September act.7
シャトランジが空き瓶を掴み、
瓶を振りかぶるまでがまるでスローモーションのように感じた。
それでも私は無我夢中で走り出していた。
💜『もしかしたらあっちから君に近づいて来るかもしんない』
💙『口を封じに来る可能性も――』
走る私の脳内で、深澤さんや渡辺さんに言われた言葉が
走馬灯のように巡ったが、そうなろうとどうなろうと、
頭の中は結莉を救う事でいっぱいだった。
🦢「やめて!結莉が死んじゃう!!!」
口から飛び出したこの叫びで、
漸く傍観するしか出来なかった店内の客らが動き始めた。
それは追いついてたボンベイも同じ。
逃げ出した客を避けつつ、まだ残ってる客に救急車を頼み
改めて店内のらを視界に入れたのと、
駆け出したがシャトランジに振り払われるのは同時だった。
男の腕力で振り払われたは、大きく飛ばされ店内の卓に叩きつけられる。
🦢「ぐっ――」
👩「やだっ、!?」
背中と後頭部を卓の支柱に打ち付けたから籠った声が。
これにはいよいよボンベイも駆け出した。
自分が居た時よりも内装は華やかになった店内。
その中を走り、突き飛ばされたへ駆け寄る。
間近で見たは頬が腫れ、口の端は切れていた。
もう接客の域を超えている。
ボンベイの中の何かが切れる音がした。
前いた店だからとか関係ねぇわ。
🖤「久し振りですね、シャトランジさん」
👤「・・あぁ?」
🖤「覚えてませんか?」
パキッと踏み締めた靴の下で、どこのか分からないガラス片が鳴る。
静かに声を発しながら進み出たボンベイは、
意識を飛ばしたの前に屈み、
シャトランジから隠すようにして振り向いた。
覚えてませんか?とは言ってみたものの、
ぶっちゃけボンベイ自身、シャトランジに面識がない
つまりはハッタリ。
一方シャトランジの方は突然現れた第三者の男の登場に気づき
訝しむ目線をそのしなやかな背に注いでいた。
に駆け寄った時点で印象は良くない。
面白くない登場の仕方に自然と睨むように見ていたら
突然立ち上がった男に久し振りですねと話しかけられたのには驚いた。
今の所声に聞き覚えは無い・・・よな?と眉を顰める。
一見すれば何処にでも良そうな背格好。
が、覚えてませんか?と言って男が振り向いたその顔。
視界に飛び込んで来たその顔を見た瞬間、一気に記憶が呼び起こされた。
👤「っ、てめぇ・・よくも涼しい顔して俺の前に顔出せたなあ?」
🖤「・・・・まあ、確かに久し振りに店に来たかも」
🦢「うう・・、ボンベイさん・・・?」
👩「気が付いたっ??」
🖤「はい、俺です、大丈夫ですかさん」
🦢「だい・・じょう、ぶ・・・だけど、息が苦しい・・」
思い出したっぽいシャトランジに憎々し気に見つめられたが
生憎とボンベイの方は箸にも棒にも掛からぬ印象の弱さで思い出せない。
そうこうしてると、微かに聞こえるの声に気づいた。
再びしゃがんで声を掛ければ、大丈夫そうに見えないのに大丈夫との事。
息が苦しいのは多分背中を強打したからだと思う。
そして呼応するみたいに結莉も声を発した。
改めて見た顔は赤く、無理矢理飲まされ続けた疲労も見える。
あと、米神近くに痣のようなものも見えた。
益々良く分からない怒りがボンベイの中に満ちる。
無抵抗で、ましてや女性相手に傍若無人に振舞ったばかりか
手を上げるなんて以ての外だ。
👤「おい・・何悠長に喋ってんだよ、つか、なんで辞めた人間が此処に居んだ?」
🖤「それは――」
シャトランジの行動に腹は煮え滾っていたが、
興奮して喚くシャトランジを見ていたら逆に冷静になれたボンベイ。
やたらと自分に対して恨み節が止まらない様子からして
俺は過去この男と何かあったのかな、なんて事をぼんやり考えた。
辞めた事を知ってる、且つ恨んでる感じからして・・・
🖤「てか、もしかしてアンタも俺と同じ店勤めてたの?」
聞かれた事に答えるより先に、ふと感じた疑問を男にぶつけていた。
それを聞くなりワナワナと震える拳を握り締めたシャトランジ。
あ、ヤバい事聞いた?
