September act.9
半ば引き摺るようにシャトランジを連れ出したツィブラ。
その姿が事務所に通じる扉に消えるのを見届け、
視線を扉から互いに戻した後、大我が口を開いた。
🦇「岩本くん、本当にごめんなさい」
今回はこっちの監督不行き届きだった、と謝罪。
これには樹も大我に並び立ち、一緒に頭を下げる。
怒りはあるが、よくよく考えれば2人だけの責任ではない。
ツィブラが抜けた後をシャトランジに任せるとは
大我も予想してなかった。
その辺はまたツィブラに確認したいところだな・・・
🦁「いわもっさん俺もごめん、
結莉ちゃんさホントは俺を指名するはずだったみたい」
オフだったからツィブラを指名し、
偶々呼び出されたツィブラが
まさかのシャトランジにヘルプを任せた。
だがこれも防ぎようは無かった事だから、
腹を立てるのは筋違いである。
この時点で見えたのは、ツィブラは
大我と樹が結んだ協定を知らないって事。
店で一丸となってる訳ではなく、
上層部の2人のみが協力関係を結んでた。
だから今回の事が起こったのも仕方がないと言う事になる。
しかし今回の事で大我達も他のキャストに話さざるを得ないだろう。
ただの『犬』がヘルプに入った挙句、
樹を指名した客に対し、禁止であるオラオラ営業をしたばかりか
その営業法が合わないのに客の意思を無視し、
酒を無理矢理飲ませ挙句暴力沙汰。
下手すれば店の営業事態に支障が出る騒ぎを起こしたのだ。
既に目撃者も多数居るし、外の通行人にも騒ぎが洩れていた。
騒動を治めるには時間を要するだろう。
ここに居合わせた客の信用回復や、
心のケアも必須になるかもしれない。
しかもオープンしたばかりの店で起きてしまった騒ぎだ。
これから客を獲得し、新規の客も増やして行かねばならないって時に
キャストでもない『犬』がそれらを無にしたのだ。
💛「いや、こっちにも落ち度はあった」
出店したばかりにも関わらず、
大我はマイナスにしかならない男を引き受け
なんの得にもならないのに監視を申し出てくれたのだ。
💛「だから出来得る限りそっちの信用回復に俺らも協力さしてくれ」
🦇「岩本くん・・・」
💛「あの男の事で協力してくれた為に損害も大きいだろ?」
🦁「確かに今回はやべぇと思う、けど、
いわもっさん達が協力してくれるならめっちゃ頼もしいわ」
健気にも腹を立てずに笑ってくれる樹。
その懐の広さに岩本や渡辺も救われる思いだった。
もっと怒ってもいい筈なんだ。
協力したばかりにどうしてくれんだよ、とかね。
悪いけどこれ以上は、て言われても仕方のない事なんだ。
なのに樹は一言もそれを言わず、逆に頼もしいと言ってくれた。
大我も大我で同じ意見なのか、ありがとうと言っている。
こいつらどんだけ優しいんだろう。
そう感じた時、また誰かが入り口から入ってくる気配がした。
時間的にそれが誰なのか予想がつき、気配のした方を見ると
💜「いやあ、お前ら良い奴らだなあ」
と言いながら現れた男が1人、視界に映る。
誰なのかは分かってる為、気も抜けた。
💛「おせぇよふっか」
一番最初に口を開いたのは代表の岩本。
同じく振り向いた渡辺と目黒は視線を寄越すだけ、
ルーキーの目黒は会釈を深澤にしていた。
全員の眼差しを受け止め、メンバーの傍まで歩み寄る途中
ソファーに寝かされたを一瞥。
ぐったりはしていたが意識はある様子。
深澤の気配を察したのか薄く目を開き、此方を見た。
目線が合うと僅かに目を見開いて驚いている。
その傍に膝を折り、優しく声を掛けた。
気丈な表情をしているが間違いなく恐怖を感じてる筈。
これがもし彼女と知り合う前だったら、と考えると一瞬だけ肝が冷えた。
🦢「あ、深澤さん・・」
💜「ごめんね、怖かったでしょ」
🦢「そんな、その、私が渡辺さんの制止を振り切ったから私自身のせいです」
💜「ははっ(笑)確かにあの翔太を撒くなんてね~最高だわ」
💙「うっせぇよ深澤ァ」
💜「君の事はちゃんと送るからもう少しだけ待っててね」
🦢「?はい・・」
の傍から立ち上がり、岩本達の所へ。
