September act.4



Rough.TrackONEに来店し、時間を潰す傍ら
〇〇の家族を苦しめるクソ男を見に立ち寄った結莉。

しかし行ってみると、まだ遠くから見る予定が狂い
まさかの相席で、抜けたホストを待つ事になっていた。

しかも身分はホストには見えないのにそれらしく振舞い始める。
ツィブラさんが戻るまで話し相手になりますよ、
とかならまだ可愛げもあったが、見た感じ慌てる風もない。

👩「シャトランジさんでしたよねお久しぶりです」
👤「あの時の子で合ってた?お陰様で忘れらんなくなったよ君の事」
👩「えー?なんか急にチャラくなった?(笑)」
👤「この方が変に畏まらないし話しやすいっしょ?」
👩「まあ?と言うか慣れた感じますねシャトランジさん」
👤「・・そう、俺の本業は裏方みたいな陰キャ仕事じゃねぇからな」

口調も砕けて来て若干の馴れ馴れしさすら漂わせてきた。
何だろう・・この、俺ホストだから敬えよ感。

目に見えて高圧的な面をチラチラ出して来たクソ男。
何となくあまり刺激しない方が今の時点では利口だと判断した。
取り敢えず聞き流す戦法で男に喋らせておく事にし、

仕方なく乾杯させた自分のグラスの酒を飲む。
聞いて貰える事に優越感でも感じてるのか、喋りが止まらない男。

ちょいちょい気になる言葉も飛び出してくる。
俺は5年前までは店で人気のあるホストだったーとか。
今から5年前・・・丁度の母親が入院した年。

似たような時期にこの男もホストをしていた。
しかし今はホストじゃなく雑用っぽい。
この5年の間に何かがあってホストを辞めたのかはたまた、
辞めさせられた、または・・辞めざるを得なかったと言う事になる。

どちらにしてもホストじゃないのに客に対する態度がこれでは・・・
店の雰囲気にも合って無し、浮いた感じしかしない。

👩「元々はホストだったのに今は雑用なの?下積み中とかじゃないよね」
👤「ああ?雑用してやってんだよ、あっちが俺の優秀さに気付かねぇだけ」
👩「ふーん・・・」

絶対有能でも優秀でもないな・・と内心呆れる結莉。
しかし目敏く気づいたシャトランジ、結莉の態度に難癖をつけ始めた。

こっちは何もしてないのに1人で勝手にヒートアップし始める男。
ごめんね、と軽く謝れば更に眉間に皴を寄せた。

それからテーブルに置いたままだった酒のボトルを鷲掴み
多分ツィブラが注いだ残りだったソレを、結莉のグラスへドハドバ注いだ。
しかもまだカクテルが残っていたにもかかわらず、だ。

👩「ちょっ、まだ残ってたのにっ」
👤「おめぇが俺の話聞かねぇからだろ、聞く気があるんかよ」
👩「何急に態度が変わったわけ?私そもそもツィブラさんと飲んでたのに」
👤「口答えすんだ?生意気な女・・所詮顔だけの男目当てに来ただけの事はあるな」
👩「はあ・・?なに、言い掛かり?そもそもホストクラブってそういう所でしょ」

言葉の応酬は次第に激しさを増し、他のキャストも気づき始める。
ツィブラが付いていた筈の卓に、何故か『犬』のシャトランジが居り
禁止されていた筈のオラオラ営業をしているのだ。

案内役のホストが1人店の奥へ駆けて行く。
知らせに行ってくれたのだろうと結莉も一安心した。
がしかし目の前のクソ男は管を巻き、終わろうとしない。
そればかりか少しずつヒートアップして行く。

👤「おめぇも結局は顔が目当てかよ・・、だったら担当俺にしろよイケメン好きなんだろ?」

なん、何て奴だこのクソ男――!
お客を何だと思ってるのか、腹が立ち始めた結莉。

👩「担当にするもなにも、あんた今の役割何か分かってる?」

この時の事を後で振り返るとしたら
流石に私も冷静になるべきだったと反省せざるを得ない。
しかしこの時はもう頭に来てて、自然と口から出ていた上記の言葉。

この直後だ、シャトランジというクソ男の目つきが変わったのは。
ぐわっと腕が延びて来た、と思った時には既に遅く
凄い力で髪を鷲掴みにされ、シートにそのまま倒されていた。

