浸み入る音



『ごくせん』のキャストに選ばれてから
もうあっという間に、一週間は過ぎ
撮影の雰囲気とかにも慣れた・・と思う。

本日の撮影は、初めてスタジオから出て
外での撮影になる。

どんな所に移動するのか、それだけ考えてもワクワク。
パラパラ台本をチェックしてみれば
何と隼人とヤンクミのタイマン。
これを撮る為に、川原の土手に移動。

「えっと?あたしの演技は・・・・」

『鴇 川原には行かず、木に寄り掛かるように座り
心配して残った竜と少しの会話。』

描写はコレだけ・・うそ!何で心配されてるのか分かんないじゃん!
ちょっと待てよ?主人公の設定は、過去に訳アリで
不良とか喧嘩とかが嫌い・・・そんな子がタイマンを見に行くって
どんな気持ちだろう・・・そっか、そう考えればいいんだ。

「よぉし!頑張るぞっ!」
「ヤケに元気じゃん」
「へ?」

片手を高く上げて、気合を入れてれば
いつの間にか背後に気配がして、指摘された。
間抜けな声を出し 後ろを見れば竜の格好をした和也。
手には台本を持ち、片手をズボンのポッケに突っ込んでる。

完璧に『竜』になっちゃってる。
一月の始め頃に、派手な海賊の衣装を着てた人とは思えないね。

「和也か、脅かさないでよ。」
「そんなつもりないよ?偶々廊下に出たら騒いでる奴がいて
それがよく見たらだったってだけだし」
「左様ですか、所で他の皆は??」
「まだノロノロしてんじゃない、皆ルーズだから。」

まだ顔合わせからそんなに経ってないのに
もうこんなにも互いの事を分かってるんだ・・何か羨ましい。

?どした?」
「うんん、何でもない ロケバス乗ろう。」
「正直な奴・・顔に出てる。」

え??何?バレた?
うわー声にしないでよね!?凄い馬鹿馬鹿しいんだから!

目の前の和也を見れば、何やら楽しげな笑み。

「気にし過ぎ、撮影は始まったばかりだぜ?
何時も一緒にいるんだし、構えなくったって平気。
俺達はを除け者になんてしないよ。」

この時のこの言葉、独りぼっちじゃないって気づかされた。
それと、自分の悩みがとてもちっぽけな物に思えた。
皆にあんま心配掛けないようにしなくちゃ。
顔に出さないように、上手く隠さないと・・・

「ホラ、行こうぜバス。」
「うん」

一歩あたしより前に出てから、こっちを振り向いて言う和也。
待っててくれるのが何か嬉しくて、胸がキュンとした。
笑顔で和也の隣に駆けたを、居合わせた人物が見ていた。

何か・・すっげぇ、いい雰囲気じゃない?
何だよあの笑顔、かなり反則。
亀の奴、クラッと来てそう。
俺だっての事励ましたかったのに、さき越された。

俺ってば、亀にまでヤキモチかよ。
ダッセー・・・これからタイマンシーンだってのに。

こんな風に乱されるのは、のせい。
の笑顔が、仕草が、声が、俺を惹きつけて
しか見れないようにする。

「あ゛―――――もう!止め!煩悩退散!」
「仁ちゃん?祈祷でもしてるの?」

突っ立って、立ち去る達を見ていた仁。
叫ぶのより先に追いついた徹平が、それを聞き
咄嗟に口から出たのが、祈祷?
パチクリと瞬く円らな瞳が、可愛らしさを引き立てた。

コイツは何故か、人の名前をちゃん付けで呼ぶ。
一番ちゃん付けで呼ばれるのが相応しい顔をしてるくせに。

「何でもないです〜早く行こうぜバス。」
「ケチ〜分かったよ。」

ジド目で徹平を見てから、くしゃっと髪を混ぜ
スタスタと歩き始めた仁。
混ぜられた髪を直し、ムッと膨れた顔をした徹平。
不平を言っても、その顔には笑顔が浮かんでた。

さてと、ヤンヤヤンヤしていたが
全員無事バスに乗り込み、撮影現場へと向かった。

バスに乗り込むなり、騒ぎ出す者 役三名。
言わずとも分かる、徹平ともこみち・恵介達。
そいつ等は放っといて、あたしはMDを取り出した。
どのくらいかかるか知れないが、音楽は聴いてると落ち着く。

取り出しましたのは、友達から借りたディスク。
『海賊帆』のコンサートに一緒に行った友達に借りました。

彼等はデビューしてないけど、彼女はDVDから
曲だけを抽出してMDディスクに録ってるらしい。
考えなくてもそれって、違法?
まあ世間に出してないし、平気ではあるか・・。

今回のMDは、とあるサイトから入手したという曲も
このディスクに入れてあるって自慢してたっけ?
一体なんだろう・・と思いながら、あたしは再生ボタンを押した。

流れて来たのは、切ないようなメロディ。
しばらくはそのメロディに耳を澄ませた。

目を閉じて曲を聴いてるを、自然と見る仁と和也。

『君には他の誰かがいて〜』
切なく甘く、色っぽく聞こえてきたこの声。
うっわ!本人いますから!

イヤホーンからダイレクトに耳に入って来た声。
思わずドキッとして、隣に座ってる仁を見そうになった。
危うく逸らして、また唄に聴き入る。
サビへの転調、耳朶に響く仁の甘い声。

ヤバイ!動悸がっ!
歌詞からして、片思いのような独特の切なさを感じた。
歌詞に込められた『彼』の、『彼女』への想い。

凄く心に浸み入った。
こんな歌詞も書けるなんて、凄いね・・仁は。

「曲聴きながら百面相・・・面白れー奴。」

わたわた慌てたり、照れたり真剣な顔になったりと
コロコロ表情の変わるに、ジッと見ていた仁も
思わず笑い、への突っ込みを声に出した。

普段はこんななのに、演技となるとパッと変わる。
その集中力も然ることながら、素人さを感じさせない芝居。

見る者を惹きつける

ロケバスは、そんなに時間も掛からずに現場に到着。
達のバスの後ろからも、3Dを乗せたバスが次々に到着した。
生徒は二台のバスで、機材を積んだトラックと
ヤンクミと監督、メイクさん達のバスが川原に着いた。

「ひゃっほーい!すっげぇ広いじゃん!」
「凧揚げしたいよな!」
(こう言った徹平、後に芝生の公園で念願の凧揚げをしました。)

久しぶりの散歩に、嬉しくて駆け回る子犬のように
土手を軽く走った徹平と恵介。
元気が有り余ってる二人を、微笑んで見る仁達。
すっかりその姿は、タケ達を見守る隼人達のよう。

「はーい!皆集合!」
「集合だって、行こうぜ。」
「お、おう。」

MDをしまったに、傍に来た仁がそう言った。
さっきまでイヤホーン越しに聴いてた声が
直に生で聞こえて、動揺してしまい言葉もどもる。
こんなままで大丈夫か自分。

これからはもっと傍で聞く事だってあるだろうし
抱きしめられたり、守られたりしちゃうんだぞ??
顔に出さないようにって、決意したばっかじゃん!

言葉のどもったあたしを仁が気にかけてたけど
その彼には、平気だってサインを送り
監督の演技指導に耳を傾けた。
『鴇』と『竜』は、タケ達の近くには来ない。
さっき見つけ出した通りに、『鴇』を演じなくちゃ。

いや・・『鴇』を演じるじゃなくて『鴇』にならなくちゃ。

こうして、初めての外での撮影が幕を開けた。
その後に待ち受ける試練を、は気づかないまま。