両店舗のオーナーと代表が揃い踏み状態となり
若干緊張してきたのはルーキーの目黒。
店内の事は『Rough.TrackONE』の他スタッフに任せ
オーナーである大我は場所を変えようと提案した。
確かに此処では片づけの邪魔にもなるし
スタッフ達も緊張させてしまう為同意。
💛「彼女は俺が連れて行く」
💜「翔太、悪いけど『SnowDream』の方、目黒と戻ってくれる?」
💙「えー?まあ本来俺も出勤だったし了解~」
少しだけ残念そうな顔と声を出したが、承諾した。
樹と大我に”じゃあまたな”と挨拶、深澤と岩本に頷いて見せ歩き出した。
🖤「それじゃ俺も失礼します」
渡辺を追うように目黒も一礼して踵を返す。
途中が寝かされてるソファーで足を止め
様子を覗き込むと2人して膝を折った。
💙「今日は災難だったな、ケガ酷くなくて良かった。つかお前足早すぎ(笑)」
🦢「渡辺さん今日は本当にごめんなさい・・」
💙「別にいいよ面白かったし、じゃあまた店でな」
🦢「・・・はいっ」
少しツンとした顔をしていた渡辺だが、
ここに来るまでの事を思い出したのか軽く吹き出しつつ笑い
去り際にの頭をポンッとさせ、立ち去った。
次いで声を掛けたのは目黒。
と共に『Rough.TrackONE』へ乗り込んで来たルーキー。
🖤「えと、こういう無茶はしたらダメですよ?女の人なんですから」
🦢「あ・・はい・・・その、一緒に来て下さってありがとうございました。」
🖤「どういたしまして、あと、ご友人の・・結莉さんにも伝えておいて下さい」
低く落ち着いた声で語りかける目黒を、
横になった体勢から見つめて待つ。
入り口の方から”目黒早くしろよ~”と呼ぶ渡辺の声。
そこに返事を返しつつへ視線を戻し、言った。
🖤「元気になったらまた俺の事指名して下さいねって」
🦢「勿論、伝えておきます」
🖤「それじゃあまた」
と言って立ち上がる前、スッと片手を取られ
物凄くナチュラルに目黒はの手の甲にキスを落とし、立ち去った。
なっ・・!!!
めちゃくちゃナチュラルにキスして行ったよ・・・?
恐るべしホスト・・・。
でもまあ、前ほど不快には感じなかった。
多分彼らとの距離が縮まったのもあるだろう。
あとは彼らの人と成りをある程度しってしまったからかもしれない。
良い傾向なのかは分からないが、
これ以上深入りしないのがベストだろう。
私は彼らにお金を落としに来てるんじゃないからね。
💜「目黒やるぅ~」
🦇「それじゃオーナー室に」
💜「はいよ」
🦁「あれ、いわもっさん?」
💛「先行ってて」
見咎めて冷やかしたのは深澤。
苦笑しつつ促す大我と樹。
その中1人戻って行く背に呼び掛けると
目線も寄越さず前を見たまま先行っててと岩本は言い
宣言通りを連れて行く為ソファーへ歩いて行った。
分かり易いくらいに臍を曲げてるのが見え見えで
アイツも変わったなあと、1人嬉しくなる深澤であった。
深澤から生暖かい眼差しを送られてるとは思わない岩本は
スタスタとソファーまで歩き、手の甲を眺めているの元へ到着。
いつまで見てんだよ、と内心ムカムカしながらその手を摑まえた。
🦢「わっ」
💛「いつまで見てんの?もしかして嬉しかったとか?」
🦢「それはないです、ただ初めてされたので吃驚してました」
内心ムカムカしていたのに、まさかの返答を受け拍子抜け。
思わずブッと軽く吹き出してしまった。
いや、普通はもう少しドキッとしましたとかなるでしょ。
まあちゃんらしくて良いけどさ。
協力関係になったのがちゃんで良かったかもな。
周りに流されないしちゃんと自分自身を保ってる。
そのままで居てくれると良いけどな、変わらないで欲しい。
こう思うのは思いの外自分でも驚いた。
他人の事に対して興味すら持てなかった過去。
客の事も伸し上る為の駒のようにしか見てなかったのに。
そんなだからか良い寄る固定客も俺の体しか目当てにしてなくて
だから俺も自然とおんなじ目でしか客を見て来なかった。
女を抱いて善がらせてイかせるだけで金が入り、上を目指せる。
こんな楽な仕事は無いとすら、一時期思っていた俺がだよ?
