September act.3
🖤[同伴許可出たんで行けます]
そう返信が届いていた。
梅雨の季節に来店し、仮指名した新人君。
新人の割に雰囲気があり、
何となく慣れた感を新人君から感じた結莉。
純粋に気に入ったのもあるが
ボンベイの纏う雰囲気に惹かれるものがあり
『SnowDream』への同伴相手に指名していた。
が、今回は先に寄る所がある。
そこには友人とその家族が敵とする男が働いている。
が居れば間違いなく止めるだろうから相談もしていない。
1つ不思議なのは、その男の人と成り。
先月遭遇した時垣間見た人間性の何方かが嘘で何方かが真。
自分とぶつかった時の姿か、または別れ際の姿か。
でもさ、人間の素って追い込まれた時と虚を突かれた時と
危機に瀕した時、急を要する時とかに表れるじゃない?
そうなるとさ・・やっぱ、初対面の時の姿が本性だと思うのよね。
つまりはぶつかって飲み物を落とした時のアレだ。
あの様子から察するに、自己中でカッとし易く
相手が自分より弱い者でも自己を優先するタイプだと思う。
・・・うーん、でもまあ・・義理は果たしたいし これきりにすればいいよね。
ボンベイとの待ち合わせは21時だけど
それより早めにあっちから出てもいいしさ。
と思う事にして結莉は別荘代わりにしている部屋を出る。
時刻は18時過ぎ、今頃歌舞伎町の店が営業開始してる頃だろう。
カルティエの腕時計で時刻を確認した後、エレベーターホールへ。
もう一度説明すると、結莉の祖父は実業家でこのタワーマンションのオーナー。
その孫娘である結莉はこのタワーマンションの最上階に住んでいて
タワーマンションの最上階全てが買い取られ、貸し切り状態です。
最上階と偶数階にBarと喫煙所が設けられている。
タワーマンション自体は全室禁煙。
どうしても吸いたい人は偶数階に行って吸う事が出来る仕様。
勿論結莉は最上階に住んでいる為、Barも貸し切りだ。
常に開いている訳でなく、結莉がこの部屋に来る時に頼むと開けてくれる。
今夜は見ての通り今から出かける為、Barは開いていない。
だから今この階に居るのは結莉だけ・・・だったのだが?
エレベーターホール脇に在る喫煙所に人影が一瞬見えた。
Barの人・・・ではないし、誰か間違えて来てしまったのかな?
そう思って少し近づいてみると、煙草を吸い終えたらしき人影が立ち上がった。
気持ち甘い香り、シナモン系?の香りを残し
エレベーターホールへ歩き出した人影。
それに気づいた結莉は、隠れる必要もないのに途中ある給湯場に身を隠した。
👩「――えっ・・・岩本・・さん?」
思わず隠れてから見えた背中。
到着したエレベーターに乗り込み振り向いたその人。
思わず驚いて声が洩れてしまったが
幸い相手には聞こえる事なく、エレベーターの扉は閉まった。
エレベーターが下降したのを見てからエレベーターホールに歩み寄り
階数を示すランプの点灯をジッと見つめ
見かけた岩本さんらしき人が、何処で降りるのかを見つめた。
+++
🤵「いらっしゃいませお嬢様、ようこそRough.TrackONEへ」
数十分後、結莉は扉を開けた先のホストに迎えられていた。
あの後急いでもう1つのエレベーターに乗り込み
岩本らしき人が降りた階に降り立ち、後を付けた結莉。
そして改めて姿を凝視した結果、人違いでも他人の空似でもなく
目の前でタワーマンションの一室に入って行く人は
と協力関係?にある『SnowDream』の代表
岩本照その人だと確信したのである。
🤵「お嬢様、当ホストクラブは初めてですね?」
👩「あ、はいそうです」
まさか岩本が自分と同じタワーマンションに住んでたとは・・
しかも驚いたのはそれだけじゃなかった。
寧ろそっちの方が衝撃で、開店したばかりのRough.TrackONEに来てるのに
自分に話しかけてくれてるホストとの会話も上の空になる結莉。
いかんいかん、今はこの新しい店を楽しまなきゃね。
と急いで思考を切り替え、ホストの問い掛けに答えた。
