September act.6
翔太から受けた電話の内容は、
一気に俺の思考を中断させ、動かした。
今起きている事。
目黒の同伴相手はの友人の結莉で、
今夜21時に落ち合うはずが一向に現れず
心配した目黒が店舗に問い合わせた所現れておらず
いよいよ何かトラブルでも起きたのかと考え、
更に教育係の翔太にも目黒は電話をして来た。
そこで偶々ちゃんの警護を兼ね、
バイト先に樹と来ていた翔太がちゃんに友人の行く先を聞くより先に
樹のケータイにも店舗から連絡が来たのだが
結莉は『Rough.TrackONE』に来店している事が判明した。
多分目黒と会う前に先に立ち寄ったのだろう。
が、話はそれで終わらなかった。
結莉の寄った『Rough.TrackONE』にはの憎むべき相手が居る。
誰にも連絡が付かないという事は、事態はかなり深刻だという事。
シャトランジのクソ男は結莉がと友人だと知っているし
5年前の事にまだ気づいてないとはいえ、最悪な事に変わりはなく
岩本はシャワーも適当に浴びると通話はハンズフリーにし
💛「すぐ向かうから翔太はちゃん追って!」
💙『おう、分かった、照、早く来てね』
💛「ん、兎に角翔太も落ち着け?ちゃんに追いついたらちゃんと掴まえとけよ?」
やってみる、という言葉を最後に通話は切った。
正直心配ではあるが、あれでも翔太は男。
本気になればか弱い女の子1人くらい引き留めておけるだろう。
通話を終えたのと同時にバスルームから出て体を拭き、
持ち運んだ衣類に袖を通して行く。
若干水滴が肌に残っていたが気にしている暇はない。
自分でも何故こんなに焦っているのかが不思議だった。
濡れた髪もロクに乾かさず、そのまま雑にかきあげて整え
面倒だが着替えたのはスーツにした岩本。
一応オフではあるがホストクラブの代表としての正装故
急ぎ足で寝室の中に戻り、貴重品だけを取りに戻った。
👒「・・仕事の、連絡?」
丁度ベッドサイド近くにある財布を掴んだところにかかる声。
視線を向ければ上体を起こした華純と目が合った。
💛「まあそんなとこ、俺が行かないとダメみたいだから行って来る」
不安げに向けられる眼差しから自然と逸らした目。
岩本にとっては華純はただの契約相手にすぎず、
自分の仕事場の話も本来なら聞かせる義理もないのだ。
最近は特に岩本自身、華純との関係も潮時に感じ始めていた。
契約内容通りに岩本は接していても、華純はそうではなくなっている。
それと、彼女自身が岩本に依存し始めてるのも理由の1つだ。
長く関わりすぎるのは良くないと思い始めていた。
恐らく華純自身もそれを感じ始めているから、
岩本を繋ぎ止めようとしてるのかもしれない。
なんというか、無意識に?
👒「――行かないで、って言ったら困る?」
💛「・・・かな、それに今の発言は契約外になるよ」
だから俺は彼女に分からせる必要がある。
👒「そっか、そうだよね・・ごめんなさい」
意味は理解してるのだろう。
でも彼女が求めるものに、自分は応えられない。
契約だけのセックスすら楽しんでた男だ。
現役を退いた元ホストがホストクラブの代表に納まるとなれば
指名されることもないし、客を抱く機会はなくなる。
そこに齎された華純という女性からの依頼は
退屈な日々に刺激をくれるスパイスだった。
つまり、それ以上でもそれ以下にもならない宙ぶらりんな関係で
岩本の中でそれは変わることなく契約上だけの関係だった。
💛「あくまでも利害の一致な、
そっちは恋人を演じて欲しいってのが願いで
俺はそれを引き受けたにすぎない・・・
体なら幾らでも提供するけど、そこに愛は無いよ?