ホストを憎み、ホストクラブそのものを目の仇にしか見ていないと出逢い
その心に触れる事で気づけば目黒にまで妬くようになってた。
”俺を好きにならない事”
などと偉そうに条件を出しといてこの様とは中々に滑稽。
でもまだ大丈夫、ちゃんさえそのままで居てくれれば契約は続行出来る。
その事に安堵する己の心に嗤い、屈んでからちゃんを腕に抱え上げた。
🦢「えっ?なにっ??」
💛「ちょっとオーナー室に話しの場が移ったからそっち行くよ」
🦢「わ、私も参加なんですか??」
💛「そりゃそうだろ、今回の主役じゃん――」
🦢「主役って・・?」
急に抱えられたちゃんの慌てる声を聞きつつ足は止めない。
店舗内を横切るようにして歩き、場所を変えた旨を説明。
本来なら結莉にも居て貰うべきだったが、彼女は治療が先だからね。
シャトランジのクソに強めの灸を据える為にもちゃんの意見が必要。
頭を一応ぶつけてるから早めに病院に連れてってやりたいのが本音でもある。
が、を抱えて歩く途中、自分のiPhoneが着信を報せて来た。
長さからしてメールではなく電話?
しかしまだ腕にはを抱えている為手が離せない。
こんな時に誰だよ・・とイラッとしたが乱暴にはしたくないので
をしっかり抱え直し、ちょっと急ぐよと囁いてからオーナー室へ急いだ。
💜「おお、照来たか――」
💛「ちょっと電話来たからちゃん頼む」
💜「電話?もしかして店からとか?」
💛「いや・・兎に角頼むわ」
💜「おー」
大股でオーナー室まで到着し、片手で器用に扉を開け
すぐ近くにいた深澤に抱えていたを預ける。
勢いに気圧されながらもを代わりに腕に抱える深澤。
その前で自由になった手で胸ポケットからiPhoneを取り出し
液晶画面に表示された番号を確認、少しだけ眉宇を顰めた。
一瞬で難しい顔に変わった岩本の様子に、
渡辺達からかなと思ったが、すぐ違う相手からだと察した。
最近は特にこの顔をしながらあの相手からの連絡を受けるようになったからね~。
いよいよ契約関係に幕を引く時が近いのかも。
その日が来るのを楽しみにしている自分に気づき
自然と微笑ましい眼差しでオーナー室を出る岩本の背を見送った。
取り敢えずオーナー室の座椅子にをゆっくり下す。
するとそこへ樹が救急箱を手に戻って来た。
🦁「いわもっさん来るまで軽く手当てだけしとこう」
💜「さっすが樹、気が利くなあ」
🦢「ありがとうございます、レーヴェさん」
パカッと救急箱の蓋を開けた樹を見て感心する深澤と
名前は分かってるが姓が分からず名前呼びは避けたも源氏名で感謝を伝えた。
樹って呼んでいーのに、と笑うレーヴェ。
少し緊張していたがこのやり取りで少しそれも解れたその時。
💛「っわりぃ、俺行かなきゃならなくなったからちゃんの事頼んだ」
と、少し焦りの窺える声で岩本がオーナー室に戻って来る。
驚きながら顔を見てみたら、深刻そうな色を浮かべていた。
例の相手に何か難題でも出されたんだろうか?
一応自分がオーナーだし、軽く理由を聞こうと
駆け込んで来た岩本の方へ近づき、どしたん?と耳打ち。
すると岩本はを気にしつつも短く答えた。