多分火に油を注いだ感じなのは火を見るよりも明らかで、
その顔から火が出そうな程煮え滾ったシャトランジがこっちに歩き出した時だ。
店の奥から走って来る足音と、
入り口の扉が乱暴に開け放たれた音が同時に耳に届いた。
そして店内に轟く怒りの覇気と声が発せられた。
🦁「シャトランジてめぇえ!!」
👤「――ひぃっ」
ドシドシと音がするんじゃないかと思うくらい
強くフロアを踏み鳴らして飛び込んで来たのは1人の青年。
その背格好はシャトランジと同じ。
入って来た姿を見たその後には、
シャトランジに掴み掛るように距離を詰めた。
移動したのが見えない縮地的な動きは華麗である。
急接近された側のシャトランジは恐怖で喉を引きつらせ
胸ぐらを掴まれたまま身動き出来ずにいる。
それを見届けたボンベイ、視線を後ろに庇ったへ向けると
今度は自分が呼ばれる側になり、そちらを見て驚いた。
鉄砲玉みたいに飛び込んで来た青年、
つまりはレーヴェに続きこの店内に駆け込んで来たのは2人。
よく見るまでもなくその2人は凄く見た事のある人物で・・
💙「ボンベイ??!」
🖤「あ、えっ?なんでここに・・?」
💛「そんな事は後で良い・・ありがとな、お前が居てくれてよかった」
吃驚した目で名前を呼んだのはボンベイの教育係。
その影ともう1人、血相変えて駆け込んで来るなり耳元でそう言ったのは
ここには来るはずもなければ店に来る事すら少ない代表取締役。
すらりとした手足に男らしい背格好と表情。
姿を見れる機会は少ないが、幹部らにも慕われ
絶大的な信頼を置かれた代表取締役、源氏名をKnightと呼ばれる人物。
そのKnightとQueenが此処に現れた事にも驚いたが、
自分に礼を言うなり座り込んだままのの前に代表が屈んだのだ。
一方のシャトランジを取り押さえたレーヴェらの前にも援軍が駆け付ける。
漸く騒ぎの連絡が行ったのか、オーナーとツィブラが駆け付けた。
取り敢えず騒ぎは収まりそうだと感じ、
卓の席でぐったりしたままの結莉の方へボンベイは歩み寄った。
結莉の方をボンベイとQueenに任せ、自分はの傍に膝を折る。
口の端は切れ、血が滲み、ぐったりと卓の支柱に寄り掛かる。
あれからタワーマンションを飛び出し、翔太から聞いた場所まで急ぎ
翔太とは合流出来たが、なんと驚いた事にに追いつけなかったと聞かされた。
意外にもは俊足を持っていたようだ。
💛「・・ごめんな」
でも結果止められず、はケガを負う羽目に。
痛々しい姿に自然と口から謝罪の言葉が毀れていた。
呟きながら頭を撫で、唇の血を拭った時の目が開かれ
身動ぎした時痛みを感じたのか険しい表情で俺を見た。
🦢「っ・・・どうして岩本さんが謝るんですか・・?」
💛「こうなる前に止めてやれなかったから」
🦢「ふふ・・、でも、今こうして来てくれたじゃないですか・・・」
💛「マジお前・・・目が離せないわ、みたいな子初めてだよ」
🦢「それって・・褒められて、ます?」
💛「ん、褒めてる、あと腹も立ててる・・」
🦢「岩本さ――」
💛「ちょっと話して来るわ、すぐ戻るよ」
怖かったはずなのに懸命に笑おうとする姿に、胸が苦しくなる。
誰一人責めず詰らないをこの時心の底から抱き締めたくなった。
誰かの為に平気で無茶するを、何処かに閉じ込めておきたい・・
そんな衝動が自分の中で駆け巡った。
急に頭を持ち上げた欲望を抑え込み、を床から抱き上げ
卓の椅子に優しく下し、頭を撫でてから改めて歩き出した。