そっちもそれ承知で頼んで来たんだろ?」
だから多少言い方はきついが、一線を引く為に言葉にした。
契約関係のもと始まったこの関係性が覆る事は無い、と。
恋にも愛にも変わる事は無い。
彼女が健康なら外に連れ出して恋人らしいデートとやらも出来た。
しかしながら彼女はそれが出来ない健康状態だった。
結果考えたのは欲求を満たす事、つまりはセックス。
まあセックスも十分激しい運動ではあるが(最低
肉体での繋がりでしか、恋人というイメージが浮かばなかった。
そういう短絡的な意味では、岩本も欠けてるのかもしれない。
人間なら誰しもが持っている物、愛情というものが。
💛「話しはそれだけ?なら俺急ぐからもう行くね」
華純から反論がないのを、納得したのだと受け取った岩本。
ネクタイを引っ掴みながら華純の横に行き
おざなりなキスを額に落とし、また連絡するからと告げ出て行った。
扉が開く音を聞きながら、静かに華純は泣いた。
何故悲しいのかはもう分かっている。
あんなに無機質に感じるキスは初めてで、
自分はあくまでも契約相手にすぎないんだと思い知らされた。
仕事場からの連絡なのは本当だと思う。
微かに洩れた相手の声は男の人だったから。
でも余裕がなく焦った姿は初めて見た。
電話口で聞こえた女性と話す時の弾んだ声も。
勘違いしてしまいそうな言葉を掛けてる声も初めて聴いたよ。
私には決して見せない顔でその子に言ったのかな。
私には絶対言わないからかいを含んだ言葉と、
岩本さんの声から溢れてた愛情を感じさせる言い方。
そのどれも私に向けられる日は来なかった。
👒「分かってないですよ、岩本さん・・恋人役って体以外にもあるんです
私は多分、あなたの心も求めてしまった」
愛なんてないのは最初から分かってました。
それでも私は、あなたに愛されたかったのかもしれない。
無茶なお願いを聞き入れてくれた貴方を見たその瞬間から。
決して叶う日は来ない想いを抱え、
初めて知った恋煩いと、伝える前に終わった失意の痛み
それらで痛くなる胸を抑え、華純は1人目を閉じた。
+++
追いかけて止めた渡辺を振り切って走るは、
その頃歌舞伎町の中心に到達していた。
『SnowDream』とは通りが別の『Rough.TrackONE』。
そこには1度来ただけだが、
微かな記憶と通行人に聞きながら何とか付近までは来れた。
震える手で結莉に電話しようと試みるも、
慌てて店を出た為、荷物は全部ロッカーに置いて来た事を思い出し
己の不甲斐なさに絶望した所だった。
それでも何とか奮い立たせ、それっぽい店の通りには来てる筈。
何も起きてませんように・・と祈る思いで足を動かした。
そろそろ店が見えて来てもいいはず・・・
と思った〇〇、漂わせた視界に入った長身の男性に近づき
🦢「す、すみません・・この辺に『Rough.TrackONE』ってお店あるの知りませ」
🖤「え?」
🦢「んか・・って!あれ?ボンベイさん??」
声を掛けて振り向いた男性の顔を見た瞬間ギョッとした。
だってこんなとこに居るなんて思わないでしょ?
思い切り他店のホストだし、競争相手の店が立ち並ぶ所にさ?
まさかの相手は『SnowDream』のホスト、黒髪イケメンだ。
結莉に誘われ仕方なく来店した6月、結莉が指名したホスト。
歳は多分同じくらいな感じはした。
飾らない言葉をストレートに言える人だなあと思ってた。
🖤「え?俺の事知ってるんですか・・・あ!」
対するボンベイは自分を見て源氏名を口にしたを
何故知ってるのかなと不思議そうに眺めていたが、
多分思い出したんだろう、急に驚いた顔をした。
🦢「思い出しました?お久しぶりですね」
🖤「新規の来店でしたよね、確か、結莉さんとご友人の」
🦢「うん、覚えててくれたんですね・・・じゃなくてその結莉知ってます!!?」
覚えててくれたのは嬉しいが、今それを懐かしんでる場合ではない。
ボンベイの口から結莉の名が出た事で我に返った。
若干食い気味に言葉を被せ、詰め寄るみたいにボンベイの腕を握った。
急にめちゃくちゃ詰め寄って来たに吃驚しつつも
探してる本人の友人から聞かれたからには黙ってる理由もなく
今に至る経緯をボンベイはにも話して説明した。
には話を通さず同伴の依頼が来た事。
『Rough.TrackONE』に寄った後にボンベイと待ち合わせ