すると『SnowDream』と同じく簡単に説明を施される。
🤵「それでは此方に姓だけ頂けますか?席にはその後案内します」
眼前に出される来店表。
其処にはずらりと女性客の氏名が書き込まれている。
Rough.TrackONEでは新規だろうと常連だろうと関係なく氏名で統一してるらしい。
さらさらと結莉も自分の姓だけを書き記した。
書き終えた来店表とペンをホストへ返す。
🤵「ありがとうございます露草様、それではお席へ案内します」
そう呼ばれ、案内役のホストが店内奥へと歩き出した。
結莉が書き記した姓は『露草』。
先月着た浴衣の色の名前で、例の男にも名乗った言葉だ。
本当なら本名を書くべきだが、自分の姓は知られ過ぎている。
父より祖父や母親の方が名は知れているだろう。
実業家として名が通った祖父と女医として病院を経営する母もまた然り。
結莉はこれまでも自分の姓のせいで豊かな人間関係とは無縁だった。
それが過り、無意識に本来の姓を書く事を避けたのかもしれない。
多分新規だから、席に着いてから場内指名が可能。
恐らく先に男本を見せて貰い、そこから選ばせて貰うのがセオリー。
通された席に座るや、予想通り案内役は男本を結莉に手渡した。
表紙には店名のRough.TrackONEの文字があるソレ。
めくって行くと、知った顔が載せられていた。
いや本当にオーナーと代表だったのね~・・・。
結莉がそう思いながら眺めたオーナーと代表の写真。
そこに載っていた顔は、先月の祭り会場でまみえた2人組だった。
オーナー:シュレガー
代表:レーヴェ
うーんやっぱりあの2人で間違いない。
ホストだとは思ったけどこの店のオーナーと代表とはね~。
世間って狭いわ。
感心しつつ男本を捲って行く。
『SnowDream』とまた毛色も違い、華やかな外見のホストもいれば
少し強面?な顔のホスト、優し気な面差しのホストと選り取り見取りだ。
あまりゆっくりするつもりはないからパッと直感で選ぼう。
と考えた結莉、目を閉じて男本を持ち
パラパラっとページを開いて行き、これだと思った所で手を止めた。
そうして選ばれたホストを呼ぶ事に決め、案内役を再び呼び寄せる。
🦓「ご指名ありがとうございますお嬢様」
数分後結莉の卓に現れたのは、長身が映えるイケメン。
少し堀の深い造形の顔に西洋の色味が混じった容姿。
🦓「ご一緒してもよろしいですか?」
と華やかな笑みを浮かべ、席に着く前に断りを入れる。
スラリと伸びた長い手足のホストは赤い髪をしていた。
多分染めてるんだと思うがホスト自身によく似合う色だった。
その長い脚を折り曲げて席に着いたホストは
結莉を見やるや申し訳なさそうに言った
🦓「ごめんねお嬢様、レーヴェは今日オフだったみたい」
👩「ううん、私もシフトを把握してる訳じゃないし大丈夫」
🦓「そう?良かったお嬢様は優しいね」
一通りのやり取りを済ませ、ツィブラは飲み物を作り始める。
結莉自身は樹を指名したかったが、オフなら仕方ない。
まあそれ以前に代表だから指名とかは出来ないのだが
先月の事もあり、顔見知りになっていた結莉は特例が課されていて
特別に指名が出来る事になっていた。
それだけでも既に結莉の待遇はVIP並である。
実はも同じく、他の客とは違う特例が与えられた対象になっていた。
その理由は簡単だ、代表の樹がを気に入ったから。
要するにのお陰。
あの子と知り合いじゃなければこの待遇は与えられなかっただろう。
本当に凄い子だと思う、本人にその意思はないのに
感化され、心動かされた周りの人間が動き、影響される。
・・少しだけ羨ましいと思う自分がいた。
私の家の人間は私に構う事も無く、各々が各々の為に生きている。
両親に愛された記憶も希薄で、私も早い段階からそれらを諦めた。
愛を知らずに育った私は、心のどこかで愛されたいと願っているのかもしれない。
🦓「――・・お嬢様?お酒で良い?」
👩「あっ、うん、お酒で大丈夫」