歩き出した先に居るのは樹に抑え込まれたシャトランジ。
それから座席卓でぐったりしている結莉と、介抱してるボンベイに翔太。
さすがに、やってくれたもんだと思わざるを得ない。
何がどうなって『犬』だったクソ男がの友人の卓に付いてたのか
状況の説明より先にそこを明白にする必要があった。
意識が飛んで、気が付いた時近くにボンベイさんが居たのは見た。
私の前に庇うみたいに立ってくれてクソ男と対峙。
クソ男の口ぶりからして面識があるように見受けられた2人。
それからまた意識が混濁、次に目が開いた時
今度は一番意外な人が私の頭を撫でてくれていた。
呉越同舟で結ばれた協力者であり、ホストクラブの代表。
最近は何かと気にかけてくれてる印象を受ける岩本さんが目の前に。
まあ今日もどちゃくそ似合うスーツ姿でしてね・・・目の保養です。
あと、先月も感じた不思議に気持ちをまた感じた。
こういう場に過去立っていたから似合うっちゃ似合うんだけど
そうじゃなくて、なんかね・・顔を見たら凄く安心させられてしまった。
どこかの漫画に出て来るヒーローみたいに頼もしく見えてしまったんだ。
結莉の方に行ってくれるボンベイさんにお礼を言うのと同時に
何故か岩本さんに謝罪されるっていう驚きを体験。
理由を聞いたら、この事態を止められなかったからと返され正直困惑した。
仮にそうだとして・・岩本さんがあんな辛い顔をするのが驚きでさ
私の事なのに、なんで岩本さんが辛そうなの?って感じた。
でも岩本さんがその理由を話してくれるはずなく、
さっと私を抱えて椅子の上に下すと、また頭を撫でながら待つように言い
目が離せないと怒られたけど心はくすぐったさを覚えてしまった。
話してくると呟いた顔が気になって止めようとしたけど
それより早く岩本さんは歩き出してしまった。
何となくその後ろ姿が心配で、目で追いかける。
💛「翔太」
💙「なに?」
💛「悪いけどふっかにも連絡しといて」
💙「・・・分かった、照、その・・ごめん」
💛「ん?」
💙「俺が一緒に行けてればこんな事にはならなかったかもしんない」
歩き出しながら結莉と目黒と居る翔太を呼び、
こっちに来たその耳に耳打ちする。
耳打ちされた翔太は吃驚した顔で俺を見た後承諾した。
これはもうとシャトランジだけの問題じゃない。
2つの店舗に関わる問題にまで発展した以上、
オーナーである深澤に連絡するのは当然の事。
驚くかもしれないが業務上避ける事は出来ない報告だ。
が、俯いた体勢で話した翔太の言葉で察する。
翔太は悔いてるんだ、あの時に追いつけず同行出来なかった事を。
いや寧ろ俺と電話してたせいだから、俺にも非はある。
💛「翔太が悪い訳じゃないよ、俺と電話してたからだし」
💙「うん・・でも俺が悪かったと思う、照めっちゃ顔怖いし怒ってる」
💛「え、そんな俺の顔怖い?」
💙「怖い」
💛「おい直球だな(笑)」
💙「いやホント、シャトランジ殺し兼ねない顔」
💛「――・・・強ち外れてないよその例え、じゃあ連絡宜しく」
分かったけど傷害致死罪で逮捕とかは勘弁しろよな、
みたいな事を塩顔イケメンは口にし、電話をかけ始めた。
気持ち的には殴り飛ばしたいしむちゃくちゃ殴りたい(物騒
けど確かに翔太の言う通りだ。
ここで俺が同じ事をすればふっかに迷惑がかかる。
それだけじゃない、店の評判は落ちるし仲間にも迷惑がかかるだろう。
あと何よりにも・・・。
兎に角翔太のお陰で腸が煮えくり返る怒りは少し落ち着いた。