September act.8



~♪

時刻は夜の22時半。
めちゃくちゃ広いLDKの室内で鳴り始めたコール音。
鳴ってるのはテーブルに置かれたiPhoneだ。

室内にiPhoneの持ち主の姿はなく、コール音は響いている。
そのコール音が8回目を終えようとする頃
リビングの奥に在るドアが開き、iPhoneの持ち主が走って来た。

💜「はいはーい」
💙『やっと出た!何がはいはーい、だよ呑気で良いなお前』

濡れ髪を乾かさず走って来た人物はバスローブ姿。
電話口で膨れている相手に謝ってから用件を尋ねた。

💜「風呂入ってたんだよ悪かったな、で、どうしたん?ナベ」

親し気に話す口調から、2人の仲の良さが窺える。
電話の相手、即ち渡辺翔太とは気心も知れた仲だし
先月揃ってと岩本の為に協力を申し出た仲でもある。

取り敢えず電話口から聞こえる渡辺の声に揺らぎを感じ取った。
時間的にも営業真っ只中だしこのiPhoneは業務用。
店で何かあったのだろうか?少し心が騒いだ。

促されて話し始めた渡辺の話は、どれも衝撃的で
耳を傾けて聞いていた深澤の表情は次第に厳しさを増した。

💜「・・そこに居るちゃんと結莉ちゃんの様子は?」
💙『結莉ちゃんは酒かなり飲まされてるから衰弱してる・・・』
💜「目黒が救急車呼ばせたみたいだし彼女は運んで貰うとして・・」
💙『あとさ、ちゃんも振り払われて吹っ飛んだ時に背中とか打ってんだわ』
💜「なら2人とも病院運んで貰って、俺もそっち行く」
💙『うん、早くね・・照の目がヤバいから早く来て』

ナベ可愛いなおい。

💜「わぁーったよ、俺が来るまでしっかりしろよ翔太お前幹部だろ?」

分かってるって。
という正直頼りない声のナベの言葉を聞いて通話を切る。
思わずため息が毀れた。

俺らが動き出すのと同時に元凶クソ男が暴走するのは計算外。
泳がせて様子を探るやり方が裏目に出た事になる。
今回の事でシャトランジが思い出してなきゃいいが・・・

それよりも負傷したと結莉の容態も心配だ。
結莉の方は急性アルコール中毒になってしまう危険性もあるし
背中を負傷したの怪我の度合いも気掛かり。

早く大我の店に行かねーとだわ。
色々無自覚無意識な照を止められる人間があっちには樹くらいしか居ない。

最近ちゃんの事になると思いもよらない行動に出るからなー。
傾向としては良い事なんだけど、今回はマズい。
急いでバスローブを脱ぎ捨て、移動しながら再びiPhoneを操作した。

『もしもし』
💜「あ、舘さん、俺だけど」

次いで電話を掛けたのはRookこと宮舘涼太。
オーナーと代表に次いで力のある地位の、代表補佐を務める男だ。

『あれ、珍しいね店じゃなく俺に直接連絡するの』

相手が俺だと分かると少し砕けた口調になる舘さん。
それら全て信頼と絆が強いからこそ成せるのだ。
MSM時代から何かと頼りになる人で、今も頼れる男。

その宮舘に今起きてる事態の説明をし、
店の方は一旦宮舘に任せる旨とを伝えた。

『Rough.TrackONE』と違い、プレイヤーのみで店を回してる。
バイトを雇うよりも自分達で可能な事はやりたいという話になり
今は新人を内勤として勤めさせ、幹部も案内役をこなす。

それでもまあ最近は調理場とキャッシャーに人を雇えるまでになった。
案内役を兼ねたプレイヤーは指名が入るまでそれを任され
指名が入ったら新人と案内役を交代する感じ。

💜「今夜オフだった佐久間にも来れるか聞いといて」
『分かったよ、それと、ラウールはどうする?』

あ~。
聞かれて気づいた深澤。
ラウールは自分達が両親を説得してこの世界に迎えた青年。

俺らにラウが付いてきちゃって面談したら未成年だったオチ・・
そのラウールは深澤が経営するマンションに住まわせている。
いつもならオフの目黒や康二に任せていたが今夜は異例。