突然の事で理解が追いつかない。
が、押さえ付けられているという圧力は感じた。

さすがにこの光景に目撃していた他の卓から客の悲鳴が上がる。
このままいけば、オーナーの耳にもこの騒ぎが届くだろう。
しかしそれでは困るのだ、今ここで裁かれ、ただ追い出されるだけでは生易しい。

本当の意味でこのクソ男に鉄槌を下すのは私ではなくだ。
私の役目はコイツの粗を探し、決して言い逃れが出来ない証拠を集める事。
その為にも今ここでコイツを処罰される訳には行かない。

👤「おめぇのせいで場が白けちまったなー、キャンキャン騒ぐから」
👩「・・・っ」
👤「何その目、まだ俺に逆らう気なの?」

うつ伏せで座席に倒された結莉、その上に伸し掛かる圧。
クソ男シャトランジは結莉が動けないよう細腰の上に膝をあて押さえ込んでいる。

感情の窺えない色に、背筋が凍る気がした。
シャトランジの手はまだ結莉の髪を鷲掴みにしたまま。
そのせいで余り身動きが取れない。

視線だけで見ただけで不機嫌そうな目を向けて来る始末だ。
そのクソ男と目が合って気付いたが、完全に冷静さを欠いている。
精神異常者並みの焦点の合わない目をしており、
さすがに結莉の中でこれ以上はヤバい、という警鐘が鳴った。

とはいえまともな言葉は届きそうにない。
取り敢えず今は刺激しないように話を合わすしかないな・・

クソ男に自分の中の恐怖に気付かれないよう、
結莉は懸命に自分を落ち着かせると努めて声を発した。

👩「そんなつもりないよ、
  カッコイイシャトランジさんとお酒が飲みたいんだけど
  この体勢じゃ飲めないから、ちゃんと座らせて欲しいな」

精一杯の猫なで声で訴えれた、はず。
傍目から見てもシャトランジの暴力性に心酔してるように見える。

俺様をはき違えたクソ男はすぐ気を良くした(単細胞で助かったわ~
だが結莉を起こす際の起こし方は酷いもので、
鷲掴みにした髪を引っ張るようにして起こすやり方だった。

最早これはオラオラ営業とも呼べない、ただのDV営業。
何とも異様な光景に他の卓の客は席を立ち
帰る者や席を変える者とに分かれた。

👤「そんなに言うなら俺の酒に付き合わせてやるよ」
👩「ホント?嬉しいな、ありがとう」

周りが見えていないクソ男、機嫌を良くした後はノリノリだ。
多分オーナーとツィブラには話が届いてる筈・・・
このままだとの行動が無駄になる事態になり兼ねない。

男クビはまだ回避しないとだが、思考を巡らせる隙が無い。
問答無用にグラスを持たされるし遠慮なしに酒を注がれた。

もう少しクソ男を泳がせ、コイツの口から真実を語らせなきゃ意味がない。
なのに、どうこの場を切り抜けたらいいのか。
チラッと見た店内の時計は21時を回ろうとしている。

本来なら退店してる時間だ・・それに、同伴の時間も迫っててヤバイ。
もう待ち合わせ場所にボンベイくん到着してるかも・・・。


🖤「――・・まだ来てないみたいだな、10分前か」

結莉と待ち合わせる相手、ボンベイこと目黒蓮は待ち合わせ場所に到着。
時計を見れば21時10分前を指している。
一応客である結莉を待たせないようにと10分前行動をした。

その甲斐あって待ち合わせ場所に相手の姿はない。
1度面識はあるが念の為どんな服装で待ってるかは事前に聞いてある。
特徴等をiPhoneのメモ帳にメモっといたし、
今こっそり照らし合わせてみても該当する女性は見当たらなかった。

ホストとして、ましてや見習の身だから遅刻は避けたい。
時間まで10分も無いし、温かい飲み物でも買っておこっと・・。

近くのコンビニで無難にお茶系を2本購入。
季節は9月、今年も変わらず残暑が続いて21時間際でも比較的暖かい。
約束の時間まで左程無いし、このまま外で待ってようかなと決めた。

行きかう人々は夜が更ける毎に少しずつ増えて来る。
その点が流石都会の夜だなーと思わせた。

目黒が待機してるのはコンビニ脇に置かれたベンチ。
顔面の良い目黒を通りを歩く女性達がチラチラと見ながら歩いて行く。
自分の顔面が良い自覚は、まあ・・多少はある。

そうでなければこの仕事を選んでいないだろう。
この顔面と、持ち前の男気だけでここまで来た自負もある。
自分で言うのもアレだけど、生きる力だけはあるから。
この仕事で行けるとこまで行ってみたいんだよね。

