに、信乃から飛び退いてもがいている。
トドメを刺そうと近寄るが、素早い動きで化け猫は逃げてしまった。

化け猫を見送ってから、信乃へ視線を向け思わず目を見開く。

!」
「俺を庇って、背中を斬られた。すまない・・」
「何故ワシに謝る?が自分からやった事じゃ、ワシがとやかく言う事もないじゃろ。」

信乃は、あの日大塚村を出る時の事を言っていた。
を置いて来てしまい、彼の事をよく分かっていなかった事を現八に注意された事。
そしてまた、自分のせいでが怪我をした。

現八は気にするなと言う感じで、肩を落とした信乃の肩を叩く。
さり気なく信乃の怪我も気に掛けながら、を起こす。

「これは酷いな・・取り敢えず止血だけでもした方がいい。」

そう言うと、信乃に抱きつかせるように支えさせ
向いている背中を診た現八は、迷う事無く着物を脱がせる。
するりと脱がされた背中、巻いているサラシも破れていた。

初めて信乃はサラシを見たので、驚いた目をしている。
現八はこれが二度目、驚く事なく黙々とサラシを解く。
白くて細いの背中に、深く化け猫の爪跡が在り血を流し続けている。

現八は、此処が山の中とあって手近な所から薬草を摘み
信乃が抱きつかせるように支えるの背に、薬草を沁み込ませた。

「うぅっ・・・」
「痛むようだな、もう少し耐えてくれ・・・うん?」
「どうした?犬塚。」
「犬飼・・」

意識が痛みで覚醒したのか、僅かに呻いた
支える信乃が、声を掛け励ましていたがふと気づいた。
が、すぐさま気づいていけない事のように目を逸らす。

信乃が何やら頬を赤くして、言葉を濁してる様子に
手当てをする現八も気になり、破った袖を巻き終えると
信乃の方へ行った。

「何だ?何かあったのか?」
「そうではない、犬飼・・・は男ではない・・女だ。」

「――何だって?」

気でも触れたか?と言わんばかりの顔で、信乃を見る現八。
今までも、男らしくないとは思っていたが・・・・
まさか、女・・・?

も偽名か、このまま行くと義実殿の予感が当たるな。

里見の二の姫が、だという話だ。

つい手が止まり、考え込んだ現八。
一方信乃は、黙ってしまった現八にどうすべきか問う。
本人が隠して来た真実の姿、それをこんな形で知ってしまった自分達。

「それは後じゃ、今は山を出て里を探すのが先だ。」
「ああ、そうだな・・」

の事について話すのは後にし、先ずは山を下りる事を優先。
気を失ったは、怪我のない現八が慎重に抱えた。
背中を労わるように、おんぶした。

思わぬ事が分かってしまった。
まさかは、女だったとは・・・・

しかも、姫に似ていると言われていたし男じゃから聞き流したが今度はそうは行かぬ。
が女とあれば、義実殿の予感は確信へと変わる。

ワシは・・この先傍にいてもいいんじゃろうか。

「ぅうっ・・・」
「犬飼、は平気だろうか?出血は治まっているが・・」
「出血が治まっているなら先ずは平気じゃが、傷口が熱を持って熱が出るかもしれん。」

「・・・ごめ・・んな、俺・・・迷惑、かけてばっかだ・・。」

振動を与えないよう、気をつけるが道が悪い為振動は伝わってしまう。
それでも早足で歩く現八と、を心配する信乃の会話。
其処へ、弱々しい声でが2人へ謝った。

迷惑をかけてばかりだ、と。
2人とも迷惑だとは思っていないので、すぐに否定。
信乃はの汗で濡れた前髪を直してやる。

「熱が出るかもしれない、少し眠っていろ。」
「夢は、平気か?心配ならワシの玉を握っておけ。」

やはり出て来た熱、それに浮かされながらトロンとした目では聞き
優しい2人の言葉が嬉しくて、浮かぶ涙を隠そうとはせずに笑った。

しばらくすると、熱の為かすぐに寝付いてしまった。
揺れる振動が心地いいのか、ギュッと現八にしがみ付いている。
それを見つめる信乃の目は優しく、やがて現八に言った。

は、犬飼を慕っているようだな。」
「慕う・・か、男になって此処へ来たの決意は強いんじゃろう。こんな女は初めて見る。」

「俺もだ、本来の自分を殺してまでの決意は何なのか。
それでいて俺達に安らぎを与える、は俺に愛する者を想う気持ちについて聞いて来た。」

彼女は、彼女なりに感情を取り戻そうと頑張っている。

自分達の傍で役目を果たすべく、姿を偽っていた。
きっと、その事を話せずに苦しんでいたかもしれない。

「犬飼に言ったの言葉は、本来の姿を知られた時俺達・・いや
犬飼に何より突き放されるのを恐れたんじゃないのか?」
「・・・・・ワシは迷っておる、このまま傍にいるべきか。」

歩きながら話す信乃の言葉を、聞いていた現八が
初めて迷いのような言葉を口にした。
冷静で落ち着いた、というイメージからは大分変わってきている。

現八自身も、気づいてはいるが認められずにいた。
女と情けは武芸の腕を鈍らせる、そう思ってはいるが
と過ごすうち、その気持ちが揺らぎ始めているのも確か。


『そんなのは思い違いと固定観念だ!』

大切な人とかはいないのか?そう叫ぶの声が刹那げだったのを今更ながらに気づく。
アイツは、まだ寂しいと嬉しいしか知らない。

それでも確実に新たな感情を、身につけ始めている。
そのが、言った言葉。
真っ直ぐなだからこそ、そうゆう言葉を迷わず言うのだ。

「傍にいるべきだ、離れるべきではない。」
「分かってはいるんじゃ、何しろ危なっかしいしの・・・」

だが今までの接し方を、いきなり変える事に戸惑い
かえってを傷つけてしまうのではないか、それが迷わせる。
泣かしてしまった事で、もう涙は見たくないと思った。

屈託なく笑い、安心感と安らぎをくれるの存在を
いつしか必要だと思い始めた。
それが女と分かってしまい、守りたい・・・そんな気持ちも加速。

今まで必要としなかった感情の芽生えに、現八自身もどう対応していいのか迷っている。

「犬飼も、気づき始めてはいるんじゃないのか?の存在の大きさに。」
「・・・・・」
と接する時の犬飼は、表情が柔らかくなってる。」
「・・・そうなのか?」

意外そうに目を丸くした現八を見て、信乃も穏やかに笑う。
現八にそんな顔をさせるのも、の存在が在るからこそだ。
彼女の存在は、皆にいい作用を齎している。

彼女と接すると、皆心が穏やかになるのだ。
小文吾の妹御が気づいた通りに。

「・・・?・・・・犬飼、これは・・」

そんな折、信乃は足下の感触に疑問を感じ
下を見て顔色を変え、をおんぶした現八を呼び止める。
すぐにハッとしてを見た現八に、足元にある物を示す。

2人が見た物は、無数に散らばった人間の骨。
きっと、あの化け猫が喰い散らかしたんだろう。
凄い骨の数で、圧倒される2人に遠くない位置から声が掛かる。

『其処に誰かおるのか?』

ハッと振り向いた現八と信乃の目に、青白い何かが映った。
それは次第に形を成し、向こう側が透けた形となって2人の前に現れる。

その現れた姿を見て、現八は言葉を失った。

青白い物は、見知った者の姿をしていたから――