プレイヤー総出になるから、ラウールと留守番出来る者が居ない。
うーん・・こうなったらアレだな。

💜「仕方ないから事務所に待機させといて貰おう」
『オッケ―、取り敢えずそれで回してみるよ』
💜「何かあったら電話ちょーだい」
『分かった、ふっかもそっちの事頼んだよ』
💜「はいよ」

宮舘との通話を終え、その流れで浮かんだ提案を胸に
急ぎ足で自分の住むマンションを出て
マンションに常駐しているタクシーに乗り込み、歌舞伎町へと走らせた。


+++


その頃渦中の『Rough.TrackONE』では
深澤へ連絡を終えた渡辺も交え、緊急の話し合いが行われていた。

救急車は結莉だけを運んで行き
搬送を断ったは座席に寝かされている。

何故断ったのか、その理由は自身が緊急性はないと判断。
その旨を隊員に話したところ、救急車の中で簡単な応急処置を施され
様子を見て病院に行くようにと診察を受け、残っている次第である。

💛「これ終わったら病院行こ?」
🦢「・・行きたいと思ったら行きます」
💛「俺がヤなの、だから連れて行くからね」
🦢「分かりました、岩本さんの気が済むなら・・お願いします」
💛「ん、いい子」

背中の痛みは大分引いた為、何とか会話も出来るようになった
病院はいい、て言ってみたが岩本に反対され
過保護な親みたいな感じで心配してくれている。

なんか調子が狂うなあ。
やたらと気にしてくれるし
頷いたら嬉しそうに頭を撫でてきた。

春頃はもっと突き放した感じで深入りさせないようにしてたのに。
今では懐深く招き入れ、でもそのまま放置じゃなくて
招き入れたからには守るよ的な空気を出してるのよね。

なんか裏でもあるのか・・・?!
まあそれは無い、とは思う。

ただ思うのは、彼らとの出会いは良いものを齎したと言う事。
彼らと知り合わず今を迎えていれば、最悪な結果になっていただろう。

🦢「なんだか岩本さん、私のお兄ちゃんみたいですね」

と、温かな気持ちになって自然と口にしていた言葉。
5月の時は苦し紛れに言ったにすぎない言葉だが
今はすんなりと躊躇いすらなく言葉に出来た。

ちょっとだけ自分の中で、打ち解け具合が早すぎるとか
気を許すのが早いよと思いながらではあるが、言葉にしていた。

💛「お兄ちゃん・・か」
🦢「あ、ごめんなさい・・・嫌ですよね」
💛「ちゃんの兄貴になれるのは嬉しいよ」
🦢「はは・・なら良かったです」
💛「嬉しいけどね、俺は”お兄ちゃん”じゃ満足出来ないんだよな」
🦢「・・・??というと?」
💛「お兄ちゃんだと出来ないだろ?」
🦢「なにが、です?」
💛「分かんない?・・・こういう事」

と言って少し近づいた岩本さんの顔。
あ~意外と睫毛長くて垂れ目なんだなあ・・とか思ってたら
岩本さんの顔がどんどん近づいて・・・

温かいなにかが、私の唇に重なり。
えっ?と思った時にはもう岩本さんの顔は離れていた。
岩本さんは樹さん達に背を向けてしゃがんでいたのもあって
彼らから何か言われることもなく?

その僅かな触れ合いはすぐに離れて終わっていた。
でも、え?この前は一瞬すぎて理解が追い付かなかったけど・・

🦢「今の・・って・・・」

キス・・、だよね?
なんで岩本さん、私なんかにキスしたんだろう。
なんで?え?真面目にパニック起こしそうなんですが!?

💛「ちゃん顔がゆでだこみたいなんだけど可愛いね」
🦢「だって急に、その、岩本さんが」
💛「言ったでしょ?お兄ちゃんじゃ満足出来ないって」
🦢「でもその答えが・・どうして、キス・・・なんですか?」

顔に熱が集まりながらも理解が追い付かない私に対し
呆れるでもなく岩本さんは笑顔のまま意地悪く言うのだ。

💛「んー・・その答えはちゃんが自分で気づいて欲しいかな」
🦢「・・・き、気づけなかったら?」
💛「そしたら力ずくでも分からせてやるよ」

まるで、岩本さんはその答えを知った上でキスしたのだと言うかの如くに。
また最接近し、私の顎を掬い上げて笑った。

その後岩本さんは少し待っててね、と言い残し
京本さんと樹さん、ツィブラの居る方へと歩いて行った。

颯爽と歩いて行く姿から目が離せないのがおかしいね。
あんなに毛嫌いしてたのに、半年前の私に教えてやりたいわ。
半年後アンタはホストクラブの代表からキスされるよって。