🌸「あの、すみません」
🖤「――はい?」

そんな事を思ってたら不意に声を掛けられた。
パッと顔を向けると、気遣わしい視線を向ける女性が。
が、待ち合わせをしてる相手ではない。

取り敢えず声を掛けられたので振り向いた。
目黒が振り向くや、声を掛けた女性ともう1人の女性が色めき立つ。

🌸「こんな時間にお1人ですか?」
🖤「ええまあ、ちょっと人を待ってるんです」
🏵「なんだ残念~、待ってるのって彼女?」
🌸「あんたいきなりそれは失礼だよ」
🖤「ははっ、大丈夫ですよそう聞かれるの慣れてますし」
🏵「慣れてるとかすごっ」

俺の顔面でドキドキして貰えてるのかな感覚で喜ぶ目黒。
振り向いた目黒が人を待ってる、と返すと
前に乗り出すように聞きにくい事を聞いてくるのはもう1人の女性。

逆に声を掛けた方の女性から内向的な印象を受けた。
慌てて外向的な女性の言葉に対し、窘めている。
目黒のように目立つ異性が1人で居る事に思わず声を掛けたとの事。

これ、俗に言う逆ナン?
だったら俺久し振りにされたかも!

などと内心目黒が興奮してる事など知らない女性達。
ちょっとした雑談みたいなものを、待ち人が来るまでする流れになり
目黒は端っこに座り直し、女性2人をベンチにどうぞと促す。

🏵「でもいいですねー、その待ち合わせ相手の人」
🖤「え?」
🏵「こんなイケメンと付き合ってるって事じゃないですか羨ましい」
🌸「あんた酔ってる?初めましての人に失礼よ?」
🏵「いいじゃん、初めましてだからこそ聞ける事だってあるでしょ」

座るや否、色々と聞き難い事やらを聞いてくる外向的な女性。
気の置けない話が出来そうなタイプな反面、大事な話は出来ないタイプでもある。

その点で見ると、少し内向的な女性の方が目黒的に好感が持てた。
話を耳で聞きつつ時間を確認、すると既に21時10分を過ぎている。

おかしいな・・遅刻する人には見えなかったけど、どうしたんだろ。
交通手段が何なのかは知らないから、電車が遅れてるのかなとも思い難い。
何かの事故に巻き込まれて連絡すら出来ない可能性だってある。

うーん、困った。
このままだとキャンセル扱いになるばりか、店の利益にはならない。

結莉に渡すはずだったお茶のペットボトルも温くなりそうだ。
一応ホットを買ったから冷めてしまうのが勿体ない。
もしただトラブルで遅れてるだけなら、合流した時また買えるし・・

🖤「もし良かったらこれどうぞ」
🌸「え、けどそれ待ち合わせの方のと貴方のですよね?」

思い立ったら即行動な目黒、サッとベンチを立ち
持っていたペットボトルのお茶(ホット)を
ベンチの端に居た内向的な女性へ差し出した。

突然の事に吃驚して目を丸くさせた女性へ微笑み
相手に連絡したりしてくるから、と言葉を付け足す。

🖤「女性は体を冷やしたらダメでしょ?俺は合流したら買いますんで」
🏵「イケメンからお茶貰える機会なんてないかもしれないから貰っとこうよ」
🖤「ふふ、お友達もこう言ってますし、どうぞ」
🌸「そ・・そうですか?それじゃあ・・・」
🖤「ダメにしちゃうより貰って頂ける方が俺も嬉しいです、それじゃ」
🌸「此方こそ、なんだかごめんなさい・・こっちが声を掛けたのに」

気を遣わせてしまいましたね、と最後まで女性は謙虚だった。
慎ましく気遣いも出来るのはとても好感が持てて、なんか、
とても可愛らしい人だなと思った。

それじゃあ、と会釈を送り、目黒はiPhoneを取り出しつつ歩き出す。
今は姿の見えない結莉の方が気掛かりだった。
漆黒のスーツ姿で颯爽と立ち去る目黒の姿をベンチに残った女性達が見送っていた。

少し温くなり始めたお茶のペットボトルを見た後女性が
立ち去る目黒の背を、何とも言えない眼差しで見つめていたとは知らずに。