そのまま夕飯を食べてから『SnowDream』に行く予定だったと。
考えれば考える程結莉が約束をすっぽかす可能性は皆無。
イケメンとの事は最優先事項の結莉だ(
🦢「やっぱりあの店にまだ居るんだ・・行かなきゃ!」
🖤「え?行くって1人でですか?」
🦢「勿論、それに女なら1人でも入れますよね」
🖤「まあそうだけど・・・心配ですし、俺も行きます」
何となくだがまだ結莉は店内に居る気がした。
迷わず走り出したら後ろをボンベイも付いて来た。
俺も行きますとかイケメンなセリフをサラっと言っている。
あ~ここに今結莉居たらめっさニヤニヤしてるんだろな~
とか思ったのは一瞬だけ。
断る理由もないから走りながらお願いしますと伝えた。
店舗の位置は相変わらず曖昧だったが
多分あの辺かなと近づいて来た時、一層不安を煽る光景が飛び込んで来た。
人垣である。
騒ぎや事件があると自然と生まれる光景だ。
野次馬根性とかいう、全く役に立たない群衆。
騒ぐだけ騒ぎ、眺めるだけの傍観者。
そんな群衆をかき分けて進み出た先に在ったのは
🖤「マジかよ」
思わず呟いたのは隣に立ったボンベイ。
何も言葉が出なかったがもそう呟きたい心境だった。
騒ぎのもとは結莉が居る『Rough.TrackONE』。
当たって欲しくない予感が的中してしまい、
強い胸騒ぎがを突き動かす。
🦢「――結莉っ」
🖤「あっ、さん待って」
居ても立っても居られなくなったは、
一言そう口にするや、ボンベイの制止も虚しく店内へ。
出遅れはしたが、そこは冷静な男ボンベイ。
走り出しながらiPhoneを取り出し、
自分の教育係、Queen(渡辺)へメッセージを送信した。
送信完了を確認してからポケットにiPhoneをしまい
長い脚を活かして走る速度を上げた。
駆け込んだ店内は騒然としており、殆どの客が硬直し
ただその光景を眺めているという異様なものだった。
先に駆け込んでいたも、その異様な空気には気づいていて
一瞬だけ足を止めそうになるが、友人の為に自身を奮い立たせ
客席の並ぶ内部へ飛び込んでみると、思わず硬直した。
👤「おい、俺の酒飲みたいって言ったならちゃんと飲めよ」
👩「・・・う、ごめんなさ・・もうこれ以上は・・・」
👤「おめぇふざけんなよ!」
👩「――っ」
🦢「結莉!」
十戒のようにその卓を中心に左右に引いた客やスタッフらが居り、
中心の卓で営業やホストをはき違えた男に管を巻かれていた女性。
それは探していた私の友人、結莉本人だった時の衝撃と怒り。
明らかに結莉は酔っていて限界を訴えている。
それだけじゃない、その横に座るクソ男の傍若無人さと
そいつの片手が結莉の髪を鷲掴みにしたままで
更に酒を断った結莉に対し、空いてる手を振り上げた瞬間、
気付かれてもいい覚悟で私は叫び、声を上げていた。
静寂の中響いた私の声、一気にその場の視線が注がれる。
👤「あぁ?・・あれ、お前確かこいつの友達とか言うやつだっけ?」
👩「――・・・ダメ、来たらダメよ・・」
👤「うるせぇな黙れよ」
目が合った瞬間、私の全身に震えが走った。
遠くから見た時よりも、先月少し離れて見た時よりもせり上がる怒り。
私は今、恐怖よりも怒りで全身が震えていた。
結莉が私に気づき、来たらダメだと言っているのを
気づいたクソ男が予備動作無しで動き、結莉の頬が鳴る。
🦢「やめて!・・お願いだから、もうその子を放してくれませんか?」
👤「なに?お前も俺に指図すんの?」
🦢「・・・いいから、つべこべ言わずにその子を放せって言ってんのよ!!」
👤「あ゛あ゛??!このクソアマぁもう一遍言ってみろ!」
という応戦が始まった瞬間天を仰いだ結莉。
は基本いい子で優しく面倒見もいいのだが、
怒りが極限に達するとお口が悪くなり、無鉄砲になるのだ。
これはヤバイ、暴力沙汰にはもうなってるけど
が加害者側になる事だけは避けなくては、
その一心で結莉は必死にクソ男を止めた。
腹を立てたクソ男がへ歩き出そうとした瞬間、
驚くくらい早く動き、左腕を掴んで引き留める。
👤「っ、おいコラ放せよ!」
👩「絶対・・離さない・・・っ」
👤「死にてぇの?」
が、当然その行動はクソ男の逆鱗に触れた。
必死にしがみ付いて止める結莉を憎々し気に見下ろし呟いた言葉。
クソ男、シャトランジは卓の上に並んでた空き瓶を掴んだ。