ぼんやりしてたのだろう、急に名を呼ばれビクッとしてしまった。
今考えるつもりじゃなかったのにね。
慌てて視線を上げ、ツィブラへ向けると
少し困惑したような目と視線が合わさる。
何となく申し訳ない気持ちが起こり、ツィブラへ軽く謝った。
自分なりに動くと決めたのに私情を持ち込んだらダメ。
危うく弱気になりそうだった心を奮い立たせる。
そんな結莉を見ていたツィブラは少し笑みを返し
何か言うでもなくポンポンと結莉の頭を撫でるに留めた。
その手が、頑張ってるね大丈夫だよと言ってくれてるように感じ
心が温かくなるのを感じつつ、結莉もツィブラに笑みを返した。
ツィブラがコースターに乗せて出したカクテルを手に持ち
乾杯と称しグラスを鳴らした時、着信音とバイブの音が鼓膜を鳴らした。
🦓「うわ~オーナーから呼び出し来ちゃった」
👩「代表はオフだけどオーナーは居るんですね」
🦓「そうそう、珍しく今日は来てるんだよね」
👩「私は大丈夫なので行って来て下さい」
🦓「でもそしたらお嬢様1人にしちゃうからそれは良くないよねー」
どうやら着信音はメールだったらしく、画面を見ただけで済んだ様子。
あの小柄(とはいえ結莉よりは背が高い)なオーナーに
ツィブラのような長身でガタイのいい人間が呼び出される様は何となく微笑ましい。
しかし呼び出されたタイミングが接客中というのもあって
中々腰を上げられずにいるツィブラを見兼ね、
自分はいいから用件を済ましてきた方が良いと送り出す。
それでもまだ躊躇っていたようだが、何か閃いたらしい。
ちょっと待ってて、と言うと席を立って店の奥に姿を消した。
ツィブラを待つ事数分、意外だが面識のある人間を伴い戻って来た。
肝の据わった結莉ですら一瞬だけ吃驚させられたその相手。
長身のツィブラの後ろから姿を見せたのは
世間一般では長身の部類に入るであろう背丈をした人物。
切れ長で釣り目の、キツい印象を与えがちな顔つき。
その男は結莉を見つけるなり、驚いた目と笑みを向けて来た。
👤「あれ、確か先月の・・・露草だっけ?」
👩「覚えててくれたんですね」
🦓「おや?シャトランジと知り合い??」
まあそんなようなもんです、とツィブラに答える。
結莉としては意外過ぎる人選に驚きしかない。
お詫びの気持ちがあるなら店に来てよ、と言っていたが
連れられて来た感じ、ホストとして勤めてる服装ではない。
👤「先月の祭りに同行させて貰った時に顔見知りになったんです」
多くを語らずにいた結莉の代わりに
何故か得意そうな感じでシャトランジの方が説明している。
樹と違って大らかなのか明らかにホストではない男の話に付き合っているツィブラ。
ある程度経緯を聞き終えたタイミングで話を切ると
戻って来るまでこの子の席に居て、と頼んだ。
寄りにもよってこの男に頼むとは・・・。
ホストが途中抜けするのはよくある事。
この時点ではツィブラもそう考えていた。
だがこの先起こる騒ぎは誰もが予想だに出来ない事態となる。
ツィブラに後を任されたシャトランジは、
それじゃあ、と口にしてから歩を進め
結莉の座る卓の相向かいに立ち、座ってもいい?と目線で問うた。
良い人キャンペーン中なのか爽やかな笑みで此方を見て来る。
取り敢えず殴りたい衝動を抑えつつ、どうぞ、と促す。
脳内がおめでたいクソ男は結莉が何も知らない第三者だと思っている。
既にその本性も過去も知られているというのにね。
そうとは知らないシャトランジは、席に着くなりグラスを手にした。
まさにそのグラスはさっきまで席に居たツィブラが入れた酒が残っている。
どう見てもホストじゃなく内勤?にしか見えない男が
この店のキャスト(プレイヤー)と同等の酒を飲もうとするのはよろしくない。
仮に客側から勧められたとかならまだあれだが
ホストクラブ慣れした客でさえ勧めたりはしないだろう。
代わりのグラスを貰うならまだしも、それすらする様子はなく
結莉は密かにシャトランジの人間性と傲慢な内面を垣間見た。