自分でもこんなに彼らと深く関わる事になるなんて予想もしてなかった。
まあそのお陰で元凶のクソ男を見つけ出せたんだけどね・・・

ただ、結莉をあんな目に遭わすつもりはなかっただけに不甲斐なさもある。
痛みとかが引いたらお見舞いに行こう。

🦁「見せつけてくれるねえ~」
💛「なんだ見てたの?」
🦓「見てたんじゃなくて見せつけてたんだろ~?」
💛「さてね、それじゃあ事情を説明して貰おうか」

大我らの方に着くなり、からかいの声を発したのは樹とツィブラ。
まあ見せつけてたのは強ち外れじゃない。
申し訳ないが俺は樹達の方も完全に信じた訳じゃないから。

こっちの弱みや付け入る隙を与える訳にはいかんのよ。
だから敢えてちゃんとの関係は濁しておいた。
全てを曝け出して話すには、此処は向いてない。

大我の事は信用しているがぶっちゃけここは敵の真っ只中。
まだ拘束されたままのシャトランジも居るしな。

これから話すのが本題になる。
当初の予定と大分狂ってしまったクソ男の処遇。
何故『犬』扱いのコイツが結莉ちゃんのヘルプ?をしてたのか。

目黒(ボンベイ)が来た時にはクソ男に酒を無理矢理飲まされていたみたいだしな・・
どんな理由であれ、その時点でアウトだ。

🦓「理由は先ず俺から話すよ」

そう口を開いたのは長身の男、ツィブラ。
ツィブラが言うには、客として来た結莉に指名され
乾杯を済まし、酒を飲もうとした時オーナーの大我に呼び出された。

🦓「呼ばれた理由は業務的なものだよ」
💛「へえ?その辺は聞かないけど、なんで長時間も戻んなかった?」

Rough.TrackONEの運営やらには興味もないが、
腑に落ちないのはツィブラがすぐ卓に戻れなかった事だ。
もし数分足らずで済む話なら、卓に戻れただろうし

シャトランジのバカが暴走する事態も防げたはず。
考えたくは無いがこれが故意によるものなら
此方も出るとこ出なくてはならない。

万一の事も考慮して既に深澤は此方に向かっている。
詰め痛い眼差しを大我へ注ぐと、大我はシャトランジを先ず一瞥。

🦇「コイツは数週間謹慎させようと思ってる、それで良いかな」

良いかな、と確認したのはシャトランジが元凶男だから。
どちらの店にも関わっているからこその確認だ。
本来ならクビにして飛びにしても良いくらいの事をしでかしている。

そこを敢えてしないのは、泳がすのと監視する目的の為。
利害の一致から協力関係を結んだ大我なりの誠意だろう。

ぶん殴ってに近づくなと言う事も出来るし
この歌舞伎町から追い出し、二度とホストになれないようにする事も出来る。
が、それをするのは全て明らかにし、洗い浚い吐かせた後だ。

💛「それで良いよ、今回は・・・な。」
👤「ひぃ・・っ、なんで・・・お前までここに・・」

よく見たらMSM時代の岩本や、渡辺も居る事にシャトランジは気づいた。
今更気づいた所で意味は無いしこれ以上語らせる必要もない。

💛「歌舞伎町に居たかったら黙って謹慎してろ」
👤「っ・・!俺は、俺は・・・」
💛「――黙れ、って言ったよな?俺」

鋭い岩本の眼光にもめげず、言葉を続けようとしたシャトランジ。
このまま喋ってるうちに此方の企みに気づかれでもしたら元の木阿弥。

そうなる前にと咄嗟に動いた岩本。
素早く近づきシャトランジの顎を掴んで阻止。
グッと指に力を籠めれば喋るのは困難になり、言葉ごと封じ込める。

そのまま至近距離で睨まれたシャトランジは
今度こそ恐怖に慄いたのか、委縮して口を閉じた。

一連のやり取りを見届けてから大我の指示で
腕を拘束されたままツィブラにより、シャトランジは連れ出された。